夕陽がなくても吠えたくなるのが乙女
食後のお茶を済ませるとグウィネスさんはいつも通り魔道具作りのために作業部屋にこもった。
私もここ最近は助手の真似事をするのが日課だったんだけど、『二・三日縫い物に専念したい』と我が儘を言って、家事の合間の空き時間を裁縫に当てるお許しを得てから、自室に引きこもっている。
「さーて、と。まずは肌着から」
昨日街で買い込んだ布地をベッドの上に広げ、上から眺めて御満悦な気分に浸る私。
ウフフフ。腕が鳴るわー。
型紙無しでフリーハンド裁断の上、オール手縫いだけど?
まぁ、なんとかなるなる!
・・・でも、せめて使い慣れた道具が欲しかった。しくしく。
元の世界で春から一人暮らしを始めるにあたって、せっせと快適な環境に整えたワンルームマンションを思い出す。
母の再婚相手の男性はとても気前の良い人で、一人暮らしを始める年頃の義理の娘のために、セキュリティのしっかりした1LDKをポンと用意してくれた。
まだ成人も迎えていない未成年の娘から、母親を引き離すのだからせめてこれぐらいは、と言って。
・・・お義父さん、良い人だ。
私はその『家』にありったけの夢を詰め込んだ。
将来の安定した生活のために切り捨てた、もう一つの夢をこれでもかと。
もちろん一番の夢は、あったかい家庭を築く事。今時流行らないかもしれないけど、これが本音。
休日に親子揃って団欒の時間を過ごすのが、小さな頃の私の夢だったから。
ともかく、あの1LDKには私の愛用していた趣味の道具が全部揃っているのだ。
現代の一般家庭にはまず置いてない、アンティークの足踏みミシンとかトルソーとか。
切れ味抜群の裁ち鋏は方々を探し回って見つけた逸品だし、デザインやサイズを抱負に揃えた指貫コレクションの数々は密かな自慢だったのに!
「うぉのれぇぇぇ、あのバカップル共・・・っ!」
・・・・・怒りが再燃してきた。
何事もなければ今頃の私は、花の女子大生として人生で最もはしゃいでも許される季節を謳歌できてたはずなのに。くっそーーーー!!
「・・・はぁ。今更よね」
やめやめ、気を取り直そう・・・。
私が今使わせてもらってるこの部屋は、二階の南向きで昼間は硝子窓から明かりがたっぷり入るから、縫い物をするにはうってつけ。
部屋の中には寝台とクローゼット、それから小さな机が置いてある。
グウィネスさんが私に用意してくれた服は、どれも裾の長いワンピースタイプで、シンプルなデザインの物。
洗い替えも含めて三着あるけど、うっかり汚して洗濯すると乾くまで時間がかかるから、着替えがたくさんあって困るって事はない。
特に下着はマストアイテムだ。
こっちの女の子の服はスカートの丈が長いから、肌着はシュミーズドレスみたいなタイプが主流みたい。
下は・・・いわゆるカボチャパンツ?
ドロワーズとかズロースとかいうアレよ。
もこもこでスースーする微妙な履き心地が私的にいまいち。
しかも『月一の“乙女の日”にはこれを使うんだよ』と、グウィネスさんに見せられたのがお相撲さんの“まわし”みたいなやつで、私は驚くのを通り越して目が点になった。
腰巻き・・・というか、むしろ日本男子の伝統的な下着そのものだし!
要するに、女性は“あの日”が来るとあれで腰回りをぐるぐるにガードして、その上でカボチャパンツを着用する、という事らしい。
・・・・・オムツか!!
とにかく片っ端から改造しよう。うん。
取り敢えずベッドの上を占拠している色とりどりの布地の中から、今回使う分を選り分ける。
チョイスしたのは柔らかい白の木綿とカラフルな柄布の端切れ。
肌着にするならやっぱり白でしょ。でもショーツやブラは見えないオシャレだし、色や柄で遊ぶのもアリだよね。
ああでもないこうでもないと、頭の中でデザインのイメージをふくらませているこの瞬間が一番楽しい。
・・・ああ・・・、それにしても悔しいなぁ。
一度向こうの世界に対する未練を思い出したら、色んな感情が一気に胸に押し寄せて、ぐるぐると身体の中で渦を巻き始める。
━━━あの世界でもっと生きたかった。
大事なものを全部置き去りにして、誰にも何にも、お別れさえ言えずに、文字通り『消えた』冬木華朱という人間を、誰か惜しんでくれた人がいただろうか。
高校卒業後に進路が別れ、ほんの一握りしかいなかった友人とも離れ離れになって。
『私』の不在に気付いてくれた友逹がはたしてどれだけいるだろう。
━━━ああ、駄目だ駄目だ。
こんな辛気臭い事ばっかり考えてると、どんどん気分が滅入ってきてしょうがない。
・・・こんな時お母さんなら何て言うかな。
豪快で底抜けに明るくて、でもちょっとだけ泣き虫なお母さん。
『 華朱!前向け、前! 』
『下ばっかり見てるとスッ転んで余計に痛い目みんのよ!』
『ごちゃごちゃ考えたって、なるようにしかならないんだって!』
・・・・・・・・・うん。
言いそうだ。
実母の口調を思い出して、やっとこさ気分が上を向く。
・・・そうそう、なるようにしかならないんだよ!
さて、と声を出して行動に弾みをつける。
作業がしやすいように部屋の中を整えてから、グウィネスさんから借りっぱなしの裁縫箱をクローゼットから取り出そうと、取っ手に手を掛け、扉を開いて━━━━━━・・・
「んなっ・・・、なんじゃこりゃあああああーーーーーー!!!」
有り得ない光景に目玉をひん剥いた。
クローゼットの向こう側にはナルニア・・・・・じゃなくて、かつての私の『夢の城』━━━━1LDKのマンションのリビングが見えた。




