15.選択
「いい加減にしろ」
シドネが言った。
「どれだけ待たせれば気が済むんだ」
「……分かってますよ」
リューエルが申し訳なさそうに目線を逸らす。
「分かってねぇよ」
シドネが吐き捨てるように言った。
「人の迷惑考えろって言ってんだよ」
「……」
リューエルは拗ねた子どものように唇を尖らせた。
――その態度にシドネの堪忍袋の緒が切れた。
「シロップ決めるだけでどんだけ時間費やしてんだ!」
かれこれ五分はこうして悩んでいる。場も選ばず、図々しく、この白髪は店前で居座っている。
シロップごときに。ただ着色がなされた砂糖汁に。
「うるさいなぁ。今決めてんじゃん。気が散る」
「散々黙ってやった挙句、不貞腐れてんのはどういう了見だ! 全部おんなじ味だろ!」
「シドネさん、もしかして」とリューエルがシドネに「かわいそうなもの」を見るような視線を向けた。
「ラテアートとか、店員さんの前で崩しちゃう人ですか」
「……その目やめろ」
まったく、何がそんなにコイツを悩ませているんだ。
……ラテアートなぞ洒落たもの、シドネはそもそも嗜まない。
シドネは怒り半分、呆れを超えた関心半分、といった心境で腕を組んだ。
「ったく、空いてるからいいものの……」
客に氷を削らせて各々が好きにシロップをかける、というスタイルの無人屋台。
店主はどれだけ人間を信用しているのか。シドネの故郷であれば、数分もしないうちにかき氷機ごと金が盗まれる。
「……」
「……何と何に悩んでるんだよ」
「いちごとブルーハワイ」
「普通!」
もっとマニアックな味で悩むだろ。こういうのは。
いちごとブルーハワイならいつでも食べられるだろ。
「……」
山盛りの氷を片手に、シドネが横から割り込んだ。
「おら」
ウィーンという音とともに、てっぺんからみるみる赤に染まっていく氷。
「ああ! 何するんですか!」
「長いんだよ。お前」
「ああ、私のブルーハワイ……」
リューエルはそう言って項垂れた。
そんなに残念がるということは、ブルーハワイが食いたかったんじゃないか?
「……」
これ以上なく落胆するリューエルをよそに、シドネはもうひとつ氷の山を作る。
「え? 貴方は食べないんじゃ……」
シドネが氷を削る音に、リューエルが顔を上げた。
犬みたいな奴だな、とシドネは眉を寄せる。
「うるせぇな」
手元の氷が鮮やかな青色に染め上げられていく。
実に体と頭に悪そうな色をしていた。
「ほら」とシドネは色違いの氷を両手に差し出す。
「これならどっちも食えるだろ」
「……お名前は」
そう言ってリューエルはシドネを見上げた。
「……シドネだけど」
さっきロゼに名乗った時、お前いただろ。
ああ、飯の話に夢中だったか。
「……シドネさん」
リューエルが立ち上がる。
「いや、お礼とか別にいいから――」
「二つも食べられません」
「……」
……こいつ。
「お腹壊しちゃうんで。あ、でもお気持ちなんで両方を――」
かき氷に伸びたリューエルの腕を、シドネはするりと躱す。
「え」
「ざっけんな。一つずつだ、馬鹿。お前はイチゴにしとけ」
「え、待ってください、シドネさん。あ、じゃあ私ブルーハワイがいいです」
「ならさっさと選ぶんだったな」
そう言ってシドネはブルーハワイ味の氷を口に運んだ。
頭を冷やして考えてみれば、『ブルーハワイ味』ってなんだ。そんな味存在しないだろう。
「……失って初めて気がつきました」
「……」
リューエルが寂しげに笑う。
「私は、『ブルーハワイ』が食べたかったんだ、って……」
「雰囲気出したってやんないからな」
――
「なあんだ。シェアしたかったんですね、シドネさん」
「別にそういうわけじゃ――もういいや」
結局、二つのかき氷を味わえたリューエルは満足げに腹をさすった。
シドネに至っては、リューエルにそのほとんどを食い尽くされたので、何とも解せない気持ちである。
「あ、二つ食べたから舌紫になってるのかな。シドネさん、見てみて」
「はいはい、なってるなってる」
「絶対見てませんよね?」
興味なさげなシドネにリューエルもまた興味をなくしたのか、「まぁいいや」と立ち上がった。
「今度は私が奢ります」
「まだ食うのか」
「はい」とリューエルは平然と頷く。
腹を壊すとかどうのこうの言っていたのはどこのどいつだったか。
「太るぞ」
「他人様にそんなこと言うなんて。デリカシーないですね、シドネさん」
「……そうはいっても」
神父服を着ていないリューエルとはいえ、素が中性的。髪を下ろしていた時はそれなりに女に見えたが、今は緩く編んだ髪を横に流しているため、その角ばった輪郭が露わになっている。
「……」
シドネの視線が自然と下りた。
そして同じ言葉を口にする。
「……そうはいっても」
「ひどい」




