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 低階層にて人狩りを生業とする半魔の魔人とそれを打ち倒したという半魔の少女の物語は、とある一人の吟遊詩人の手で瞬く間に国中に伝播し、同時にその少女が所属するクラン、スクリットーレ・オンブラの名もまた王都に滞在する冒険者の知るところとなった。

 所詮噂話だと笑うもの、半信半疑のものが大半ではあったが、冷やかしにその半魔の少女を一目見ようというものやいったいどんなクランなのかと加入申請をするものもまた後を絶たなかった。

 そのため、ギルドには連日多くの人間が集まり、ろくに機能しなくなってしまったギルドはすぐさまスクリットーレ・オンブラの情報を封鎖。黙して何も語らずにいる事を決めた。

 結果としてその行動が、さらにスクリットーレ・オンブラの名を世に知らしめることとなった。




「ん、起きてたんだ?」


 ドーラが部屋に入ると、レスティがベッドに腰掛けて窓から外を眺めていた。窓の外には噂の少女が宿泊している宿があるらしいと耳ざとく聞きつけてきたもの達でごった返している。レスティはそのような事態に店の従業員達やマギーに申し訳なく思っているのだが、逆にマギーの方は、「何いってんだい稼ぎ時だよ!」と張り切って料理を作っては店の前で騒いでいる野次馬達に売りつけている。


「もう五日も経ってるんだし、さすがに平気だよ」

「丸三日間も寝ておいてよく言うわ」


 あの戦いからレスティは三日の間眠り続けつい昨日やっと目を覚ましたかと思えば、ソフィとドーラから事の顛末を聞いて、ご飯を食べると、またすぐに眠りについてしまっていたのだった。


「まぁ、もう大丈夫だから」

「信用ならないけど……林檎、食べる?」


 外から買ってきたのか、紙袋に入ていたそれを取り出してレスティに差し出して見せる。真っ赤に熟れた、蜜で輝く林檎は甘い香りを放っている。


「ありがと」


 受け取ったそれに早速かじりつく。甘酸っぱい果汁が、置きぬけの乾いた喉を潤していく。

 同じようにドーラも林檎に齧り付いて美味しそうに頬張っている。


「林檎、好きなの?」


 そういえばこうして部屋で初めて対面して喋ったときも林檎を買ってくるように命令されたのを思い出す。それになんとなくその赤い色が彼女のトレードマークとでも言うべき赤い髪と同じ色だったから聞いてみたのだ。


「まぁ、そうね。魔法使いってのは自分に関する色が好きなのよ。好きっていうかまぁ、魔法を使うための訓練の一環みたいなものなんだけどさ」

「ふぅん」

「だからまぁ、赤い食べ物は大体好き。トマトとかベリーとかハバネロとか」


 上げられた名前の食べ物をレスティは何一つ知らなかったが、適当に相槌をうっておく。不味くはないのだろうし、今度商業区に出向いたときに買って三人で食べるのもいいだろうと思う。

 レスティが林檎を食べ終えてもドーラは二つ目に手をつけている。なんの警戒もせず美味しそうに林檎を食べ続けるドーラに、ソフィは聞く。


「ねぇドーラ」

「なによ、残りの林檎はあげないわよ」


 子供のように紙袋を強く抱きながらいうドーラにレスティは苦笑しながら、違うと断ってから言葉を続ける。


「ドーラは私の事、怖くないの?」


 レスティの疑問を聞いてもドーラは林檎にかじりついて、ため息をひとつ漏らす。


「なにを怖がる必要があるっていうのよ。あんたなんて食い意地張ってるちょっと頑丈なだけの半魔でしょ? だいたいあたし相手にわざわざ相談なんか投げかけてくるような相手怖がれって方が無理ってもんでしょ? そりゃま、あんな姿になったりしたり、魔人を一人で打ち倒すって力自体は怖いかもしんないけどさ、人が殺せるからって包丁怖がってもしかたないでしょ。あんたって剣にはちゃんと所有者もいるわけだしね」


 事も無げにドーラはそう言う。

 異形であれ、異能であれ、その本質的な部分をしっかりと見ている。出会った当初こそ自らの場所を脅かす存在でしかなかった相手だったはずの彼女が、自分を信頼してくれている仲間になっているということがなんだかおかしくてレスティは自然と笑ってしまう。


