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二十一話 炸裂する赤い斧の一撃

~~~~~~~ 登場人物 ~~~~~~~


●イアン・ソマフ

この小説の主人公。女性の容姿を持つ少年。髪の色は水色。

戦斧を武器とする冒険者。

イライザ本人の依頼を受け、彼女を護衛している。

女性にしか見えない容姿のせいか、同性に言い寄られたり、女性の服を着せられることがある。

そして、紆余曲折あって現在は、セーラードレスというワンピースのような服を着ている。


○セアレウス

青色の長い髪を持つ少女。

血の繋がりはないがイアンの妹。

冒険者であり、アックスエッジと呼ぶ特殊な武器と水魔法を駆使して戦う。

誰に対しても敬語で話し、基本的には真面目であるのだが、

時々突拍子もないことを言い、主にイアンを困惑させることがある。


○ネリーミア

一人称が「僕」の落ち着いた雰囲気のダークエルフの少女。髪の色は淡い紫。

彼女も冒険者であり、普通の剣と何かしらの能力を持つ白い剣を使い分けて戦う。

イアンとは兄妹関係ではないが、彼のことを「にいさん」と呼び、彼女にとってイアンは親しい存在である。


○イライザ

外見も性格も緩く明るい雰囲気の少女。髪の色は明るい橙色。

フォーン王国の貴族で、今回の観光旅行にイアンを使命した人物。

明るい性格とは裏腹に言動に謎が多く、その存在にも謎が多い。



 ケイプルの宿屋の屋上、つまり屋根の上には建屋内の階段から上がって来ることができる。

そこは石畳で舗装された広い場所で、高い場所から周囲の景色を楽しむために存在している。

いわゆる展望台という場所であり、ケイプルの村の名物となっていた。

せっかく宿屋に泊ったのだからと、大半の者がここへ訪れることとなる。

朝と昼は特に盛況だが、夜も負けてはいない。

夜空に浮かぶ星々を近くで見られるからだ。

故に、昼夜問わず人が多くいる場所となっている。

しかし、この日の夜は、屋上に人の姿を見つけることはない。

宿屋に泊る客も従業員も諸事情によって、建屋内のどこかで眠っているのだから当然のことだと言えよう。

つまり、この日の夜だけは、屋上へ上がる者がいるのはあり得ないということになるだろう。

このようなことは滅多にないことだ。

まさに例外である。

何時何時であっても、宿屋に屋上に人がいるのは当たり前だ。

そう思う村人達がこの光景を目の当たりにすれば、絶対というものが怪しい言葉であると認識することだろう。

何事にも例外というものは存在しうるものだ。

だからこそ、例外の中に例外というものは存在していても不思議なことではない。







 宿屋の屋上。

誰もいるはずのない場所で、一人佇む者がいた。

着ている服は赤く変色している部分や黒く焦げている部分がありボロボロの状態。

凛々しくも美しい顔には、所々に黒い(すす)がこびりついていた。

背筋を伸ばして立ってはいるものの、時折ふらりと体がグラつく様が見受けられる。

その者の外見をひとことで言い表すのならば満身創痍が適切であろう。

この場所にいること事態がおかしなことだ。

加えて、今にも意識を失いそうな状態であり、何故この場所にいるのかが極めて不可解であった。


「あの魔法、さっき見た時より大きくなっている」


そんな彼――イアンは、夜空を見上げながら呟いた。

見つめる先は、夜空に浮かび上がった巨大な炎の球、その下で翼を広げるプシファだ。

今より少し前、イアンはローブの男性の炎魔法を背後から受けていた。

その後、炎上した本棚の瓦礫の下敷きになっていたのだが、今この場所に彼は立っている。

ローブの男性の攻撃に耐え、本棚の瓦礫と共に炎の燃料となる危機から脱することが出来ていた。

それから、宿屋の入り口へ出たイアンは、空へと舞い上がり炎魔法フレアを行使したプシファを目撃。

イアンは、プシファが何者であるかは知らない。

以前のローブを着こんでいた時と姿がかけ離れているからだ。

それでも、強大な魔法を行使している様子から、自分や宿屋にいる人々にとっての脅威であると判断できることだろう。

故に、状況を把握しきれていないイアンにも、プシファを倒さなければいけないという思いがあった。

しかし、肝心の倒す手段は考えてはいない。

とりあえず、左手に持った戦斧で叩いてみる。

