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三十七話 隠し空間

 騎士庁舎の牢獄の一室の牢屋の中。

そこで、セエアレウス、エクシリユス、フェリックスの三人は一点を見たまま、彼女達の目は見開いていた。

牢屋の中に存在していた床の蓋。

そこを開いた先には――


「なにも無いじゃないか……」


このフェリックスの呟きの通り、何もなかった。

(うずくま)った大人の男性一人が収まるくらいがやっとの小さな空間があるだけであった。


「うーむ、期待通りの結果とはならかったか。しかし、何故こんなものがある? 」


イライザの行方の手がかりを掴むに至らなかった。

しかし、フェリックスには気がかりなことがあった。

それは、何故牢屋の中にこのような空間があるということだ。

用途として考えられるものとしては、小物等を収納するスペースくらいなものだが、それが囚人に必要なものかと問われれば否である。

では、何の目的で作られたものなのか。

ここで、仮に無意味なものだと他の二人に言われたとして、フェリックスはすぐにその意見に対して首を縦に振ることはないだろう。

彼はこの空間に何かしらの意味を感じずにはいられなかった。

しかし、その意味を見出すことは出来ずにいた。

そして、自分がそれを見出すことができないとも感じていた。

故に、フェリックスはセアレウスやエクシリユスの顔に視線を向ける。


「……やはり、何かあるのだな」


二人の顔を見て、フェリックスはニヤリと笑みを浮かべた。

二人して、平静な面持ちをしていたからで、先ほど驚いた様子は見られなかった。

恐らく、すぐに得心が行ったのだろう。

フェリックスの呟きに、エクシリユスは頷き、セアレウスは左腕を何もない小さな空間の上に掲げると――


「見ててください」


と言いグッと左手を強く握りだした。

すると、彼女の左の握りこぶしがじんわりと湿りだす。

セアレウスの水を操る力により、大気中の水分を左手に集中させているのだ。

やがて、粒状だった滴は一粒の水滴となり落下した。

それから何が起こるかといえば、水滴は真下の小さな空間の床に衝突し、飛び散ることだろう。

それが普通である。

しかし、そうはならなかった。

水滴が落下した後、そこにはあるはずの飛び散ってバラバラになった水滴が見当たらないのだ。

床に衝突した際の音も聞こえなかった。

まるで、床にすり抜けたかのように消えたのである。

否、実際に水滴は床にすり抜けたのだ。


「つまりは、この床……に見えるのは魔法か何かによる目の錯覚。恐らくは、カモフラージュのつもりでしょう」


この一連の流れが何を表しているのか。

それをエクシリユスが説明した。

彼女の説明通り、この床に見えるその先にはさらに空間するのである。


「今頃、ハンカチもこの先にあるのでしょう」


「あ……」


エクシリユスの言葉に、フェリックスは思わず声を出した。

ここで、彼はハンカチが見当たらないことに気づいたのである。

本物の床であるのならば、ハンカチは床の上にあるはず。

それが見当たらない時点で答えになっていたようなものなのだ。

セアレウスとエクシリユスは、それに着眼し、そうそうにこの仕掛けに気づいたということである。


「言われてみれば……しかし、魔法でカ、カモフラージュ?されているなど考えつかなんだ」


「ふむ……確かにそうですね。魔法に多少の理解がなければ……いやーそれでも難しいかもしれませんね、これは。うん、仕方がない」


