第6話 ちび狸のお礼は、甘くて美味しいみかん
朝。
「ん……」
コハクは、頬に何かが当たる感触で目を覚ました。
「……なに?」
まだ眠たい目を開ける。
すると。
「…………」
目の前に、丸い顔があった。
「……」
「……ぽん」
「……」
コハクは数秒、固まった。
「きゃっ!」
思わず声を上げる。
そこにいたのは、昨日神社へやってきた小さな狸だった。
ふわふわの尻尾を揺らしながら、コハクの顔をじーっと見ている。
「び、びっくりした……」
「ぽん?」
「起こしてくれたの?」
「ぽん!」
小さな狸は嬉しそうに頷いた。
「ふふ。おはよう」
コハクが頭を撫でる。
すると狸は目を細めた。
「……あれ?」
そのとき。
コハクは枕元に置かれているものに気づいた。
「これ……?」
橙色の丸い果実。
雪の中ではありえないほど鮮やかな色をしている。
「みかん?」
「ぽん!」
狸が胸を張った。
「あなたが持ってきてくれたの?」
「ぽん!」
「ありがとう」
コハクは果実を手に取った。
ほんのり甘い香りがする。
「でも……どこから?」
「ぽん……」
狸は少し得意そうな顔をした。
そして。
「ぽん!」
自分の頭に乗っていた葉っぱを取った。
「……?」
その葉っぱを両手でぎゅっと握る。
「ぽんぽん……」
すると。
――ぽんっ!
「えっ!?」
葉っぱが光った。
次の瞬間。
小さな葉っぱの上に。
ころん。
もう一つ、みかんが現れた。
「…………」
コハクは絶句した。
「え?」
「ぽん!」
「今……みかんを出した?」
「ぽん!」
「葉っぱから?」
「ぽーん!」
「すごい……!」
コハクは目を輝かせた。
「これ、妖怪の術?」
「ぽん!」
狸は嬉しそうに尻尾を振った。
「もしかして、昨日のおでんのお礼?」
「……ぽん」
今度は少し照れたように頷く。
「そっか」
コハクは胸が温かくなった。
「ありがとう」
みかんを大切そうに両手で包む。
「とっても嬉しいよ」
「ぽん……」
狸の耳がぴくっと動いた。
そして。
嬉しそうにコハクの膝へ乗ってきた。
「ふふ」
コハクは笑う。
「ところで……」
改めて狸を見る。
「まだ名前がなかったね」
「ぽん?」
「ずっと『狸さん』って呼ぶのも変だし」
コハクは少し考える。
「ぽん……」
狸が自分の名前を待つように、じっと見つめている。
「うーん……」
丸い顔。
ふわふわの尻尾。
そして。
「ぽん、って鳴くから……」
コハクは笑った。
「ぽん太、はどう?」
「…………」
狸が目を丸くする。
「嫌かな?」
「ぽん……」
小さな声。
そして。
「ぽん!」
大きく頷いた。
「気に入った?」
「ぽんぽん!」
「じゃあ、今日からあなたはぽん太ね」
「ぽーん!」
ぽん太は嬉しそうに跳ねた。
その瞬間。
隣で寝ていたハクが目を覚ました。
「……きゅ?」
「おはよう、ハク」
「きゅ……」
ハクはぽん太を見る。
そして。
「きゅ!」
ぽん太へ近づいた。
「ぽん!」
二匹は顔を合わせる。
昨日よりもずっと仲良くなっている。
「ハク」
「きゅ?」
「この子の名前、決まったよ」
「きゅ?」
「ぽん太」
「きゅ!」
「ぽん!」
ハクが嬉しそうに鳴く。
ぽん太も嬉しそうに鳴く。
「ふふ」
コハクは二匹を見ながら笑った。
「これで三人だね」
「さて」
朝食を終えたコハクは、ぽん太をじっと見た。
「ぽん太」
「ぽん?」
「ちょっとだけ、こっちに来て」
「ぽん?」
ぽん太が近づく。
「……」
コハクは毛並みを見る。
「雪の中を歩いてきたからかな」
毛に雪や小さな枝が絡まっている。
「毛がちょっと汚れてるね」
「ぽん……」
「嫌じゃなかったら、綺麗にしようか?」
「……」
ぽん太は少し迷った。
けれど。
コハクが優しく手を差し出すと。
そっと膝の上に乗った。
「いい子」
コハクは柔らかな布で体を拭いていく。
「冷たかったでしょう」
「ぽん……」
「よく頑張ったね」
頭。
背中。
お腹。
小さな足。
そして。
ふわふわの尻尾。
