第32話 悩む少年と怒る皇太子
お茶をいれてくれたメイドや侍女が部屋から出て行った後、私とテッカ様はパッチワーク柄のソファーに並んで座って話をする事にした。
男性と二人きりになる上に、隣に座るなんて、と言われるかもしれないけれど、テッカ様はまだ7歳だし、この年頃の子供よりも一回り小さい気がする。
力ではまだまだ私が勝てそうだし、テッカ様の手首はつかんだら、簡単に折れてしまいそうなくらいに細い。
本来なら、ライリー様がいてくれるのが一番なんだけれど、いないのならしょうがない。
侍女にはライリー様が帰ってこられたら伝えてもらう様にお願いしておいた。
「テッカ様、とにかく、お茶を飲んでゆっくりして下さい」
「……ありがとうございます」
テッカ様は小さく頭を下げてから、カップを手に取り、お茶を一口飲んだ。
「飲んだ事のない味だ…。でも、すごく美味しいです」
「そうなんですか? ポピュラーなお茶らしいんですけど、あまり、テッカ様はお茶を飲まれないんですか?」
そこまで言って、テッカ様はまだ子供だという事を思い出す。
「ごめんなさい。ジュースの方が良かったですか?」
「いいえ。ジュースも好きだけど、このお茶も美味しくて好きです」
テッカ様はいつも大人びた顔をされるのだけれど、今日はとても柔らかい雰囲気で、子供らしいといえば子供らしかった。
ライリー様にお願いして、また猫にしてもらおうかしら?
そうしたら、テッカ様も少しは元気になってくださるかもしれないし…。
そんな事を思っていると、テッカ様が話し始める。
「動揺してしまって申し訳ございませんでした。久しぶりに両親と会って、嫌なことを思い出したんです。それに、僕に訳のわからない事を頼んできて…」
ライリー様の側近の人達がご家族とうまくいっていない事は知っているけれど、テッカ様とハインツ様については詳しい話を知らなかった。
その先の話を促しても良いのか迷っていると、テッカ様が話してくれる。
「僕には兄と姉がいるんですけど、小さな頃から攻撃魔法が使えて、とても優秀なんです」
「魔法が使える人自体、人口的には少ないですし、攻撃魔法を使える人は、より少ないですものね」
「そうなんです…。でも、兄と姉が使えるから、両親は僕にも攻撃魔法が使えると思い込んでいたんです」
お兄様とお姉様は本当にエリートの様で、5歳くらいの頃には攻撃魔法が使える様になっていたんだそう。
けれど、テッカ様の場合は5歳になっても、魔法が使えなかったらしい。
正確には攻撃魔法は使えないけれど、忘却魔法は使える様になっていたそうだから、エリートである事にはかわりはないんだけど…。
「忘却魔法が使える事をどうして言わなかったんです?」
「いざという時に使えなくなるのが怖かったんです。それに利用されると思ったから……」
「利用される……?」
子供を利用しようとする親って…。
公爵家の人間がそんな事をするの?
テッカ様が言いにくそうにしているので、何だか、これ以上は私が聞いてはいけない気がして、話題を変える。
「で、私に関係する話とはどんなものなんですか?」
「……気を悪くしないでほしいんですが…」
「大丈夫ですよ。テッカ様が思ってらっしゃる事ではないとわかっていますし」
「ありがとうございます。……両親は殿下に僕の姉を紹介しろと。姉と殿下との仲を取り持てと言うんです」
「……そうだったんですか」
突然、現れた私なんかより、由緒正しい自分の家の娘を嫁にしたいという気持ちは分からないでもないけれど…。
「テッカ様、ぜひ、ライリー様に姉を紹介したいという話をしてみて下さい」
「……え?」
「紹介しろと言われたんでしょう? とにかくその話をすれば良いのです。会う、会わないかは、ライリー様が決める事ですから」
にっこり微笑むと、テッカ様はきょとんとした顔をして私を見つめた。
だって、紹介しろと言われても、ライリー様には断る権利があるんだから。
とりあえず、テッカ様はその話をしただけで、ミッション完了よね?
***
キラック公爵家での取り調べは難航した。
キラック公爵もカエラも何も知らないと言い張るばかりで、エルベルの件には関与していないと嘘をついた。
その事はいずれ証拠をつきつけるから良いとして、マリアベルの元婚約者の事を思い出すと、ライリーは嫌な気分になった。
ライリーが目の前にいるとは思っていなかったビークスは、聞いてもいない事まで話し、マリアベルは自分の元に戻りたがっているはずだと言った。
ビークスがマリアベルに会いたがっている理由がわかったライリーは、彼を諦めさせる為に、マリアベルと会わせた方が良いか迷っていた。
(元婚約者に会って、やっぱり、元婚約者が好きだと言われたら辛いんだよな……)
皇太子がこんなに情けなくてどうするんだと頭を抱えつつ、とりあえず、マリアベルに会おうと思ったライリーは馬車から降り、城の中に入ったところで、テッカの両親が近寄ってきた。
「皇太子殿下! お会いできて光栄です!」
ライリーはテッカの両親がテッカに対して酷い扱いをしている事を知っている。
だから、嫌悪感を表に出さない様に気を付けて、笑顔を作る。
「来てたのか」
「ええ。また、テッカからお話があるかと思いますので、ご検討の方をよろしくお願い致します」
「……どういう事だ?」
ライリーが尋ねると、ドリルべ公爵夫妻は満面の笑みを浮かべ、自分達がテッカに頼んだ内容を伝えた。
「ぜひ、一度会っていただきたいのですが…」
「……俺が選んだ婚約者が気に入らないと言いたいのか?」
自慢の娘を紹介したのだから、喜んでもらえると思っていたドリルベ公爵夫妻だったが、その話を聞いたライリーの怒りの言葉と顔を見て、2人は震え上がったのだった。