そのような考えの元、彼は少しでも近づこうとこの屋上へと上がったのだった。


「……状況はよく分からない。だが、何もせずにはいられないよな。サラファイア」


さらに近づくため、イアンは両足の足下から炎を噴射して飛び上がる。

そして、この時から程なくして、彼の姿はネリーミアに発見されることとなった。





 ネリーミアがイアンの姿を発見した同じ頃。

プシファも自分目掛けて向かってくるイアンの存在に気付いていた。


「やはり、生きていたか。そんな気はしていたが、場の雰囲気というものを読めない奴だな」


イアンを見るプシファに、驚いた様子は見られない。

今のプシファにとって、イアンは驚異となる存在ではないからだ。

しかし、煩わしくはあった。

どう見ても、自分の邪魔が目的をするために向かって来ているからだ。


「大人しく下で見ていろ! 」


プシファの前方に円状の赤い魔法陣が浮かび上がる。

その魔法陣から連続して炎が放たれ、イアンへと向かってゆく。

炎魔法アサルトファイアーを連続して行使したのである。

どの炎も、イアンが回避行動を取らなければ命中することだろう。

つまり、回避は可能ということだ。

放たれた炎を前にしてイアンが取った行動は、左手を振り上げること。

回避行動ではなかった。

何をするつもりかと言えば、強引にも戦斧を振ることで炎をかき消すつもりだ。

実際にイアンは、炎目掛けて戦斧を振り下ろす。


「ぐっ……」


しかし、炎は消えることなく、彼の左腕に命中。

ダメージを受け、イアンの体がゆらりとよろめいた。

それだけであった。

ただ、命中したところが左腕になっただけである。

それだけであったことを本人も理解したはずだ。

だが、イアンは戦斧を振り続けた。

その度に左腕に炎が命中してゆく。

やがて、彼が降り続けていた戦斧に限界が訪れた。

度重なるダメージに耐え切れず、柄の中心から折れてしまったのだ。

イアンは、折れた戦斧が風に流され通り過ぎてゆくを黙って見る。

それもほんの一瞬のことで、彼はすぐに正面へと顔を向きなおす。

イアンは、戦斧を二本持っていた。

しかし、今その一本は折れ、もう一本はローブの男性との戦いの中で投げてそれっきりだ。

つまり、イアンの手元に武器はなかった。

そんなイアンがしたことは、眼前で腕を交差すること。

自分の腕

それが回避するつもりのない彼が今出来る唯一のことであった。


「くっ、こいつ……」


プシファが呻くような声を零した。

避けもせず、全ての攻撃を受け続けるイアン。

その相手となるプシファからしてみれば、イアンのやっていることは愚行と呼べるだろう。

だが、実際にもプシファは彼の行いを愚行だと思うも笑うことはなかった。

何故なら、攻撃を受けつつも、何度も体をよろめかせつつも、彼は進んでいるからだ。

何が何でも接近し、そのことだけを優先する。

そのイアンの意図をプシファは理解していた。

加えて、今以上にイアンへ魔法を放てない自分に苛立ちを感じていた。

プシファは、上級の炎魔法のフレアを行使している最中であり、その片手間にアサルトファイアーぐらいしか魔法を行使できないからだ。

さらに、フレアの巨大な炎の球を生成中の今、プシファは大きく移動することはできない。

両腕両足が無い今、殴る蹴るの最低限の抵抗もできない。

向かってくるイアンに対して、今のプシファが出来ることは――


「このっ! 早く落ちろ! 落ちろ落ちろ落ちろ落ちろ! 」


アサルトファイアーを行使し続け、落ちろという言葉を繰り返すことしかなかった。


「落ちっ……」


ほどなく、プシファの凹凸の無いのっぺりとした顔から言葉が発せられることはなくなった。

この時、プシファの眼前にはイアンの姿があった。

交差された袖の全体は黒く焦げ、所々に小さな開いている。

ボロボロと呼べる状態だが、元の形を保っていた。

これまでに、その袖に包まれた両腕は直接炎に焼かれることはなかったのだろう。

イアンは、プシファの攻撃に耐え、ようやく接近することが出来たのだ。

交差した腕をほどき、イアンは右腕を振りかぶる。

そして、サラファイアで進んでいた勢いを乗せて、プシファの顔に右の拳を叩きこんだ。


「ぐうっ!? 」


呻き声を上げたのはイアン。

プシファの皮膚の硬さにより、叩き込んだ右の拳に激痛が走っていた。


