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ハートフル・ハート ―アイリッシュ・スナイパー前日譚―(2014年 06月 13日公開分)

 その日、杜若あいりはどうにも不調であった。別にその日に限ったことではなく、この数日間ずっとそうであったといえば、そうなのだが。城南大学のサークル棟に割り当てられた、服飾デザイン同好会の一室にて、新しいデザイン画をこしらえては放り投げ、こしらえては放り投げを繰り返している。服飾デザイン同好会は、零細サークル故に部室も手狭だ。散らばる紙くずを甲斐甲斐しく集めるのは、1人の男である。

 脱色に脱色を重ねて痛みきった金髪が、まるでポリエステル製のハタキのように放散している髪型が印象的だ。メンズ向けのファッション雑誌からそのまま引っ張り出してきたような服装だが、その外見はモデルというよりも完全にホスト崩れである。あいりが大学で作った数少ない友人であり、服飾デザイン同好会を支える3人のうちの1人であった。


 名前を、茶良畑著律須ちゃらばたけ・ちょりっすという。冗談のような名前だが本名だ。いわゆる、キラキラネームという奴だろう。


「杜若サァーン、ガチでぇ、部室散らかすのやめてくぁっさいよぉ」


 間延びしたような声で、茶良畑が言う。


「うん、ごめんね……」

「あっ、元気ないっすねぇ。杜若サン、モンエナ買ってきましょうか?」


 このやり取りだって、数日連続のものだ。

 あいりは今夏、学生向けに開催されるファッションデザインコンテストに提出する作品を鋭意製作中である。であるのだが、満足いくモノは一向に仕上がらない。このコンテストは協賛企業に〝あの〟MiZUNOも名前を連ねていて、尊敬する友人である芙蓉めぐみに対して、渾身のデザイン画を叩きつける良い機会でもあった。

 芙蓉と出会ってから早2年。彼女のファッションデザインに憧れて追いかけてからは、もっとになる。いつの間にか友人として対等な立場を築けていたが、才能という観点から見れば雲の人の上であることは変わらない。そんな芙蓉も関わるデザインコンテストに作品を投稿するのは、健闘するにせよ惨敗するにせよ、きっと自分の立ち位置を確かめるキッカケになる。


 と、思っていた。まさか、自分自身で納得いくものさえ満足に描けないとは。


「杜若サン、割とハート付きのアクセとかよくつけてっじゃないっすかぁ」


 忸怩たる思いを重ねるあいりに対して、茶良畑は言った。クシャクシャに丸めたデザイン画を、丁寧に広げ直していた。


 何を言い出すかと思えば、さすがに彼はよく見ている。あいりは、自らの耳元をそっと撫でながら言った。昔からつけているお気に入りのイヤリングは、確かに茶良畑の言う通りハート型だ。自分のキツめの性格にはあまりそぐわない、ややファンシーな意匠であることは自覚している。

 あいりには、イヤリングに限らず、割とハート型の小物を多く選ぶ癖がある。さすがに、ど真ん中にドーンとハートを描いたシャツなんかを着る気にはなれないが、アクセサリーやバッグなどであれば、ついつい手にとってしまう。


「それってぇ、なんかイミあんっすかぁ?」

「イミって?」

「今まで殺した獲物の心臓をぶら下げるとかぁ」

「あたしは未開の人狩り族か」


 あいりはピシャリと言ってのけて、耳元のイヤリングをいじくり続ける。ま、理由と言えば、なんのことはない話なのだ。


「小中学校の頃の友達の影響よ」

「へぇー」


 茶良畑は目を丸くする。


「やっぱその友ダチってのもぉ、邪悪なんっすかねぇ」

「茶良畑くん。あんた、あたしのことなんだと思ってんの?」

「オレぇ、杜若サンのことガチでリスペクトしてるんでぇ。2年前の? あの、ナロファンの動画、オレも見たんでぇ。マジ感動したんっすよぉ」


 正直、その辺の話はあまり掘り起こして欲しくはない。あいりは、さっさと話を続けることにした。


「普通の子よ。まぁ普通じゃなかったけど。そいつもハートがすごい似合う子だったんだけど、『あいりちゃんにもきっと似合うよ』ってニコニコしていうから、試しにつけてみたのがキッカケ」

「へぇー。話を聞くだけでパねぇオーラ出てるんっすねぇ。震えがとまんねぇっすよ。やべぇ。まじすげぇ。ぱねぇ」


 一番やばいのはあんたの言語中枢よ、と言いたい気持ちを、あいりはぐっとこらえる。口の悪さは災いのもとなのだ。あいりももう大学生である。もっと大人しくなろうと決めていた。今は、コンテストに向けたデザイン画に集中だ。だが、


 だが、


 だが、なんだ。


 最近は何やら無性に心細い。芙蓉めぐみがフランスに旅立ったせいだけだとは思いたくない。まぁ、彼女だけではないのだけど。御曹司たちも、MiZUNOの海外進出に伴う根回しや、パーティーへの出席のために先日日本を発った。

 今、彼らに会いたいというのは甘えだろうか。芙蓉=ネムに言われた言葉を思い出す。


――まあ、アイリスさん、最近少し牙が抜けてらっしゃるように見えますから。


 褒められているわけではないのだと、それだけはわかる。芙蓉は、〝牙〟のあった頃のあいりは魅力的であったと、暗に評していたように感じられた。その頃に立ち戻ってみるか、あるいは、現状から少しでも前に進んでみせないと、あいりは芙蓉達に顔を合わせる資格すらないように感じられる。

 〝牙〟ってなんなのよ。あいりは、デザイン画に向き直って仏頂面を作る。杜若あいりは、アパレルデザイナーを目指すただの女子大生だ。ファッションに牙が必要かというと、とてもそうは思えない。


 芙蓉は何が言いたかったのだろうか。



 あいりは、目の前のファッション画に、ハートと牙を描き加えてみた。


 すぐに丸めて捨てた。





ハートフル・ハート ―アイリッシュ・スナイパー前日譚― <完>

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