乙女と野獣
燕尾服姿のシグに手を引かれ、華やかな街の雰囲気を堪能しつつ人波に逆らわぬよう流されていたら、しばらくして日時計のある大きな広場に辿り着いた。
広場の中央は舞台が設けられていて、その舞台の上では楽団が演奏する賑やかな曲に合わせて踊り子達が息の合ったダンスを披露。
晴れ着に身を包んだ老若男女がひしめき合う広場のあちこちで、物売りや大道芸人の威勢の良い呼び込みの声が響き、祭の空気にはしゃいで走り回る子供達の姿がそこかしこに見える。
━━━どうやらここがお祭りのメイン会場みたいだ。
「おぉ、かなり賑わってんじゃねーか。やっぱ祭りはこうじゃねえとな!」
私よりよっぽどウキウキした様子のシグが、楽しそうにヒュウと口笛を鳴らす。
「よーし、ひとまず端から端まで見て回るか」
「えええ!?」
手を繋いだままのシグがグイグイと歩き出す。
一応歩調には気を配ってくれてるみたいだけど、有無を言わさず引っ張り回されてる感じは否めない。
「楽しそうね、シグ」
「おうよ。このての催事に自由の身で参加すんのは、ざっと四十年ぶりぐらいだからなー」
「あー・・」
「軍属時代は規律に縛られててあんまり羽目ははずせねぇし、地位が上がれば上がるほど他人の目を気にしなきゃなんねーからなぁ。楽しむどころじゃねえんだよ」
「・・その性格で、よく将軍職が務まったね?」
「━━━な、スゲーだろ?何十年も盛大に猫被ってたんだぜ?」
「うん、凄い凄い」
そこは素直に凄いと思う。
どこをどう見たって宮仕え向きの性分じゃないのに、よくぞその化けの皮が保ったもんだよ。
何故そうまでしてシグが上流社会に留まっていたのかは謎だけど、多分それだけの理由があったんだろう。
━━━訊かないけどね。
「おっ、そこの屋台で旨そうなもん売ってるじゃねーか。適当に腹ごしらえしようぜ。━━━大将、串焼き五本くれ。タレと塩両方。んで、エールの大ジョッキな!」
「私は林檎酒で」
「・・へ、へい!まいどありー!」
シグの顔を見た屋台のオジさんの目許が赤いのは、大方これを“男装の麗人”かなんかと勘違いしたんだろうけど、━━━こんなにデカイ女がいると思う?
この間メジャーで測ったら百九十以上あったし!
なんていうかシグは身体の全体のバランスが絶妙なんだよね。ヒョロヒョロ細すぎもせず、かといってガチムチの筋肉ダルマというわけでもなく。
遠目に見たらただの(?)細身の美人に見えるから、大抵の人は近くに寄って初めて『うわ!デッケエェ!!』と、その大きさに驚くことになる。
その後、屋台で買い込んだ軽食を手に近くの飲食コーナーに向かった私達は、昼時で混み合うテーブル席の間を散々練り歩いて、どうにか空いた席に落ち着く事ができた。
「あー、腹減った~」
上から下までビシッと正装で決めてるのに、この台詞。食欲魔神め。
「・・服が泣くわー」
「おっ、この串焼き結構イケル!」
「あー、ハイハイ」
なんだか段々こっちが保護者の気分になってきた。
六十過ぎの子供を引率する十八の乙女って・・・。
でも、大食らいのわりにシグの食べ方は綺麗だ。
がっついてても一応食事のマナーというか、エチケットはちゃんと守ってるからだろう。
伊達に長年上流社会に身を置いてたわけじゃないって事かな。
・・・・・って、感心してとこなのに。
「シグ、口の端汚れてる」
「ん?ん、んーー━」
右手には肉の刺さった串、左手にはエールのジョッキ。
自分の手を交互に見たシグが、口に食べ物を頬張った状態で少し考えるような仕草をし━━━何を思ってか、その顔をズイとこっちに寄せて来た。
「ん」
・・・・・は?・・・・・
「ん!」
「あのねぇ、介護が必要なお爺ちゃんじゃないんだからさー・・」
「んーんー、んん?んんん!」
両手が塞がってんだよ!とでも言いたげに、更に顔を近付けられる。
「・・・はあああああ。しょーがないなぁ、もおおぉっ!」
その顔をいつまでも至近距離で見せられたら、目がおかしくなるわ!!
私は覚悟を決めてポシェットからハンカチを取り出した。
「じっとしててよ?・・・・・・・・・・・・・・・はい、終わり!」
「おー、あんがとよ」
口許を拭う手付きが少々乱暴になったけど、私はワルクナイ。
シグの顔に対して多少の免疫は付いたけど、あのままどアップで見続けてたらいずれ吐血してた。
周りの席にいる女の人達の顔が心なしかうっすら上気して見えるのも、けして見間違いなんかじゃないだろう。
普段のラフな格好でも充分人目を集めるのに、今日はここぞとばかりに飾り立てちゃったから、見映え五割増しで注目渡が半端無い。
お祭り効果でカップルが多いから、流石に連れの男子を放って声を掛けてくる女子はいないけど、チラチラチラチラ視線が鬱陶しい。
しまったなー・・・、シグを飾り立てるんならお面ぐらい用意しておくべきだった。
仮面舞踏会で使う顔の上半分を覆い隠す仮面を頭に思い浮かべて━━━いや、やっぱダメだと考え直す。
シグの場合、顔半分隠したぐらいじゃたいした効果は期待できない。
この非常識な顔を誤魔化そうと思ったら、最低限フルフェイスの被り物が必要だし。
どうしたものか、と頭を悩ませてたら、不意に目の前に不影が差し━━━━
「え、なに・・」
自分が状況を把握するよりも先に、何か生暖かいものが口許を掠めてゆく感覚があった。
「こっちのタレ味もわりとイイな」
「━━━━・・・━━━━━━━っっっ!!!!」
ペロリと舌なめずりをする不良の仕草に、一拍遅れで自分の身に何が起きたのか悟った次の瞬間、私が渾身の力をこめて連れの顔面に拳を叩き込んだのは言うまでもない。
周りの席から女性の悲鳴が幾つも上がったけど、知ったこっちゃねえええええ!!
「乙女の聖域にナニしてくれとんじゃ!このボケナス━━━━━!!!!」
この時、犬猫の躾に『後で叱る』は意味が無いという、昔誰かに聞いた話が一瞬頭の隅を過ったのは余談。




