乙女の激励
遅い朝食の後片付けが済んだ頃、リビングのソファーで二度寝を決め込んでいたシグが目を覚ました。
「ふわぁ・・。まだ眠ぃ」
「遅よう、シグ。そろそろ宿にに戻らないと不審がられるんじゃない?」
「だよなぁ〜・・。あーあ、外側の時間が止まってりゃ、昼寝し放題なのによ」
時が止まった別宅の中で長時間過ごすと、体内時計の感覚が狂う。
だからこの部屋に長く留まる場合、私は“外”に繋がる扉は常に開けたままにしておいて、時間の流れを同調させている。
そうでもしないと、中にいる人間があっという間に『浦島太郎』になりかねない。
お家大好きインドア人間を舐めてはいけないのだ。
「なに締め切り前の作家みたいな事言ってんの。バリケード突破されて部屋にいないのがバレたら、困るのはシグでしょ」
常識的に考えて宿の従業員はそこまで強硬手段は取らないと思うけど。非常事態とかの場合、例の強面組長さんなら扉を蹴破ってでもシグを客室から引きずり出しそうだ。
「で?仕事の方はどうなの?」
「あぁ、それな」
グウィネスさん経由でお母さんからもシトラス山に獣が増えていると聞いて、ちょっとだけ気になってたので訊いてみた。
結論として、本人的にはどうという事もなかったようだ。
近況報告で一番強調されていたのが、『服は破かなかった!』という部分だったから。
「あのね、シグ。お母さんが言ってたんだけど、最近他所から流れて来る獣が多いんだって。理由はわからないけど結構な数みたいだから気をつけて」
「ふーん?てことは・・・シトラス山中で獣が異常繁殖したわけじゃねぇのか。他の山で何かあったな・・」
「何かって?」
「さぁな?単体の“はぐれ”ならともかく、群れ単位で移動してくる奴らがいるとなると、種族間の勢力図にもかなり変化があったとみるべきだろうな。・・・にしても、荒れるなこりゃあ」
元々シトラス山に棲みついていた方の獣達は、よそ者に縄張りを荒らされて相当気が立っているはずだ、ということだろう。
グウィネスさんの結界に守られて生活している私は、未だに野生の獣の脅威を実感した事がない。かつて経験した旅の最中でも、シグが狼の姿で全部蹴散らしてくれていたお陰で、危険な目に遭う事もなかった。
・・・私ってば何気に強運?
その後、グズグズと身支度を渋るシグの尻を叩いて着替えさせ、カワセミ亭に『ど○でも扉』を繋げると、バリケードの奥にある扉が勢いよくノックされているところだった。
「お客さーん!まる一日食事を抜いてるみたいけど、大丈夫ですかねぇ?具合が悪いなら医者を呼びますが、どうしますー?」
「・・・女将か」
「心配してくれてんのよ。いい人ね、女将さん。━━━じゃあ、またねシグ。頑張って」
「頑張れ?あ、あああぁ〜〜、・・・またアレを食うのか・・・」
不眠不休で討伐をこなした直後、まる一日寝コケて食事を食いっぱぐれた可哀想な稼ぎ頭の狩人の為に、女将さんはさぞかし料理を奮発してくれている事だろう。
日頃から自分の客室に直接しこたま食料を差し入れて貰っている件や、なんだったら『どこで○扉』で家に食事をしに戻る事が可能な件については、口外できるはずもなし。
既にたらふく食事を摂った後だ━━とは言えないシグは、女将さんの厚意を無駄にしないためにも、宿で出された料理をきちんと平らげなきゃならないのだ。
ちなみにこの後、青息吐息で酸っぱ辛い料理を完食したシグに対し女将さんは「そんなに食が細いからアンタは身体も細っこいんだよ!」と嘆いて、次回の食事から更なる大盛りサービスを約束してくれたらしい。