第31話 悩む側近と子供を蔑む親
結局、フィーゴ様の誕生日の日は、甘やかされた上に、撫で回されて気持ち良くなっただけで、私がプレゼントをもらったみたいになってしまったのだけれど、フィーゴ様が満足してくださったみたいなので良かった。
そして、次の日の今日はライリー様はキラック公爵家に行っている。
フィーゴ様がライリー様の影武者として、執務室で仕事をする事になり、ライリー様は皇宮警察の若手として、見た目を変えていかれたのだった。
皇宮警察のトップの人はさすがにライリー様が姿を変える魔法を使える事を知っているので、話をつけてくれたんだそう。
どんな姿か気になるけれど、私はお留守番なのでわからない。
気になりはしたけれど、昨日、色々なものをお休みしたので、それはそれで私も忙しく、あっという間に時間は過ぎていった。
夕方になり、さすがに帰ってきているかと思って、ライリー様の執務室に向かおうか迷いながら、部屋の窓から見える中庭に目をやった時だった。
若い男女に挟まれて歩く、テッカ様の姿が見えた。
表情まではわからないけれど、宮殿の敷地内に自由に出入りできる子供はテッカ様しかいないはずだから、テッカ様だと思う。
テッカ様の横にいる人達は、一瞬、彼の付き人かとも思ったけれど、そうではなさそうで、テッカ様はその人達と手を繋いで、中庭を散策している様だった。
この時間に散策なんて、どういう事かしら?
別にやってはいけない事ではないけれど、もう空は薄暗くなってきているし、何だか気になってしまい、そのまま姿を追っていると、テッカ様は2人の手を振り払い、宮殿に向かって走り出した。
貴族らしき男女2人は顔を見合わせて肩をすくめた後、ゆっくりと宮殿に向かって歩を進めていく。
何かあったのかしら?
テッカ様の部屋は私とそう遠くないので、偶然を装って会ってみて、テッカ様自らが何か話される様なら、さっきまで一緒にいた人が誰だか聞いてみようと思い、部屋を出た。
おせっかいとか、聞かれたくない事かもしれないから、自分からは口に出さないようにしないと。
そう自分に言い聞かせて、テッカ様が部屋に戻られるなら上がってこられると思われる階段に向かっていると、階段を駆け上がってくる音が聞こえたので、慌てて、歩を進めた。
私付きの侍女達が不思議そうにしていたけれど、後で謝る事にして、何とか階段のところまでたどり着くと、テッカ様が2階と3階の間にある踊り場まで来られた所だった。
「ごきげんよう、テッカ様」
笑顔を浮かべて挨拶したけれど、テッカ様は泣きそうな顔になっていて、驚いた私は平静を装えず、慌てて尋ねる。
「テッカ様、どうかなさったんですか?」
「……マリアベル様…」
テッカ様は涙をこらえていたのか、私が尋ねると、くしゃりと顔を歪めて目に大粒の涙を浮かべた。
さっきの人達から何か酷い事でも言われたのかしら!?
心配になって階段を下りて、テッカ様の前にしゃがみ込んで、彼の顔を覗き込む。
「ご迷惑でなければ、お話を聞かせて下さい。テッカ様が悩んでいらっしゃる問題を解決する事はできないかもしれませんが、お話をする事で少しは気持ちが楽になるかと思いますから」
「……ありがとうございます。……でも、こんな話をマリアベル様にして良いのかどうかわからないんです…」
「……そんなに深刻なお話なのですか?」
「というか、マリアベル様にも関係する話だから…」
テッカ様は口をへの字に曲げ、悔しそうな顔をして両手に握りこぶしを作る。
「私が関係する話? 私の悪口とかですか…?」
「悪口とまではいかないですけど、きっと嫌な気持ちになると思います」
「私の気持ちを考えてくださるなんて、テッカ様はお優しいですね」
微笑むと、テッカ様は何度も首を横に振る。
「優しくなんかないです! 弱いだけなんです!」
「テッカ様が弱いかどうかは私にはわかりません。それに、私は弱くても良いと思います。逃げる時には逃げて、いざという時に立ち向かえれば良いんじゃないですか?」
「でも、僕は弱いから立ち向かう勇気がないんだ」
「テッカ様はまだお若いんです。弱くて当たり前です。けれど、強くなりたいと願われれば、強くなれるはずです」
「……本当に、そう思いますか?」
「もちろんです」
テッカ様は忘却魔法は使えるけれど、自分自身にかける事はできない。
……もしかして、テッカ様が忘却魔法を使えるようになったのは、自分の記憶を消したかったから?
確信はもてないけれど、あの2人の事を思い出すと、なぜかそんな気がした。
「マリアベル様、お部屋に移動されてはいかがでしょうか」
「そうね」
気を利かせてくれた侍女に促され、テッカ様を私の部屋に案内する事になった。
そういえば、テッカ様にはメイドが付いていないのかしら?
まだ、子供なんだし、1人にさせるのはどうかと思うんだけど……。
考えてみたら、私もテッカ様と仲が悪いわけではないんだけれど、ライリー様の側近の中では一番接点がないのよね。
普段は学園に行っておられるから、話す機会がない。
この機会に仲良くなれたら良いなとも思うけれど、テッカ様の顔を見ていたら、そんな事を考えている場合でもなさそうね。
メイドにリラックス効果のあるというお茶を入れてもらい、私の部屋でテッカ様から話を聞く事にしたのだった。
***
テッカと手を繋いでいた男女は宮殿に戻り、テッカの部屋に向かったが、テッカ付きのメイドからは彼は部屋に戻っていないと言われて、眉を寄せた。
「どこに行ったんだ。親に手間をかけさせるなんて…。しかも親の手を振り払って逃げ出すだなんて、皇太子殿下は甘やかしておられるんだな」
「本当にあの子は困った子だわ。皇太子殿下の側近になったという事を聞いた時は、ドリルベ家の役に立つと思ったのに、お荷物なのは本当に変わらないのね」
金色の髪に青色の瞳を持つ女性は、白い頬に手を当てて表情を歪めた。
「まあいい。チャンスはまだあるんだ。今日のところは帰る事にしよう」
「そうね。家にはテッカと違って、可愛い娘と息子が待っているわ」
テッカの母がふふ、と笑うと、テッカの父であるドリルべ公爵も微笑んで頷く。
「皇帝陛下の側近だなんて、周りからどれだけ羨ましがられたか。ただ、お荷物だから家にはいらない。あいつはいつまでたっても魔法が使えないんだから」
テッカの両親は顔を見合わせると、テッカを探す事もなく、帰途につく事にした。
テッカは自分自身を守る為に忘却魔法を両親にかけていた。
なぜなら、忘却魔法が使える事がわかれば、彼らに利用される事がわかっていたから。
そして、今回、マリアベルが乗り出す事になり、彼らの悪事がバレる事になるのだが、今の彼らは、そんな事を夢にも思っていなかった。




