乙女に求婚するならば
こちらの暦で二月の半ばに差し掛かったある日、変化はまてしても唐突に訪れた。
異界部屋の窓の外に桜吹雪が現れたのだ。
当然私は一切の家事を放棄して自宅にこもった。
ただ残念な事に今回グウィネスさんは不在で、何かあっても彼女の魔術によるサポートは頼れない。
こういう時、魔力があっても魔法として使いこなせない自分がつくづく恨めしい。
そしてなんでか知らないけど、シグが私の傍に張り付いて離れようとしない。
・・・配しなくたって帰れやしないのに。
「何があるかわかったもんじゃねーだろ。よりにもよってグウィンの奴が留守の時とは」
「シグが居てくれるだけで十分よ」
何の変化も起きない可能性だってある。ていうかむしろそっちの方がありえる。
そうそう毎回都合よく何かが起きるはずがない━━━━、そう思いかけた時。
マンションの玄関扉が音もなく開いた。
現れたのは二つの人影。
一人はお母さん、そしてもう一人は━━━━━。
「お母さん・・・!それに・・・お、お義父さんも!?ああっ・・・・!」
前回一方的にとはいえお母さんの姿を目にする事ができて、それだけでも嬉しかったけど。
まさか今回二人一緒の姿を見られるなんて夢にも思わなかった。
「━━どっかのスットコドッコイよりよっぽど頼りがいのありそうな男だな?」
「そうなのよ!」
経済面はもちろんだけど、気持ちの上でも頼りになる義父なのだ。
大きなコブ付のお母さんを支え、長年辛抱強く待ち続けてくれた包容力は半端じゃない。
「よかった・・・。お母さんこの間より顔色が良くなってる」
それに心持ち体型がふっくらとして、健康そうに見える。
二人はひとしきり部屋の中を見て回った後、リビングのソファーに並んで腰を降ろしたのだけれど、私はそこでふと二人の雰囲気に軽い違和感を覚えた。
「━━━?」
何かが違う。どこが、とは上手くは言えないけど。
しいて言うなら・・・・・“ゆるふわ”?
お母さんの着ている服の趣味が、以前とちょっと違っているような気がする。
どっちかというとウェストの位置がはっきりわかるような、身体のラインがくっきりと出る服を好んで着ていたお母さんが、今日は妊婦さんが着るようなフワッとしたワンピースを着て・・・・・着、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・てええええええーーーーーーッ!?!?
「そおゆう事ぉぉぉーーーーー!!」
ギャフン!!!!
いきなり叫び出した私に、隣にいたシグが仰け反って耳を塞ぐ。
「『どういう事』だ」
「はああああぁ・・・・」
考えてみればお母さんはまだ四十代半ばだし。
可能性は十分にある。
「シグ、私お姉ちゃんになったかも」
今が妊娠何ヶ月目かわからないけど、少なくとも一年以内に生まれてくるその子は、間違いなく私の弟か妹━━━━。
二十も年が離れた姉弟?とか、むしろ親子の年齢差!!
「そっかぁ・・・」
お義父さんがお母さんを気遣うように、その肩を抱いて寄り添う姿を見て、私はホッとすると同時にほんのちょっとだけ寂しくなった。
向こうの世界では、より早く時計の針が進んでいる事実が垣間見えてしまったから。
このまま私は『過去の人間』になって、二人に忘れ去られてしまうのだろうか━━━━━。
一方通行で視界のみが重なるこの現象では、音も拾えず“向こう側”にいる二人の身体に触れる事もできない。
だけど知らぬ間にボロボロと溢れ始めた涙で、その視界までもが曇ってしまう。
「ネージュ」
「うふぇ・・っ」
「━━━寂しいならお前も子供を産むか?しこたま産んで、家の中がギャーギャー喧しい子供の声で溢れ返えってりゃあ、寂しいなんぞと言ってる暇もなくなるぞ。もちろん仕込みから子育てまで俺が協力するぜ?」
仕込みて・・・。
あんたにデリカシーというものは無いのか。
「俺とお前の子供なら見目は悪かねぇだろうなあ?中身はまぁ、育て方次第だと思うが」
それはまぁ・・・魅力的よね。
ミニチュアサイズのシグルーンとか、見てみたい気もするし。
私に似ればそれはお母さんに似てるという事でもあるし、可愛がる自身はある。
━━━━でもね。
「産むのは良いけど、口説き文句としてそれはどうなのシグルーン」
「なんだ、不満か?・・・つか、生むのはいいのかよ」
「花も恥じらう十九の乙女にその言い草はあんまりだし。求愛をやり直してくれたら考えなくもないわ」
「そうか?自分から求愛すんのは始めてなもんで、要領がよくわからん━━━
つか、マテ。お前いつ十九になった?」
「正確にはこれからなるのよ。三月三日生まれだからあと半月ぐらいね」
なんか・・・我ながら気持ちの変化が唐突だけど、こういうのは勢いが大事よね!
「だから、私の十九の誕生日までに素敵なプロポーズの台詞を考えてね」
「お、おぅ・・・マジかよ・・・」
「言った本人がナニ照れてんのよ。その気がないなら他を当たるわー」
「ちょっと待て!死ぬ気で考える!」
夢にまで見た幸せ子沢山ライフ。
旦那様がシグってとこが予想外だけど、考えてみたらこれまでずっと一つ屋根の下で一緒に暮らしてた相手なわけだし、お互いのアレやコレな性格は知り尽くしてるしで、結ばれてから幻滅するような事なんか・・・・・あるかもしれないけど、それはまあその時の話よ。
乙女には開き直りも必要だと思う、今日この頃。
急激に口数を減らし、腕組みしながらウンウン唸り出したシグは放っておいて、意識を向こう側の二人に戻せば、お母さんとお義父さんはまだ静かに会話を交わし合っている。
二人が揃ってこの部屋を訪れてくれたのは、気持ちに区切りをつけるという意味合いもあるのかもしれない。
新たな生命を授かったなら尚のこと、過去を振り返ってばかりではいられないだろう。
そしてそれは多分私も同じ。
私は大急ぎで寝室に駆け込むと、机の引き出しから紙とペンを取ってリビングに引き返し、簡潔に手紙を書きしたためた。
伝えたい事は山ほどあるけれど、この同調状態がどのぐらい継続するかわからないから、確実にこの場で手紙を向こう側に届けるために、急ぎに急いだ。
グウィネスさんのサポートが無い状況で、確実に送れるかどうかもわからないけど、とにかく祈りながら、二人の目の前に手紙が届けるべく空間に穴を空けるイメージをする。
神様仏様フェアリーランプ様!お願いだから繋がって━━━━━。
パサリ、と一枚の紙切れがテーブルに落ちる音が聴こえたような気がした。
すぐ目の前でありながら、全くの異なる次元にいる両親達の表情が驚愕に染まる。
「・・・届いた、の?」
昼間の部屋の明るさに紛れて全然見えなかったけれど、例の静電気に似た感覚が指先にまとわりついていて、自分以外の力が加わっていた事がはっきりと伝わってきていた。
「ありがと・・・トトちゃん・・・」