11. 吸血鬼少女の豹変と双子の悪夢と
「……いや……っ………ゆ…め…………」
段々と目が視界を捉えたのか、瑠璃は夢だと気付いた。
大声で痛めた喉と頬を流れる膨大な量の涙が今を実感させる。
ああ、そうだ。あの髪留めを握ったまま眠ったから。
瑠璃は、眠る時にあの髪留めを握っていると悪魔を必ず見る。今回は、無意識に握っていたようだが、いいタイミングで自分への戒めになった。
「…………髪……留め………」
髪留めがない事に気づき、辺りを見渡すと、思いもよらない人物が髪留めを持っていた。
「……あ…さぎ………なん……で」
少し、掠れた声で呆然と浅葱を見る。
「………瑠璃は、私達に本当に何も言わないよね。」
ぽつりと浅葱は、言っていた。
違う。こういう事を言いたいんじゃない。瑠璃の顔が見れなくて、下を向く。
単純に心配している事を言いたいのに。口は言うことを聞かずに瑠璃への責めるような言葉が出てくる。
「一週間前だって、瑠璃は私の助けを断った。私が弱いのは分かる。………だけど!何があったかくらい話してよ!知らない男の子に運ばれてくるし、思い詰めた顔してるから、言ってくれるまで聞かない方がいいかなって待ってたのに!!今日みたいに泣いてる所は見たことなくても、泣いたあとを何回見たか分からない!私に…私たちに何回嘘を吐けば気が済むの!?」
いくら心配を掛けたくなくても、家族なのだから。
そう思っても、続きが出ない。口が自分のものでは無いような感覚に陥る。
悔しくて、自分が不甲斐なくて、髪飾りを握りしめる。
これは、瑠璃への怒りではない。怒りもあるけれど、殆ど自分への怒り。
八つ当たり。
しかし、瑠璃が予想外の反応を示した。
「嘘……数え切れないほど吐いた。浅葱の考えるような嘘じゃない。………例えば、浅葱の血を飲むために襲った吸血鬼。私。」
「何………言ってるの…………?」
八つ当たり所ではない衝撃が浅葱を襲う。
浅葱は幼い頃、吸血鬼に襲われ、吸血される事へのトラウマとなった。だから、瑠璃からの提案で注射器で抜いた血液を毎日少しずつ渡している。
初めは瑠璃は飲むことさえ拒否したのだが。
そのトラウマの相手が信じていた瑠璃だと、頭が受け入れない。
「受け入れないって顔。恐怖に歪ませる。」
チクリと首筋に痛みが走った。
浅葱は、何の認識も反応も出来なかった。
気付けば、吸血鬼化した瑠璃に近づかれ、牙が首筋を突き破る寸前で当てられていた。
二つ分の鋭い痛み、幼い頃のトラウマが蘇る。
ブツリという音が浅葱の耳に届いた。
恐怖で声も出ず、身体が震え、足に力が入らず、膝を付く。
なのに、牙は離れない。
異様に冷たい唇、牙二つ分の痛み、荒い息遣い、吸われる感覚、何度かピチャリと鳴る液体の音、コクンとなる喉。
吸 血 さ れ て い る
「……やめっ………やだっ…やめ…って……っ!!」
浅葱は、悲痛な声を出した。
恐怖が強く、大きな声さえ出ない。
瑠璃はスっと牙を抜いた。
白銀の髪がサラリと揺れ、紅い瞳が瞼で細められ、薄い唇が弧を描く。
「霊力持つ人間は血が美味しい。今までは浅葱の血を夜吸ってたけど、もっと美味しい人見つけたから。……偶に飲むかも知れないけど」
浅葱が初めて見た瑠璃の笑顔は、美しく、同時に吸血鬼への恐怖を呼び起こす。
「私から血を吸ってたの……?……まさかっお父さんにも!」
瑠璃は答えずに笑顔を崩さない。
「出てって………近付かないで………………瑠璃が………吸血鬼がここまで酷いものだとは思わなかった!!」
瑠璃のお陰で、トラウマがあっても、吸血鬼にそこまでの憎悪を感じなかった。
それなのに、瑠璃はトラウマの元凶で、今の今まで浅葱たちを騙し続けていた。
怖い怖い怖い怖い
毎日知らないうちに牙で首に穴を開けて血を奪われていた。
「分かった。……じゃあね…………………浅葱」
笑顔を崩す事無く、目の前から掻き消えた。
気のせいか、瞳がキラリと光っていたようにも見えた。
いつの間にか部屋から黒い小さな箱と浅葱の手の中にあった髪留めは消えていた。瑠璃と共に。
浅葱は、義雅が帰ってくるまで座り込むことしか出来なかった。
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瑠璃は学校の前に静かに佇んでいた。
「……先輩?こんなとこで何してるの?………………ねえ、先輩!!」
暗闇の中にいる小さな後ろ姿を葉瑠は肩を掴んで無理矢理振り向かせた。
葉瑠は目を見開いた。
「せ…んぱい……?」