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空明の再誕 - 父は「生きろ」と言い、母は「守れ」と言った。二つを抱えたまま、俺は自分の人生を失った。だから今度は、本当の意味で生きること-  作者: 日和秋彦
第3章:炎

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第二十六話 【赤髪の少女】

 目の前にいる女は手を振り、ふっと息を吹く。


「この連中をずっと探してたんだ……」


 こっちを見る前に、そう口にした。


「ん? 坊や?」


 今のは内部魔力か? いや、そうは感じなかった…。


「坊や」


 内部魔力の使い手と戦う時、特有の感覚が広がるものだが、そんな気配は一切なかった。達人のアレクシオでさえその存在感を放っていたのだから、違いはないはずだ。


「坊や!」


 その大声に思わずビクッとする。


「何?」

「ここで何をしてるのかって聞いてるんだよ」

「何をしてるか? まあ、通りすがりだ。行かなきゃいけない場所があって……」

「なるほどね。ちょっと待ってな、まだ一匹残ってる」


 顎で、肩に矢を受けた男を指し示す。地面で苦痛にのたうち回っている男だ。


 毒が塗られているようだ。いや、矢の全体に毒が回っている。


 自分の手を見ると、付着していた毒が蒸発していくところだった。


(間違いない……)


 もっと早くこうなっていればよかったのに……。


「おや、お魚が」


(ん?)


 顔を上げる。女は片膝をつき、盗賊がのたうち回るのを観察していた。


「頼む……家族が……命令に従っただけなんだ……こんなことしたくなかった……」

「あぁ、したくなかったのかい、お魚さん?」

「そうだ……あいつが……どれだけ恐ろしい奴か、あんたも知ってるだろ……」

「そんなに恐ろしいなら、どうして仲間になったんだ?」

「金が必要だった……今はただ、家族を守りたかっただけで……」

「自分の姿を見てみなよ」


 女は立ち上がり、男を見下ろして唾を吐きかけた。


「……あんたのせいで罪のない人々が死に、たくさんの子どもたちが奴らの手に落ちた。それを誇りにでも思ってるのかい?」

「何を……?」

「そして今度はこの子をあいつのところに送ろうとした……いや、その矢で殺そうとしたね。どうしてだ?」

「こ、このガキが思いのほか強くて……」

「ああ、それで?」


 男は一瞬、俺を見た。それから女を見る。その顔に涙が浮かぶ。


 唇が震えていた。


「すまない……クリスタ……最低の父親だった……」


 肩から矢を引き抜き、そのまま自分の首へ突き立てた。


 女はただ一言、そう口にする。

「チッ……世界ってのはこういうもんだろ?」


 凍りついた。


 人の死を目の当たりにしたのは、これが初めてだ。

 いや、以前、日本にいた頃、死んで当然の人間を殺したことはある。

 だが、そいつの帰りを家で待っている者がいるかどうかなど、立ち止まって考えたことは一度もなかった。


【あいつらは酷い連中だった。正当化されるはずだ。】


(たとえ正当化されるとしても……)


【正当化される。あいつらがどれほど酷い連中だったか。】


(人殺しだ。少なくとも見つけ出せた限りでは。)


【だったら? なぜ気にする必要がある?】


「おい坊や、悪かったね。あいつがこんな反応をするとは思ってなかった」


 女の声に、思考を遮られた。


「えっと……ほら……場所を変えようか?」


 だが、女は顔を上げ、姿を変える魔物の方を見た。


「ああ、変化の魔物か。坊や、こいつが目当てで来たのかい?」


 そして再びこっちを見た。今度は好奇心を浮かべて。


「知り合いの女の子に似てたから。危険な目に遭ってるのかと思って」

「ああ、奴らの常套手段だ。精神を騙すんだが、それは視覚的なものだけさ。実際には、模倣している相手がどんな人物かまでは分かっちゃいない。特にこれといった理由で狩られるわけじゃないが、単に危険だから近づかない方がいいってだけさ。ああ、まあ……人を誘い込むために利用されたりもするんだろうけどね」


