悩める乙女の原点
「イェレニス・セレンディードという男はかなり几帳面な性格だったらしいね。研究資料がきっちり整頓されてたおかげで、こっちは調べ物が楽に済んだよ」
食後のコーヒーを啜りつつ、愉しげな笑みを浮かべるグウィネスさん。
どうやら今日のセレンディード邸訪問では、そこそこ満足のいく成果が得られたもよう。
「この前魔術師学士院で読んだ本の内容と重複する部分が多くて、目新しい情報は少なかったけどね」
「あの短時間で全部目を通したんですか!?」
「それがねぇ、御丁寧に資料が一覧表化されてたのさ。かの御仁は晩年病がちだったという話だから、己の死後の事は常に意識してたんだろう。研究者ってのは自分の研究を秘匿したがる者と、気前よく他者に開示する者の二通りに別れるからね」
「イェレニスさんは後者だったんですね」
そもそも研究のお題が幻獣(UMA)の実態調査。元の世界のカテゴリーでいうなら博物学みたいなもの。
何がなんでも隠し通さなけりゃならないほど危険な代物だとか、世間に公表された途端利権争いを生じさせるような内容だったりとかではなさそう。
だからせっせと自分が積み上げてきた研究を、誰かにに引き継いで貰えたらと思う気持ちは何となく理解できる。
私だって想いの丈を詰め込んだ自分の『作品』達を、クローゼットの肥やしにしておくのは忍びない。
どうせなら作品が一番似合う人に、袖を通して貰いたいと思う。
そしてここからが本題なんだけどね、とグウィネスさんは意味深な笑みを深める。
「あそこんちの書斎で、資料の一覧表からは外れてたんだけど、面白い物をみつけてねぇ・・━━何だと思う?ハネズ。あんたの父親の観察・・・えーと、診療記録さ」
「『観察記録』って言おうとしましたね?今」
「あ~、問題はその中身さ。かいつまんで説明するけどね」
そう言ってグウィネスさんが語った話の“中身”っていうのが━━━━
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【西域歴XXX年 十三月XX日】
家の近くの道端で奇妙な落とし物を拾う。
『落とし物』というより、目の前に『落ちて来た』という表現の方が正しいかもしれない。
それは何の前触れもなしに、何もない空間から突然湧いて出たように見えた。
ちょうど目の高さ程の位置からドサリと地面に落ちたその物体は、人間の姿をしていた。
・・・どういう状況なのかよくわからないが、意識のない人間を冬空の下に放置してもおくわけにもゆかず、やむなく自宅に連れ帰った。
『落とし物』はおそらくまだ二十代半ば頃の青年。衰弱してはいるものの身体に大きな怪我はなく、しばらく療養すればすぐ起き上がれるようになるというのが医師の見立てだった、のだが━━━。
一つ困った事が判明する。
意識を取り戻した青年は一切合切の記憶を失くしており、自分の名前はおろか言葉すら覚えていなかったのだ。
まるで生まれたての赤子も同然のその様子に、どういうわけか普段人見知りの激しい娘がいたく同情し、甲斐甲斐しく世話を焼き始めたのには驚いた。
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【一月XX日】
元々大きな怪我がなかった事もあり、青年は身体的にはほぼ全快。
相変わらず記憶は無いままで、娘が付ききりで面倒をみている。
初めは赤子同然だったものが、ここ数日で言葉や動作を真似る仕草も見受けられるようになり、時折意味のわからない言葉を呟く事もある。
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【二月XX日】
小さな子供が母親の後を追うように、最初のうちは娘の後ろに付いてまわる事が多かった青年だが、最近では少し目を離すと度々姿が見えなくなるようになった。
邸の外に出る事はないが、鍵を掛けてあるはずの地下の物置やら屋根の上やら、何故そこに?と首を捻りたくなるような場所に入り込んでいる事が多々ある。
どうやら本人が意識しての行動ではないようで、しばらく青年の観察を続けた結果、夢中歩行に近いものと自分は判断するに至った。
・・・気になるのは、夜中に歩き回る青年に幻灯火がまとわりついていた事だろうか。
無害な存在とはいえ、特定の物や場所に留まる事をしない幻灯火が、まるで生き物であるかのように、青年の周りに群れていたのが気に掛かる。
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「なんか色々思い当たる節があるだろう?」
・・・あるっていうか・・・なにこの既視感。
「ひよっとして私のこの面白体質・・・、青磁からの遺伝なの!?」
いらんわああああああーーーーー!!!!




