01:炎と、水鏡と
肌を焦がす熱気。喉を焼く煙。
オーブンの中で調理されている鶏の気分だ、と黒瀬塔子は思った。
炎が少しずつ距離をつめてくる。けれども逃げられない。瓦礫に背を預けたまま、残された時間を数えるくらいしか、できることがない。
ごほっ、と喉に詰まっていた空気と唾液を吐きだした。
最初の爆発で脚をやられてしまった。そのときの衝撃のせいか、あるいは煙を吸ってしまったせいか、手にも痺れが走っていて、満足に動かない。頭が痛い。目も霞んできた。周囲には助けてくれそうな人もいない。
……いや、人がいないわけではない。
近くに同い年くらいの少女が倒れている。さきほど塔子の姿を見て駆けよってきて、何度目かの爆発に巻きこまれてしまった少女が。もしかしたら塔子を助けようとしたのかもしれない。
いや、そんなはずはない。
倒れ伏し、つらそうに息をする彼女に視線を向ける。
緩い三つ編みの彼女は、瓦礫と炎が撒き散らされた地獄のオーブンに似つかわしくない容姿をしていた。大人しそうで、真面目そうで、正直そうで。きっと多くの人から好かれているだろう。
塔子とは違う。
人に好かれず、人を好かない塔子とは決定的に違う生物だ。
であっても、炎と煙は平等で、じきに二人の命を奪うだろう。
(……運がなかったわね)
たぶん、それだけのことだ。
文字通り死ぬほどに運がなかっただけ。
薄れていく意識。もういいだろう。無理して生きようとしなくても。
……だからもう、死んでしまえ。
まぶたが落ちていく。闇にひたる心地がする。
痛みも苦しみも遠のいて、楽になっていく気がする。
――そんな静かな安寧を、轟音が引き裂いた。
意識が無理やり引き戻される。
目を開いた塔子の前に、一人の少年が立っていた。
ひどい格好だった。
あちこちが汚れ、破れた学生服を着て、顔には煤がついている。両手から血が床へと垂れていて、どうも怪我をしているようだった。
彼はいったいどこから現れたのだろう。塔子は不思議に思って視線を動かす。すぐに見当がついた。防火シャッターの横の避難扉だ。爆発で歪み、開きそうになかったその扉が、なくなっている。まるでどこかに吹き飛ばされたみたいに。
「――すまない。遅くなった」
でも間に合ってよかった、と彼は言った。
視線が交わる。少年の瞳は湖面のように深く澄んでいる。そこに一切負の感情は浮かんでいない。拒絶も嫌悪も嫉妬も恐怖も欲望もない。静かな優しさだけがそこにある。
塔子は思わず目を見開いた。
こんな、ただでさえ人に嫌われる自分が、煤と涙と唾液と吐瀉物に汚れた顔をしているのに――それでもそんな目を向けてくれる、なんて。
不思議な感覚が塔子の胸を満たしていく。
心地よい水のような、ずっと触れていたい感覚。
けれども肉体は意志に反して限界を告げ、再び意識が遠のいていく。
「は、あ……ぅ……」
胡乱に消えゆく意識の中で、かすれた喉を酷使して、それでも言いたいことがあった。
もう声を出すこともできない。それでも、絞り出そうとした。
彼は遅くなったと言ってたけれど。
――決して遅くなんてない、と言ってあげたかった。




