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二十二話 思惑の交錯

~~~~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

護衛依頼の途中での戦いで負傷し、現在は療養中の身。




~~~~~~~~~~ あらすじ ~~~~~~~~~~

イアンはフォーン王国の貴族を名乗るイライザの依頼を受ける。

依頼の内容は、ジオーダン大陸のレウリニア王国にあるアニンバの村に

観光旅行に行くイライザを護衛すること。

長い旅の中、思わぬ強敵達との戦い、自分の妹であるセアレウスとの再会など、

紆余曲折あったものの、イアンは無事イライザをアニンバまで護衛することに成功。

そこで依頼達成となるのだが、イライザから新たな依頼を持ちかけられる。

その依頼内容の詳細は不明。


「私と一緒に戦ってくれないかな?」


この一言の先には何が待ち受けているのか。

何も知らないイアンには、知る由もないことだろう。




イアンは未だに流浪のまま。

自身の思いが彼の進む方向を決めるのは、まだ先のことである。



 「……一緒に戦う……だと? 」


ベッドの上で横になるイアン。

彼は、傍らに立つイライザの顔を見上げながら呟いた。

呟いた直後、口が閉ざされることはなかった。

その開かれたままの口は、いまいち要領を得ていない彼の心情が現れたもの。

つまり、イアンはイライザが発した言葉を把握しきれていなかった。

それもそのはずである。

イライザは、一緒に戦ってほしいとしか言っていないからだ。

相手は誰か、目的は何か、どんな理由でイアンに頼むのか。

それらの詳細な情報は、イアンには伝えられていない。

把握しきれていないことが多すぎて、イアンは即座に答えを返すことができなかった。

口が開かれたままであるのは、答えを決めるために、彼女へどういうこかと問いかけようとしているからである。

そんなイアンを見つめるイライザは、驚くことも不満を示す表情をもすることはなかった。


「だよね。これだけじゃあ、何のことかさっぱりだよね」


依然変わらず彼女は微笑んだままであった。

イアンが理解出来ていないことに関して自分でも納得しているようであった。


「うーん……やっぱり、イアンさんには先に謝っておかないといけないね」


「……? オレに何かしたのか? 」


謝罪するようなこと受けただろうか。

そう言わんばかりに首を傾げるイアンには心当たりがなかった。


「うん。実は、観光って言ってたじゃん?これ嘘なんだよ。ごめんね、騙すようなことをして」


「そのことか」


イライザに言われて、イアンはようやく納得した。

そのイアンの反応は、淡泊なものであった、

彼女の本当の目的が観光旅行ではないこと。

イアンは依頼を受けた時点で、そのことは薄々と察していた。

故に、驚くこともなければ、嘘を付いていたことを不満に思うことはない。

そもそも、そのようなことはイアンにとってどうでもいいことだからだ。


「おまえが言う一緒に戦う……これこそがキキョウの目的なのか? 」


イアンが最も重要としていることは、キキョウという少女である。

彼女が関与していることが、イアンがイライザの護衛依頼を受けると決めた理由だ。

そして、彼女が何を考え、自分に何をさせたいのか。

それが今のイアンにとって、一番知りたいと思うことであった。


「それは本人の口から聞くべきことかな。私とあの娘じゃあ、目標が違うからね」


「そうなのか……違っていたら謝るが、はぐらかしてはいないだろうな? 」


「してないよ。だって、キキョウちゃんが考えていること私も知らないもの


イライザは、微笑んだままであった。

しかし、それは苦笑いであり、彼女にしては珍しい困り顔であった。


「う……そうか。すまん、疑った」


イライザの表情から嘘をついていることは読み取れない。

イアンは、疑ってしまったことに罪悪感を感じているのか、彼の声は弱々しいものであった。

それはさておき、この時点でイアンには分かりかけてきたことがあった。


「……キキョウちゃんは関わっているよ。あの娘のおかげで、すごく助かってる」


「……! 」


イアンの目が僅かに見開く。

イライザの発言は、イアンの考えていた通りのことであった。

