見えない証拠
真実には、二種類ある。
証明できる真実と、証明できない真実。
そして多くの場合、後者のほうが“本物”に近い。
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警視庁捜査一課。
「またか……」
机の上に並ぶ資料を見て、刑事の一人が顔をしかめた。
連続する“自殺”。
年齢も職業もバラバラ。
共通点はない。
――表向きは。
「全部、単独案件だろ?」
「そういうことになってますね」
軽い会話の中で、一人だけ黙っている男がいる。
氷室 恒一。
彼は資料をめくりながら、静かに言った。
「繋がってます」
空気が止まる。
「何がだ?」
「全員、“問題を抱えていた側”です」
「そりゃ自殺なんだから当たり前だろ」
「違います」
氷室は顔を上げる。
「加害者側です」
沈黙。
「証拠はあるのか」
「ありません」
「なら終わりだ」
そのやり取りは、いつも通りの結論に落ちる。
だが氷室の中では、すでに答えが出始めていた。
(誰かが、選んでいる)
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夜。
バー。
は、グラスを置いた。
「依頼が増えてるな」
マスターが言う。
「ああ」
隣では榊原が煙草をいじっている。
「だが、質が落ちてる」
室井の一言に、榊原が目を細める。
「どういう意味だ」
「確証が弱い」
依頼人の証言だけ。
裏取りが足りない。
「このままだと――」
「分かってる」
榊原が言う。
「いつか“外す”」
その一言は重い。
間違った相手を殺す。
それは、この仕事の終わりを意味する。
沈黙。
そのとき――
「やっぱり、そういう悩みあるんだ」
軽い声。
振り向くと、知らない男が立っていた。
ラフな格好。
だが目だけが異様に鋭い。
「誰だ」
室井が問う。
男は笑った。
「初めまして。“仕事人”さん」
空気が変わる。
榊原の手がわずかに動く。
「……何の話だ」
室井は表情を崩さない。
男はスマホを取り出した。
画面を、テーブルに滑らせる。
そこには――
これまでの“自殺者”の名前と、写真。
そして、その裏にある情報。
脅迫、隠蔽、搾取、裏金。
「証拠にはならない。でも――」
男が笑う。
「黒でしょ?」
沈黙。
「……誰だ」
今度は、少しだけ低い声。
男は肩をすくめた。
「神崎リョウ。情報屋」
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「なんでここに来た」
室井が聞く。
神崎は椅子に勝手に座る。
「面白そうだったから」
「遊びなら帰れ」
「遊びじゃないよ」
神崎の目が、一瞬だけ冷える。
「俺も“やられた側”だから」
その空気に、わずかな重みが乗る。
「証拠がなくて、何もできなかった」
短い沈黙。
だがそれ以上は語らない。
すぐに、いつもの軽さに戻る。
「で、どうする? このまま運ゲー続ける?」
榊原が鼻で笑う。
「言い方が気に入らんな」
「でも事実でしょ」
神崎はスマホを操作する。
「ターゲットの“本当の顔”を知るには、警察の情報じゃ足りない」
画面に次々とデータが流れる。
匿名掲示板の書き込み。
削除されたログ。
裏アカウントの発言。
「証拠にはならない。でも繋がる」
神崎が言う。
「“嘘の形”って、人それぞれなんだよ」
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数日後。
新たなターゲット。
人気教育系インフルエンサー・西園寺。
表では“子供を救う活動家”。
だが裏では、特定の子供を追い詰める“選別”をしていた。
「証拠は出ない」
神崎が言う。
「でも、何人も潰れてる」
室井は資料を見る。
榊原が一言。
「やるのか」
短い沈黙。
「……やる」
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夜。
西園寺のマンション。
「今回の設計は?」
榊原が聞く。
神崎が口を挟む。
「この人、“完璧主義者”なんだよね」
「それがどうした」
「崩れるときは、一気に崩れるタイプ」
室井は頷く。
「“転落型”だな」
屋上。
夜風が強い。
西園寺が一人、スマホを見ている。
そこに――
「フォロワー、減ってるな」
振り返る。
「誰!?」
神崎が軽く手を振る。
「どうも。裏アカ、全部見てるよ」
顔色が変わる。
「な、何のこと……!」
「ほら、“あの子は不要”とか書いてたじゃん」
後ずさる。
「やめて……!」
室井が静かに近づく。
「お前がやったことを見ろ」
逃げ場はない。
言葉が、追い詰める。
恐怖が、判断を狂わせる。
「来るな……!」
足がもつれる。
柵にぶつかる。
その瞬間――
重心が崩れる。
「……あ」
短い声。
そして、落下。
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「……終わりか」
榊原が下を見て言う。
室井は何も言わない。
神崎が小さく呟く。
「人ってさ、自分で落ちるんだよね」
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翌日。
ニュース。
「人気インフルエンサー、自殺か」
動機は不明。
だが、SNSには“異変”の痕跡が残る。
それもまた、“自然な崩壊”として処理される。
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警視庁。
氷室は画面を見ていた。
また一つ。
また“綺麗な死”。
「……増えてる」
確信に近づく。
(誰かが、選び、追い詰め、終わらせている)
その構図が、見え始めていた。
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夜。
バー。
神崎がグラスを回す。
「どう? チームって感じしてきた?」
榊原が鼻で笑う。
「調子に乗るな」
室井は静かに言う。
「役割は理解した」
神崎がニヤリとする。
「でしょ?」
沈黙のあと――
室井が一言。
「次を持ってこい」
その言葉で、関係が決まる。
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外では、雨が降り始めていた。
証拠はない。
だが、真実はある。
そしてその真実は、もう個人ではなく――
“組織”として動き始めていた。
一方で、それを追う者もまた、一歩ずつ近づいている。
交わるのは、まだ先。
だが、その衝突は避けられない。
物語は、加速する。




