二十三話 明かされた一つの真相
~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~
●イアン・ソマフ
この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。
戦斧を武器とする冒険者。
女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。
○キキョウ
胡散臭い雰囲気を持つ狐獣人の少女。髪の色は基本的に銀色。
高い知力を持ち、己の思惑を実現するために狡猾に立ち回る。
刀による剣術、魔法、妖術と扱える技能は多彩であり、幅広い戦術を持つ。
自分と親しく特別な存在であるイアンのことをあにさまと呼ぶ。
キキョウは机の上に左肘を置き、その手で寄りかかった頭を支えている。
お世辞にも行儀が良いとも言えない姿勢だ。
さらに、彼女のその姿勢のまま、対面するイアンに向けて、口の橋を僅かに吊り上げて不敵な笑みを浮かべていた。
全体的に人を嘲笑う態度である。
人によれば、このキキョウの態度に眉を寄せることだろう。
しかし、イアンは違った。
この態度こそがキキョウたらしめることを彼は知っているからだ。
また、慣れ親しんだ彼女の姿を見ることができ、どこか安堵した気持ちになっていた。
「……少し大きくなったな」
ぽつりとイアンが呟く。
今、キキョウは座っているものの、背が高くなっているのは見てわかることであった。
「それはそうでしょう。なにせ、ミッヒル島で別れてから、二年も経っているのだから」
「そう……だな。皆、成長している」
キキョウを見るイアンの目が僅かに細くなる。
イアンは、最後の一人であるロロットと再会した時にも、きっと「大きくなったな」と言うことだろう。
こうして、セアレウス、ネリーミア、キキョウに会ったにも関わらず。
しかし、彼女達は姿形はおろか性格までも一様ではない。
イアンは、それぞれに異なった印象を抱いているのだ。
従って、再会するごとに彼は感慨深い気持ちになるのだろう。
そして、彼女達が背丈だけではなく、あらゆる面で成長したことを実感する。
その反面――
(オレはどうなのだろうか……)
自分が彼女達のように、ちゃんと成長しているか不安な気持ちにもなるのだった。
「ふふ、それはあにさまも……」
キキョウの目がひとところに留まる。
イアンが彼女の視線を追ってみると、自分の胸のようであった。
「どうかしたか? 」
イアンは顔を上げ、自分の胸からキキョウの顔へと視線を移す。
「いえ……気のせい……かしらね」
キキョウは、イアンの胸を凝視しつつ、顔を引きつらせていた。
奇妙なものを目にしたような反応である。
この時、イアンは、何故キキョウがこのような反応をするかは理解できなかった。
「おかしなやつだ」
イアンはそう言って、何の気なしに自分の胸を軽く叩いた。
すると、服の胸の辺りにできていた膨らみが押さえつけられて平らになった。
「あ、ああ、女性用の服を着ていたのね。あーびっくりした」
キキョウは安堵したのか大きく息を吐いた。
イアンを凝視していた理由は、女性のように胸が膨らんでいたからだ。
彼女は、イアンが男性であることを知っている。
それでも、彼の容姿は女性であり、彼女から見れば二年前と比べて各段に美しくなっていた。
それも相まって、女性にでもなったかのかと、勝手に疑念にかられていたのであった。
(ある日女の子になっていた……この人なら、そうなっても可笑しくはないから、本当に心臓に悪いわ……)
イアンは女性扱いされることを良しとしない。
そのことを知るキキョウは、口に出すことなく、彼に対して失礼なことを考えていた。
失礼なことではあるが、本人以外まともに否定しなことでもあり、イアンにとっては悲しいことであった。
「なに!? これは女性用なのか! 」
言われて気づくイアン。
表情に出ないものの、素早く自分の服を見下ろした様から本気で驚いているのだろう。
(あにさま、変わってない)
そんなイアンを見て、キキョウは、にこりと暖かいほほ笑みを浮かべていた。
「イライザめ、あとで男のやつを探そう」
「それはそうと、あにさま。私に聞きたいことがあるんじゃないの? 」
