プロローグ
家とは一体、何なのだろうか?
様々なものが当てはまる。
温もり。
誰かの存在。
安らぎ。
どれも明白で、わかりやすい例だ。
だが、よく考えてみれば、それらはある事象が別の事象を引き起こした結果に過ぎない。
個人の行動+他者の行動=快適な家。
しかし、あらゆる連鎖がそうであるように、それもいずれは断ち切られるか、時間と共に摩耗していく。
なぜ俺は、こんなことを考えているんだ?
ポツリ、と雫が顔に落ちた。
ああ、そうか。
毎年十月十四日になると、まるで空が、俺がすべてを失ったあの日を思い出させようとしているかのようだ。
毎年この日の夜、雨が降り始める数時間前に起きたあの火事を。
馬鹿げている。
雨が記憶を呼び起こすだと?
ただの偶然に過ぎない。
もっとも……。
偶然とは、極めて複雑なプロセスを経て発生するとはいえ、結局のところは確率的に起こり得る事象に過ぎない。
だが、毎年十月十四日に必ず雨が降るというのは、統計学的に見てあり得ない。多くの者がこの奇妙な現象に理由をつけようとするが、真実を知っているのは俺だけだ。
実際、多くの者たちがこの雨のせいで空を呪っていた。
「くそっ……母さんの言う通りだった。あいつに会うためとはいえ、今日出かけるべきじゃなかった……」
「風邪をひく前に着ければいいけど。私、こういうの弱いから」
俺の横を通り過ぎていく人々は、決してこちらを見ようとはしなかった。
俺も何度か呪ったことがある。空をではない、人生そのものをだ。
論理的な行動ではない。人生という概念に直接話しかけることなど不可能だ。それでも、常にその思考が頭をよぎっていた。
「なあ、人生。どうして俺なんだ?」
「なあ、人生。俺がこんなものを望んだとでも思っているのか?」
非論理的な存在に対する、論理的な問いかけだ。
『強い者は、弱い者を守るためにいるのよ』
ああ、あの言葉か。
亡くなる数ヶ月前、母が遺したその言葉こそが、俺を今の存在へと造り変えた要因だった。
他者を救うためだけの機械へ。
問題なのは、俺が人を救うという行為そのもののために動いていたわけではなく、彼女の言葉というプログラムに従っていたに過ぎないということだ。
それが正しいことだと信じて救ったことなど一度もない。ただ、その命令を遂行するためだった。
息を吐いた。
雨が体を濡らしていく。
気になったか?
いや。
「俺は、間違っていたのか……?」
ただ暗闇に向かってそう呟き、返ってくるはずのない応答を待ちながら、浪費した人生を嘆くことしかできなかった。
うまく言語化できないし、その意味に大した重要性を見出してはいなかったが、俺の名前はヒカリ(光)だ。だが、今の俺にその要素は一切残っていない。
今の俺は暗闇だ。
あらゆる光を喰らい尽くす闇。
「母さん……どうしてこんなに会いたいんだろうな? どうして今になって……?」
自分でも、誰に向かって音声を発しているのかわからない。横を通り過ぎる人々は不審な目を向けてくる。一人でぶつぶつと呟きながら濡れるのも気にしない、ただの滑稽な人間に見えているだろう。
それでも、俺は最初からこんなに空っぽな存在だったわけではない。
十八年以上前、俺は絶対に壊れない、明るい子供だった。
誰がどれだけ試みようと、俺の光を消すことはできなかった。
その頃は、ヒカリという名前が過剰なほど俺の性質を表していた。
そして、あの火事が起きた。出口へと導く奇妙な光と共に、それは突如として発生した。
正確に何が起きたのかは記憶にない。ただ一つ記憶に残っているのは、俺が後を追うまで執拗に付きまとってきたあの光の存在だけだ。
いや、付きまとってきたという表現は不適切だな。俺が、まるで光に群がる虫のようにそれを追っていたのだから。
気づいた時には、家は炎に包まれていた。
「中にいるんだ! 助けに行かせてくれ!」
見知らぬ男が、野生動物を押さえ込むように俺を強く拘束していた。彼の目には、実際にそう見えていたのかもしれない。
「すまない、坊や……本当にすまない」
噛みつき。
引っ掻き。
蹴り飛ばし。
叫んだ。
それでも、男は決して手を離さなかった。
消防車が到着した頃には、炎はすでに消えかけていた。
三時間後、両親が発見された。二人は抱き合ったままだった。
葬式で、誰もがこう口にした。
「可哀想に」
「今頃は、もっと良い場所にいるわ」
まるで、死ぬことの方が退屈な土曜日よりもマシな解決策であるかのように。
「ヒカリくんは強い子ね」
強い子、か。
雨の中で、冷笑的なため息が漏れた。
八歳の子供は、強さなんか欲しくなかった。ただ母親が欲しくて、父親が欲しくて、自分のベッドと、あの不格好なぬいぐるみが欲しかっただけだ。
もう彼らには何も伝えられない。喪失してしまったのだから。
封印されたブラックボックス。
すべての感情は、それと同じになった。
葬式にまともな格好で参列することすらできず、少しサイズの大きい借り物の靴を履いていた。
……
その後は孤児院だ。
部屋の隅のベッドに横たわった。
『何が見える、ヒカリ?』
母の音声データが、制御を振り切って脳内で再生された。
俺は何を見ていた?