 こちらの言葉は、彼女を完全に納得させたわけではないようだった。ただ軽く唸り声を上げると、そこにあったシャベルを使い始める。


 数分後、彼女はその男を埋葬し、残る二人の男をロープで縛り上げた。


「ああ、そういえば、どこへ行く途中だったんだい?」

「エルピダへ」

「本当かい? アタシはそこに住んでるんだ。よかったら一緒においでよ」

「本当か?」

「ああ。何しろ、子どもを守るのがアタシの義務だからね。それに、こんな場所に子どもを一人で置いていくわけにはいかない」


 女は歩き出す。

 そして指笛を吹いた。

 すると瞬く間に、二頭の馬が現れる。


「おや、アバグにクリオ、来るのが早かったね」

「アバグとクリオ? 早いな……」

「ああ、最高の子たちさ。アタシの馬だよ」


 彼女は馬たちの背中を撫でた。

 手慣れた様子で、二人の男を片方の馬に乗せる。


「よし、行くよ」


 女は大きな方の馬、アバグにまたがり、腕を伸ばした。


「おいで、坊や。アタシは腹ペコなんだ」

「あ、うん、悪い」


 手を握ると、そのまま引っ張り上げられた。

 彼女の前に座らされ、手綱を握る。


「ねえ坊や、あんた誰の息子だい? エルピダで、あんたに似た顔は見たことがない。少なくともアタシの知る限りはね。エルピダの住人は全員知ってるんだけど……」

「えっと……そこが故郷じゃないんだ。家族を失って。それで、エルピダに行くのがいいんじゃないかって思ったんだ、すごくいい場所だって聞いたから」

「いい場所ではあるけどね、あんたはまだほんの子どもじゃないか。あそこでどうやって生きていくつもりだったんだい?」

「分からない……なんとかするつもりだった……少しはお金も持ってるし」

「ふぅん、なるほどね。アタシは宿屋をやってるんだ。よかったら泊まっていきな」


 本気で言っているのだろうか?


「もちろんタダだよ。あんたみたいな子どもからお金を取るわけにはいかないからね」

「せめて掃除くらいはさせてもらえるか?」

「本気で言ってるのかい、坊や?」

「ああ」

「まあ、いいよ」


 馬が嘶き、軽く跳ねた。


「なんだか興奮してるね。アバグは子どもが大好きなんだ。いつも守ろうとするのさ。信じられるかい? 昨日なんて、子どもを騙そうとした商人を蹴っ飛ばしたんだよ。すごい子だろ」

「ああ、そうだな……すごい……」


 彼女は体勢を直してくれた。悪い姿勢で窮屈そうにしていることに気づき、少し持ち上げて馬の上にしっかり座らせてくれたのだ。


「さて、着く前にあんたの名前を聞かせておくれ。いつまでも坊やって呼ぶわけにもいかないからね」

「俺の名前はダ……ダイキ。それが名前だ」

「ダイキ?」


 一瞬、彼女は黙り込んだ。その表情は見えない。前を見据えたまま、数分間何も言わなかった。


「そうかい。それで、家族を失ったんだったね?」

「ああ、ひどい……ことになって……」

「分かった。それなら、アタシの宿屋で暮らすといい……よろしくね、ダイキ。アタシはマリアっていうんだ」


 マリア……。

 その名前……。

 どこで聞いたんだったか?


「マリア? 助けてくれてありがとう」


 その後、奇妙なほどの疲労感に襲われた。十分な食事をとっておらず、アドレナリンも切れてしまったからだ。そのまま、彼女の腹部に頭を預けて眠りに落ちる。


 意識が完全に途切れる直前、ある言葉が耳に届いた。


「ダイキ……どうしてそんなにたくさんのものを背負ってるんだい?」


 ---


 目を覚ますと、ベッドの上にいることに気づいた。


「いつの間に……?」


 上体を起こす。屋敷に戻っていることを期待したが、そこは違った。

 壁は古びていて、風で窓がガタガタと揺れている。


「どうなったんだ?」


 ゆっくりと立ち上がる。


 マリアと一緒に馬に乗っていたことは覚えている。それから……。


 いや……まさか……同じ人物か?


