06 侍女の嘘
本日2回目の投稿です。
「何も出来ない私は、やはり不甲斐ないのだろうか・・。そうだよね・・、流石に父上もうんざりするよね・・。」
絶望は目の前を暗くするだけでなく、手足の感覚もなくすようだ。
とても寒気がする・・。
アスランが再び心を閉ざし、暗闇に堕ちそうになった時だった。
窓をコンコンと叩く音がして、そちらを見ると、昨日のミュゲと名乗った真っ赤な髪の少女が窓から入って来る。
しかも、何年ぶりだろうか、人の満面の笑みを見たのは。
やはり、夢ではなかった。
すると、ミュゲの周りだけ不思議と色付いてくる。
ミュゲは嬉しそうに窓を閉めて近付いて来たが、すぐに顔を顰めた。
「アスラン殿下、どうか、されましたか? お顔の色がとても悪いですよ」
ミュゲの質問に、首を横に振るアスラン。
とうとう父にも見捨てられたようだ・・、とは言えなかった。
「何もないよ」
呟くように答えた。しかし、その変化をミュゲは見逃さなかった。
「いいえ、『なんにもない』っていうお顔じゃないです!」
鼻先まで顔を近付けて、アスランの瞳の奥の何かを探るように、じーっと見つめてくるミュゲに、さっきまで絶望した気持ちが少し上昇する。
軟禁状態で、力のない自分にここまで気安く接する侍女がいただろうか?
誰かに縋りたいと思った瞬間、あれほど誰にも話せなかった心の内を、ミュゲに話してしまう。
「昨日、陛下がここにお見舞いにきてくれたと聞いたのだよ。それで・・」
この先を言おうか迷っていると、続きはミュゲが教えてくれた。
「ああ、そうです。昨晩遅くに国王陛下がいらして、アスラン殿下を大層心配していましたよ」
「そうなんだ。ミュゲも聞いてたんだ・・」
アスランの顔が曇り、ポツリと呟いた。
「陛下は毒を飲んだ私に、とても失望していたんだよね?」
ミュゲは昨日天井に貼り付いていたために、国王の顔は分からないが、失望などしていないのは確かだ。
「え? 失望?・・失望ではなく、心配されてたんですよ?」
嘘のない、明るい声音にアスランが顔をあげる。
「でも・・、でも陛下は毒を飲んだ私を見て、『不甲斐ない』って仰ったと侍女が・・」
「え? ふが・いない?」
ミュゲは記憶を辿り、そのフレーズを
思い出す。
「え? ・・違います!違います!! 陛下のお言葉は・・えっとえっと、思い出しますね!」
ミュゲはそう言うと額に人差し指を当ててうんうん唸っている。
「そう!思い出しましたよ。確か・・『この離宮まで牛耳られていたせいで我が子が毒を煽ったという知らせも、届かないとは!』・・って仰ってから、『不甲斐ない』って仰ってたんですよ!! 全く都合のいい部分を切り取って、アスラン殿下に伝えるなんて、なんて根性の悪い女なの!!」
ミュゲがキーッっと怒っている横で、アスランはホッとする。
「陛下は私を本当に心配して、ここにいらしてくださったんだ」
ミュゲがいなければ、再び自分がここにいる意義を失うところだった。
そして、自分の事のように怒ってるミュゲに感謝した。
きっと大切に思われて、心を込めてまっすぐに育てられたに違いない。
こんなに優しいミュゲに、ここを辞めるように言わなければ!!