「尻尾は特に綺麗にしないとね」
「ぽん……」
ぽん太は目を細めた。
完全に気持ちよくなっている。
「……眠い?」
「ぽ……」
こくん。
「ふふ」
コハクは笑った。
「じゃあ、少しだけブラッシングしようね」
持っていた小さな櫛で。
毛並みに沿って。
ゆっくり。
優しく。
すっ。
「ぽ……」
すっ。
「ぽん……」
すっ。
「ぽ……」
ぽん太の目が、とろんとしていく。
「気持ちいい?」
「……ぽん」
完全に力が抜けている。
その様子を見ていたハクも。
「きゅ……」
じーっ。
「ハクもやってほしいの?」
「きゅ!」
「ふふ。順番ね」
コハクは笑った。
「二人とも綺麗にしてあげる」
しばらくして。
「できた!」
ぽん太の毛並みは、ふわふわになっていた。
特に尻尾は。
「わあ……」
まるで大きな綿毛のようだ。
「可愛い」
「ぽん!」
ぽん太が嬉しそうに尻尾を振る。
「じゃあ、ハクも」
「きゅー!」
今度はハクの体をブラッシングする。
こちらも小さな体なので、あっという間に終わった。
「二人とも綺麗になったね」
「きゅ!」
「ぽん!」
並んで座る二匹。
白銀の小さな龍と。
ふわふわの小さな狸。
「……可愛い」
コハクは思わず二匹を抱きしめた。
「こんな子たちと暮らせるなんて」
追放されたときには。
こんな毎日になるなんて、想像もしなかった。
◇◇◇
昼。
コハクは昨日もらったみかんを剥いた。
「いい香り」
皮を剥くと。
甘い香りが広がる。
「ハク、ぽん太。食べる?」
「きゅ!」
「ぽん!」
二匹が飛んでくる。
「はい」
小さく分けてあげる。
ハクがぱくっ。
「きゅ!」
ぽん太もぱくっ。
「ぽん!」
「美味しいね」
二匹とも大喜びだ。
コハクも一房食べる。
「……甘い」
思わず笑みがこぼれる。
「こんなに美味しいみかん、久しぶり」
すると。
ぽん太がコハクの顔をじっと見る。
「ぽん……」
「どうしたの?」
「ぽん!」
ぽん太が葉っぱを取り出した。
「え?」
そして。
ぎゅっ。
――ぽんっ!
また一つ。
みかんが現れた。
「ええっ!?」
さらに。
ぽんっ。
ぽんっ。
ぽんっ。
「ちょっと待って!」
みかんが次々と出てくる。
「ぽんぽんぽん!」
「そんなに出せるの!?」
気がつけば。
コハクの前には、みかんの山ができていた。
「…………」
ハクがみかんの山を見る。
「きゅ……」
ぽん太を見る。
「ぽん!」
得意げ。
「……ふふっ」
コハクは笑ってしまった。
「ありがとう、ぽん太」
「ぽん!」
「でもね」
コハクはみかんを一つ持ち上げる。
「一人で全部食べたら、お腹を壊しちゃうよ」
「ぽん……」
「みんなで少しずつ食べようね」
「ぽん!」
ぽん太は嬉しそうに頷いた。
ハクも。
「きゅ!」
嬉しそうに鳴いた。
そのとき。
神社の外から。
――ころん。
何かが転がる音がした。
「……?」
コハクが顔を上げる。
「今、何か聞こえなかった?」
「きゅ?」
「ぽん?」
もう一度。
――ころん、ころん。
境内を見る。
そこには。
昨日までなかった、小さな丸い石が転がっていた。
「……石?」
コハクが拾い上げる。
すると。
ほんのり暖かい。
「これ……」
ハクの角が光る。
ぽん太の葉っぱも光る。
そして。
神社の古い石灯籠が。
また一つ。
淡く輝いた。
コハクは知らない。
ハクとぽん太が元気を取り戻すたび。
この神社の「神域」そのものが、少しずつ蘇っていることを。
そして。
神域が蘇れば蘇るほど。
この場所を目指して、別の妖怪たちも集まってくることを。
――その日の夜。
雪の森の奥で。
小さな丸いお椀が。
ころころと転がっていた。
「……お腹、すいたぁ」
その上に乗っていたのは。
手のひらサイズの、小さな妖怪だった。
そして彼女もまた。
神社から漂ってくる温かな気配に気づいていた。
「……あったかそう」
小さな妖怪は。
お椀を両手でぎゅっと掴む。
「……行ってみよう」
こうして。
新しい仲間が。
もうすぐ神社へやってくる――。




