乙女に捧げる狂詩曲
己の持病に負けた━━━━。
(※面食いの病)
散々自分より顔の良い男は嫌だとか抜かしておきながら、何言ってんだという感じだ。
シグには乙女的なトキメキを感じるよりも、度重なる無神経発言による動悸息切れの方が圧倒的に多いけど。
年の功だけあって頼りがいだけはある、・・・・・と思う事にした。
正直言って私自身はシグの好みのタイプじゃないと思うんだけど、これまでの餌付けが効いているのか、ここ最近シグ本人がわりと積極的に“稼げる男”をアプローチしてきてたというのもある。
つい絆されたというか、多大な打算も働いてるけど。
桃色な感情だけで一生連れ添う相手を決めるというのは、私には無理な発想だったからシグにはちゃんと正直にそう言った。
『可愛げがなくて悪いけど、半分はシグの身体と稼ぎが目当てだけど、いいの?』と。
そしたらシグは嬉しそうに、『“男の甲斐性”は合格点だったって事だろ?』と笑った。
いや、それはそうだけども。
普通はもっと純粋で健気な女が良いと思うもんじゃないの?
『アナタがいてくれるだけで良いの!』とか言ってくれそうな。
だけどそれを訊いたらシグに鼻で嘲笑われた。
そういうのは口にするかしないかの違いで、女は誰でも男の値踏みをするものだろう、と。
・・・そりゃまあね。
それに獣の世界はよりシビアなんだと説明もされた。
種族にもよるらしいけど、獣が番を選ぶ際の決定権は雌にある場合が多くて、雄は伴侶を獲得するためにそれは涙ぐましい努力をするのだそうだ。
自分の見た目を美しく保つのはもちろん、巣を新築したり、せっせと貢物をしたりした上で、最終的には他の番候補の雄と闘って、夫の権利を獲得しなければならないという超ハードモード。
雌は雌で己の子により優れた雄の血を継がせるため、番の判定には一切甘さを持ち込まない。
生まれてくる子供が弱ければ、いずれ自然界で淘汰される未来しかないのだから。
そこまで言われれば、まあいっかー、とか思わないでもなくて。
あっさり宗旨変えをした私は存外節操なしなのかもしれない。
*
「『お前の作るミソシルが毎日飲みたい』!」
「え、今更?」
「えーと、『黙って俺に付いて来い!』」
「フザけんじゃないわよ」
「・・・う〜ん・・・『夜明けのコーヒーを二人で飲もうぜ』?」
「・・・ねぇ何なの、さっきから」
完全に昭和のオヤジ臭が漂ってんだけど。
「何って、求愛?」
「はァ?頭沸いてんの?何を参考にしてんだかさっぱりわかんないし」
「おっかしーなー」
おかしいのはアナタの感性よ、と言いたい。
本人これで大真面目にやってるらしいから、こっちはなんとも微妙な気分だ。
この人、女性の扱いなら百戦錬磨の将軍様じゃなかったっけ・・・?
━━━とまあ、この前の桜吹雪の日からずっとこんな調子。
グウィネスさんが家にいてこの様子を見ていたら、お腹の皮が捩れるぐらい馬鹿笑いしそうだ。
このところ彼女は家を空ける機会がめっきり増えて、数週間振りに帰って来たかと思うと、数日後にはまたどこかへ出掛けて行くというような感じが続いている。
相変わらずバイタリティの塊みたいな人だ。
そしてつい昨日、風切り羽が新しく生え揃ったチビちゃんが、山の天辺の巣穴からこの麓の家まで、自力で飛んで来れるようになった。やったね!
天狼のお母さんによると、これから少しずつ狩りの練習も始めるとのこと。
巣立ちはまだ先のようだけど、それはけして遠い未来の話じゃない。
野生の獣の“お母さん”やチビちゃんとは、自ずと距離が開いてしまうだろうけど、それは自然の理というもの。
寂しいけど仕方のない事だ。・・・・・寂しいけども!
この寂しさはシグをモフって紛らわす事にする。
はたしてシグの“素敵な求愛”は約束の日にちまでに間に合うのやら。
毎日トンチンカンな口説き文句を聞かされるこっちの方が不安になってくるじゃないの。
━━━面白いからまあいいけど。
それに求愛の件で頭がいっぱいになって、アタフタしてるシグを見るのは悪くない気分だったりする。
シグには何かと振り回される事が多いから、たまに自分が振り回す側になるのは愉しいし。
だって、愛だの恋だの浮かれてゆるされるのは、乙女でいられる間だけ。
だからもうしばらく夢を見させてよ。
きれいなだけの言葉じゃなツマラナイから、ほんとの気持ちをちょうだい。
貴方の言葉で、貴方の仕草で“私”が欲しいと強請ってみせて。
乙女の本気は重いから、覚悟の上で口説いてよ?
この後も連日本気度マシマシの求愛が続き、最終日には結局私が落とされる事になる━━━━。
『俺の身体はお前にくれてやる。だからお前も俺に全部寄越せ』
━━━からの怒涛の展開は、凄まじかったとだけ言っておこう。