第二十話 【帰還不能点】
アレクシオとコービンが天恵者であることは隠されていた。
それでも、腹を立てることはできなかった。
気持ちはわかる。
前世では、自分が特別な存在であることを誰にも話さなかった。
もし正体を知られていれば、間違いなく完全に機械として扱われていただろう。
密かに、あるいは実験動物として、そういう運命を辿ったはずだ。
他の重要な要因を抜きにしても、口にしていれば間違いなくそうなるという確信がある。
「世界は嘘をつかない……嘘をつくのは心だ」
エミリアが庭に出た時にかけた言葉だ。
正体を知られれば、ただの機械として扱われるとずっと信じていた。
そして残るのは「もしも……だったら?」という疑問だけ。
試すには遅すぎた。死を受け入れた。そして今、ここにいる。
もっとも、特別であることと役立つことは全くの別物だ。
多くの人を救ったが、本当の意味で役立っていたわけではない。ただプログラムに従っていただけだ。
救うべき相手がいなければ、どう前に進めばいいのかわからなかった。
今、この新しい人生では、他の何かを感じるために誰かを守る必要はない。
それに、光がいつも付き纏っていることにも気がついた。
以前の名前。
両親が死に、火事に奪われる前、ある光が導いていた。
生まれ変わる時、予想していたのは暗闇だけだった。だが、そこにあったのは光だった。奇妙なノイズに満ちた、眩い光。そして今……祝福とは、見知らぬ女神の光の欠片だと言われている。
ベッドから起き上がり、服を着替える。
今はそんなことを考えている場合じゃない。立ち止まってしまうだけだ。
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天恵者について知ってから一ヶ月が経っていた。
キッチンへ向かうと、そこにはコーヒーを飲んでいるコービンしかいなかった。
「おお、おはようございます、ダリアン様。よく眠れましたか?」
「ああ、大丈夫だ。ただ、いつもより風が強かったけど」
「ああ、それは風の魔法が不安定になっていたからです。もう解決しましたが。ただ、これまでにないほどの嵐が近づいていると言われていますね」
「嵐、だって?」
その言葉に、少しの間立ち止まった。
「まあ、そう言われているというだけで、第三の眼も時折間違うことがありますから。天気は常に変わるものです、ダリアン様。何かを予測できたとしても、それが必ず起こるとは限りません」
予測のせいで祝福者たちが非難され、災害が起きたのは彼らのせいだと思い込まれることは多々あった。女神に祝福された存在であっても、同じようには見ない人間もいるのだ。
「そういえばダリアン様。本日はエミリア様とどうされるおつもりですか?」
そうだ。この一ヶ月間、平日になるとネレアスは孤児院の子供たちを屋敷に招き、エミリアに物語を読み聞かせさせながら、同時に色々なことを教えていた。
この一ヶ月で子供の数は減った。すでに養子として引き取られていったからだ。
「エミリアと一緒に孤児院へ行く」
「エミリアお嬢様が孤児院へ? それは家から出るというだけでなく、この大いなる丘を下り、貴族街から中層街へと向かうことになりますが」
そう言うと、コービンは驚いたようにこちらを見た。
「ああ、だから引き受けたんだ。エミリアは行く気だ……俺が一緒に行くなら、だけど」
「護衛を増やさずに行かれるのですか?」
「コービン、どれだけ嫌がっても、アレクシオが離れられないのは知ってるだろ。パパがそう命じてるんだ」
「その通りでございますね、ダリアン様」
席につくと、コービンがトレイを運んできた。
「こちらはジュリエット様がご用意されたものです」
「ありがとう。ところで、パパとママはどこに?」
「ザイローン家の皆様に会いに出かけられました。新しい船を考案中とのことで、木材や金属などについて話し合われるそうです」
「わかった。教えてくれてありがとう」
マグカップを手に取り、ホットチョコレートを飲む。そして、何も考えずにファクトゥーラスをチョコレートに浸して食べた。
コービンが奇妙なものを見るような目を向けた。無理もない。行儀の良い人間はそんなことしないからだ……だが、本能だったし、実のところすごく美味しかった。
「お気になさらず、ダリアン様」
コービンが今度は微笑んでいる……意味がわからない。
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すぐにエミリアを迎えに行った。
