乙女の長い一日 その1
次の日の朝。
私達は軽く朝のお茶を済ませた後、三人揃って一階の主寝室の隣にある小さな物置部屋に向かった。
そこは明かり取り用の窓がぽつんと一つあるだけの狭い部屋で、普段は私が立ち入りを禁止されている場所だ。
物置部屋といっても部屋の中は空っぽで、床には青い顔料で何やら複雑な紋様が描かれている。
「これが転位用の魔方陣・・・ですか?」
思わず部屋の入り口で足が止まった。
「いきなり跳ばされたりしないから安心おし。この転位陣は未登録の人間には反応しないように設定してあるからね」
「━━━だとよ?」
ほれ来い来いとシグに手招きされて部屋に足を踏み入れた━━━次の瞬間、あっさりと周りの風景が切り替わっていた。
「え?早っ!!」
狭い板張りの床の小部屋から、それなりに広さがあるワンルームタイプの室内に。
窓の外にはオレンジの瓦屋根の見慣れぬ街並みが見える。
「ほんとに一瞬なんだ・・・!」
「ククッ、目ん玉がこぼれ落ちそうだなぁ」
だって、あっという間に知らない場所だよ!?
グウィネスさんが青い猫型ロボットに見えてくるよ!
「ここは大陸の西側にあるソルフェージュって国さ。比較的治安が良くて交易の盛んな商都を選んだから、大抵の物は揃うはずだよ。ただし、ハネズの単独行動は禁止だ」
「了解であります!」
「じゃあ、一先ず先に納品を済ませてしまおう。少し遠回りになるけど道具屋へ直行だね」
傭兵時代にあちこちの国を行き来したというグウィネスさんは、行く先々で転移の基点となりそうな場所に目印を残すのを習慣にしていたとかで、現在シトラス山脈の麓にある塒を中心に、大陸中のそこかしこに繋がる道を幾つも確保してるらしい。
多分ここもその一つだ。
私達が転移して来たのは大きな市場通りに面した倉庫のような建物で、転移陣のカムフラージュ用にグウィネスさんが所有している物件なんだそうな。
この分だと他にも色々有りそうな気がする。
倉庫を出てすぐの通りは食糧品や日用雑貨を扱う店が多く、グウィネスさんが『道』を繋げる際に最も重視した点が利便性だと実によく分かる。
交易が盛んな街というだけあって、石畳で舗装された道路は道幅も広く、荷車や馬車が余裕で擦れ違えるように作られている上に、路上も清掃が行き届いていて意外にも衛生的。
ただ一つ難点を挙げると━━━━━、
「なんだってこの街はこんなに道が入り組んでるの・・・。もう既にどこを歩いて来たのかさえ分かんない」
同じ交易都市でも街のど真ん中を街道が一直線に貫いていたトレンカとはまるで作りが逆なのが、このクーベルテュールという街だ。
「一言で言うなら盗人対策だな」
一部の主要な道路や広場を除き道幅は意図的に狭く複雑に作られ、行き止まりの路地も数多くまるで迷路のような作りになっている。
しかも建物が全て同じ様式に統一されているため視覚的にも惑わされ易く、街に不慣れな人間が迷い混んだら抜け出すのが酷く難しそうだ。
「単独行動禁止って、そういうこと・・・?」
「羽振りの良い商人の街っては、盗賊団とかの地下組織の標的にもなり易いんだ。自衛の為にあれこれ手を尽くした結果この構造になったんだろうよ」
シグは流石に元軍属なだけあってその辺の事情には詳しそうだ。
グウィネスさんがいつも魔道具を卸しているという店は、街のごく目立たない場所にひっそりと看板を掲げていた。
「《魔道具屋キャリコ》・・・」
店の軒先で揺れる年代物の看板を見れば、それなりの老舗である事が判る。
勝手知ったる感じのグウィネスさんはスタスタと店の奥に進み、カウンターで帳簿付けをしていた青年に声を掛けた。
「お邪魔するよ、店主はいるかい?」
「あれ、グウィネスさん?この間納品を済ませたばかりですよね?今日はどうしたんですか」
「新しいキューブの試作品を持って来たついでに、弟子を紹介しようと思ってね」
「試作品ですかー。生憎親父は留守にしてて・・・。え?お弟子さん?」
「これからこの子があたしの使いでこの店に来る事もあるだろうから、三代目もよく顔を覚えといてやっとくれ」
「あ、はい。どうぞよろしく・・・・・って、うわちっちゃ!お弟子さんまだ小さくないっすか?」
カウンター越しに驚いたような視線を向けてきたのは、ぱっと見で二十歳前後の人の善さそうな青年で、平たく言えばほぼ私と同年代の、ごく平均的な見た目の若者。
・・・確実に同年代とは思われてないっぽいけど。
ひとつ特徴を挙げるなら、白黒茶の三色に染め分けたような頭髪がやけに印象的な人だ。
「キャリコ・・・“三毛猫”?」
「うん、そう。俺って猫の獣人だからさー。お嬢ちゃん猫好き?」
「うん、好き」
「うわぁ!熱烈~~。あ、俺この店の三代目でニアっていうんだ。よろしくね」
「“ニャー”!?」
まんまか!捻れよ、親!!