 マリア。

 肩まである短い赤髪。

 エルピダ。


 ありえない。ルビーの姉だ。


 慌ててベッドから降り、部屋を出た。

 廊下の突き当たりで、マリアが待っていた。


「お目覚めのようだね。何時間も寝てたよ。お腹が空いてるんじゃないかい?」


 何も言えなかった。言葉が出ない。

 目の前にルビーの姉がいて、どう反応していいか分からなかった。

 やがて、ぐっと拳を握りしめる。


「ああ、すごく腹が減ってる」

「よし。おいで、ごちそうしてあげるよ」


 こっちへ来るようにと合図される。


 廊下は湿った匂いがして、床板が軋み、屋根からの雨漏りを受けるためのバケツが置かれている。

 だが、そんなことはどうでもよかった。

 肉の香りに釣られて、無意識のうちに足が前へと進んでいた。


「うちの特製さ。コネドリーの肉に、エルピダにしか生えない香辛料を使ってる。それに、ペプロの葉を肉に添えることで、他にはない食感が出るんだ」

「ペプロの葉?」

「ペプロという植物の特別な葉っぱさ。ミントの仲間なんだけどね。ミントは口の中をスッキリさせるのに使うけど、こっちは独特の風味を出すために使うのさ」


 そんな葉のことは知らなかった。


「さあダイキ、冷めちまうよ」

「ああ、分かった」


 テーブルに座り、肉を切り分ける。

 フォークに肉の塊を刺したものの、なかなか口に運ぶ気になれなかった。


「ダイキ、何度も言わせないで。お食べ」


 フォークを口に運ぶ。そして……その味は言葉では言い表せないほどだった。

 あまりの美味さに、気づけば猛然と食べ始めていた。空腹に完全に支配されたように。


 ---


 マリアは何かを探すために外へ出た。


 何を探しに行くかは言わず、ただ、時折ビクッとしてしまうような大きな声で「ここで待ってな、坊や」とだけ言い残した。

 その様子は、なぜかジュリエットを思い出させる。結局いつも、言う通りにさせられていたからだ。


(ここがエルピダか……)


 窓の外を見る。


 小さな村ではなく、大きな町だった。

 ルビーから、この場所についての話をいくつか聞いたことがある。

 最初は小さいと言っていたが、おそらく発展して大きくなったのだろう。

 しかし時が経つにつれ、人々はゼレニアへと移り住み、今では人口が減り続けている。


 それが、この町について知っていることのすべてだ。


 部屋に戻り、鞄を手に取る。別れ際にオソリオが言っていたことを思い出した。この町に住んでいるというエレナとかいう人物……だが、見つけられるだろうか?


