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綺麗すぎる死

人は、死ぬときに“乱れる”。


それは本能だ。

恐怖、抵抗、執着――それらは必ず、痕跡として残る。


だからこそ、“綺麗すぎる死”は異常なのだ。


---


警視庁捜査一課。


現場の写真が、机の上に並べられている。


「また自殺か」


ベテラン刑事が呟く。


「最近多いですねぇ」


若手が軽く返す。


その中で、一人だけ黙って写真を見ている男がいた。


氷室 恒一。


彼は一枚の写真を手に取り、じっと見つめる。


椅子の位置。

紐の結び方。

足の角度。


すべてが、整いすぎている。


「……おかしい」


小さく呟く。


「何がだ?」


同僚が覗き込む。


氷室は写真を指でなぞる。


「人は、こんなに綺麗に死なない」


---


被害者は、中堅不動産会社の役員・森川。


自宅で縊首死。


遺書あり。

借金あり。

動機も揃っている。


「完璧な自殺だな」


上司はそう言った。


だが氷室は納得しない。


「完璧すぎます」


「何?」


「揃いすぎている」


上司はため息をつく。


「氷室、考えすぎだ。これは事件じゃない」


「……」


「次に行け」


氷室はそれ以上何も言わなかった。


だが――視線は外さない。


---


同じ頃。


バーの奥。


は、グラスを傾けていた。


「次だ」


マスターが言う。


隣には榊原がいる。


「ターゲットは?」


「不動産会社役員。裏で地上げ絡みの脅迫、強引な立ち退き」


榊原が鼻で笑う。


「よくあるクズだな」


「だが、証拠がない」


室井は短く言う。


「依頼人は?」


「追い出された家族の一人だ」


沈黙。


それだけで、理由は十分だった。


---


数日前。


依頼人の男は、震える声で言った。


「父は、あいつに殺されたようなものだ」


強引な立ち退き。

精神的圧迫。

そして、孤独死。


「でも、合法なんです」


その一言が、すべてだった。


「だから――終わらせてほしい」


---


夜。


森川の自宅。


静かな住宅街。


室井と榊原は、音もなく侵入する。


「今回は?」


榊原が小声で聞く。


室井は短く答える。


「縊首」


「また“自殺型”か」


「ああ」


「なら、雑は許されないな」


榊原の目が細くなる。


「警察に違和感を持たせないこと。それが今回の条件だ」


---


室内。


森川は酒を飲みながらテレビを見ていた。


インターホンが鳴る。


「誰だよ、こんな時間に……」


扉を開けた瞬間。


視界が止まる。


「――お前は」


「元警察だ」


室井の一言で、空気が変わる。


「証拠は?」


森川が笑う。


「ない」


「だろうな」


その余裕は、次の瞬間に崩れた。


背後から榊原が押さえ込む。


「な、何を……!」


「静かにしろ」


最小限の力。


だが逃げられない。


室井はロープを手に取る。


今回は、事前に用意したもの。


生活感に溶け込む、違和感のない素材。


「やめろ……!」


「お前がやったことを思い出せ」


室井の声は低い。


「人を、追い詰めて、死なせた」


「俺は悪くない! 法律の範囲内だ!」


その言葉に、榊原が小さく笑う。


「便利な言葉だな」


締め付けが始まる。


急がない。

確実に。


恐怖が、遅れて襲う。


「助け……!」


声は出ない。


もがき、暴れ、やがて――静止する。


---


「……終了」


榊原が確認する。


室井はすぐに動く。


椅子の位置を整える。


ロープの高さ。


結び目。


足の接地。


「もっと崩した方が自然じゃないか?」


榊原が言う。


室井は首を振る。


「今回は“迷いのない自殺”にする」


「ほう」


「追い詰められた人間は、逆に整うことがある」


榊原は一瞬、興味深そうな顔をした。


「……なるほどな」


---


翌朝。


現場検証。


氷室は、再びその場に立っていた。


警察官たちが慌ただしく動く中、彼だけは静かに周囲を見ている。


「どうだ、氷室」


上司が聞く。


「自殺です」


氷室はそう答えた。


だが、その目は現場を離さない。


「……ただ」


「ただ?」


氷室はロープを見る。


結び目。

高さ。

椅子の位置。


「綺麗すぎる」


上司が顔をしかめる。


「またそれか」


「はい」


氷室は一歩近づく。


「人は、こんなに整って死にません」


「証拠はあるのか」


その一言で、空気が止まる。


氷室は答えない。


答えられない。


「……ありません」


「なら終わりだ」


上司は背を向ける。


「これは自殺だ」


現場は、そう結論づけられる。


---


誰もいなくなった後。


氷室は一人、部屋に残っていた。


静かな空間。


そして、“完成された死”。


「……誰だ」


小さく呟く。


「誰が、これを作った」


その目に、わずかな確信が宿る。


偶然ではない。

これは“意図”だ。


「……いるな」


氷室は振り返る。


「終わらせている奴が」


---


その夜。


バーの外。


氷室は立ち止まっていた。


中を覗くことはしない。


だが、何かを感じている。


一方、店内では――


室井が静かにグラスを置いた。


「どうした」


マスターが聞く。


「……いや」


室井はわずかに視線を外へ向ける。


「何でもない」


だが、その目は一瞬だけ鋭くなった。


---


氷室は、その場を離れる。


まだ確信はない。


だが、違和感は消えない。


「証拠がないなら、無罪……か」


自分に言い聞かせるように呟く。


そして――


「だったら、証拠を見つける」


その一言で、役割が決まる。


---


闇で裁く者と、光で裁く者。


二つの正義が、静かに交差した。


まだ出会わない。


だが、確実に近づいている。


その衝突は、避けられない。


---


“綺麗すぎる死”は、やがて歪みを生む。


そしてその歪みは、一人の刑事を動かし始めた。


物語は、次の段階へ進む。

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