35:五日目/男島01
「ツルギ殿――本当に方向はこっちであっているのでしょうね?」
「大丈夫だ」
そんな会話を交わしながら、二人は険しい山道を進む。
今にして思えば島の外縁部は手入れの行き届いた林だった。途中通りがかった竹林も、おそらく間引きされていたのだと思う。
だが、今となっては緑深い本物の森林だ。
笹や雑草が腰の高さまで生い茂り、足元には大きな岩が埋まってたり粘土質が露出していたりしてひどく歩きづらい。かと思えば背の高い樹木が完全に日光を遮り、草が生えない代わりに倒木や枯れ葉で進路が塞がれる。
――要するに、地図上でまっすぐ歩くことが難しい地形になっていた。
幾度も角度を変えて迂回しなくてはならない。
そのたびに太陽の方向を参考にしておおざっぱな方角を割り出していたのだが、それ以上に頼りになったのは佐々木咲也の残した地図だった。
この島はなだらかな傾斜を描きながら中心に向けて少しずつ隆起している。要は真ん中に近づくほどに標高が高い。そのため、確かに進む先は見えない。だが逆に振り返れば三方を見渡すことができる。
そしてそこには、先駆者たちが咲也に示した目印がある。
背の高いイチョウ、小さくまとまった杉林、あるいは池――そうした目印は一つでは役に立たないが、二つ以上見えれば角度から自分の現在位置がわかる。
それと、進むべき方向も。
「であればいいのですが――どちらにせよ、もはやタイムアップは避けられませんね」
「だな」
五日目となる今日の昼過ぎにはサバイバル実習は終わり、迎えの船が来る。
今はまだ朝方とは言え、ここから浜辺に戻るには一日以上必要だ。
つまり、どうあっても帰りの便には間に合わない。
「時間になったらオレの持ってるリタイアボタンを押す。悪いが示炎、お前も一緒にリタイア組になってくれ。授業評価は下がるかもしれないが――」
「それは構いません。拙は元々素行の悪い生徒ですので。それよりも、目的地にたどり着けるかの方が心配なのですよ。さすがにここまで来て手ぶらで帰るのは嫌ですよ?」
「そうだな。咲也に土産話くらいは――っと」
「どうしました、ツルギ殿?」
「いや――何か」
足元からこの場にそぐわぬ金属音が聞こえたと思い、ツルギは視線を落とす。
錆びついた金属プレートが半ば地面に埋まっていた。
しゃがみ、手でかかっている土を払う。
その表面には文字が刻まれていた。錆びていて不明瞭だが、おそらく――
「護国竜――ですかね?」
「ああ、そう読めるな」
「この島も昔は人の手が入っていたそうですが、その頃の名残でしょうかね」
「そういうことなんだろうとは思うが――」
ゴコクリュウ。
何か似たような言葉を、どこかで聞いたような。
「いやいや、ツルギ殿。そんな考え込んでいる時間は拙たちにはもうありませんよ」
「おっと、そうだった」
立ち上がって荷物を背負い直し、再び歩き出す。示炎がそれに続く。
木々を分け入って最深部を目指す。
地図で見る限りはそろそろ目的地が見えてきてもおかしくないのだが――
「――あ」
「――これは」
ひときわ背の高い木々が開け、その先が視界に入ってきて、そこで見た光景に二人は揃って絶句した。
まったく予想していなかったものが、そこにあった。
「ヘリポート――だな」
「の、ようですね」
コンクリートで舗装されたヘリポートに、二機のヘリコプターが停まっていた。
本来無人島にあるべくもない科学の塊がででんと鎮座し、さらに近くにはレンガ造りの洋館も建っている。
「リタイアした人の回収機はここから出てたんだな」
「考えてみれば当然の話ではありますが――なんというか、夢もへったくれもないですね。当然人員もここに詰めているのでしょうし、無人島というのはカタチだけだと」
「咲也にはなんて言うべきか……」
そんなことを言いながら二人はヘリポートを抜け、洋館の前に立つ。
と、玄関の扉がギイと開き、執事姿の若い男性が現れた。
「ようこそ、我らの秘密基地へ。歓迎しますよ。ここまで来たのは貴方たち二人が初めてです」
「――三人です」
ツルギは、手に持ったままだった咲也の地図を示して、告げた。
そんなツルギの態度に執事は小さく微笑み、うなずく。
「そうですか。では言い直しましょう。お三方が初めてです。いやはや、過酷なサバイバル環境の中で、必要もないのにここまで来るような体力と冒険心を兼ね備えた生徒などいないという話だったのですが――計算外のことは起きるものです」
「……確かに、オレ一人だったらここには来なかったと思います。咲也から受けた影響は大きい。そういう意味でも、ここに来たのは三人です」
「まあ、そうですね。拙はどちらかというと巻き込まれたようなものですが、やはり一人ではこんなところまでは来なかったでしょう。たかが授業。五日間をやり過ごせばそこで終わるのですからね」
「なるほど、なるほど。人の出会いは数奇なもの。どうでしょう、ここまでのお話もお聞きしたいですし、一緒にお茶でもいかがですか?」
「結構です」
ツルギはきっぱりと言った。
「サバイバル中の他の生徒と不公平になるので。……けど、お話だけなら構いません」
「拙はツルギ殿ほど高尚な倫理観を持ち合わせておりませんので、いただきましょうかね」
「なるほど、なるほど。面白いコンビ――いや、チームですね。では中へどうぞ」
執事は入り口からずれて、慇懃に室内へと導く。
「おっと、言い忘れておりました。わたくし、黒崎ユキトと申します」
「滝川ツルギです」
「拙のことは示炎と」
「滝川様と示炎様ですね。ではお二方に最初に二つ、お願いをさせていただきます」
「はあ」
ユキトは目を細め、右手の人差し指を立てて口元に当てる。
「まず、ここで見聞きしたことは他の方にはご内密にお願いします。それと――」
「それと?」
「――決して地下には行かないことです。とても怖いお化けが棲んでいますので」
そう言ってユキトは笑った。
けれどもその目はぞっとするほど真剣で、まったく笑っていなかった。
お待たせしてすいません!
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