僅かに得意げに、エクシリユスは言った。

彼女はこのような目の錯覚を起こさせる現象に関しては、クリンク村の一件で経験済みであり、理解が早かったのだろう。

そんな彼女にフェリックスは「おお……」と感嘆の声を上げ関心した様子である。


「さて、あとはこの先の空間に入っ……て……」


しかし――


「あれ、待って……正直なところちょっと……いや、すごい理解し難いのですが……」


頭痛でもし始めたかのように、エクシリユスは手で頭をおさえだした。


「これって、そういうこと……え?可能なのですか? 」


頭をおさえたまま、エクシリユスはセアレウスに訊ねた。


「可能かといいますかそうなっているようですし、そういうことでしょう。まだそうではない可能性はあるかもしれませんが」


「う、うーん……」


セアレウスの返答の後、エクシリユスは蹲りだした。

何か深刻なことでもあったのか。

そうフェリックスは思ったが、セアレウスはニコニコしているので違うと思いなおし怪訝な表情を浮かべるのだった。

それからすぐに、パッとフェリックスが彼の方へ顔を向ける。

何事かと僅かに身構える彼に対し――


「この地下牢獄には、さらに地下に牢獄が存在していたりしますか? それとも、地下を広げる計画があったとか? 」


と訊ねた。


「いや、牢獄はここが最下層だ。地下を広げる計画もない。隠しの空間があるとすれば、さっき通ってきた通路くらいなものだの」


「ありがとうございます。そして、カモフラージュと言いましたが訂正します」


やれやれと言った口調でエクシリユスが言った。

どういうことかと、フェリックスがセアレウスに顔を向けると――


「えーと、この先の空間……ですが、敵の魔法によりどこか別の空間に繋げられているか、そもそも空間が作られているか。そのどちらかになります」


そうセアレウスは答えた。

彼女は、どこか納得した様子である。

対して、エクシリユスは険しい表情をしており、まさしく理解し難いといった様子であった。

魔法により、別の空間に繋げることも空間そのものを作ること。

セアレウスは、そうなっているのだからどちらかが行われており、可能なのだろうという思っていた。

エクシリユスは、それらが可能かどうかより、どのような方法で行われているかが想像できず、頭を悩ませていた。


「ふむ、なるほどのう……」


そして、この中で魔法に関して一番理解のないフェリックスは――


「ヨシ! この先があるとなれば進むのみよぉ! 」


深く考えないことにした。

自分が考えても仕方がないという考えである。

そして、我先にと飛び込もうとしたとことろをセアレウスとエクシリユスに止められるのであった。

考えても仕方がないというのには、エクシリユスに関しては渋々であるが二人にも思うところがあった。

しかし、考えもなしに先がどうなっているか分からないところに、下調べはおろか無策で飛び込むことは許容できなかった。








 セアレウスには、水の塊を遠隔で操作でき、その水の塊から視界を通すことで離れた場所の様子を見ることができる。

その能力を使用し、床の先の空間の様子を探ろうとこころ試みたが、床を通り抜けた瞬間に水の塊との繋がりが切れてしまうため断念。

直接通る必要があると判断し、床を通った先が例えば高所であるなどの危険な場所でも対応可能なセアレウスから順番に降りることとなった。

最後にフェリックスが降りることになり、床にすり抜ける際――


(む、空気が変わった)