それを狙ったかは定かではないが、イアンが問う前にイライザが発した形となった。


「確かなことだよ。後で本人に聞いてみるといいよ」


「ああ。それで、おまえの依頼に関してだが…」


「もちろん、引き受けてくれるんだよね」


イアンが言葉を発する前に、イライザが話の結論を口にした。

それは彼女だけの望む答えとは限らず――


「う、うむ……」


イアンが用意していた答えでもあった。

それ故にか、この時イアンは困惑していた。

彼にしてみれば、イライザに先回りをされたようなもの。

それが先ほどから続いており、これが二回目である。

自分の考えを見透かされているようで、どこか居心地が悪かった。


「イアンさんのねぇ、考えていることはぁ、だいたいお見通しなんだな~」


またもや、イライザはイアンの考えを見透かすような発言をした。


「私はイアンさん達のようには戦えないけど、こうゆう話し合いは得意でね。だいたい思う通りに話が進むんだよ」


「……そうか。こちらも、おまえの考えがなんとなく分かってきた」


イライザの発言により、イアンは気づくことができた。


「ここに来る前から、オレがおまえの依頼を受けることは決まっていたな」


「ほほう、そう思う根拠は? 」


「オレとキキョウの関係だ。あいつが絡んでいると聞けば、オレは依頼を断らない……それを知っていたのだな」


イアンはキキョウという少女と、セアレウス達と同じく再会の約束を交わしている。

つまり、今のイアンが最も願うことはキキョウとの再会だ。

そのため、イアンはキキョウの考え通りに動くつもりでいた。

故に、選択を迫られたら彼女が関与しているかどうかが一番の判断材料となっていた。

そのことをイライザは知っているのだとイアンは気づいたのだった。


「まあね。でも、ここに来る前って言うか、それよりずっと前から知っていたよ。イアンさんも、実はその時から気づいていたはず」


「なに……? あ……そういえば」


イアンは思い出した。

カジアルでの護衛依頼の交渉の際、イライザがキキョウの名を出したこと。

さらに、それがキキョウの入れ知恵によるものだと思っていたことを。


「……結局、キキョウの思う通りに動いていたというわけか」


「そう。私もね」


「なに? 」


イアンは、首を傾げた。


「あの娘はイアンさんのことを知ってるし、私の目標のことも知ってる。ほんと味方ながら恐ろしいよ」


そう言うと、イライザはやれやれと言わんばかりに深く息を吐いた。

この時、イアンは傾げた首を元に戻すことはなかった。

しかし――


「自分のために動いているつもりが、みんなあの娘のための行動になっちゃってるんだからね」


この発言を聞くと、イアンの傾げた首はゆっくりと元の向きへと動き出す。

キキョウは、イライザに協力している。

イライザの目標の実現のために、力を貸しているというわけだ。

だが、それがキキョウの目標ではなく、他にあるとのこと。

イライザは、知らず知らずのうちに自分がキキョウに協力していたことをイアンに告げたのだった。

利用しているつもりが利用されていた。

荒い表現ではあるが、イライザの言わんとすることは、そういうことである。


(オレはともかく、このイライザが動かされていた……だと? )


イアンは、イライザの発した言葉を理解していた。

その上で、彼は表情に出ないものの驚いていた。

イアンにとって、イライザという少女は人を自分の思う通りに動かせる人間だ。

これまでの旅の中で、彼女の言動によって振り回されたイアンが持つ考えである。

故に、そのようなイライザが他人の思惑に乗せられることなど、イアンには想像できないことであった。


(いや、相手はあのキキョウか……ならば、納得はいく……か)


しかし、その他人が誰かによって、例外があることは理解している。

イライザを自分の思惑に乗せられる人物、それがキキョウということであれば、イアンは納得することができた。


(それも、イライザも認めるほど……確かに恐ろしいやつだな)


己の利のために人を動かす。

知識や話術に乏しいイアンにとっては、想像もつかない世界と言える。

よって、このイライザとキキョウのやり取りについては、遠い場所の出来事のように感じていた。


(すごいなぁ、二人共……)


