衝撃
帰りに『ジョイフルモール』に寄るために、汐羅は放課後、正門の前で紀之と待ち合わせる事にした。しかし、終業のチャイムが鳴ってから随分経っても、紀之は中々現れなかった。
「遅いよ」
もしかして約束を忘れて先に帰っていったのではないだろうかと思い始めた時に、やっと紀之が来た。汐羅は口を尖らせて文句を言う。
「何してたの?」
「あー、ちょっとな」
紀之は目を逸らした。何か言い辛い類の用事でもあったのだろうかと、汐羅は訝しむ。汐羅がじっと見ていると、紀之は話題を変えるように「そう言えばさ」と口を開いた。
「中庭で、杉村と長谷が喧嘩してたぞ」
「……そう」
かつての汐羅なら、早苗と一輝の不仲を大喜びしただろうが、今はそれを聞いても全く心が動かなかった。酷く醒め切った汐羅の顔を、今度は紀之が見つめてくる。
「あの二人、もうすぐ別れるかもな」
紀之が静かに言った。
「そうしたら、お前はどうする?」
「どうもしないよ」
紀之は、心配そうな落ち着かない口調で尋ねてきたが、汐羅はこの質問の答えを、彼に聞かれるとっくの昔に出していた。
もう一度一輝と付き合いたい、という考えは汐羅の中にはなかった。また一輝と恋人になったからと言って、今度こそは本気で彼と向き合えるとはどうしても思えなかったからだ。汐羅が彼に恋愛感情を向ける事が出来なければ、どんな形であれ再び不幸が起きてしまうかもしれない。自分のためにも一輝のためにも、そんな事はするべきではない。
今回一輝が早苗と破局しかかっているのも、二人の気持ちのすれ違いが原因であろう。一輝は自分を見つめてくれる人と恋人になった。しかし、その視線に自分が応える事は出来ないと気が付いて、早苗の隣にいるのが苦しくなったに違いない。想いが届かない辛さは、一輝が一番良く分かっている。優しい一輝は、同じ事を自分が早苗にしているのが申し訳なくなってしまったのではないだろうか。
そんな事を考えていると、不意に視線を感じた。汐羅が振り向くと、四人ほどの女子の集団と目が合う。汐羅は話した事はなかったが、確か紀之と同じクラスの子たちではなかっただろうか。
四人の内一人は顔を俯けていて、表情が見えなかった。だが他の三人は、まるで親の敵のような目で、汐羅を睨んでいた。彼女たちが汐羅の真横を通って学校の外に出る時、顔を俯けている女子に、他の子たちが何か耳打ちするのが見えた。汐羅は、何となく自分に関する事を言われているのではないだろうかと思った。しかも、彼女たちの様子から考えるに、あまり良くない話のようである。
「紀之、今の、二組の子たちだよね?」
何となくそわそわしながら、汐羅は尋ねた。
「何か私の事を見てた気がするんだけど……気のせいかな?」
「えっ、あ、ああ……」
紀之は虚を衝かれたような顔になった。
「何? ひょっとして何か知ってるの?」
紀之があからさまに狼狽したので、汐羅は嫌な予感がした。
「私、何かしちゃったのかな? でも、全然心当たりがないんだけど……」
「それは……まあ、なくて当然だろ」
紀之は観念したように言った。
「俺……あの中の一人に、さっき中庭で告白されたんだ」
「こ、告白!?」
汐羅は思いもかけなかった言葉に目を剥いた。
「えっ、嘘? 嘘でしょ!?」
「……本当だよ。嘘ついてどうすんだよ」
紀之は汐羅から目を逸らした。
その何とも言えない複雑な表情に、汐羅は紀之の言った事が真実であると悟る。だから彼は、中庭で早苗と一輝が喧嘩していたのを知っていたのか。恐らく呼び出された際に、うっかり二人の会話を盗み聞きでもしてしまったのだろう。




