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乙女に捧げる狂詩曲  作者: 遠夜
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乙女が待つ春

向こうの世界での私の“生”が潰えた瞬間で、時を留めたままのこの部屋。


いつ足を踏み入れても変わらない春の午後の光景に、すっかり慣れきってしまっていたけど、あちら側ではそれ相応の時間が経過しているわけで。


「向こうとこっちで時間の流れ方にズレがあるって話だったね。ハネズがこっちに来てだいたい半年くらいだろう?向こうでは一年経ってたってことかい」


一年・・・、あるいはもっと経ってる可能性だって否定できない。

時間の流れが一定だなんて保証はどこにもないんだから。


「はっきりとは・・・。でも多分━━━」


「うーん・・」


何かを考える様子のグウィネスさん。

無意識にでもカトラリーはせっせと動いて、目の前のお皿のパンケーキがみるみるうちに消えてゆくあたり通常運転だ。


「同じ季節、同じ時刻が鍵・・・一度限りか、それとも━━━」


ブツブツと口の中で何かを呟く彼女の頭の中では、多分今物凄い早さで術式が組み上げられている。


「ハネズ」


「っ、ハイッ!?」


急に呼び掛けられて、声が裏返った。


「昨日“繋がって”いたのはどのぐらいの時間だい?」


「う・・・っ」


突然の出来事に取り乱して、ずっとわぁわぁ泣きっぱなしだった自分は、その辺の事をあんまりよく覚えていない。

その問いには私の代わりにシグが答えた。


「体感的には四半時(十五分)程度だな」


こっちの世界の時間の計り方は実にざっくりしていて、一日が二十四時間で時計の文字盤の目盛りが十二本というところまでは向こうと同じなんだけど、一目盛りが“一刻いっこく”で二時間相当で、目盛りと目盛りの中間にある薄い線がその半分の一時いっとき(約一時間)を表している。


ちなみに文字盤の針は一本だけで、秒針も無し。

そもそも日常生活でそこまで細かく時間を気にするような習慣がない。

短い時間を計る場合は、一般的には砂時計を使う。


「どんな偶然の力が働いたにしろ、一瞬でも向こうと時間の流れが重なったのは、多分あんたの異能も無関係じゃない。そしてその事象に天地の運行が関係しているのなら、おそらく『今』が好機なんじゃないのかい」


「今が好機・・」


「異界との接続を試みるなら、少しでも可能性が高い時期を逃さない方がいい」


何度も試して。何度も弾かれて。何度も絶望して。

でも、・・・諦めきれなくて。

帰りたいから、自分のために必死になって、故郷に繋がる“道”をがむしゃらに探した。


けど本当はもう・・・頭の隅っこでなんとなく気付いてる。


━━━━多分私はもう還れない。


向こう側へ続く空間をじ開けようとした時の、全身全霊で拒まれるようなあの感覚は、体感した者じゃないと絶対にわからない。


それでも。向こうに還れないとしても、私にはどうしてもやらなきゃならない事ができてしまった。



「力を貸して下さい、グウィネスさん。短時間でいいんです。向こうと音声が繋がる状態を維持できないでしょうか」


「音だけ、ならそれほど難しくはないけど、それでいいのかい?」


「はい」


昨日のお母さんとの遭遇は、真に奇跡だ。

行方知れずになった娘の部屋を、海外で暮らしているはずの母親が、たまたま訪れている時に時間が繋がっただなんて。


二度目があったところで、この次も、なんてそうそう都合の良い事が起きるはずもなし。

私は私の、やれる事をやらなきゃ。







それから私はしばらく寝室にこもって、お母さん宛に手紙を書いた。

無駄になるかもしれないと思いつつ、キャンパスノートにこれまでの出来事をざっくりと綴り、最後に『元気でやっているます』と書き記して。


まだ試した事はないけど、私自身が界を渡れなくても“物”ならどうだろう。試してみるだけの価値はある。

上手くいけばお母さんの心労を、ぐっと減らせるかもしれない。



「準備はいいかい?」


「はい」


こっち側から見て本来“異界”にあたるこのマンションは、既にグウィネスさんの術でこちらの世界に固定されている。


ただしそれは全く次元の異なる空間を小さく切り取って、無理矢理こちら側に紐付けしただけで、例えるなら『ロープ一本で小舟を急流に繋いだ』状態なんだとか。


だから、こちらに繋がった状態で更に“河”の流れに合わせるのは至難の技━━というか、普通に考えて不可能だって事は理解できる。


今回この不可能を可能にするのは、ひとえにグウィネスさんの技術力と私の異能の合わせ技だけど、一番重要なのが時期的なタイミング。


クローゼットの扉を閉めて、こちら側の時間の流れを遮断した上で、あちらの時間に一時的に“同期”するための術式を展開。

━━━その瞬間を待つ。


『春の午後の桜吹雪』


この部屋の窓から見える風景が、おそらくは最大の鍵だ。



「おい、グウィン・・」


「あんたはその子をしっかり掴まえときな。目を離すとどっかへフラフラ流されちまいそうだからね」


「確かにな?」


「・・・あのー、私ってそんなに危なっかしく見えます?」


「「・・・・・、、、」」


二人して『今更ナニ言ってんだこの子は』みたいな顔で見るのヤメテェェェーーー!!



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