キキョウは、再び不敵な笑みを浮かべる。
「そうだった。色々聞きたいがまずは、この一件……イライザに関わる理由を聞かせてくれないか? 」
「ふむ……」
キキョウの両耳がピクリと動く。
その直後、彼女は神妙な顔つきとなった。
「それを話すには、時間が足りないようね」
「……ひょっとして、イライザ達がもう来るのか? 」
「左様。お客様を連れて、こちらに向かっているわ」
イアンの問いかけに、キキョウは頷いた。
キキョウは耳が大きい獣人の種族であり、聴覚が発達している。
人間には聞こえない音や遠くの音も聞き分けることが可能。
優れた特徴ではあるが、キキョウの耳はそれだけではない。
生物には、気配という自分の存在を示す伝達手段があるとされる。
それは無意識に発せられ、並みの者では感知できない非常に曖昧なもの。
気配を感知するには、元々備わっているかその能力を鍛える必要がある。
キキョウは特殊な狐獣人が住まう里の出身であり、その種族の血を引いている。
種族を持つ能力は、聴力で気配を感知するもの。
キキョウは、耳で生物の気配を感知することができるのだ。
この能力は、音を直接聞くのではなく、気配を音として感知するもので、音を
発生させていない生物をも感知することができる。
そのため、ただ耳の良い種族に比べて、存在を感知できる範囲は数倍であり精度も高い。
しかし、欠点はあり、高い精度と広範囲の感知をするには、それだけに集中しなければならないことと、
聴力が非常に良いせいか近距離で発生する騒音や爆発音などの大きな音に弱いことである。
「彼女達を交えた話は、これからのことにしたい。今は、きっかけくらいしか話せないけれど……」
「構わない。聞かせてくれ」
「承知。まずは……」
キキョウは、寄りかかっていた上体を起こす。
姿勢を正して、顔と体を真っ直ぐイアンへ向けると静かに語りだした。
「私がフォーン王国に帰って来たら、妙な噂を聞いたの」
「妙な噂? 」
どんな理由で、イライザに協力することになったのか。
そればかりを考えたイアンにとって、キキョウの話の出だしは意外なものであった。
「ええ」
キキョウは、イアンと視線を交えたまま頷いた。
「貴族達が青い髪の少女を探している……という噂よ」
「ふ……どこかで聞いた話だ」
乾いた息を吐いた後、イアンは呆れた声音で言葉を口にした。
青い髪の少女、この定義に自分が当てはまっていること。
それが聞くまでもないことを自然と理解してしまった自分自身に、イアンは呆れていた。
「いえ、探しているのは一緒でも動機が違うわ」
対して、キキョウは神妙な顔つきのまま。
茶化してくるのだと思っていたイアンにとって、意外な反応であった。
(……どうやら、これまでとは違うようだな)
この時点で、イアンは話の全容を把握してはいない。
だが、ただならぬことである予感は感じ取っていた。
「あと、少し言い方が違った。本当は青い髪を持つ美しい少女。あにさまのことよ」
「少女……はともかく、オレも対象に入るのだろうな」
「いえ、あにさまのことなの」
「ん? 」
どういうことだ。
イアンがそう思っている中、キキョウは懐に手を伸ばす。
そこから一枚の小さな紙を取り出し、イアンに手渡した。
紙の形は綺麗に切り取られた長方形で、手のひらほどの大きさ。
紙の材質は硬いもののようで、絵が描かれており、描かれているのは青い髪の少女。
「オレ!? 」
本人がそう思ってしまうほど、青い髪の少女はイアンにそっくりであった。
あまりにも似ているためか、イアンは驚いていた。
「しかし、この紙……どこかで見たような。懐かしいような、嫌な気分になるというか……」
「あにさま。それは紙ではなく、カードと呼ぶのよ」
「う、うむ。それと、以前見たような……時と何か違うような……背景がキラキラしてる…」
紙――カードに描かれている絵の背景は光を反射するほどの光沢を持っていた。
イアンにとって初めて見たものであり、光沢を持つ紙など想像したこともないことであった。
カードの光沢が気になったのか、イアンはカードをじっと見続ける。
「……む! いかん」
ほどなく、イアンは話の途中であったことを思い出した。
「……して、何の話だったか」
直前に話していた内容は思い出せなかったようである。
