乙女にお願い
「たまにはお前も下に降りてみねぇか、ネージュ」
「━━ は?」
ある冬の朝。
早朝のお茶の席で、シグが唐突にそんな事を言い出した。
ちみに『下』というのは、この家から歩いて約半日の場所にある、シグが仮の狩人登録をした町を指していると思われる。
「急になんで?」
「・・暇だろ?」
「暇だとしてもお断りよ」
「そう言うなって~。なーなー」
「嫌よ」
そもそも“歩いて半日”というのは、野生の獣並みの体力を誇るシグの場合であって、体力面で一般人よりも遥かに劣る自分では、丸一日かけてもたどり着ける気がしない。
しかも季節は冬。最悪だ。
「転移の魔法陣が使えりゃ移動は一瞬なんだがな」
「生憎、麓の町には繋げてないよ。昔ちょっとばかしトラブルがあって、面倒だから引き上げたのさ」
「残念だけど諦めるしかないわねー」
「なんだったら、俺が背負ってやってもいいぞ?」
「絶対に嫌」
なんだってそんなに食い下がるのよ。
「お前の異能なら、帰りは一瞬だろ?な?な?頼むぜ~~!」
そりゃまあ・・・。知らない場所には跳べなくても、“戻る”のは大して難しくはないけど?
私の異能は行き先をどれだけ強くイメージできるかが肝だから。
超インドア派のお家大好きっ子が『家に帰っていいよ』って言われたら、秒で帰るに決まってるでしょ。
「あのさぁ、シグ。そこまでして私を連れ回して、いったい何がしたいわけ?」
「・・・・・・」
眼が!泳いでいる・・・!!
何ナニ?何か疚しい事でもあんのかコラ!?
「・・・・・・」
「シ~グ~~?」
「・・・が・・・ぃんだ・・・」
「は???」
あんまり声が小さくて聞き取れなかった。
「もう一回言━━・・」
「だから!飯が不味いんだっっ!!」
「へ」
「町で食う飯が不味すぎて、気分が萎えてしょうがねえんだよっ!!チキショー!」
・・・わけわからん。
「俺は!クソ不味い飯には慣れてたはずなんだよ!なのにオメーのおかげでっ・・・!俺はもう、普通の飯じゃ満足できねぇ身体になっちまったじゃねえか!!どーにかしてくれぇぇ!!」
目が点になる、ってこういう気分なのか。初めて知ったよ。
何を言われてんのか全然わかんないんだけど。
なんで私が責められてんの???
「人の身体を弄びやがって・・・!」
テーブルに突っ伏し頭を抱えた状態で、悶えまくるシグルーン。
━━━そこまで!?
「ははぁー、さてはあんた・・・。ハネズに場所を覚えさせて、異能で往き来させるつもりだね?自分の都合で好きなようにさ」
ピンときたような表情でグウィネスさんが睨むと、流石に我儘を言ってる自覚があるのか、シグはばつが悪そうに視線を明後日の方向に泳がせた。
「え・・、何、つまり━━━。他所でも家のご飯が食べたいから、食事時に迎えに来いとでも???」
子供かッ!!━━━だがしかし、本人はいたって本気のようで、上目遣いでこちらをジッと見ている。
一応「冬の食事事情ってどんな感じ?」と二人に聞いてみた。
温暖な南の地域ならともかく、雪が降る所では冬場は保存食一辺倒。
麦や豆とかの穀物類に加えて、比較的保存のきく根菜を中心に、塩漬けや酢漬けにした野菜を、どうにか春まで食い繋ぐのだとか。
いざという時は、家畜を潰して食料に変えるわけだけど、その大事な家畜を山の獣に食い荒らされてしまえば、冬が長引くほど飢える可能性が高まるわけで。
・・・お金を払ってでも狩人を雇いたいと願うわけだ。
しかもその家畜を狙う“害獣”の種類によっては、毛皮や肉が大いに役立つ場合もある━━━となれば、被害に『ただ泣き寝入りする』という選択肢はまず有り得ない。
「なるほどー。シグもちゃんと役に立ってんだね」
「・・ったりめーだ。稼ぎ頭だぞ俺は」
そこでこの男が『ご飯が不味いからおウチに帰る!』とか言い出したらどうなるんだろう・・・。
今だって週イチくらいで戻って来てんのに。
「ちょっと訊くけど、狩人組合とはどんな契約したの?」
「一冬だけ手を貸す、って事で話はついてる」
モゴモゴと付け加えるようにされた説明によれば、一冬分として提示された報酬以外にも、寝泊まりする宿から食事までタダで世話してもらっているという。
「僻地の田舎町にしては奮発した方だね。この男なら軽くその分の働きはするだろが、一般の狩人ならその半値以下だ」
つまりそれだけ、いざという時のあてにされていると。
うわあ・・・、これで『おウチに帰る!』をやられたら堪ったもんじゃないわー。
だけどシグが言うには、その善意で用意してもらっている宿の料理が、とんでもなく不味いらしい。
料理がというか調味料が独特で、とにかく“酸っぱくて辛い”のだという。・・・まさかのトムヤムクン?
「確かに、慣れない味っていうのは地味にツラいよねぇ」
「━━━お前もそう思うだろ!?」
「あたしはアレはアレで面白い味だと思うけどね。獣人系のあんたには厳しかったか」
「あー・・、そっか」
納得した。人間よりずっと嗅覚に優れた獣人なら、そりゃあキツイわ。
「・・じゃあ一度行くだけ行ってみよっか?」
「ほんとか!?」
「ただし!下山の方法は私に任せてもらうわよ」
「あ”?・・・どうすんだ?」
「ふふーん。安全かつ最速な手段があるじゃない。山の獣との遭遇を気にしながらノロノロ歩いてたら、日が暮れちゃうわよ」
「おま・・・、まさかっ・・・!」
そのまさかですとも。