エミリアは広間に座り、父であるネレアスと共に待っていた。
話でもしていたのだろうか。
「パパって、たまにフィリップみたい」
「そうかい? どんなところが似てるんだい?」
「すごく頑固なところ」
「ああ……そうかもしれないな。母さんにもよく言われたよ」
「やっぱり」
C・Cが書いた『フィリップ王子』の本は、この王国では非常に有名だ。世に出て以来、ずっと読まれ続けている。時が経つにつれて舞台劇が作られ、未完のまま「続く」で終わっているため、続きを書こうとする者まで現れた。
著者がどうなったのかは誰にもわからない。
旅をする余裕のあるファンたちは毎年各地を巡り、農村部にまでその物語を広めている。
誰もがその物語を知っているが、著者の行方を知る者はいない。
ゆっくりと扉を開けたが、その音で完全に見つかってしまった。
姿を見ると、二人は挨拶をしてきた。
「ダリアン君、おはよう。準備はできているかい?」
「ああ。アレクシオがもう馬車を用意してくれたから、何も問題ない」
「わかった。それなら私はこれで」
エミリアは歩みを止め、ネレアスの腕を掴んだ。
「パパ……行っちゃうの?」
「いや、用事があるんだ。心配しなくていい。帰ってきたらチョコレートを作ろう。いいかい?」
「約束する?」
彼女はさらに強く腕を握りしめる。
「ああ、約束するよ」
「わかった。ジュリエットに一番いい型を借りておいてね」
「ああ、そうしよう。ダリアン、許可をもらえるかな?」
ネレアスがこちらを見た。
しばらく見つめ返していたが、返事をしなければならないことに気がつく。
「ああ、もちろん。ママのところにはたくさんあるから」
「よし。だから君のことは気に入ってるんだ。いつもちゃんと答えてくれるからね」
そう言って、ネレアスは書類の束を手に取って去っていった。エミリアは数秒間宙を掴んだまま残されたが、自分が何をしているかに気づくと、本を胸に抱き寄せる。
「準備はいいか?」
彼女は勢いよく本を手放し、机の上に置いた。
深呼吸をして目を閉じ、それから俺に向かって真っ直ぐに指を突きつける。
「うん! でも、もう二度と聞かないでね」
「行こう」
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出口の扉を通り抜けたが、エミリアは続いてこなかった。
振り返ると、彼女は扉の枠と外の木々の間で視線を彷徨わせ、立ちすくんでいた。
「わからないの……魔物たちが……」
「俺が守る。お前はもう一人じゃない」
近づき、その手を取った。
「もう、一人じゃない……」
彼女は自分の手を見て、それから家を振り返る。
「お屋敷、すごく変わったわ。前はもっと灰色で、退屈で……今はもっと青みがかってて……」
「色々あっても、世界は進み続けてるんだ。どれだけ内側に閉じこもっていても、時間が経てばすべては変わっていく」
彼女は強く手を握り返してきた。
「行こう、これ以上考えちゃう前に」
頷き、馬車へと向かった。
「おお、ダリアン様!」
「問題ないか?」
「すべて完璧です。馬に餌はやりましたし、馬車の掃除も安全確認も済んでいます」
アレクシオはエミリアを見た。
「あなたがエミリア様ですね? お噂はかねがね伺っておりますが、お会いするのは初めてですね。お初にお目にかかります。アレクシオ・シオスパと申します。本日は護衛を務めさせていただけることを光栄に思います」
アレクシオは剣を地面に立て、一礼した。
「こ、こちらこそよろしく、アレクシオ……」
アレクシオは、いつも誰に対してもそうするように彼女に微笑みかけた。
それがエミリアを動揺させる。
予想していなかったのだろう。すべてを解決するかのような、ただのシンプルな笑顔を。
「さて、立ち話はこのくらいにしましょうか。孤児院へ向かいましょう」
アレクシオはそう言い、馬車の御者台へと乗り込んだ。
エミリアが乗るのを手伝う。
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移動中、エミリアはずっとカーテンの裏に隠れていた。
じっと観察していたが、やがて何か行動を起こすことにする。
馬車の扉を開け、縁に座って両足を宙に投げ出した。
「来いよ、エミリア。座れ」
「え、ええっ? 落ちちゃうかもしれないし……」
「落ちないよ。それにそんなにスピードは出てない。もし落ちても、引っ張り上げてやるから」
彼女はおずおずとカーテンから手を離し、這うようにして近づくと、縁のところに腰を下ろした。