「その絵の人を探しているのよ。その絵によく似た人をね」
「……! そういうことか」
ようやくイアンは、キキョウの言わんとすることを理解した。
フォーン王国の貴族達が探しているのは、青い髪も持つ少女ではなく、カードに描かれた人物を探していることを。
そして、それが自分のことであろうことも理解した。
他にもカードに描かれた人物がいないと仮定すれば、イアンでほぼ確定と言えよう。
「標的は確実にあにさま。あにさまは綺麗だし、その絵も生のあにさまほどではないけれど、なかなかの美しさがある。
実際にいるのなら、近くに置きたいって思う気持ちは分からなくはないわね」
「美しい? 恰好いいではなく? 」
「残念ながら、美しいか可愛いの二択になるでしょう」
「そうか……」
イアンは、ガックリと肩を落とした。
「カード、返してもらえるかしら。それけっこうレアものなの」
「あ、ああ」
イアンは、キキョウへカードを手渡した。
「……あにさま? 」
キキョウは、カードを掴んだ手を引っ張るが微動だにしない。
それもそのはずである。
イアンがカードを手放さないからだ。
「待て……このカード、何故おまえは持っている? 」
イアンには、気になることがあった。
「ひょっとして、集めてはいないだろうな。なにか……おまえ、集めてそうだな」
それは、キキョウがカードを集めていることである。
カードに描かれている人物がイアンであるとは限らない。
しかし、本人が驚くほど似ているのである。
出回っているのですら嫌に思うにも関わらず、近くにいる者が集めていたとすれば、居心地の悪いことこの上ない。
集めていたとしたら、理由次第では全て破り捨てたいと思うほどであった。
「はっ! 集めているわけないじゃない。こんなもの。あにさまに事の重大さを教えるために、仕方なく
手に入れたものよ」
バカバカしいと言わんばかりにキキョウは答えた。
だが、カードから手を離さない。
「そうか。信じていいのだな? 」
「ええ。私があにさまに嘘を付くわけがないじゃない」
「……本当だな? 」
「本当よ」
イアンはじっとキキョウを半目で見つめていたが――
「……ならば、信じよう。後で処分しておけよ。頼むから」
彼女を信じて、カードを手放すことにした。
「やりぃ! あ、はい! 後でちゃんと燃やしときまぁす! 」
何が嬉しいのかキキョウは満面の笑みを浮かべたのだった。
素早く懐にカードをしまった後、キキョウの表情が神妙なものへと変化する。
「この国でも、あにさまは標的にされているけれど、フォーン王国の方が問題は深刻よ」
「オレを嫁にすることか」
「確かに……! 」
イアンの言葉に、キキョウは力強く頷いた。
「じゃなくて! それも大問題だけれども、そこでもないわ。探している連中が問題なのよ」
「……貴族か」
「ええ。冒険者や賊とか、その辺連中ならどうとでもなるわ。でも、貴族は非常に厄介なの」
「権力……というやつか」
「ざっくりと言えばそうね」
貴族と一言に行っても、役割や立場としては様々で、特に国や地域によって異なる。
それを踏まえて一様に言えることは、権力という力を持っていることだ。
フォーン王国の貴族は、内政を行う職に就く者。
いわば、役人であるが、役人になれば必ずしも貴族になるということにはならない。
明確な貴族の定義は、代々役人として国に仕える家系のことである。
現状、フォーン王国では貴族の家系に生まれるか、その者と婚姻を結ぶかしなければ貴族としては認められない。
そんな貴族には権力という力を持っているという話だが、この力の大半は人脈である。
貴族が何者かに権力を行使する際には地位が物言うが、それでも通らない場合は人脈の力を行使するのだ。
例えば、気に入らない騎士がいれば、友人の騎士団の上司である貴族に働きかけて何かしらの罰を与えさせるといった具合である。
要は、人の力だ。
権力を持たない一般の者が貴族に目を付けられた場合、人脈によってあらゆる対抗手段を封じられて身動きが取れなくなってしまうだろう。
「今のフォーン王国では、権力を持たない一般人である私達では、貴族の権力には抗う術はない。どれだけ強くなろうともね」
キキョウが恐れているのは、そういったことであった。