 靴を履き、マントを羽織って外へ出ようとする。


「あ、ちょっとダイキ。そんな服で出かける気かい?」


 だが、出て行く前にマリアに止められた。


「服をもらってきたんだ。ベアトリスさんが息子のお下がりを持っててね。もう息子も大きくなったし、新しく子どもも産めないからって、譲ってくれたのさ」

「服……? 別にそんなに必要じゃ……」

「つべこべ言わない。それに、雨漏りする宿とはいえ、うちにも基準ってもんがあるんだ。ここに居たいなら、アタシが用意した服を着ること。分かったね?」

「分かった……」

「よし。着替えたら、町を見て回ってくるといい」


 服を受け取り、きびすを返した。


 ---


 町は賑わっていた。


 大人たちは広場に集まり、子どもたちは近くの大きな木で遊んでいる。

 見ず知らずの余所者であるにもかかわらず、彼らは白い目を向けることも、陰口を叩くこともなかった。おそらく、マリアが何か手を回してくれたのだろう。


「あなたがダイキね?」

「ああ、何かあったのか?」

「いいえ、別に。でも、私があげた服、サイズは合ってる? どこか合わなかったら縫い直すわよ」

「いや、大丈夫だ。服をくれてありがとう」

「どういたしまして。それじゃあ、散歩を楽しんでね」


 頷き、再び歩き出す。


「待ってくれ、ベアトリス。一つ聞きたいことがある」

「あら? ええ、もちろん」


 振り返り、小走りで近づいてくる。


「何かしら?」

「エレナって人を知らないか? 伝言を頼まれてるんだ」

「エレナ? うーん、そういえば、随分と会いに行ってないわね。あっちも人が訪ねてくるのを嫌がるし……ええと、そうね、どう説明したらいいかしら」


 顎に手を当て、それから指を差した。


「あの通りを進んで。家を四軒通り過ぎてから右に曲がると、他の家より古びて見える家があるわ。それがエレナの家よ」

「ありがとう」


 微笑み、自分の用事へと戻っていった。

 マントを直して、教えられた通りに進む。


 そこで、その家を見つけた。


 文字通り、別の時代から来たかのような家が、近代的な家々の中にぽつんと建っている。

 近代的というのは、建築素材の加工が新しいという意味だ。


 扉に近づき、息を呑んでから、ノックをして中へ呼びかけた。


 一分経過。返事はない。

 二分。椅子が動く音が聞こえた。

 三分……慌ただしい足音。


「誰だい、こんな時間になんの用だ? 砂糖なら切らしてるよ。帰んな」


 扉が勢いよく開き、こちらを睨みつける。

 エレナは想像以上に年老いた女性だった。オソリオよりもずっと歳をとっているように見える。


「子ども? なんの用だい、クソガキ」

「伝言を持ってきたんだ、エレナ」

「伝言? ばかなこと言ってんじゃないよ、もし……」


 鞄から預かっていたものを取り出し、手渡す。


「この袋……誰から渡されたんだい?」

「中身を知るまでは、それは重要じゃない」


 老女は袋の中から一つの指輪を取り出した。


「これは……どこで手に入れたんだい、あんた? 誰から盗んだ?」


 冷静さを保った。


「盗んでない。その人があんたに渡してくれって頼んだだけだ。ここに来る途中だったし、ついでにその願いを聞き入れたんだよ。助けてもらったからな」


 葛藤しているようだった。手の中の指輪をきつく握りしめる。

 その一方で、横目で睨みつけてくる。右目は絶えず痙攣していた。


「オソリオがこれを渡したのかい? 自分じゃ来れなかったって? そのために子どもを使いによこしたのかい? どこまでも臆病な男だよ、あいつは」

「でも、ずっとあんたを愛してた。だからこそ、決して戻らなかったんだ」

「何だって?」

「俺は何も言ってない。彼が話したことだ。すごく怖がってた。それほど愛していたからこそ、なぜあんたがエルピダへ行ったのか理解したんだ。だからこそ、もう誰も傷つけないように残ることを選んだ。それに、彼の力じゃ、発展し始めているこの町に受け入れられるはずがない」

「子どものくせによく回る口だね。でも、伝言はありがたく受け取るよ。さあ帰んな、考え事をしたいんだ」


 何かを言う前に、扉は勢いよく閉められた。


 これでよかったのだろうか?

 残されたのは、不確かな思いだけだった。


 あんな反応をするとは予想していなかった。

 もっと別のことが起こると思っていた。だが、人生とはそういうものなのだろう。


 今頃どこかで、母は辛い思いをしているはずだ。そしてヴァレリアは悲しみに打ちひしがれているかもしれない……俺は、そうではないと信じようとしているのに。

 エレナに会って、時間というものがどれほど人を傷つけるのかを思い知らされた。


 オソリオのようにはなるまい。いつか、事態が落ち着いてすべてが良くなった時には、必ず帰ろう。


 俺の探し求めるものは、本当に実現できるのだろうか?


 それを確かめたい。

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