試行錯誤
頼れるものが自分だけだと分かると、メモを取る過程にもそれまで以上に気合が入り、最終的にはクラリスとヘンドリックの台詞や行動だけでなく、自分の考察も合わせて記載するようになった。その方が二人について理解を深められ、選択肢を選ぶ時に役立つだろうと思ったのだ。
汐羅のこの目論見は見事に的中した。例えば、クラリスが言った『ヘンドリックさんはアッサムティーが好き』という台詞から、彼は甘いものを好むのではないかと推測し、蜂蜜入りの焼き菓子を茶請けに出すようにクラリスに指示出来たし、二人が温室で話をしている時のスチルの中でヘンドリックが見ていた花の色を参考にして、プレゼントのハンカチの色合いを決定した事もあった。
それだけではなく、もっと踏み込んだ考察をした事もある。例として挙げるなら、『ヘンドリックはレモンのついている紅茶が苦手』という描写だ。文字通りに受け取ればヘンドリックはレモンが苦手という事になるのだろうが、これに汐羅はどうも引っかかりを覚えた。
ふと、一年生の時に行った調理実習で紅茶を淹れる機会があった事を思い出した汐羅は、本棚の奥深くで埃を被っていた昔の家庭科の教科書を引っ張り出してきて、紅茶の淹れ方に関するページを開いた。すると、『レモンは香りづけのために使うもので、お茶に浸してすぐに取り出さないと、レモンから苦味成分が出て紅茶が渋くなる』という記載を見つけたのである。
これは目から鱗の発見だった。恐らくヘンドリックは苦いものが好きではないという事、そして、紅茶の味が変わってしまうのにずっとレモンを浮かべておくような、ちょっと抜けた人物、もしくはのんびりとした性格である事が分かったのだから。
汐羅はこの考察を大いに役立てて、二人が出掛ける時に、『近くの公園までゆっくりと歩いて行く』か『遠くの劇場まで鉄道を使って行く』のかを選ぶ時に、前者を選択した。穏やかなヘンドリックには、そういった二人でまったりと過ごす時間が何よりも嬉しかったらしく、この日はネロから言わせれば『最悪じゃねぇか』という評価をつけられた一日となった。




