03 実は意外と天然でした
週末。母校の大学に赴いた花那は無事に講師の役目を務め上げた。
以前も言ったように自分の話にいかほどの価値があるのかは知らない。なにかしら神職を志す現役の大学生に響くものがあれば嬉しい限りだが。
(さて、どうでしょうね)
花那に今回の話を依頼した恩師は、なにやら笑いを堪えるような顔つきで『よくやってくれた』と肩をばしばし叩いてきたのでそれなりにはやれたのだろう。
思い出すと痛みが蘇る気がして、花那は叩かれた肩を軽くさすった。
時間は既に夜だ。大学を後にし、最寄りの駅近くにあるカフェに来ている。待ち合わせ相手の指定の場所だったから。
カランと軽やかなドアベルを鳴らし、ほどなくして近づいてきた気配に顔を上げるとサングラスをかけた長身の女性が立っていた。
「お待たせ、ハナ」
サングラスを外して浮かべた微笑みは学院時代と変わらない美しさ、たが纏う色気は当時より遥かに大人びて倍増している。
「お疲れさま、ショウコ」
「食事は?」
「済ませましたよ。あなたは?」
「何とか」
食事を済ませておくことは事前に言われていた。もしかしたら予定しているより遅れるかもしれないから、と。
「なら、出ますか?」
「了解」
来てもらったばかりだが、彼女はあまり一箇所に長い時間いないほうがいい。それに心なしか顔色も白く、微笑みに疲労が色濃く見えた。
(だからと言って、彼女の美貌には些かの翳りもないのだけれど)
カフェの店員がお冷やを持って来そうだったのを制した際に、軽い悲鳴が上がる。恐らくは、喜色の。
(有名人ですからね)
真っ赤になるカフェの店員をちらりと見て、傍らに立つ美貌に視線を向けた。花那の視線を受けて見つめ返してくる艶然とした笑みに、その昔、学院のトップに君臨していた頃の威風が蘇る。
(学院でもこうして男女問わず魅了していましたね)
だからこそ支持されていたのだ。もっとも、花那を初めとしてその術中に嵌まらない例外も幾人かいたものだが。
花那が学院でのことを考えながら席を立つと、当然のように進む方向を眼差しと仕種で促された。こくりと肯き、その斜め後ろに付けて同じ距離を保ちながら続く。
身長差と同じく足の長さにも差があるが、こうしていて急かされていると感じたことは昔からない。自分の長身を自覚する彼女は速度を調節する癖ができているのだろう。
カランと鳴る軽やかなベルと共にドアが開き、その体勢のまま花那に先に出るようにと告げる眼差し。丁寧な所作で花那は会釈をし、エスコートされるがままに先に出た。
店内にいた女性陣からの熱の籠った視線と溜息をつく気配に見送られ、ドアが閉まる。
「……ショウコ」
「うん、なに?」
「相変わらずですね」
一緒にいると四方から視線を向けられるのは昔から。何しろ彼女はとても人目を引く。今も見られているのを感じるが、慣れている花那はあまり気にしない。
「……ハナもね」
あまり気にはしないが、ぽつりと続いた呟きに妙な気疲れを感じ、早く落ち着ける場所に移動するべきだと使命感に駆られる花那だった。
○
硝子が待ち合わせ場所に指定したカフェに着くと、目的の人物は奥の席に落ち着いて姿勢よく座っていた。大体これぐらい……と伝えていた時間通りに来ることができてホッとしながら近づくと、気配に気づいた相手が顔を上げた。
かけていたサングラスを外して声をかければ、抑揚のない声が応えて自分の名前を呼ぶ。『ショウコ』と、ひとつひとつの音の響きを潰さないように丁寧に。
親しいひとからも『ショウ』や『ショーコ』と親しみをこめて略した呼び方をされることの多い自分の名前を特別に大事に扱われている気がして、彼女の声で呼ばれるのは昔から好きだ。
纏わりつくような視線を払うようにカフェを出ると、物言いたげに名前を呼ばれた。促すと、『相変わらずですね』と続く。
(相変わらずなのはどっちかね……)
一応反論はしておいたが、まず意味は伝わっていないだろう。昔から色々と勘違いしている。
「疲れた顔をしてますね。早く行きましょう」
「あぁ、うん。そーね」
移動するのには賛成だ。先に立って歩き出すと人ひとり分の距離を空けて斜め後ろに付け、同じ速度できっちり着いてくる。
(相変わらず完璧な距離感だな)