別の空間に移動したということを肌で感じたという。

そして、先がどうなっているか分からない以上、警戒していた彼であったが――


「お? おっとと、穴を通ってきからあえてそう言うが意外に浅かったのぉ」


その場で飛び跳ねて着地する程度の労力で、先の空間に着地することができた。


「ええ、わたしの水のクッションを使うまでもありませんでした」


「でも、それが分かるまではハラハラでしたよ」


「ですねー」


「ですねーって、本当にそう思ってます? 」


朗らかな様子のセアレウスに、エクシリユスはすごいと思いつつも呆れるばかりであった。


「して、どうやら牢獄という感じではあるが雰囲気はちょいと違うようだのぉ」


フェリックスが辺りを見回す。

見回すといっても、この場所は通路であり左右は壁であった。

壁と床は牢獄と同じような石レンガであるがその色は茶色に近い赤。

前方は通路の先が続いており、点々と左右の壁には松明が立てかけられており、ゆらゆらと炎は揺れ動いている。

視界の奥は暗闇で、通路の先は長いことが伺えた。

そして、振り向けばすぐそこに壁があり、どうやらここは通路の突き当りのようであった。


「広いな……」


周囲を確認して、一番に気になったことはその通路の幅の広さであった。

三人が横一列に並んだとして、向かい側から人が来ても一人二人は道を譲る必要もなく通れそうなほどである。

あくまで通路としては広いということだ。


「上……先ほどの騎士庁舎の牢獄とここで魔法の制御が途切れるようでしたが幸いでしたね」


そう言って、エクシリユスが床に落ちていたハンカチに視線を向ける。

アランドによりハンカチは自動で匂いの元に向かうようになっていたが、エクシリユスとの繋がりが切れていたことでこの場所に落ちていたのだ。


「……いや、最悪。ビチャビチャなんですけど」


セアレウスが試しに送っていた水の塊で出来た水たまりに。


「あ……すみません。わたしの力で若干乾かすことができますが、それでも完全というわけにはいきませんが……」


エクシリユスが拾ったハンカチに、セアレウスは左手を向ける。

すると、彼女の言う通り僅かにハンカチが乾いたようであった。


「ある程度なら……はい、この程度に湿った状態ならなんとか動いてくれるでしょう」


ハンカチが僅かに乾いたことで、エクシリユスはアランドを使用しようとしたが、その手を止めた。

彼女は身構えて、通路の先へと視線を向ける。

その彼女の様子を見て、セアレウスとフェリックスも通路の先に視線を向けて身構える。

通路の先から、こちらへ向かってくる気配を感じたのだ。

エクシリユスはその先へと目を凝らす。


「ローブを着た人……」


そして、そう呟いた。

他の二人には暗闇しか見えない。

しかし、エクシリユスには見えていたようだ。


「おや、まだ夜にはなっていないような……」


「普通に夜目はききますよ。それと、今の場合は視力の高さが一番かもしれません」


セアレウスの呟き、エクシリユスが答える。

その答えになるほどと返した後――


「さて、早速見張りの方に見つかってしまうことになりますが……」


セアレウスは、両腰部の彼女得物であるアックスエッジに手を伸ばす。


「上に戻って一旦やり過ごしたほうが得策では? 」


「……確かに。戻ったほうがよさそうですね」


しかし、エクシリユスの意見に頷き、手を止めた。


「……いや、待て」


その時、フェリックスが静かにであるが強い口調で二人を引き留める。


「足音がやけに軽く聞こえる。向かってくるやつは人間か? 」


その言葉にエクシリユスは、ハッとした表情で目を閉じて注意深く耳を澄ます。

すると、軽く木材が叩かれるような音と木が軋むような音が聞こえてくることに気が付いた。

目を開いてみると、それが前方からやってくるローブの者の歩く動作と一致していることが見て取れた。

そして、よく見てればその者の歩き方はどこか不自然に思えた。

フェリックスと同じく、彼女も前方からやってくる者を人間ではないと疑い始めた。

その疑いを張らずべく、ローブから体の一部が露になる部分である顔に注視する。


「……人形? 」


やがて、エクシリユスは開かれた。

そこから出た言葉に、フェリックスは怪訝な表情を浮かべる。

人間ほどの人形があるにしても、それが独りでに動いているというのか。

そう言わんとする表情である。

しかし、彼女が見たローブの者の顔は木材質の表面がのっぺりとしており、目や鼻や口などは見られなかった。

得体のしれないものであるが、歩く動作から発する木の音と顔から人形としか表現できなかった。


「遠隔操作の人形ですか……遠隔の精度が低いようならば。二人共、少々我慢をお願いします」


セアレウスは、そう天井に向けてウォーターブラストを放つ。

彼女の左手から勢いよく水流が放射されたが威力は低く、天井を破壊するには至らない。

そして、水流は流れが止まり水の塊となって、天井にへばりつく形で留まり続ける。

そこから、三本の触手状に水が伸び、それぞれ三人の腰に絡みつくと天井付近にまで持ち上げたのだった。


「な、なるほど、人形なら上に注意が向かないと考えたわけですか」


「そういうことか。しかし、腰が冷えるわい……」


二人は驚きつつも、セアレウスの考えを理解する。

そして、ふらふらとおぼつかない足取りでやってきたローブを羽織った人形は、三人に気づくことなくその真下を通り過ぎ、突き当りの壁の前で体の向きを反転させて来たを戻ってゆくのだった。


「思った通りでしたが、ダメ押しでさらに精度を見させていただきます」


自分を含めた三人を床に降ろした後、セアレウスは去って行った人形に向けてウォーターブラストを放つ。

攻撃するつもりはなく、ウォーターブラストは途中で減速し、丸い水の塊となってゆったりと浮かびつつ、人形の前方へと回り込みだす。

そして、人形の顔の前で左右に動いたりしてみたところ、人形にはなんの反応も見られなかった。


「様子を見るに、どうやら視覚はないようですね。あの一体だけで、見張りをさせているとは思えませんし。恐らく、ぶつかったり攻撃などを加えたりなどした場合は、流石に感知されるかもです」