風に吹かれるまま、両足をぶらぶらと揺らす。
腰の横に両手をついて、前をじっと見つめていた。
「ここを下ったの、覚えてるわ。家で家庭教師に教わるのが嫌で、学院に向かってたの。友達が欲しいって癇癪を起こしたから、パパがそこに行かせてくれたのよ」
話をさせた。
耳を傾けた。
だが、口を挟む場面ではなかった。
丘を下ると、必然的にゼレニアの中心部を横切ることになる。
階級の区別なく誰でも通行できるように構想され、共存と調和を促すために作られたユニークな場所だ。しかし、その理念は期待通りにはいかなかった。
街の中心には、多様な自然に溢れる大広場があった。そしてその向かいには、威圧的な建造物――ギルドがそびえ立ち、風景を支配している。
そのギルドは、ゼレニアとその周辺の特定地域における一部の職業を管理しており、無視できないほど強大な影響力を持っていた。
「ゼレニアって、六年間でこんなに大きくなったの?」
「ああ。パパが、セラフェル家の当主としてうまくやってるんだ。土の魔法陣を使って地盤を改良し、より良い建造物を開発する方法を見つけた。少ない資源と短い期間で建設するのが目的だ」
土の魔法を見たことはなかった。
その存在を知ったのは、父の書斎で読んだ書類だけだ。床に落ちていた紙を、返すのを拒んで読んだのだ。いや……以前にも見たことがあった。石を使って飲料水を作り出した時のことだ。
そうやってやっていたのか。
土の元素によって水中のミネラルを操作し、飲用に適した状態に変えていたのだ。
「あなたのパパ、すごいのね。あんなに若くして当主になったのも納得だわ」
ただ頷くことしかできなかった。
広場から、一人の女性が手を振ってきた。
幼い息子とボール遊びをしており、あちこち走り回る子供を見ながら笑っていた。
手を振り返す。
一方でエミリアは、再び俺の背後に隠れてしまった。
しかし、何も悪いことは起こらず、返事がなくても気にする様子もなく女性が息子との遊びを再開したのを見ると、エミリアの顔から少しずつ緊張が抜けていくのがわかった。
ここに来て初めて、彼女は落ち着いているように見えた。
「ほらな? 世界はそのまま進んでる。俺たちを中心に回ってるわけじゃないんだ」
彼女はただ頷いた。
何も言われなくても、伝えたいことはすべて理解できた。
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孤児院に到着した。
馬車が止まると、エミリアはビクッと体を震わせた。まるで道中ずっと、街から目を離さないまま、強張った身体をただ揺られるに任せていたかのようだった。
アレクシオが最初に降り、次に俺が降りて、最後に足を震わせながらエミリアが降りてきた。
エミリアの視線が地面からゆっくりと上がり、孤児院を捉える。
それを見た瞬間、彼女は目を丸くして、震える口元を片手で覆った。
ここは以前いたのと同じ孤児院だ。だからその衝撃は一瞬で彼女を襲った。
それでも……。
「パパと出会った場所……」
……美しい記憶を留めている。ネレアスと出会った瞬間を。
「エミリア、待ってるぞ。行くか?」
彼女は俺の手を掴み、ほとんど引きずるようにして進んだ。
中に入ると、受付で一人の女性と男性が待っていた。
「ダ、ダリアン様? こちらにいらっしゃるとは聞いておりませんでした……ネレアス様からは何も」
「気にしないで。そのつもりだったから。自然な流れにしたいんだけど、いいかな?」
「も、もちろんです!」
そうして、子供たちに知らせるために部屋へ向かった。
そこでは、部屋の中央の椅子を囲むようにして、全員が待っていた。
「エミリアお姫様! 本当に来てくれた!」
「あら、こんにちは、ルーシー。いい子にしてた?」
「うん! フィリップの従兄弟の、伯爵みたいに……名前は忘れちゃったけど!」
「天空の領域のカリップ伯爵ね」
「それ! カリップ伯爵!」
ルーシーは無邪気に喜んだ。
エミリアは小さく微笑んだ。これこそが彼女の求めていたものだ。
子供の無邪気さが、何よりも彼女の救いになる。
【私たちのおかげね】
(何の用だ)
【私たちのおかげでもあるのよ。わからないの?】
(俺が何を見ようがお前には関係ないだろ。放っておいてくれ)
【私たちはただ正直なだけ。嘘はつけないの】
少しずつ、頭の中に響くあの声が鮮明になってきていた。
機械的な響きから、女性の声へと変わっている。
まるで俺たち二人が同一であるかのように語りかけてくる。
(お前は、何なんだ……?)