無邪気にも二人に関心するイアン。

自分も絡んでいることに気付いていないのか、それとも気にしていないのか。

どちらかは定かではないが、ずいぶん呑気なものであった。


「でも、必ずしもそうとは限らない。だから、初めてなんだよね」


そんなイアンをよそに、イライザはぽつりと呟いた。


「……? 」


その呟きを耳にすると、イアンはイライザの顔を見つめた。

口は開くことなく、黙ったまま。

それでも、視線で疑問を投げかけていた。

イアンは、イライザがぽつりと出した呟きを理解できていなかったからだ。

対して、イライザはというと、そんなイアンの顔を見ることなく、くるりと体の向きを反転させる。


「そろそろ、私は行くよ。互いに聞きたいことを聞けたことだしね」


背を向けたまま、そう言うとイライザはドアの方へと向かっていく。

彼女がイアンの疑問を解消させることはなかった。


「あーあ、上手くいかなかったなぁ」


その最中、イライザはそう呟いていた。

意図的に呟いたのではなく、自然と口から漏れたもの。


「おっと……」


幸いにも声は極めて小さく、イアンの耳には届かなかっただろう。

それでも、口に出してしまったことが恥ずかしいと思ったのか、イライザは手で口元を隠す仕草を取る。


「待て。依頼について詳しい話を……」


そんなイライザにイアンが声を掛けた。

彼は依頼を受けると決めたが、その詳細については知らないまま。

イアンにとっては、まだ話は終わっていなかった。


「それはイアンさんがもう少し元気なってからでもいいんじゃない? まだ役者も揃っていないしね」


「役者だと? 」


「それじゃあね」


「む、待て。イライザ、話を……」


イライザは、イアンに構うことなくドアを開いて部屋から出ていってしまった。

一人残されたイアンは、閉じられたドアを見つめたまま、深く息を吐いた。

その後、顔の向きを正面に戻し、何気なく部屋の天井を眺める。


(安請け合いをしてしまったか……いや、これは最早オレが決められることではないか)