「なんだ。そこまでしておいて、やることと言えば、そんなことしかできなかったのか」


対して、プシファにはダメージは無い。

イアンが殴ることしか出来ないと踏み、プシファは余裕を取り戻していた。


「ん? ククク、ハハハハハハ!! 」


プシファは、噴き出すようい笑い声を上げた。

彼が笑った理由は、イアンが両腕を伸ばして自分にしがみついてきたからだ。

自身の体重をかけて落下し、地面に叩きつけて倒すつもりである。

イアンの思惑をプシファはそう考えたのだ。

それで倒せるのだと思うことと、肝心のフレアの炎の球も落下してしまう考慮してない浅はかな考え。

そして、このようなことしか出来ない存在のちっぽけさ。

しがみつくイアンを見て感じたそれらのことから、あまりにも滑稽であると思い笑いがこみ上げたのだ。


「いいだろう! お望み通り落下してやる。フレアも一緒にな! 」


プシファはそう言うと、翼の羽ばたきと止める。

すると、彼と共にイアンとフレアの炎の球も落下を開始する。

プシファの体は真下の地面に対して逆さまとなり、しがみつくイアンも同様となる。


「……このでかい炎の球も落ちるのか」


チラリと後方を見つつ、イアンが呟いた。


「ハハハハハ!そうだ! 俺を倒さない限り、このフレアは消えることはない! 残念だったな」


彼の呟きに、プシファは嬉しそうに答えた。


「村全体には及ばないが、宿屋程度ならば焼き尽くすことができる! お前もろともな! 」


さらに追い打ちをかけるように、落下後の結末を伝えた。


(さあ、どうする? 絶望するか、何も出来ない自分を棚上げして憤慨するか。お前は、どんな反応を見せてくれる!? )


自分が死ぬ間際に人の負の感情が現れた表情を見ることが出来る。

そう思い、この時のプシファは上機嫌であった。


「……そうか。いいことを聞いた」


「なに? 」


そのプシファの上機嫌な気持ちは、すぐに消え去ることとなった。

イアンは、ピクリとも表情を動かすことはなく、無表情を貫いているからだ。

自分が望んでいたものが見らなかったことがプシファには衝撃的なことであった。


「落ちる前にお前を倒せばいいのだろう? ならば、まだ間に合う」


そう言ってイアンは、プシファの肩をがっしりと掴むと、自分の上部へ持ち上げる。

イアンは地面に背を向けた状態となり、落下の順がイアン、プシファ、フレアの炎の球となった。


「なんだと!? 俺をフレアにぶつけるつもりか!? ならば、無駄だぞ! 確実にお前が地面に落下する方が先だ! 」


「そんなつもりはない」


「じゃあ、どうするつもりだ! 」


「オレに出来る最善を尽くすつもりだ。まずは、リュリュスパーク! 」


プシファの肩を掴む右手から、バチリと緑色の強烈な閃光と共に雷撃が放たれる。

雷撃はプシファに強い痺れと激痛を与えつつ、彼の全身を焼きつくす。


「ぐあっ!? 」


顔や胴体の数か所から黒い煙が上がり、プシファは短い悲鳴を上げる。

並みの者なら即死であるのだが、プシファはまだ健在のようであった。


「まだか」


そのことにイアンは悔しがる素振りは見せない。


「ならば、次だ。これは、あまり使わないから、上手くいくことを祈る」


イアンは右足をピンと真っ直ぐ伸ばすと、その足下からサラファイアの炎を発生させる。

従来の連続して噴射される勢いのある炎だ。

しかし、その形相はすぐに変貌を遂げる。

シューと甲高い音を上げながら不定であった炎の形が整ってゆく。

やがて、炎の形は斧の如く半月状の湾曲した刃の形へと変貌した。

その刃の内側は白く輝き、外側に行くにつれ赤くなり、先端は真っ赤であった。


「サラファイア レッグアックス」


炎を斧の刃に形成するこの技をイアンはそう呼んでいた。

イアンがこの技を頻繁に使用することはない。

サラファイアの応用技であるレッグアックスは、窮地にこそ技として輝くからだ。

武器を無くした場合にその代わりを補い、敵の不意をも突くことが出来るのだ。

それらは大きな利点であるのだが、何よりはその威力である。


「ライズレッドスラッシュ」


イアンは勢いをつけて後方へと宙返りをした。

その際、足裏がプシファの胴体下から頭の先までを擦るよう右足を伸ばしていた。

イアンが宙がえりを終えて背の向きが地面に戻る頃、プシファの全身は左右真っ二つに切り裂かれていた。