【もう言ったでしょ。私たちはあなたよ】
「ダリアン旦那様!」
ある声が思考から引き戻した。一人の女の子がシャツを引っ張っていた。
彼女の名前はルーシー。本の影響からか、結婚がどういう意味か正確にはわかっていないくせに、どういうわけか俺と結婚したがっていた。
「どうした、ルーシー?」
「こわいよ」
「何が?」
「お話ししても、何も言ってくれないんだもん!」
彼女は大げさに両腕を上げた。
「ああ、それは……ちょっと考え事をしてたんだ」
「いつも頭いいもんね! でも、あんまり考えすぎちゃダメ!」
「気をつけるよ」
無意識のうちに、彼女の髪を撫でていた。
彼女は笑って、再び輪の中へと戻っていく。
結局、再びエミリアを一人にすることにした。
---
その日の終わり、大いなる丘に戻る頃には、エミリアは外の地面を歩いても足がすくむことはなくなっていた。
彼女は坂道から、ここから見渡せるゼレニアの大都市を見下ろした。そして、祝福者としての力のおかげで判別できる小さなたった一つの点――孤児院をじっと見つめていた。
「ルーシーを見てると、希望を失っちゃいけないって思い出させてくれるの。彼女の無邪気さが消えてほしくないって思う。私みたいにならないように」
「お前だって、まだ取り戻せるさ。『内なる子供』ってやつだ」
「内なる子供? ああ、エメリンが植物に感動してた時に言ってた言葉ね」
「ああ、エメリンが言ってたように」
エミリアは手を離し、家に向かって走り出した。失われていた活力を取り戻したように。
--- エミリア・レオフ視点 ---
今日、小さなダリアンが私を孤児院に連れて行ってくれた。それは忘れられない経験になったわ。
絶対に、もっと頻繁に通いたい!
そこに残っていたわずかな子供たちは、まだ笑顔を浮かべていた。私がいつもバスルームの鏡の前で探しているその笑顔を……彼らは純粋な無邪気さとともに見せてくれた。まるで、世界が今でも美しい場所であるかのように。そして彼らにとって、私はその美しさを見つける手助けができるお姫様だった。
「エミリア? お帰りなさい。どうだった?」
階段を上ろうとした時、降りてきたお母様に呼び止められた。
「お母様! あの子たち、私と同じくらい物語が大好きだったの!」
「本当に? 私は、あの子たちはあなたの声の方が好きなんじゃないかと思うわ。とても綺麗だもの」
「おだてないで……」
恥ずかしさを隠すように、大げさに目を逸らした。
「おだててなんかないわ。本当のことよ」
お母様は近づいてきて、頬を撫でた。
「あなたは私の可愛い赤ちゃんだもの」
「でも、お母様……私はもう赤ちゃんじゃないわ。それに、私が赤ちゃんだった頃のこと、お母様は知らないじゃない……」
「それがどうしたの? あなたは私が持てなかった赤ちゃんなの。私の赤ちゃんよ。あなたがどれだけ大人ぶろうと、私にとってはいつまでもそうなの。それに、このテーブルではこれ以上、思春期の文句は受け付けないわよ」
「テーブルなんてないわ」
「言いたいことは、ちゃんと伝わったはずよ」
笑いをこらえきれなかった。
「お母様、今の冗談すごく下手だったわ」
「ふふ、でも気の利いた冗談だったでしょ。あなたを笑顔にできたんだから」
否定できなかった。結局、さらに声を上げて笑ってしまった。
「さあ、行きましょう。お父様がキッチンで何か作るって言っていたわ」
お母様は私の手を握り、そこまで連れて行ってくれた。
中に入ると、かなり滑稽なエプロンを着けたお父様の姿があった。
「パパ?」
「エミリア?」
偉大なる水の指導者である父は、笑顔の小魚がたくさん描かれたエプロンを身につけていた。
「パパ、すごく変よ」
「うっ……最初に見つけたのがこれだったんだ……」
「でも、好きよ。その方がよく見えるもの」
「おだてないでくれ」
「ただの正直な感想よ」
「ああ、それは母さん譲りだな?」
私は頷いた。
「よし、それじゃあチョコレート作りを始めようか?」
「うん!」
--- 遥か遠くから ---
山の上にいる二人の人物が、メンシェの上空を巨大な雲が通り過ぎていくのを観察していた。
「起こると思うか?」
その男は鷹の目の魔法を解き、仲間を見た。
「思わないね、確実に起こる」
「そうか。悪いことじゃなきゃいいがな」
「あの布告……奴が下した最悪の判断だったな」
「だが、あのダリアンってガキ、関係あると思うか?」
「いや、ただの金持ちの坊っちゃんさ。それだけだ」
「なるほどな。だが、何時間も続く魔法を使ったって聞いたぜ。しかも普通の魔法じゃない、雷雲だ」
「マジか?」
「ああ。どうやったかは知らねえが、あんな規模の魔法を維持するなんてな。しかも最初は雷も絶え間なく落ちてたらしい。あの歳じゃ不可能のはずだ」
「言っただろ、金持ちの坊っちゃんだって。幼い頃から訓練する環境が揃ってるんだよ」
二人は座っていた岩から立ち上がり、顔を見合わせた。
「『あの方』に俺たちが離れたのがバレる前に、戻るとしようぜ」
--- ダリアン・セラフェル視点 ---
夜明け前。日が昇るまであと少しだった。
肌が粟立つような感覚のせいで、いつもより早く目を覚ました。
内部魔力の使い手にとって、それは体が周囲の悪意を感知した証拠だ。
だが、すでに数時間が経過している。そして何も起きていなかった。
城壁の方から空気を切り裂くような音が聞こえた。
間一髪のところでそれを躱す。
すぐ横に、一本の槍が突き刺さっているのに気がついた。
どこから来た?