「私は華朱」
「・・・ハ、ハニズュ?ハネー・・ジュ?難しい名前だね」
「じゃあ“ネージュ”で」
「うん、わかった。・・・でさ、君の後ろでおっかない顔をしてこっち睨んでる美人って、誰?」
「あ”あ”ん?・・・馴れ馴れしいぞテメー。やんのかゴルァ!しかもなんだその軟弱そうな態度はぁぁ」
おっふ・・・。やっぱ同性から見ても美人の括りにはいるんか、シグルーン!
「えーと・・・義理の兄、みたいな?」
「みたいな?」
「赤の他人です」
「わぁ、面倒臭そうな保護者だねぇ」
「・・・ダヨネー」
いきなり初対面の相手にガン飛ばすとか、ワケがわからないよお爺様。
いい年齢して若者に謎の対抗心を燃やさなくたっていいのに。大人気ないなぁ。
━━━この後私は、空のキューブに魔力を充填する作業を何度かこなして、二度目の人生初のお小遣いを手に入れ、ほくほく気分で道具屋さんを出た。
《魔道具屋キャリコ》~店内~
「うわぁ~、あの子凄過ぎない?一人で十個以上あった魔力変換装置を全部満タンにしてったよ・・・」
あの魔女が作る魔道具は魔力容量が大きいから、標準的な魔力持ちでも二・三個充填するのがやっとのはずなのに。
「流石だねぇ」
グウィネスは爺ちゃんの代からの馴染みの魔道具職人だけど、彼女が弟子を連れてきたのは初めてだ。
うちが抱えてる魔道具職人の中でも彼女は別格で、親父は何度も専属契約を持ちかけようとしたんだけど、その度に爺ちゃんが真っ青になって親父を止めてたのはよく覚えてる。
その理由は訊いても教えてもらえなかったけど、最後はいつも『商売は広く浅く』とかって一般論で釘を刺されておしまい。
ま、俺はそれで構わないと思うからいーけどね?
「らっしゃい、ごゆっくりどうぞ~」
うちは店構えは小さいけど品揃えには定評があって、顧客も多いしそれなりの売り上げもある。
無理して藪を突っつく事はないよねぇ?
「あ、そちらは先日入荷した商品です。お値段は高めですけどお買い得ですよー。一回こっきりの使い捨てじゃないんで、魔力を補充してやれば何度でも繰り返し使えて超お得!火種に使えて薪いらずの【火のキューブ】と、いつでもどこでもキレイな水が生成できる【水のキューブ】が特にお勧め。屋外での活動が多い職業の方には夜の照明代わりに【光のキューブ】がもってこい!」
んー何々?でもやっぱり値段が高い?
「そりゃあ一生モノですからねぇ。御自身が魔力持ちなら経費もかかりませんし。使うだけなら魔力無しの人でも指定の単語一つで扱えるってとこも便利ですよー?」
そうだよなー、悩むよなー。一般家庭の平均的な月収の半値だもんなぁ・・・。
いやさ、長い目で見れば絶対損はしないんだけど。
「━━━え、お買い上げですか?“キヨミズの舞台から飛び降りる”って・・・それどんな例えなんすか。あ、ハイ。うちはアフターケアも万全なんで、何かあったら御来店ください。今後ともご贔屓にー」
【水のキューブ】が売れた。
意外にもお客は若い兄ちゃんだ。
うちの商品は数に限りがある物ばかりだから特に宣伝とかもしてないし、買い物に来るのはほぼ常連さんとその常連からクチコミで店を知ったお客だけ。
「・・・飛び込みの一見さんにしては思い切った買い物をしてくれたよなー、あのお客さん」
例の魔女の一行をやたらとチラ見してたけど、何が気になってたんかね?
確かに目立つ三人組だったし、あのお嬢ちゃんも可愛かったけど。
子供は駄目だろ子供は。
それに・・・あの後ろにいた兄さん、めっちゃ恐ぇーよ!
さっきは軽く流した(振りをした)けど、本当はかなりビビってて、耳や尻尾が飛び出しそうになるのを抑えるのにスッゲー苦労した。
~どうでもいい裏設定~
獣人もきちんと人化できて一人前。耳や尻尾が出てると半人前扱いされてしまう。
なので、いい大人が耳や尻尾を出していると、子供が人前でお漏らしをするぐらいには恥ずかしい・・・・・らしい。




