乙女が知らない異世界事情
サビイロオオカミの討伐から数週間が経った。
あれ以来大規模な獣の襲撃はなく、狩人がたまに町の近くをうろつく“はぐれ”を駆除する程度の、比較的平穏な日常が続いている。
ネージュに例の話を聞いてから、次の襲撃がある事を前提に、町の周囲に目を光らせてはいるが、今のところ山の様子に異変は見られない。
つまりいつも通りというやつだ。
「見ろよ、大収穫だ!山裾だけで普段の何倍も獲物が捕れた!」
「これならもうちょっと奥まで進めば、更にデカイ獲物が狙えるんじゃねえか?」
「だよなぁ!年寄りは山を舐めんなとかって口煩ぇが、獣の数が増えてんだったら、それこそ俺ら狩人の出番だろ」
日没前の狩人組合の前庭は、自分達で仕留めた獲物の自慢話で盛り上がる若い狩人達の声で、わいのわいのと喧しい。
定住し狩人業の他に副業を持っている者はともかく、狩猟一本で生計を立てている狩人は、とにもかくにも獲物を狩らねば稼ぎは生まれない。
それなりに危険も伴う職業だが、一発当てた時の見返りが大きいため、一獲千金を夢見る者は後を断たない。
「このところ若ぇ連中の羽振りがかなり良さげだな」
「まあな。つーか、見た目だけならお前もその『若い者』のなんだが。━━━ずいぶん大人になったなぁ?
昔なら真っ先に飛び出してって、駆逐する勢いで獲物を狩り尽くしただろ」
狩人組合の三階にある組合長す私室で、酒を酌み交わしつつ窓の下を眺めてのこの会話。
昔の知り合いの何が嫌だって、ひとの過去の汚点をイチイチほじくり返してくるとこだ。
こいつと知り合ったのは傭兵稼業で身を立て始めたばっかりの時期で、あの頃はとにかく自分実力を周りに示そうと四六時中躍起になっていた。
「当時は正真正銘の若人だぜ。一丁前を気取りたい年頃だってのに、周りにゃこの顔で散々侮られるし。それなりに能力はあるんだってとこを示すつもりでな?若気の至りで、ちょったした茶目っ気を発揮しただけっつーか」
「オメーの“茶目っ気”で先鋒が尽く首を切り飛ばされた敵は、メチャクソ怯みまくってたがな!あと、ついでに味方の首も幾つか落としてた」
「わざとじゃねーし」
どうだかな、とでも言いたげに生温い目線を向けてくるジジィ。
「まぁいい。━━それよりお前、このところ狩りそっちのけで見廻りに精を出してやがるみてぇだが、なんでだ?」
「・・ちょっとばかし気になる点があってな」
「気になる?どのへんがだ?」
ネージュがグウィン経由であの親から聞いたという話によれば、この近年シトラス山中に獣が増えている原因は、他所から流れて来ている“はぐれ”の数が異様に増加しているせいだ。
あちこち歩き回って自分の眼でも確かめたが、明らかにそこかしこで縄張り争いを繰り広げた形跡があった。
しかも山奥に進めば進むほど、山中の空気はビリビリと殺気を増してゆく。
たとえ現在の獣達の様子が表面上いつもとそう変わりなく見えても、実際は先住の獣と“はぐれ”の対立で、極度の緊張状態にあると見るべきだろう。
━━━とまあそんな具合に、自分で調べて判った範囲の事実を、今現在の上司に報告してみた。
「ここ数年“はぐれ”の数がやけに多いと感じちゃあいたが・・・他所から流れて来てるだと?」
俺の話を聞いたガラハドは、半信半疑の表情をしてはいたが、頭ごなしに疑ってかかりはしなかった。
「つまり今、かなり不味い状況なんだな?」
「不味いというか・・・激ヤバ?」
現在麓に溢れている獣は比較的大人しい草食系か小型のものばかりで、そうしたものを食らう側の上位種はいま正に一触即発の睨み合いの真っ最中。
そんな極度の緊張が破られた瞬間、剥き出しの狂暴な闘争心が向かう先ははたして━━━━
「下手に上位種に手を出すと、大事になるかもしんねーぞ。・・・“獣混じり”の勘が確かなのはお前も知ってんだろ」
「大暴走の可能性か・・」
自分達がかつて所属していた傭兵部隊には、獣人系の“混じり者”がそれなりに多くいた。
純人よりも遥かに頑丈な身体と優れた五感、獣じみた勘の鋭さを備えた獣人系の傭兵は、味方であればこの上ない戦力として一目置かれていた。
かくいう自分もそこに含まれていたわけだが。
「俺はお前がどういう奴か知ってっから言葉一つで納得するが・・・他の連中はそうはいかねぇぞ」
「ま、そうだろうな。慣れた狩場に獲物が溢れ返っているこの状況で、狩人共が絶好の稼ぎ時と張り切んのは無理もねえ。例え入山禁止を言い渡したところで、大人しく従う奴なんかいやしねえだろうよ」
獣の大暴走自体起きるのは稀だ。
《獣の領土》と呼ばれる中央山脈の傍らに暮らす者でさえ、一生のうちにそう何度も体験するものじゃない。
過去に経験している年嵩の連中はともかく、若手が実感できずに侮りがちになるのはどうしようもない。
「一応忠告はしといたぞ」
この後どうするかは、こいつ次第だ。