地面に突き刺さっていた槍が動き始めた。
飛んできた軌道を辿り、屋根へと跳躍する。
そこには、槍を手にしたフードの男が立っていた。
内部魔力の使い手。
「ああ、本当に一人で来たな、ダリアン。都合がいいぜ」
「お前は誰だ!? どうやってここに入った?」
「おいおい、思い上がったガキだな。ここが安全だとでも思ってたのか? まあ、安全なのは確かだが……穴を見つけたんで利用させてもらったのさ」
「穴を見つけただと? 何の話をしてるんだ?」
「気にするな。お前の運命は別のところにある」
「俺の運命? 何馬鹿なこと言ってんだ?」
男は答えなかった。
槍を回し、飛びかかってくる。
かろうじて回避する。
その隙を突き、男の腰にあった剣を奪って反撃に出たが、槍の柄でその一撃を防がれた。
その後、強烈な蹴りとそれに続く突きを繰り出してきて、どうにか躱す。
その瞬間、庭へ降りることを決めた。
男が力任せに槍を投擲してきた。
防ごうとしたが、槍は軌道を変え、切っ先が首をかすめる。
「くそっ……危なかった」
ポケットからチョークを取り出した。
フードの男が異常な速度で動き始め、庭の柱を蹴って絶えず方向を変えながら迫ってくる。
速すぎる。
だが……。
奴が動いている間に、全力の速さで魔法陣を描き上げた。
「捕まえたぜ、坊や!」
魔法を発動させる。
巨大な柱が地面から激しく突き出した。以前に作ったものよりも遥かに洗練され、鋭く尖っている。
男は即座に反応し、己の槍でその柱を粉砕した。
「おっと……今のが当たってたら串刺しだったな。魔法の使い方が上手いじゃないか」
「俺に何の用だ?」
宮殿の反対側で爆発音が響き渡った。
男は笑うのをやめた。
「クソッ。もっと保つかと思ったが……まあいい、お前を弱らせるだけで十分だ」
「弱らせるだけだと!?」
「諦めな」
男は槍を手放し、腕を伸ばした。
錆びた剣が、その手に引き寄せられるように収まる。
一度だけ、瞬きをした。
次の瞬間には、奴はすでに目の前にいた。
腕を、強烈な斬撃が貫くのを感じた。
「……え?」
これは……痛み。
庭に血が滴り落ちる中、ただ惰性で後ずさった。
これが、痛み?
……
こんなの嫌だ……痛いのは嫌だ……。
……
なんで、こんなに痛いんだ……?
……
ただ、やってくるのは……。
「ダリアン様ーー!」
アレクシオか……?
わからない。
「撤退するぜ、坊主。残念だがな」
フードの男か……?
どんどん、聞こえ方がおかしくなっていく。
ダメだ……何もわからない……。
わずかに目を開けた。
アレクシオが、引力魔力の技を使って空中に逃れようとする男に向かって、力強く剣を投げつけた。
「へへ、無理だ……え!?」
剣はアレクシオの元へ戻ってきたが、その途中でフードの男の腕を切り裂いた。
男を止めるには不十分だった。
だが、なぜかアレクシオはそんなこと気にも留めていないようだった。
今のは引力魔力か……?
使えないと思ってたのに。
「ダリアン様? ダリアン様? 大丈夫ですか? ダリアン様? ダリアン様!」
聞こえてるよ、アレクシオ……。
でも、口が動かない。
もう、何もできない。
ただ目を覚まして、普通の子供に戻りたい。
アドレナリンが引いていくと同時に、意識を失った。




