【4日目】修羅場、そして和解
…………また頬に何か刺激を感じる。
つんつんと、指先で誰かにつつかれているような感覚がある。
俺はそんな可愛らしいことをする相手に心当たりがあった。
「――おはよう、フェウー」
「あら、おはよう」
フェウーは先日よりも心なしか緊張を解いた様子で挨拶を返した。
恐らく第一声に名前を呼んだことで親しい間柄だと推察したのかもしれない。
「その様子だと私の事情は知っているみたいね。早速だけれどあなたの名前を教えてくれるかしら?」
「ユータだ」
「ユータ、ね。ところであなたがソファーで寝ていた理由について聞いてもいいからしら?」
「ここは俺の家で、生憎ベッドはひとつしかないんでな」
「そう。レディーにベッドを譲るなんて紳士なのね」
「紳士、ね……」
少女を騙し、悲しませ、あまつさえ乱暴にレイプした人間が紳士なわけがない。
もう俺はこれ以上この少女を騙して接することなんか到底できそうにない。
許してもらうとかではなく、もう耐えられないんだ。
「フェウー。実はな、俺はお前に嘘を付いたことがある」
口調が自然に重くなっていく。フェウーはその真紅の瞳でしっかり俺の眼を見つめている。
「だがお前は俺より賢くて、俺の嘘なんて簡単に見破った」
「……」
「だから、これから俺はお前に全て隠さずこれまでの経緯を話そうと思う。お前は自分がどうしたいかを、話を聞いてから決めてくれ」
フェウーは俺の眼を見つめたままゆっくり、こくりと頷いた。
そして俺はフェウーと俺が出会ってからの経緯を全て包み隠さず話した――――。
「――――それで?」
俺の話が全て終わった後、フェウーは口をへの字に曲げながらそう言った。
「でって、これでもう話は終わりだが……」
「そうじゃなくて、あなたはどうしたいのよ?」
「俺? いや、だから俺じゃなくてお前がどうしたいのかって――」
「ち・が・う!」
ガスッ
「いってぇ!?」
大声を出しながら突然フェウーは俺の向こう脛を蹴飛ばした。
弁慶の泣き所を思いっきり蹴られた俺は半分ほどの身長しかない少女に跪くようにしゃがみ込んだ。
しゃがみ込んだまま前を向くと同じ目線の高さに少女の怒った顔があった。
「あなたは嘘を言っていないようだけれど、本当のことを話せばなんでも許されるっていうわけじゃないわよ!」
「うっ……」
「それを話すだけ話して……あまつさえ、これからどうするのかを私に全部任せるつもり!?」
「そ、それは」
「ふざけるんじゃないわよ!」
バチィン――!
大きく振り上げた少女の小さな手を俺は避けることができなかった。
フェウーの言葉は俺の良心に突き刺さり、俺は平手を受けても呆然としていた。
俺のそんな様子を見て少しは溜飲を下げたのか、フェウーは落ち着いて自分の息を整えた。
「……だから、私にどうしたいのかを聞く前に、まずはあなたがどうしたいのかを言いなさいな」
フェウーは目を逸らさない。
俺は、フェウーの目を見ながら考え、答えた。
「俺は……お前に、謝りたい。お前を無理矢理犯したことを。すまなかった……」
「……」
フェウーは怒りの篭もった瞳で俺を強く見据えている。
「お前は許さないだろうが、それでも俺は……」
「ふぅ……そう。なら許してあげるわ」
「……………………は?」
言葉を続けようとする俺に被せるようにフェウーはあっさりとそう答えた。
「は、じゃないわよ。許してあげるって言っているのよ。今日の私はね」
それがどういう意味の言葉なのか一瞬わからなくなった。
俺が戸惑っているとフェウーは腕組みをして呆れたようにため息を付いた。
「あなたが過去の私にどんな仕打ちをしようとも、過去の私と今日の私は別人なの。本来あなたが謝るべきはあなたが汚した……過去の私」
フェウーはまるで子どもをあやすように俺に丁寧に語りかけた。
「私は1日で経験も記憶も全部失うの。それは1日の終わりにその日の私が死んで、次の日に別の私が生まれるのと同じことなのよ」
それは今までの彼女が一度も口にしなかった自分の境遇に対する悲観の言葉だった。
「だから……あなたが謝りたくとも、死んでしまった過去の私にあなたが会えることは二度と無いわ。あなたは取り返しのつかないことをしたの」
言葉とは裏腹に、フェウーの表情には明確な同情があった。
過去を振り返れない自分の境遇を理解している彼女だからこそ、過去の行いを償えない俺に同情しているのかもしれない。
「あなたはもう相手に許しを請うことができない。死ぬまでその罪を背負って生きるのよ。だから、過去の私はあなたのことを許さないだろうけれど――」
フェウーは呆れたような笑みを浮かべ。
「――――今日の私くらいは、あなたを許してあげることにするわ」
誇り高い女王のように、慈悲深い赦しを俺に与えた。
フェウーはどこまでも優しい女性だった。
例え記憶が続いていなくとも、身勝手な欲望のまま自分を犯した人間を彼女が許す道理はない。
それでも……それでも「今日のフェウー」は許してくれたのだ。
「うっ……」
俺は、恥も外聞もなく見た目は自分の年齢の半分にも満たない少女の前で咽び泣いた。
俺は、もう二度と。
この気高い少女を裏切るまい。フェウーの前で嘘を付くまい。
フェウーは跪く俺の前で黙って俺が泣き止むのを待っていてくれた。
「…………落ち着いたかしら?」
「あ、あぁ……」
みっともないところを見られてバツの悪い俺は目を逸して曖昧に頷いた。
俺の返事を受けてフェウーは暫し自分の顎に人差し指を当てる仕草で考え込んだ。そして。
「それじゃあ私達の関係については取り敢えず保留にしましょ」
「保留?」
今度は俺がキョトンとしてフェウーの言葉を聞いた。
「そ、保留。あなたには私を奴隷として所有する権利があるみたいだけれど。私はまったく納得していないし、それにあなたは私に負い目があるでしょう?」
フェウーは得意顔で宣言した。
「だから一度、私とあなたの関係をゼロに戻しましょう。そうね差し当たり……」
グゥ~……
不意にフェウーのお腹が盛大に鳴った。
そういえば、フェウーはいつも寝起きは腹ペコだったな。
「朝食からってか?」
俺が笑うとフェウーはワナワナと赤くなるやら青くなるやら。
「ふ、ふんっ! ほら、ボサッとしてないでやるわよ」
「え? お前もやるのか」
「当たり前でしょう! あなたと私は対等の人間関係なのだから、これからは家事も共同作業よ」
「いやそうじゃなくて。お前料理できないだろ」
「~~~~っ! だから今からあなたが教えるのよ!」
そう言うとフェウーは俺のケツを蹴り飛ばすような勢いで(実際に蹴られた)俺を調理場まで追い立てた。
こうして、俺とフェウーはやっと人並みの関係になれたのだった。
些細なことでぷりぷり怒るフェウーは年相応な少女のようで可愛らしかった。
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