周囲の空間が歪んで見えるほどの高熱の炎。

レッグアックスは、それを凝縮したようなものである。

鉄の剣や斧のように硬さと鋭さではなく、熱そのもので対象を切り裂くのだ。

故に、従来の物質で出来た武器では難しい頑強な鋼鉄でさえも、切り裂く切れ味を有することが可能となる。

プシファの肌はその切れ味に耐え切ることができなかったのだ。


「……な、何故だ…」


左右に分かれたプシファの顔から、掠れた声が発せられる。


「急に現れ……縁もゆかりもない者……達のために、何故ここまでのことが出来た……」


「さあな、特に理由は無い。強いて言えば考え中だ」


「……そう…か……」


プシファの体は左右どちらも蒸発するかのように白い煙となって消え去った。

彼の擦れた声も、それと同時にかき消される。

死に際の問いに、イアンは明確な答えを返さなかった。

しかし、不思議なことにプシファの声には、微塵も悔しいといった感情は込められていなかった。

プシファの存在が消え去ったことにより、フレアの巨大な炎の球も散り散りとなって霧散する。


「自分だけ聞いておいて消えたか。勝手なやつだ。聞き返そうと思っていたのに……」


プシファは消えた今、イアンのこの呟きは独り言であった。


「さて、あとは自分だ」


イアンは、体を反転させて地面の方へ向く。

その方向へと両足の伸ばし、両方の足下からサラファイアの炎を噴射させた。

落下の勢いを和らげ、地面に激突することなく着地するつもりであった。

かつて、セーラードレスは落下の勢いからイアンを守ったのだが、ボロボロの状態の今は、それをアテにはできにはできなかった。


「う……」


その最中、イアンは視界が一瞬だけ真っ暗になった。

イアンは、満身創痍の状態でプシファに戦いを挑み、これまで気力だけで意識を保っていた。

その気力の限界が訪れたのである。

視界の暗闇が晴れた時、地面との距離は大きく縮まり、間近に迫っていた。

サラファイアの炎は健在であったものの、充分に勢いは弱まってはいない。

炎の勢いを強くすれば、それだけ力は消耗し、すぐに意識を失ってしまうだろう。

しかし、プシファを倒した今、イアンが構うことではない。

自分の身の安全を確保することこそが最優先である。


「う……うおおおお」


イアンは、残された力の全てをサラファイアに注ぎ込んだ。

その瞬間、イアンは自分の体が空中で固定されるような感覚を味わった。

同時に目の前が真っ暗になる。

イアンは、意識を失ったのだ。

その意識を失うまでの刹那――


「にいさん! 」


イアンは、少女の声を聞いた。

彼にとって、聞き覚えのある声だ。

聞き慣れた声でもあり、誰のものであるかはすぐに分かった。


(久しぶりだな、ネリィ)


意識を失う寸前のイアンは、安堵に似た暖かい気持ちであった。







 「む……どこだ? ここは……」


意識を取り戻し、目を開けたイアン。

思わずどこだと言ってしまった彼の目に映るのは白い石壁の天井。

体に力を入れると激痛が走る。


「痛てて、助かったようだが体はまだ万全ではないようだな」


痛みを我慢しつつ、イアンは上体を起こした。

一息つき、周囲を見回す。

天井は石影、壁と床はベニヤ板を張り合わせた木造であり、特に注目すべき物は見当たらない。

見下ろせば、自分はベッドの上、体の上にはシーツを掛けられていた。

自分の体に目を向ければ、セーラードレスではなく真っ白な服を着ていることが確認できた。

これらのことから何者かによって、この場所で安静させられていたことをイアンは理解した。

その何者が誰であるか。

それを考えている中、部屋の奥のドアが軽く叩かれる。


「お! 起きたんだね」


ドアを開けて入ってきた人物は、イライザであった。

嬉しそうにニコリとほほ笑みを浮かべ、イアンの元へとやって来る。


「起きれるんだね。じゃあ、もう復活かな? 」


「ああ。体が痛い。こうして、上だけを起こしているのが精いっぱいだ」


「じゃあ寝てて~無理しないで~なんで、痛いのに我慢してたの~? 」


「いててて」


イライザに両肩を掴まれ、イアンは起こしていた上体を倒される。


「でも、起きただけでも上々だよ。色々と聞きたいことあるでしょ? 」


「ああ、まず……」