他人を不快にさせない距離の取り方が絶妙だ。しかも決して遠い距離なわけではないのに気配をあまり感じない。
これは彼女の家が神に仕える神社での家系で、彼女自身もその道に進んだからなのかもしれないが、存在感が希薄で人間離れしている気がしてならない。
「今日はもうお仕事はいいのですか?」
「うん、あとは帰るだけ。ハナのほうは、講演会どうだった?」
「滞りなく済みました。成功だったのかどうかは、自分ではわかりませんけど」
「それは、盛り上がらなかったってこと?」
花那は沈黙する。ちらりと視線を向けると、無表情で軽く目を伏せているからなにかを考えている様子。
ややあって、口を開く。
「会場の空気は上昇傾向だと思ったのですが。現役の学生達も見学に来ていた外部の教授も話を聞いてくれて、質問などもしてくれましたので」
「よかったじゃない」
「はい、随分と重ねて質問をされる方がいて。わたしの奉職先の経験則で参考になるのかわかりませんが、聞きたいと仰るのでお答えしました」
「……それ、結構突っ込んだ質問されなかった?」
「まぁ、どこの神社でも大なり小なり当てはまる問題点というか。うちは今はわたしだけですが女性神職もいますから、それについての意見も聞かれましたね」
硝子は学生時代のことを思い出す。自分自身はさほど信仰心が強いわけではなかったが、宗教と一体になってできた学院の出身だ。
連綿と続いてきたことを大きく変えるのは容易ではない。だが問題点の多くは大抵、古くからある容易には変えられない部分から生じる。言葉にするのならしきたりとか、そういうものだ。
(多分その外部の奴、昔ながらのやり方を変えられないタイプ。女性神職の在り方を尋ねたって言うより、単に女性蔑視で嫌味言っただけかも)
神職という職業に女性が稀少だったのは昔のこと。それでも全体数から見ると少ないが、女性がなってはいけないということはない。
だがまだいるのだろう。その世界を男社会とし、女性が入ってくることをよしとしない旧時代的な考えの者も。
(ハナは気づいてないみたいだけどな)
「質問してきた奴どんな顔してた?」
「顔ですか?最初は笑ってましたが……わたしが普段から課題に思っていること、それの改善策、具体的に取り組んでいること、更に課題をある程度遂行する目処がつくまでの時間などをお伝えしたあたりで表情がなくなりました。わたしみたいな小娘の話に真剣に耳を傾けてくださってありがたいことです」
でもなぜか端で控えてそのやり取りを見てた恩師は面白そうにしてましたけど……と続ける花那は実に不思議そうである。
直接的に言われた嫌味ならばともかく、講演会の質疑応答の場で多少歪曲して言った嫌味ではやはり天然の花那には伝わっていないようだ。真面目な質問と受け取って真面目に返している。しかも。
(論破してるし!ハナ最高)
だから硝子はこの友人のことが好きだ。
それと同時に危ういとも思う。自分が他人にどう見られているかまったく無自覚なのだ。
本人は自分を目立たない人間だと思っているが、そんなことはない。
(外見のことなら確かに派手ではないんだけど……さっきカフェで見られてたのも自分は関係ないと思ってるだろうな)
確かに横にいる自分が並外れて目立つのは自覚するところだ。自分の存在が余計に花那を際立たせたのはある。
花那は特別に太っても痩せてもいないし、長身ではないが至って平均的な身長。派手に目を引く美女とは言えないが、顔の造作は整っている。
少し色素の薄い癖っ毛は特徴的と言えそうなものなのに、存在感は不思議と薄い。
だがなにより、その所作や佇まいの美しさが花那を『その他大勢』の中に埋没させない。だが重ねて言うが本人は無自覚だ。
「ショウコ?」
斜め後ろを歩く花那を見ていたら、視線に気づいた花那もこちらを見上げて首を傾げた。神職の顔をしていない時はこうしてたまに幼い仕種もする。
素の顔が見られるのは友人特権ということで悪い気はしない。
「変わってなくて安心した。久し振りにハナに話を聞いてほしくてさ」
花那が硝子の言葉に疑問を抱いた様子はなかった。恐らくわかっていたのだろう。
「そうですね。そう思いますよ」
「……だろうね」