大陸のシルエットのように見える、天井の雨漏りの染みだ。昔、母さんと一緒に雲を見上げては、よくそんな遊びをしていた。
『ドラゴン!』
『そう? じゃあ、そのドラゴンは何をしてるの?』
『お姫様を助けるために、お城に飛んでいってるところ!』
母さんはいつも笑っていた。全ての不具合を修復してくれるような笑い声。そしてご褒美に俺をきつく抱きしめ、輝くような目で雲を見つめていた。
だが、彼女はもういない。
染みは雲じゃない。
俺に何が見えるかと尋ねてくれる人もいない。
今残っているのは、空虚な記憶だけだ。
数年後、俺は剣術を学んだ。
誰かに教わったわけではない。ネットのデータと、庭で拾った木の棒だけ。
驚いたことに……あるいは罰だったのかもしれないが、俺の適性は極めて高かった。
孤児院から剣道部に入るよう指示された時には、すでに最高レベルに達していた。
そして歩きながら、背筋が凍るような事象に気づいた。
十月十四日。時刻は正確に二十二時三十八分。
「ヒカ……」
「リ……」
落ちる雫の一つ一つが、俺にメッセージを残していた。
どういう意味だ?
元素が語りかけてきている。
俺は水を制御することができた。
いや、正確には意思疎通ができたと言うべきか。
水は俺の一部であり、俺もまた水の一部だった。
後になって、他の元素とも同じことができると気づいた。
土は俺の硬さに従い、
風は俺のために抵抗し、
水は俺と共に流れた。
そして、火は……。
あいつが俺と通信を試みてきて、俺自身もそれを完全に拒絶できないだなんて、どうして予測できただろうか?
それでも、奴はしつこくアクセスを試みてきた。
時が経つにつれ、火そのものに欠陥があるわけではないのだと理解した。あれはただの情熱であり、熱を与える純粋なエネルギーに過ぎない。本当の問題は、それを利用した者にあるのだと。
そして今、この雨の下で……。
「もし、できるなら……」
偽りなく笑っていた、あの頃の子供に戻りたい。
「もう一度……」
パンの匂いがする母さん、そして父さんが……。
待て。
火事の数日前、父さんが何かを言っていた。
『もっと高く! お父さん、もっと!』
『これ以上高く押したら、飛んでいっちゃうぞ』
『いいよ、それでも!』
父さんは笑い、俺を降ろすと、ふと真剣な顔になった。まるで何かを予感していたかのように。
『ヒカリ、よく聞きなさい。何があっても、どんなに人生が辛くなっても、お前は生きなきゃダメだ。わかるか? ただ存在するだけじゃない、精一杯生きるんだ。生きろ』
『お父さん?』
『や、約束する』
だが俺はその約束を破棄し、母さんの言葉だけに従ってきた。
『弱い者を守る』という、ただ一つの指標に。
十八年間、俺は生きてなどいなかった。ただ存在していただけだ。
この事実を知ったら、父さんはどう思うだろうか? 知る術など存在しないが。
そしてその瞬間、俺は気づいた。
一台のトラックが、無灯火のまま二人の人影に向かって突っ込んでいることに。
男性と、小さな女の子。
二人は道路の真ん中にいて、女の子は足首を押さえていた。
トラックはヘッドライトもテールランプも点灯させていない。
思考を巡らせるより先に、体が自動的に動いていた。
風を利用して空気抵抗をゼロにし、弾丸のように飛び出した。目に入る雨水を退けるよう水に伝達し、視界の解像度を極限まで引き上げる。さらに、速度が落ちないように足元の水を乾かすよう命じた。
「くそっ、間に合わない……どうする?」
力を使ってトラックを物理的に停止させることはできるが、それでは俺がますます人間という定義から遠ざかるだけだ。
警察が俺のケースを調べ上げ、やがて単なる研究対象のデータとして処理されるだろう。
最初は英雄として扱われるかもしれないが、時が経てば、その英雄視も、俺の能力も、恐怖の象徴に変わる。未知への恐怖というものは、何よりも強いのだから。
「……なら、もし……?」
彼女を救えば、同時に俺自身をも救済できる。
最後の命令を実行する。俺の人生に組み込まれたプログラムの終焉。人命救助を大義名分にして、この無意味な稼働を強制終了するのだ。
だからこれは、英雄的でも高潔でもない。極めて利己的で、そして同時に、最も……人間らしい行いだ。
俺は、トラックと女の子の間に滑り込んだ。
一瞬、彼女の目に母さんと同じものを見た気がした。
衝撃を待った。
すべての終わりを。
もう、何もかもどうでもよかった。
元素が、俺の最後の意志を読み取った。
風がトラックに向かって咆哮し、巨大な空気抵抗を生み出す。
水がアスファルトを完全な摩擦面へと変え、
火がエンジンを窒息させる。
そして土が岩の槍を生成し、あらゆる角度からトラックを貫いた。
それが、トラックを完全に停止させる最後の一撃だった。
だが、岩の槍が展開を終えるより早く、衝撃は俺の肉体を捉えた。
残された思考プロセスは一つ、いや二つだったか。それすらもはや確証がない。
『ごめん、母さん。もう誰も守れなくて』
死んだ人間には、もう何もできないのだ。
『ごめん、父さん。言われた通りに生きられなくて』
約束を果たせないまま死んでいく。
今、残されているのは死の直前の最後の感覚だけ。
鼓膜を突き刺すような、甲高い耳鳴りの音だ。
「……! ……・……・…………!」




