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【もふもふ育成・日常系】『追放された元巫女ですが、神様がミニマム妖怪すぎてもふもふパラダイスになりました』  作者: eccen.
【第1章】極寒のボロ神社と、ちいさな神様

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プロローグ 追放された巫女と、雪の果ての小さな神様

その日、王都には雪が降っていた。


 季節はまだ秋の終わり。


 本来ならば、冷たい風が少しずつ冬の気配を運んでくる頃だった。


 けれど、その日の雪は妙に冷たかった。


 まるで、空そのものが怒っているかのように。


 王都の中心にそびえ立つ大神社。


 その広い拝殿の前に、一人の少女が膝をついていた。


「……コハク。あなたには、王都大神社の巫女としてあるまじき罪がある」


 高らかに響いた声。


 その声の主は、大聖女エレナだった。


 白銀の刺繍が施された豪華な聖衣。


 宝石を散りばめた杖。


 そして、何より目立つのは、周囲の人々を見下ろすようなその表情だった。


 エレナの隣には、王国騎士団長サンドロスが立っている。


 彼は険しい顔でコハクを見つめていた。


「コハク。大神社の聖なる結界を私物化し、さらに大聖女エレナ様の功績を横取りしたという訴えが出ている」


「……違います」


 コハクは静かに答えた。


「私は、そんなことをしていません」


「まだ言い逃れをするの?」


 エレナが鼻で笑う。


「あなたが巫女として行っていた祈りの数々。それが私の力によるものだということは、大神官たちも認めているわ」


「ですが……」


 コハクは顔を上げた。


「大神社の結界は、私一人の力で作ったものではありません」


「まあ!」


 エレナはわざとらしく驚いた。


「つまり、私が大聖女として授けた聖なる力を否定するのね?」


「そういう意味ではありません」


「もういいでしょう」


 サンドロスが口を挟んだ。


 その声に、コハクは彼を見る。


 何度も大神社へ足を運び、神殿の警備をしてくれた騎士だった。


 以前の彼なら、困っている巫女を見れば必ず声をかけてくれた。


 けれど今は違う。


 冷たい目をしている。


「証拠は揃っている。君を北方追放刑に処する」


「……北方?」


 コハクの顔から血の気が引いた。


 王国の北の果て。


 一年の大半が雪に覆われ、魔物すら近づかない極寒の地。


 そこには、かつて小さな神社があったと言われている。


 しかし今では誰も住んでいない。


 神社も長い年月の間に荒れ果て、土地そのものが死んでいると聞いていた。


「待ってください」


 コハクは立ち上がった。


「私は本当に何もしていません。大神社の結界を守ってきたのは、私です。毎朝掃除をして、お札を取り替えて、傷んだところを直して……」


「だからこそ、あなたには責任があるのよ」


 エレナが微笑んだ。


「あなたがいなくなっても、私が大神社を守るわ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 コハクは、何かがおかしいと感じた。