「笑ってんじゃないわよ。笑いたいのはこっちだっての、あんな力あるなら最初から使いなさいよ。横でどたばたやってたあたしらが馬鹿みたいじゃない」


 あの時、転移魔法の使える位置までソフィを連れて行ったドーラだったが。詠唱の隙をみてソフィはレスティを心配して逆走を開始し、ドーラはそれをあわてて追いかけた。

 そうして、戻ってきたソフィに名前を呼ばれた事で、あの不思議な力が使えた。


「そんな事言われても、私だってあんな事になるとは……」

「だいたいあれはいったいなんだったのかしら、倒れたと思ったら元に戻ってるし」

「さぁ? よくわからないけど、二人を守らないとって思ったらなんかああなってた」


 あっけを取られたようにドーラは口をあけて、暫く顔を赤くしたあと、盛大にため息を吐いてみせる。


「あんたほんとにあのお嬢様が好きなのね……命までかけられるくらいだし当然か」

「うん、好きだよ」


 レスティはそう素直に答える。それは心からの思いだ。自分をあの境遇から救ってくれた事にはもちろん感謝している。もしかしたらジュラーレのように自分もなっていたかも知れない。けれどそういったことを除いても、一人の対等な相手として、ソフィの事を好きだと好ましく思う。この人の為になら命をかけてもいいとはっきりといえるくらいにレスティはソフィの事を好きだとそう強く思っていた。


「別にとやかく言うつもりはないけど、いいのあんた? あの子の目的はお家の再興、いつかは婿を迎え入れて結婚しちゃうのよ?」


 レスティのひたむきでまっすぐな感情にあきれた様にドーラはそう聞くのだが、レスティはまったくもってその言葉の意味をわからぬかの様に首をひねって聞き返す。


「なにか、問題があるの?」


 それはソフィの願いが叶うということなのだから、素直に喜ぶべき事なのではないか、とレスティは思う。まだ芽生え始めたばかりの、ようやく自覚できるようになった誰かを好きになるというそのレスティの気持ち。彼女はまだ嫉妬と言うものは理解もしておらず、人を好きになるということすらも本質的には理解できてはいなかった。


「あんたがそれでいいなら、別にいいけどさ。ま、いずれ嫌でもわかる時が来るわよ」


 ドーラの言葉にただただ首をかしげるレスティとそれを眺めておかしそうにするドーラ。

 二人がそなんふうに駄弁っていると、部屋の扉を開けてソフィが戻ってきた。レスティが起きているのを見ると驚いたように視線を向けてその場で立ち止まる。


「もう大丈夫? おかしなところはないかな?」

「平気、なんなら今からでも迷宮にいけそうなぐらい」


 実際レスティの体はもうすっかりとよくなっていてなんなら倒れる以前よりも調子がいいくらいだ。


「さすがにそんな無理はさせられないよ。当分はお金もあるし、ゆっくりしようと思うよ」


 言いながらソフィは確認の為にそっとレスティの額に手を当て熱を測りながら、その顔を覗き込む。そのしぐさにレスティは思わず胸がドキリとする。感じた事のない感覚に頬が熱くなる。


「うん、熱もないみたいだね、顔が少し赤いけど、平気そうだ」


 すぐ近くにあった顔が離れて行く事を残念に思う。この気持ちはいったい何なのか。困惑するレスティに助け舟を出すように、ドーラが紙袋を置いてソフィに話を振る。


「それでギルドのほうはどうだったのよ」

「もうだいぶ静かになってたけど、ブリックさんに大分どやされたよ。気持ちわかるがあんまり下手に名を売るんじゃないってね」


 事件のすぐ翌日。レスティの命に別状が無いとわかるや否や、ソフィは眠り続けるレスティの横で新たな詩曲を作り始めた。魔人と半魔の少女の戦いを詠う英雄譚を。書きあがるとすぐに、ドーラにレスティの事を頼んで街へと走った。おかげでもはや魔人殺しの半魔の少女の噂を知らぬものこの国にはいなくなった。

 特にこの詩が好評なのは幼い子供達にであり、街中では半魔ごっこなるものが流行っている始末で、中にはほんとうに半魔の子供と遊んでいる子供達までいる、大人達はそれを複雑な表情で見守っていた。


「でもなんでギルドに? もう換金も事の顛末も伝え終わったんじゃ?」


 昨日起きたときにレスティもその事については聞いていた。魔人、ジュラーレの死体は換金され、実に金貨四十枚という大金になった。それはちょっとした家が買えてしまうほどのものすごい金額だ。レスティは今でも自分の貨幣袋の中に十四枚の金貨がはいっていることが信じられないでいる。