「……つまりは、オレが見つかってしまえば、権力によって、どこぞの貴族の嫁か婿になるしかなくなる……と」
「そう…………けれど、婿は無いと思う。絶対に嫁か愛玩奴隷の二択だわ……」
「ん? なんだって? 」
キキョウのボソッと小さく呟かれた言葉に反応したイアンだが――
「うん。あにさまが貴族に見つかる前に、私は行動を起こしたと言うわけよ」
キキョウは、それを軽く流したのであった。
「貴族に対抗するには貴族……なるほど。それで、イライザというわけか」
「ええ。貴族達の狂った所業をなんとかする条件に、彼女に協力することになったのよ」
「それが今回の件……イライザの依頼を受けることに繋がるわけか」
「左様。全てはあにさまのため……あにさまの……しかし」
キキョウはそう言って、椅子から立ち上がる。
唐突に立ち上がった彼女に、イアンは目を丸くする。
どういうことかと問いかけたいイアンであったが、口を開くことができなかった。
キキョウの顔がいつもの涼し気で余裕のある表情ではなく、思いつめたように苦し気な表情をしていたからだ。
このような彼女の表情をイアンは見たことがなかった。
故に、彼女が動くのを待っていたのだが――
「失礼しまーす」
ドアが開き、そこからイライザが入ってきた。
イアンにとっては、唐突な出来事であった。
「イライザ」
故に、キキョウからイライザへと、思わず視線を移動してしまう。
「やあ、イアンさん……とキキョウちゃん。邪魔しちゃったかな? 」
「いえ……こちらの話が長く尾を引いてしまいましただけのこと。失礼しました」
キキョウは、くるりと体の向きを反転させ、イライザに向けて軽く頭を下げた。
そして、再び体の向きをイアンに向けた時には、元の表情に戻っていた。
「話の続きはいずれ。今は、目の前のことに集中しましょう」
「あ、ああ。オレのことは気にしなくていい。おまえがそれでいいのなら」
キキョウは、イアンにほほ笑みを向けた後、椅子に座り直した。
「どうやら話は終わったみたいだね。では、中へどうぞ」
「失礼します」
イライザに促され、一人の男性が部屋の中に入ってくる。
背の高い男性である。
年齢は二十代後半だろう。
身なりは特に印象はないありふれた服装であった。
「君がイアン・ソマフ殿だな。私は、レナウス・レウリニオスと申します」
イアンの元まで来ると、男性は手を差し伸べて来る。
「あ、ああ。イアン・ソマフだ。よ、よろしく」
イアンは、いまいち話がよく分からなかったが、とりあえず立ち上がり、男性と握手を交わした。
まず、イアンは、この男性――レナウスが何者であるかを知らない。
イライザの依頼に関係するだろうことは予想できるものの、どのような立ち位置にいるかは把握できなかった。
「よろしくお願いします。ぜひとも、その力で我らレウリニア王国をお救いくださいませ」
「……おや? 」
レナウスの口から出た壮大な発言。
それを耳にし、イアンは不穏な気配を感じていた。
「あ、言い忘れてたけど、レナウス様は、このレウリニア王国の第一王子だよ」
「え……」
レナウスの手を握ったまま、イアンは全身が凍り付いたかのように固まった。
イアンは恐れ多いと思うと同時に驚いていた。
何の気なしに握手した人物が実は高い身分の者であったからである。
イアンが感じた不穏な気配の正体はこれであった。
そして、最早今更なことであるのだが、イアンは王子という高い身分の者にどう接しれば良いのか分からずにいた。
さらに、たった先ほどまで、権力を持つ貴族には敵わないといった話をしていたばかり。
下手なことは出来ないと思い、迂闊に言葉を発することも動くことも出来ないでいるのだ。
「なんてこと……イライザ様、あにさまに伝えていなかったのですか」
「あはは、ごめんごめん」
半目で見つめて来るキキョウに対して、イライザはヘラヘラと笑うのだった。
イアンは口をパクパクと動かすだけで微動だにせず。
レナウスは首を傾げた後――
「あ……ああ、いや……その、申し訳ない」
彼が悪いわけでもないのにイアンに申し訳なさそうに頭を下げる。
キキョウは顔に手を当て、呆れた様子を見せている。
そんな中、イライザだけがニコニコ微笑んでいるのだった。
キキョウがカードを集めているかどうかの真相は、番外編を読めば分かるよ!