 けれど、それを証明することはできなかった。


 彼女が毎日行っていたこと。


 誰にも見られない場所の掃除。


 古くなった結界石の手入れ。


 神殿の隅々に残る小さな祈りの跡。


 それらはすべて、「当たり前の仕事」として扱われていた。


 そして。


 コハクが積み重ねてきたものを、エレナは自分の功績として語った。


「……そうですか」


 やがてコハクは、静かに笑った。


「わかりました」


「コハク?」


「もう、いいです」


 怒りはなかった。


 悔しさは、もちろんある。


 悲しくないと言えば嘘になる。


 けれど、それ以上に疲れていた。


 誰かのために頑張って。


 誰かが困らないように掃除をして。


 誰かが安心して暮らせるように祈って。


 それでも最後には、何もしていない人に全部持っていかれる。


 だったら。


 もういい。


「私を追放してください」


 コハクは頭を下げた。


 こうして彼女は、王都を追われることになった。


 ――そして。


 それから三日後。


「さ、寒い……」


 コハクは吹雪の中を歩いていた。


「聞いていたより……ずっと寒い……」


 厚手の外套に身を包み、両手をこすり合わせる。


 足元には雪。


 前方にも雪。


 後ろにも雪。


 見渡す限り、一面の銀世界だった。


「本当に……こんなところに神社があるのかな……」


 追放の際に渡された地図は、すでに半分ほど雪で濡れている。


 それでも、コハクは歩き続けた。


 なぜなら。


 この先に、一つだけ古い神社があると書かれていたからだ。


「……せめて、屋根があるところで休みたいな」


 独り言をこぼす。


 すると。


 吹雪の向こうに、何かが見えた。


「……あれ?」


 コハクは目を細める。


 白い世界の中。


 ぽつん、と黒い影が立っていた。


「建物……?」


 一歩。


 また一歩。


 雪をかき分けて進む。


 やがて、その正体が見えてきた。


「……神社」


 古びた鳥居。


 半分折れた石灯籠。


 雪に埋もれた参道。


 そして、その奥に建っている小さな社。


 屋根には大きな穴が開いている。


 壁板は外れかけている。


 扉も傾いている。


「……ボロボロ」


 思わずコハクは呟いた。


 けれど。


 彼女は小さく笑った。


「でも……神社だ」


 懐かしかった。


 たとえ小さくても。


 たとえ古くても。


 神社は神社だ。


 コハクは雪を払いながら鳥居をくぐった。


「お邪魔します」


 誰もいないと思っていた。


 けれど。


 その瞬間。


「……くぅ」


 小さな声が聞こえた。


「……え?」


 コハクが振り返る。


「くぅ……」


 もう一度。


 今度は、社の中から聞こえた。


「誰か……いるの?」


 コハクは慎重に扉を開けた。


 ギィィ……。


 古びた扉が軋む。


 薄暗い社の中。


 雪が吹き込んでいて、床には薄く雪が積もっていた。


 そして。


 祭壇の前に。


 何かがいた。


「…………」


 コハクは固まった。


 そこにいたのは。


 小さな生き物だった。


 全長は、ほんの二十センチほど。


 白銀の体。


 小さな四本の足。


 頭には、ちょこんと二本の角。


 そして、細い尻尾。


 どう見ても――


「……龍?」


 小さな龍だった。


 しかも。


 ぶるぶる震えている。


「……寒いの?」


「くぅ……」


 小さな龍は、弱々しく鳴いた。


 コハクは胸が痛くなった。


「こんなところに一人でいたの?」


「……」


 龍は答えない。


 ただ、コハクをじっと見つめている。


 その瞳は、まるで夜空のように深く澄んでいた。


「大丈夫」


 コハクはゆっくりと手を伸ばした。


「もう、怖くないよ」


 小さな龍は、逃げなかった。


 むしろ。


 コハクの手に、そっと鼻先を近づけた。


「……冷たい」


 コハクは驚いた。


 龍の体は、雪よりも冷たかった。


「こんなに冷えて……」


 そっと両手で包み込む。


 すると。


「……あったかい」


 コハクの手の中で、龍が小さく丸くなった。


 その瞬間。


 コハクの胸の奥に、懐かしい感覚が走った。


 神社で長年祈り続けてきた巫女だけが感じられる、神聖な気配。


 けれど。


 目の前の小さな龍から感じるものは、あまりにも弱かった。


 まるで消えかけた小さな灯火のように。


「あなた……もしかして」


 コハクは、古い祭壇を見る。


 そこには、ひび割れた小さな石碑があった。


 文字はほとんど消えている。


 それでも、かろうじて一文字だけ読めた。


 ――土地神。


「……土地神様?」


「きゅ」


 小さな龍が返事をした。


「えっ」


 コハクは目を丸くする。


「もしかして、あなたがこの土地の神様?」


「きゅう」


 龍は小さく頷いた。


 そして。


 ぐぅぅぅ。


「…………」


「…………」


 社の中に、可愛らしいお腹の音が響いた。


 コハクは思わず瞬きをする。


 小さな龍も、自分のお腹を見ている。


「……お腹、空いてるの?」


「きゅ……」


「寒くて、お腹も空いてたんだね」


「きゅう……」


 しょんぼりと項垂れる姿があまりにも可愛くて。


 コハクの胸に、何かが灯った。


 追放された。


 騙された。


 居場所を失った。


 全部、悲しい。


 でも。


 目の前には、自分を必要としている小さな存在がいる。


「……よし」


 コハクは立ち上がった。


「まずは、お掃除しよう」


「きゅ?」


「それから、屋根を直して。隙間を塞いで。暖かくして」


 小さな龍が首を傾げる。


「そして……」


 コハクはにっこり笑った。


「温かいものを作ろう」


「……!」


 龍の目が、ほんの少し輝いた。


「甘酒とか」


「きゅっ!」


「おでんとか」


「きゅきゅっ!」


「お布団も必要だね」


「きゅー!」


 どうやら最後のほうは、かなり気に入ったらしい。


 コハクは笑った。


「ふふっ。じゃあ、頑張ろうね」


 小さな龍は、コハクの手の中で嬉しそうに尻尾を振った。


 その名は――ハク。


 そして、この日。


 世界の果てにある、誰にも忘れられた小さな神社で。


 一人の追放された巫女と。


 一匹の手のひらサイズの土地神が出会った。


 このときのコハクは、まだ知らない。


 自分がここで暮らし始めたことで。


 やがてこの荒れ果てた神社が、王国中から人々が訪れる奇跡の場所になることを。


 そして。


 小さな神様や妖怪たちが。


 コハクを大好きになりすぎて――


「恩返ししなきゃ!」


 と、秘密裏に神社をとんでもないパワースポットへ変えていくことを。


 ただ一つ確かなこと。


 それは。


 この日から。


 コハクの、ぬくぬくでもふもふな第二の人生が始まったということだった。

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