「うん、それとはまた別件でね、情報封鎖前にクランへの加入希望があったひとのリストを一応もらってきたんだ」


 そう言ってソフィがテーブルの上に広げた髪束はドンと音がなるほどの量で、これでひっぱたかれればさぞかし痛いだろうと確信を持って言える。


「はー、すっごい量ね。何、新しく人入れるつもりなの?」


 ドーラが上から数枚をとって、紙面に目を通していくが、その眼鏡にかなうものはないのか次々とテーブルに別の塔が出来上がっていく。


「あんまりそのつもりはないよ、一応これには全部目を通してみるつもりだけど。まだ暫くは三人でいいかなって。優秀な人材でもいれば考えるけどね。魔人殺しや、魔法使い、以上の逸材はなかなかいないとおもうけどね」

「そりゃそうでしょうよ」

「でも、いい人がいたほうが、もっと奥目指せるし」

「そうだね、だから、一応目をとおしてみるよ」


 言いながら席について早速ソフィはその紙束に挑み始める。それを眺めていたドーラは悪戯っぽい笑みを浮かべると、小声でレスティに耳打ちをする。


「あたしのときは嫌な顔してたのに、今回はあっさり認めるのね」

「うん。それがソフィの助けになるなら」

「ふぅん。じゃ、こういうことしてもいいんだ?」


 言うが早いか、ドーラはソフィの体に抱きつくようにしながらそのひざの上に軽い体を陣取らせて、紙束に手を伸ばす。


「せっかくだから手伝ったげるわ」


 挑発するような目でドーラはレスティを見つめる。

 言いようも無い腹立たしいような、いらだつような、焦燥にもにた感覚にレスティは歯軋りをする。この沸きたつような感情はなんだろう。わからない、知らない。知らなかったことを知って。見たことも無い物をみて、触れはずの無かったものに触れ、ソフィに出会ってからレスティの世界は急激に広がっていた。

 苦しいと思うことも、嫌だと思うこともある。それでも今のこの居場所を大切に思う。

 何より好きな人と一緒にいられることが一番大事な事だと思える。

 だからその場所を取り戻そうと、レスティもソフィの体へと抱きつく。胸がどきどきして、石鹸のいいにおいがする。顔が赤くなるのがわかる。


「わ、私も手伝う」


 緊張しながらその精一杯の声を上げる。

 それを見ていたドーラが意地悪くニヤニヤと笑う。

 ソフィは困ったように頬を掻きながら、リストをめくる手を止める。


「どうしたんだい二人とも……僕が何かしたかな?」


 困惑しながら聞き返すソフィに、しかし二人は答えない。一方はその面白さから。一方はこのささやかな幸せを手放さないために。


「ん、あ、この人とかいいんじゃない? 貴族らしいし、ソフィ的にもちょうどいいんじゃない?」

「でも、腕はないって、だめじゃ?」

「そうだね、これからはもっと危険な階層に行く事になるだろうし、ある程度腕はたたないとね」


 三人は押し競饅頭のように引っ付きながらリストを覗き込んではあーでもないこーでもないと話し合いを続ける。そうしてしばらく三人が作業を続けていると、ふと、ソフィがその手を止める。


「そういえば、レスティ、まだきちんとお礼をしてなかったね。ありがとう。君のおかげで僕らは今こうしてここにいられる」


 急に目をみて真剣にそんことを言われてレスティはドキリとしながらもその顔を見つめ返して答えを返す。


「当たり前、私はあなたの剣なんだから」


 ぎゅぅっと強く目の前の少女にレスティは抱きつく。

 腕の中に感じる温かみを大切に思う。

 それは儚いものだ。

 何も手を打たなければすぐに手の中から抜け落ちてしまう。

 そうしないためには、もっともっといまよりももっと戦って戦って、迷宮の奥深くを目指す必要がある。

 それを苦とは思わない。

 この温もりの為に戦うことをレスティは厭わない。

 もう一度強く抱きついて自分が守る事のできたその大切な存在をしっかりと少女は確かめた。

 スクリットーレ・オンブラ第一部完ということで。

 最後まで読んでいただいた方ありがとうございます。

 もともと何かしらの賞に応募しようと王道迷宮ファンタジーを書こうと思って書き始めたのですが、思ったよりも設定が膨らんでしまい風呂敷を畳みきれないまま字数内に収めようとした結果第一部完という形に。

 続きを書くことがあるようであれば、サブタイトルでもつけて新規投稿を開始すると思います、その時またご縁があれば何卒。

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