「ここは、アニンバ。セラちゃんがイアンさんを背負って連れてきたんだよ。ちなみに、五日経ってるよ」


「そうか。そういえば……」


「セラちゃんからだいたいのことは聞いてる。大火事はセラちゃんのおかげで鎮火したよ」


「そうか。それは何よりだ。では……」


「イアンさんがいたケイプルにはネリィちゃんもいてね。治療したのは彼女だよ」


「そうか、やはり聞き間違いではなく、幻でもなかったか……」


「うん。で、他には? 」


「……」


イアンは黙りこくる。

自分の知りたいことは、あらかた聞き終えていた

それに、自分が言わずともイライザは答えてくれていた。

だからこそ、もう自分に聞きたいことが無いことも察するのだろうと思っていた。


「……あ! あの商人の人には、イアンさんと間違えて私達が下ろした壺を返しておいたよ。よく分かんなけど残念そうだったよ」


「それは……別に知りたいことではなかった…」


イライザはイアンの気持ちを察してなどいなかった。


「なんかねーイアンさんを壺の化身かなんかだとか……変なこと言ってたよ。どう思う? イアンさん」


ただ自分が喋りたいだけ。

イアンが関心していたことは気のせいであった。


「気の毒だがどうでもいい」


イライザに呆れるも会話に付き合うイアン。

商人に対するコメントは辛辣なものであった。


「何はともあれ、無事アニンバに着いたってことだね」


「……だが、オレは」


途中で護衛から外れてしまった自分には、報酬を受け取る権利はない。

そのようなことを言うつもりであったが――


「ごめんね。今回の依頼の報酬は、もうセラちゃんに渡してあるんだ。イアンさんの分も含めてね。返金は許可しないよ」


イライザの言葉に、イアンは押し黙る。

まだ自分の意志を貫ける余地は残されていた。

しかし、イライザの口調には有無を言わせぬ強いものがあった。

何を言っても覆ることはないだろう。

イアンは、そう思ったのである。


「ならば、イライザの護衛依頼もこれで……いや、もう終わっているのか……」


自分が意識を失っている間に依頼が終了した。

そのやるせなさを表現するかのように、イアンの発した声は、どこか寂し気であった。


「そうだね」


イライザはそう言うと、より一層のほほ笑みを浮かべる。

立つ姿もだらしなさがなくなり、きちんとした姿勢となる。


「改めて、これまで私を護衛していただき、誠にありがとうございました」


そして、イアンに対して深々と頭を下げた。

かつて人里離れた場所で暮らしていたイアンは、礼儀というものをよく知らない。

そんな彼でも、頭を下げるイライザの姿勢は完璧であると思えた。

このイライザの形式ばった態度は、彼女なりの最大の感謝の表現である。

これを受けるイアンにとっては、居心地の悪いものであった。


「何を……急にかしこまって。そんな感じだと落ち着かない。頼むから、いつも通りにしてくれないか? 」


困惑しつつも、イアンは元通りにするよう要求する。


「そう? じゃあ、いつも通りにするよ」


「ああ、そうしてくれ」


イライザはぴょんとジャンプすると、いつもの姿勢となった。

加えて、にへらとだらしないほほ笑みを浮かべる。


「それにしても……いやーやっと辿り着いたよ。これでようやくやりたいことが始められる」


「そうか。それは、良かったな」


それほど、アニンバでの観光を楽しみしていたのかと、イアンは他人ごとのように考えていた。

依頼が終わった以上、そこから自分が関わらることがないからだ。

しかし――


「ねぇ、イアンさん」


イアンは、後に思い知ることとなる。


「頼みたいことがあるんだけど、聞いてくれない? 」


「なんだ? とりあえず、言ってみろ」


イライザをこのアニンバに連れて来ること。

その依頼が前座にすぎないものであるとういうことを。


「うんとね……私と一緒に戦ってくれないかな? 」


真の願いは別にあり、そのためだけにここへ来たのだと。

イアンは、自分に関わる知らぬ間に起きていた出来事と共に知ることとなる。

そして、これからの自分はどう生きてゆくべきか。

イライザの真の願いは、それを考えさせられるきっかけとなるのだった。




一章 終了

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