「……一人で複数体を制御している前提では? この際憶測を重ねても仕方がないということは承知なのですが……」


「わしから言えることは、二人がいればこの先問題ないということだ。次近づいてきても、さっきと同じ方法で乗り切れるだろうて」


フェリックスの発言に、セアレウスは照れつつ、エクシリユスはやれやれと呆れつつ頷いた。

それから、通路を進む中で何体かの人形を接近することがあったが壁に寄るなど進路の妨げにならないようにして回避してゆくのだった。







 騎士庁舎の牢獄の一室の牢屋の下に存在していた空間。

隠し空間と言うべきか、この空間は階層構造にあるようであった。

まず、セアレウス達が侵入してきた場所は最高層。

そこは幅の広い一本道の通路が長く続く階層で、騎士庁舎へとつながる場所の対となる反対方向へ進めば、下へと続く階段が存在したのである。

この階段の存在がこの空間を階層構造と考えうる一番の要素である。

そして、階段を下りた先の階層が最下層であるかは現状では不明だが最上層とは空間の構造が異なるようであった。


「これは、牢獄……か」


階段を下りた先で見た光景に、思わずフェリックスはそう呟いた。

階段を下った途端に現れたのは、複数へとつながる通路。

その一本を進んでみれば、点々と格子状の部屋が備えられていた。

その部屋の用途を問いただすまでもなく牢屋である。

中には、それぞれの牢屋には複数の人間が閉じ込められていた。

その人の様子をみれば、騒ぎわめくような者はおらず茫然と牢屋の中で過ごしているようであった。

村の者のような服を着ているもの、冒険者の装いをしている者もおり着の身着のまま閉じ込めらているようであった。


「こっちには牢屋がたくさんありました」


「こちらもです」


他の通路に向かっていたセアレウスとエクシリユスが彼の元に集まる。

どうやらこの階層には、グリーンローブが攫ってきた人々が閉じ込められている場所のようであった。


「おのれ、関与しているとは確かに睨んでおったが、本当に……いやこれほどとは……」


ふるふると怒りにフェリックスは身を震わせる。


「……あれは、フェリックス様? 」


「え、本当だわ。もしかして、助けにきてくださった? 」


牢屋の者の中にフェリックスを知る者がおり、徐々にざわつきが大きくなり始める。


「む、いかし! 皆の者、申し訳ないが静まってくれ! まずは現状を知りたい! 村長はどこか!? 」


フェリックスの言葉にざわつきは徐々に小さくなり始める。


「……村長? 」


彼の発した村長という言葉に、セアレウスは首を傾げた。


「村長なら向こうの通路の方にいるかと思われます」


「おお、そうか。ありがとう! もう少しの辛抱だ。必ず助けるゆえ、待っていてくれ」


村長の場所を答えてくれた青年にそう答えると、フェリックスは青年の示した通路へと向かい始めた。


「あの村長とは? ひょっとして……」


その途中、セアレウスは自分の感じた疑問を解消すべくフェリックスに訊ねる。


「ああ、村長とはクリンク村の村長のことだ」


「えっ!? 」


彼の返答にセアレウスは驚く。


「そう、ここにいる大半はクリンク村の者。いや、あの村にいた全員がここに閉じ込められているのだろう」


さらにフェリックの発言にセアレウスは言葉を失った。

クリンク村に誰もいなかったこと。

村にいた住人がどこに行ったかは疑問に思うことであった。

それがここではっきりとしたかたちとなって判明したのである。

彼女の中で衝撃だったのは、恐らくは村の全員がこの場所に閉じ込められているということ。

改めて、その事実を聞かされたことで、村の住人全員を攫うという異常性が衝撃であったのだ。





 「おお、フェリックス様。このような場所でおお会いになるとは……」


青年の示した通路に辿り着き、村長の場所を訊ねて回ること数分。

村長の姿を見つけることができた。

彼のいる牢屋の前に行くと、弱々しくも嬉しそうな声音と共に一人の初老の男性が現れる。


「いやはや、いつぶりか。あなたが所長を引退されてから一年……とても長い時間に感じます」


「村長……申し訳ない。このような事態になってしまい……」


村長の前で、フェリックスは深々と頭を下げる。

対する村長は慌てつつ、彼に頭を上げるようにと懇願している様子であった。

二人は知り合いのようであり、村長のフェリックスの応対を見るに良好な関係を築いていたようであった。


「話したいことは山ほどあるが、まずここに閉じ込められている経緯を知りたい」


フェリックスがそう訊ねると、村長はゆっくりとその経緯を話した。

フェリックスが所長を引退してからほどなく、騎士達がクリンク村に頻繁に訪れては、そのたびに数人を連れて行くことがあったという。

理由は聞かされず、すぐに返すと伝えられ騎士に逆らうことができずいたところ、とうとう村長を最後にして村の全員が連れていかれたということであった。

村長はフェリックスに助けを求めることも考えたものの、訪れた騎士から村の住人は村から出ることを禁じられていたためそれが叶わなかったという。


「わしが早く……引退後にクリンク村に行ってさえすれば……」


「お気になさらず。むしろ、来なかったことが正解だったのかもしれません。もし、そうしていたら、あなたもここにいたのかもしれませんから」


