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  間話 【空想の泡沫】

 私の名前はエミリア・レオフル。

 十二歳。今もこうして、大好きな本を開いている。


 幼い頃から、ずっと私に寄り添ってくれた本。


 私はレオフル家の血を引いているわけじゃない。元々は名前さえない孤児で、不気味な子とか気味の悪い魔女なんて呼ばれていた。


 母を失った後、すべての希望が凍りつき、自分の足跡さえ消えてしまったように感じた私は、想像の殻に閉じこもった。それは私をあらゆるものから守ってくれると同時に、すべてを遠ざけてしまう殻だった。


 ある時、黒い髪に青い瞳をした一人の男の人がやって来た。彼の微笑みは、最初はよく分からなかったけれど、言葉以上のものを雄弁に物語っていた。


 喜び。

 優しさ。

 親切。

 そして、とても大きな心。


 彼は孤児院の責任者で、施設を維持し、より良くしようと尽力してくれる人だった。


 でも、当時の私はあの人を素直に喜ぶことができなかった。彼がそこにいるという事実そのものが、私の不幸な境遇を突きつけてくるようで。


 私にできることなんて何もなかった。

 ただ、すべてが自分を傷つけるんじゃないかと怯えるだけの、ちっぽけな子供だったのだ。


「この子は?」


「この子は……その……名前がありません。街の城壁の近くに倒れていたのですが、それ以来ずっと口を利かなくて」


 そう。

 私は遠くから現れた、誰からも望まれない子供だった。


「なぜまだ引き取り手が見つからないんだ? そのための資金は援助しているはずだが」


「努力はしております、旦那様。ですが……この子は話すことも、誰かと目を合わせることもありません。手間をかけてまで心を癒やそうとする里親などおらず、皆諦めてしまうのです。それに、心に深い傷を負った者は、大人になればいずれ『対呪い支援施設』へ送られることになりかねません。我々にも、どうしようもなくて……」


「……そうか」


 それからというもの、あの人は毎日ここへ来るようになった。

 私にご飯を持ってきてくれて、私が何も答えなくても、いつも話しかけてくれた。


「なぁ……その……お嬢ちゃん。名前、欲しくないか?」


 私は答えなかったけれど、拒絶もしなかった。だから彼は、それを肯定のサインだと受け取ったようだった。


「うーん……そうだな……マリア? いや、ありふれてるな……ええと……ヴァレンティナ? いや、それも違うか……?」


 私はそっと彼を盗み見た。


「それじゃあ……えっと……エミリア、というのはどうだ?」


 その瞬間、私の目は大きく見開かれた。


 あの会話のことは今でも覚えている。

 彼がその名前を口にした時、自分でも理解できない私の中の何かが、カチリとはまった気がしたのだ。


 その後、私は引き取られた。

 最初は明るく、幸せで、エネルギーに満ち溢れていた。でも、通っていた学院で起きたある事件のせいで、今の私は終わりのない本の世界に引きこもるようになってしまった。


 あれをどう説明すればいいのだろう?


 いじめられていたわけじゃない。

 彼らはただ、私を怖がっていたのだ。結局のところ、私は王族に連なる人間だったから。

 だけどある日、魔法陣の特別授業でそれを描こうとした時のことだ。


 異変は起きた。


 魔法陣が奇妙な形に歪んだかと思うと、その光景が私の頭の中に流れ込んできた。そして、母がどうやって死んだのかを、ひどく鮮明に思い出させてしまったのだ。

 村中の人々が私を憎んでいたこと。そして母が、私を守るために自分の命を投げ出したこと。


 それ以来、私は部屋に引きこもった。


 その記憶とどう向き合えばいいのか分からなかった。

 母は私のために犠牲になったのに、私は彼女がくれたこの命を少しも楽しめていない。


 どうして私ばかり、こんな目に遭うの?


 呪いなんかじゃない! そんなものじゃないって分かってる!


 ……もし、あの魔法陣そのものが呪いだったとしたら……?


 違う。


 先生たちは、単なる術の失敗だと片付けた。

 そういうことが起きるのは初めてではなかったし、消したと思っていた記憶が蘇る事例も過去にあったらしい。


 最終的に、彼らは私が祝福者(ベンド)なのだと判断した。第三の眼を獲得し、普通の人間には見えないものを視る力があるのだと。


「こんな力、欲しくなんかなかった……! お母さん、どうして私のために犠牲になったの?」


 私はベッドから起き上がり、部屋の中を歩き回った。


「お母さんは私に何を見たの? どうして……どうして身代わりになんて……。みんな、私のことが嫌いだったの? どうして? 他の人になくて、私にあるものって何? お母さんになかったものって? どうして私は、生まれた時からみんなに憎まれていたの?」


 コンコン……コンコン。


 部屋のドアを叩く音がした。


「エミリア……ここにご飯を置いておくからね。お願いだから、少しでも食べておくれ」


 私はドアの方を見ようともせず、ただ窓際へと歩み寄った。


 食べる?


 私にそんな資格はない。


 私が生まれてこなければ、お母さんは幸せになれたはずだ。


『エミリア……何があっても、お母さんがどこへ行っても、あなたは前に進まなきゃダメよ。分かった? 進むの。立ち止まっちゃダメ』


 ごめんなさい、お母さん。言われた通りにできなくて。

 でも、自分ではどうにもならないの。


 頭では分かっている。

 けれど、私の身体と、ぽっかりと空いてしまった心が、別のことを言っている。


「エミリア、お父さんが行く前に一つだけ……。明日、お客さんが来るんだ。ヴァレリウス・セラフェルの息子さんがね」


 え……?


「どうして、そんな人が私に?」


「ただ、会ってやってほしいんだ。いいかい?」


 私は答えなかった。


 ヴァレリウスの息子って、何のこと?


 彼の名前は、うっすらと覚えている。たしか、ダリアン?


 私よりずっと年下のはずだけど……。


 本当に彼をここまで来させるつもり?


 こんな私の姿を見せるために?


 六歳の男の子に?


 意味が分からない。


 子供の無邪気さにあてられれば、私の心が癒やされるとでも思っているの?


『お父様たちは私のことを十分に愛してくれていない……ううん、違う。愛してくれているわ。ただ、私とどう接していいか分からないだけなんだ』


 私が引き取られた理由の一つは、養母であるレイア・レオフルが、どうしても子供を授かることができなかったからだ。


 新しいお父さんは女の子を欲しがっていて、だから私が選ばれた。


 それにしても、どうして一言も話せない、傷ついた子供なんかを欲しがったのか、私には未だに理解できない。


 時間が経つにつれ、二人と一緒にいることで、私にも人格が芽生えていった。喜びを知った。


 少しずつ心の傷が薄れていったおかげで、私は人間らしい感情を取り戻すことができたのだ。


 でも、あの魔法陣のせいで、すべてが戻ってきてしまった。


 そして、私が祝福者(ベンド)である限り……その記憶が薄れることはない。あまりにも完璧すぎるからだ。


 明日、あの男の子が来る……ダリアンが。


 だけど、すでに壊れてしまったものを直せる人なんて、どこにもいない。


 これこそが、本当の呪いだ。

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