乙女と1LDKのお城
“多分私は一度死んだ人間なんだよ”
口に出したら、言葉は意外なほどあっけなく自分の胸にストンと収まった。
そういうことなんだ、と納得した。
あの時、そのまま向こう側に留まってれば、私は死者として亡骸を残す事はできただろう。
でも━━━きっとそれだけ。
時間を刻む事を止めてしまった私の自宅が何より如実にそれを物語っている。
仮に私が死んでいなかったとしても、あの自宅から一歩も外に出られないこの状態では、もはや“元の世界に戻れた”とは言えないだろう。
アハハハ・・・今更かぁ。
諦めと悟りが入り交じった複雑かつ微妙な気分。今の自分はさぞかし奇妙な表情をしてる事だろう。
あんまり人前に晒していたくないな、とか思ってたら、不意に馴染みのある浮遊感に襲われて、身体が宙に浮き上がった。
「なっ━━・・に、してる、の?シグ」
「何ってそりゃ・・・・・“タカイタカーイ”?」
━━━何故にそちらが疑問形?
例によって脇の下に両手を差し込まれ、床から二メルテの高さまで持ち上げられている。
ちなみに顔と顔の距離がめっちゃ近い。やめれ。
「なぁ、ネージュ。今現在生きてんだからそれはそれ、これはこれ、でいいんじゃねえの?早死にしたのは『そりゃ気の毒』としか言えねーけどよ。俺はお前さんが落っこちて来て、随分色んな流れが変わった気がすんだよ。あのままだったら俺は今頃雌ガキに飼い殺しにされてたにちげーねぇし」
「そ、それは・・・お気の毒」
「だろ!?」
・・・そういやシグも結構悲惨な状況だった事を思い出したよ。
真っ暗な牢獄に磔の状態で放置されるとか、気が狂えと言わんばかりの扱いだった。
・・・・・・・・・あれでよく、出会い頭の間抜けな会話が成立したよ。
鋼のメンタル様々?
「それにな、こう見えて俺は拾った動物の面倒はちゃんとみる方だぜ。俺とお前は仮にも父娘を演じた仲だ、娘はドーンと父親に寄り掛かってりゃいーんだよ」
「しぐ・・・」
「お前さんが独り立ちするのを俺がちゃんと見届けてやる。・・・子供が無理に色々ヤセ我慢してんじゃねーよ。素直に泣いとけ」
「・・・う」
「う?」
「うわあああぁん!ヒモ男が父親なんてイヤだあああーーーーー!!」
「そっちかーーー!!ヨシ、じゃあ今日から兄と呼ぶがいい!」
「そういう問題じゃねええええぇ!!!」
働かない父親など要らぬ。
「やれやれ、あんた達ときたら・・・。まぁ、思ったよりハネズが元気そうだから良いけどね」
こめかみをグリグリと揉みほぐしながら、ハァと溜め息を落とすグウィネスさん。
空間転位の魔方陣を扱う魔術師の中でも、取り分けその分野に精通しているらしい彼女は、例のクローゼットを潜り抜けて私の自宅に足を踏み入れた瞬間、そこが酷く異質な空間である事にすぐ気付いたという。
こちらの世界ではごく普通に大気中に含まれる微量の魔力の素━━━RPG風に呼ぶなら『魔素』とでも言うんだろうか、それの質が地球側は全く異なっているとかで、私の家が同一次元の空間ではないと瞬時に悟ったんだそうな。
最終的には窓の外の静止画のようなあの景色がトドメとなり、それを目にした時点で既にそこが通常の時間軸から切り離された空間だと確信していたらしい。
魔女の観察眼、恐るべし。
まだわからない事も多いし、改めて現実と向き合わされた事で少しばかりナーバスな気分になったりもしたけど。
グウィネスさんのお陰で自宅に自由に行き来できるようになった事に関しては、素直に嬉しいと思う。
この日、私は自分のお城を取り戻した。