村長はそうフェリックスに声をかけた後、続きの話を口にした。

続きとなる話は、ここへ連れてこられて何をしていたかである。


「ここへは基本的には今のように牢屋に閉じ込められていますが、一日に一回牢屋から出されて、恐らくは下の階に連れていかれます」


「そこでは何を? 」


「お菓子を作らされます」


「は? 」


「「え? 」」


フェリックス達三人は、耳を疑った。

村の全員を攫って、やらせていることが何かといえばお菓子作りである。

洗脳魔法と駆使し、今いる空間のような場所を創造、または別の場所に繋げることが出来る集団が一方でそんなことをやらせているのである。


「む、これは何かの魔法の一種なのうだろうか。わし、おかしくなっちゃった?」


聞いたほうがおかしくなったのかと錯覚するほど理解不能なことであった。


「い、いえ、魔法じゃないです。確かにお菓子作りと聞きました。そうですよね! エクシリユスさん? 」


「あ、ああ……」


「うわーっ! 意味不明すぎてエクシリユスさんが卒倒しましたー! しっかり! 」


意味不明の限度を超えしまい、エクシリユスはふらっと倒れだす。

それをセアレウスが慌てて支える事態となった。


「お菓子作りです。砂糖たーっぷりのとびきり甘いお菓子」


「お菓子……それは何故か分かり」


「ません! 全く! これっぽっちも! 」


村長の力強い言葉に、内心「そりゃそうだわなー」と思わざるをえないフェリックスであった。

 

「作業はそれほど苦ではありませんが……そう、村の子供達は最初こそ面白がっていたほどに。しかし、意味不明なことを毎日毎日強制され続ければ心が疲弊していくもので」


途端に村長は表情の疲れの色が濃いものになる。

他の者も同様のようであった。

その並々ならぬ疲弊した様子に、三人は神妙な面持ちとなる。

一刻も早く、この場にいる全員を解放するべきである。

その気持ちが特段に高まった瞬間であった。

しかし、すぐにとは実際にはいかないので考える必要がある。

それに、彼等の解放も大切ではあるがセアレウスとエクシリユスには別の目的があるのだ。


「この人達の脱出ですが、すみませんがまずはイライザさんがどこにいるかが気になります」


そうセアレウスが相談を持ちかけた瞬間――


「あれー? おかしいなぁ」


この場にそぐわぬ、呑気な声が発せられた。

その声音からして女性であり、セアレウスと同年代。

セアレウス達三人は、声のした方へと素早く体を向けてそれぞれの得物を取り出した。


「バカな! 気配がなかった……これではまるで……」


「お、恐ろしいのぉ。戦いの実力はまだ分からぬが気配を隠す上では手練れだぞ……」


探知能力の高いであろう狩猟民族出身のエクシリユス、歴戦の手練れの剣士であるフェリックスが驚嘆の言葉を漏らす。

その声の主は三人の近く、およそ十歩ほど歩いた先に立っていた。

至近距離と言っていいほどの距離である。

その距離にまで接近していたにも関わらず、三人は牢屋にいる者も含めた全員が気づかなかったのだ。


(なんてこと……声をかけずにいたら誰か一人は確実にやれていた……そんなことをしなくても余裕だということ? )


何より、セアレウスが恐ろしいというと思うことは気づかれずに声をかけてきたということである。

不意打ちをする絶好の機会を捨てる余裕だ。

それが何よりもその存在を強者たしめる要因であった。

セアレウスは、体の全神経を集中させて、現れた存在を注視する。

その存在は緑のローブを羽織った恐らくは少女であった。

背は自分と同じくらいか少し高いくらい。

頭に被ったローブのフードから覗く口元は余裕を感じさせる笑みを浮かべている。


「え……」


その者を注視する上で、セアレウスは思わず声を漏らしてしまう。

唖然とした様子である。

何故なら、その者から殺意を感じないからだ。

セアレウス達はこの場所の侵入者であり、閉じ込めた人達を解放する危険性があるがはずで排除すべき存在である。

その存在に対して殺意や敵意を向けてこないのだ。


「え、すご! よくここまで入りこめたねぇー! どうやって入ってきたのー? 」


むしろ、親しい友人に声をかけるかの如く馴れ馴れしいのである。

不気味であった。

セアレウスにとって、今までに見ないタイプの敵であった。


「え……そんな……」


どう対応するべきかセアレウスが思考を巡らしていると、隣に立つエクシリユスから信じられないといったような声が聞こえてきた。

そちらに目を向けると、エクシリユスは武器の構えを解き、茫然とした様子でローブの者を見つめていた。


「この気配……お嬢様……」


「……!? 」


エクシリユスの口から漏れた言葉を耳にし、セアレウスはローブの者に再び目を向ける。


「ああ、そういやこれ。今はいらないね」


すると、ローブの者は顔を覆っていたフードを取り払いだした。


「そ……そんな……」


そして、露になった顔を見て、セアレウスも茫然と立ち尽くす。

ローブの者の正体は自分達が助けに来たはずのイライザであった。

彼女は、そんなセアレウス達の前に立ちはだかったのである。




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