「ミュゲ・・・」
アスランに呼ばれ、顔を真っ赤にして怒っていたミュゲの動きが止まる。
名前を呼ばれたから止まったのではなく、料理を見て動きが止まったのだ。
「な、な、何これ? 病人にこんなものを食べさすってどんなに根性が腐っているの?!」
油ぎとぎと料理を見たミュゲが、怒り倍増でわなわなと体の震えが止まらない。
アスランが目を点にしてこちらを見ていた。
「あ・・・。大きな声を出してしまってごめんなさい」
ここで漸く、ミュゲは自分一人で憤慨していたことに気が付いた。
「ふふ、気にしなくてもいいよ」
気にしなくていいと言われ、冷静になった。そして、この気配り皆無の料理について尋ねる。
「あの、この料理は殿下が望まれた料理ですか?」
まさかとは思うが、一応確かめてみる。
すると、アスランが「いいや」と返事。
やはり、嫌がらせでこのような料理を作って持ってきたのかと、更にミュゲの怒りが再沸騰し、暴走しそうになるが、ふーっと息を吐き堪えた。
「このようなもの、食べる必要はございません。私が殿下の体調に合わせた料理を持ってきます。だから、待っててくださいね? とびきり美味しいのを期待してて下さい!」
ニパッと笑うと、ミュゲは再び窓から飛び出した。
唖然とするアスランを残して。
なんと慌ただしいのだろうか? と思ったが、ちっとも嫌な気はしない。それどころか、自分の心の中のモヤモヤを全て吹き飛ばしてくれたのだ。
父の言葉の誤解も、脂っこい料理も全て一掃してくれて、今はまたあの笑顔が帰って来るのを楽しみに待っている。
だが、再び戻ってきた時は、『出ていった勢いはどうしたの?』ってくらいに、しょげかえっていた。
でも、手ぶらではなく、どこで作ってきたのかパン粥を持っている。
「今すぐにはこのようなものしか、作れませんでした・・・」
絶対に口当たりの良い、凄い食事を作って持ってくるつもりで飛び出したが、頼りのロスベータ侍女長は不在。食堂も誰もおらず、ミュゲには用意できる食材も限られていた。
申し訳無さそうに、アスランの前に置くミュゲ。
アスランはその粥をじっとみていたが一口食べる。
そして、二口食べてスプーンを置く。
久しぶりの温かい食べ物だ。
「・・美味しい」
本当に美味しそうに食べるアスランの様子に、瞳をうるうるさせて喜ぶミュゲ。
「良かったです・・そう言って頂けて・・」
その嬉しそうなミュゲの顔を見たアスランは、心を決めた。
この優しい娘をこの王宮から出してあげなければと・・。
アスランはミュゲが誰かに唆されたか、または脅されてここにいるのだと思っていた。
そうでなければ、立場の危うい自分に仕えたいと言う筈がない。
「・・ミュゲはもうこの王宮から自分の家に帰った方がいい」
「え? 私・・・クビになるような事をしてしまったのでしょうか?」
ミュゲは突然の解雇通告にショックを受けている。
(話し方がまずかった? たまに、敬語がおかしかったかもしれない。
それか、王族に変な薬を飲ませたから? パン粥が不味すぎたのか?)
思い当たる事に謝罪をしなければとあたふたしているミュゲだったが、アスランの答えは全く違っていた。
「君はここのお給料が良いと聞いて来たのだろう? でも、ここにいたら、君はいつか殺されてしまうよ」
心優しいミュゲが殺されるのは辛い。または、いつか彼女が誰かに脅されて、自分に刃を向ける時が必ず来る。その瞬間が分かっているから、ミュゲが傷付く前になんとか退職を促したい。
実際にアスランの事を気に掛けていた心優しい侍女が、ザラに家族を人質にとられ、アスランに刃を向けた事があった。
しかし、その者は最後まで優しかった。
自分がアスランを襲う計画があると騎士団に通報してから、襲撃したのだ。
結果その侍女は捕まり、牢屋に入れられる。
だが、次の日に何者かに襲われて牢屋で殺されていたのだった。
もう、二度とあんな悲しい思いはしたくない。
アスランは必死でミュゲに家に帰れとの説得したが、その努力も虚しく、ミュゲがブンブンと大きく首を横に振っている。
「私、帰れません!」
父を説き伏せ、せっかくここまで来たのに、すぐに追い返されたなんて、恥ずかしくて領地になんて帰れない。
ミュゲの必死な態度にアスランはその要因に思い当たった。
「家に帰れないとは、誰かに脅されているのか?」
「いいえ・・・」
自信なさげに首を振るミュゲの態度に、更に言葉を連ねるアスラン。
「君がここにいれば、君の家族が危険な目に会うのだぞ?」
「私の家族が・・危険・・?」
ミュゲは首を傾げて考えていた。