この時、イアンには気になることが山ほどあった。

しかし、どれも彼自身が考えて解決できるものではない。

イアンはそのうち目を閉じて、再び深い眠りについたのだった。







 ――二日後。


負傷したイアンの容態は良い方向に向かっていた。

既に体を動かす時に生じていた痛みも無くなっている。

自力で立ち上がることもでき、歩くことも出来た。

しかし、彼は白い服を着たままだ。

プシファとの戦いのダメージは治りかけであり、体力は元通りとはなっていない。

未だに普段のようには動けないのだ。

つまり、まだ戦うことの出来ず、万全の状態ではないのだ。

そんなイアンだが、この日彼は日中いる病室とは異なる部屋にいた。

依頼について話をする。

そう言われ、イライザに案内されたのである。

その部屋の中央には広いテーブルがあり、それを取り囲むように椅子が立っていた。

部屋に入った時に抱いた印象は、会議室のようだということだ。

実際にその通りである。

ここは、アニンバの村で一番大きな屋敷の中。

部屋の数が多く、病人を療養できる部屋や話し合いの場となる会議室を設けることが出来る場所である。

この部屋に来る途中、長い廊下を歩く中でイアンはここが屋敷であることに気付いた。

しかし、何故自分がそのような場所にいるかは、イアンには分からないこと。

イライザからは、何も説明されていないことであった。


「むぅ……」


椅子に座るイアンは、短い唸り声を上げた。

誰もそれに反応することはない。

何しろ、この会議室にはイアン一人しかいないからだ。

彼がこの会議室に来た時から他の者はおらず、イライザは他の者を呼んでくるということでここにはいない。

イアンは待たされる形となっており、その時間は十分は超えている。

今も無表情の彼だが僅かに機嫌を損ねてた。


「ん? 」


イアンは振り向いて、視線を後方へと向けた。

その視線は、この会議室の扉に突き刺さる。

彼は扉の付け根が軋む音に反応していた。

つまりは開かれる音である。


「イライザ」


会議室の扉を開けて現れたのはイライザであった。

名を呼んだイアンに対して、彼女は返事をしない。

その代わりに、彼女はイアンの顔を見て、にこりとほほ笑みを浮かべた。


「他の者を呼んでくると聞いたのだが……」


「そうだっけ? 伝えてあるし、後から来るでしょ」


「おまえなぁ……」


自分が言ったことを忘れるイライザ。

さらに、彼女はそのことについて悪びれる様子は一切見られない。

イライザの自由な振る舞いに、イアンは呆れるのだった。

呆れた視線を受けるも意に介さず、イライザはスタスタと歩き始める。

向かう方向は、空いている椅子の一脚。

イアンに対して、斜め右前に位置する席である。

そこに座るのだと思われたが、その予想は裏切られる。

イライザは、そこに辿り着くと椅子を持ち上げた。

そのまま移動し、彼女はある場所に持ち上げた椅子を置く。


「むぅ……」


イアンが横眼で不可解な視線を送り出す。

イライザが椅子を置いた場所は、イアンの隣であった。

彼女は何事もなかったかのように、椅子に座る。

その際、彼女の肩とイアンの肩がぶつかりそうになる。

それほど、近い場所にイライザはやってきたのであった。


「どうしたの? 」


イライザはイアンの方へ体を向けたまま、上体を前に倒す。

左肘を机の上につき、手で頭を支える。

非常にリラックスした姿勢であり、余裕の笑みをイアンに見せている。


(なんだ? いつになく、馴れ馴れしいぞ)


イアンは、困惑していた。

イライザはイアンの考えている範疇(はんちゅう)を超える行動を取る人物だ。

故に、このようなことをしてくる可能性は充分に考えられる。

何かまた企んでいるのか、ただからかっているだけなのか。

そう考えれば違和感のないことである。

しかし、この時のイアンは違う。

今のイライザに、どこか彼女らしくはないと感じていた。

どこがどうイライザらしくはないということをイアンは説明することができない。

なんとなくという曖昧な雰囲気で、彼はそう感じていた。


「いや……いつになく近くに来るなと思ったのだ」


とりあえず、イアンはイライザに言葉を返す。


「そう? この距離感が落ち着くんだけどなぁ、えへへ~」


イライザは、いつものだらしのないほほ笑みを浮かべた。


「……からかっているのか? 」


「からかってないよ~イアンくんは、落ち着かないの? 」


「落ち着くわけが……ん? どうかしたのか? 」


この会議室の中を漂う空気が変化する。

ピリッと肌に突き刺さるような張りつめた空気だ。

その空気を漂わせているのはイアン。

先ほどから感じていた曖昧な違和感がここに来て、より明確になったのだ。


「え? どうもしてないけど? 」


この張りつめた空気を感じていないのか、イライザの態度は変わらない。

だらしのないほほ笑みを浮かべたままである。


「気づいていないのか」


「気づかない……あれ? 私、なにか悪いことしちゃった? 」


「いや……いつもは、さんを付けてオレのことを呼ぶではないか。さっきは、くんを付けて呼んでいたぞ」


「……ああ、そういうこと」


イライザは納得したかのように呟いた。

そんな彼女をイアンは、不思議そうな目で見つめる。


「なかなかやるじゃない。あのお嬢様」


「お嬢様? 」


「イライザ。そう、彼女はイアンさんって、普段は呼んでいるのね。私の前ではイアンくんって言ってものだから、まんまと騙されたわ」


「……妙だ。おまえの言っていることは、何かおかしい」


自分のことを他人のように話すイライザ。

まるで、今目の前にいるイライザが中身だけ別人のように思え、イアンは僅かに混乱していた。


「……そうか。そういうことだったのか」


しかし、その中身だけ別人に思うことから、イアンは目の前の人物の正体に気づくことができた。


「惜しい……もう少しで完全に欺けたというのに。やはり、あなたは一筋縄ではいかない」


イライザの体がぐにゃりと歪み始める。

体の至るところが彼女の服ごと、渦を巻く水のように歪んでいた。

非現実的な光景である。

それを間近で見ているにも関わらず、イアンは動じることはなかった。

むしろ、先ほどよりも落ち着いた様子である。

ほどなく、イアンの目の前からイライザの姿は消えた。

代わりに、消えた彼女と同じ場所同じ姿勢を取る者が現れた。

その者は少女である。

銀色の腰まで伸びる長い後ろ髪、頭の上には一対の三角形の大きな耳。

着ている服は、滅多に見ない着物と呼ばれる白い服。

風変りの恰好をした白い狐獣人の少女だ。

端正な顔立ちは怪しく微笑んでおり、その赤い瞳は真っ直ぐイアンの瞳へと向けられている。


「お久しぶりね、あにさま」


そんな狐獣人の少女は、親し気にイアンへ挨拶をしたのだった。

イアンは、彼女のことをよく知っている。

故に、悪い気はしなかった。

この狐獣人の少女の名はキキョウ。

セアレウスやネリーミアと同じく、再会を約束した少女の一人であった。




二章 開始。


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