第九話 雪浜辺
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申し訳ないです!
「うわー!すごい!」
積もった雪が、散らばったガラス片のように輝く。
なだらかに続く雪原の先には、呑み込まれるほど深い青の海があった。
夏の海とはまた感じ方が違う。
来るものを冷たく拒んで、けれどもフラフラと引き寄せられてしまうような、そんな瑠璃色の恐ろしさだ。
「どうだ、怖いだろ」
舟を留木にくくりつけてから、漁師のおじさんが話しかける。
「うん、ちょっとだけ」
僕は、目を海から逸らすことなく答えた。
あまりにも綺麗だ。
不純物が少しもなくて、生き物の気配もしない。
海全体が大きな宝石みたいに振る舞って、白い波頭はさながらシルバーの装飾品のように揺らめく。
だとしたら、浜辺に積もる雪は白金の土台だろうか。
「にぃちゃん、観光だろ?悪いな、旨い魚も食わせれんで。さっき美人な姉ちゃんが解決するんだって意気込んでたがよ、ほんとは俺らがやるべきことなんだ。申し訳ねぇや、ほんとに」
「普通だったら、ここからでも魚が見えたりするの?」
「あぁ、いっぱいな。こんな、死んじまったような海は初めてだ」
漁師のおじさんは複雑な目をしていた。
なんだか、少し気持ちがわかるような気がする。
凄まじい自然の力と、何もできないちっぽけな自分。
比べることも無駄に思える差があるからしょうがないとは思えるけど、いざ目の当たりにするとどこかで心が痛むんだ。
詳しいでしょ?
だって、今までずっとそんな状況なんだもん。
でもね、僕達にはどうにもならないそういう現象は、どうにかする人がどうにかするんだよ。
例えば、砂漠で出会った巨大砂嵐を、片手で吹き飛ばす魔術師のブランとか。
他にも、肩こりに丁度いいって言いながら巨大な落石へぶつかりに行くロム爺とか。
凄いでしょ?
同じ人間なんだよ?
「冬の海は怖いんだね」
「ああ、特にこんな寒さだとな。この指ぐらいのちっちぇえ魚は、冬の間も元気に泳いでるんだけどよ、そいつらさえいやしねぇ。よっぽど寒いんだろうな」
おじさんは小指を立てて見せて、大袈裟に身震いした。
「でもまぁ、もうすぐ元通りになるから大丈夫だよ」
「なんだ?にぃちゃんが治してくれんのか?」
「僕じゃなくて、さっき言ってた美人な子」
険しい表情で、町中を闊歩していた彼女のことを思い出す。
確か、僕がインと初めて会った時も、あんな顔をしてたっけな。
脳を全速で回転させて、小さな違和感ひとつから物事を全て解き明かす。
しまいには少し先の出来事まで見通してしまうんだ。
自分では「予測」だって言い張ってるけど、僕の見立てじゃ「予知」だね、絶対。
ブランは予知魔法なんてまだないって言ってたけど、多分インが使ってるよ。
「そんなこと言われたら、期待しちまうなぁ。なら、また魚が獲れたときには、とびっきり美味いやつ持ってってやるよ」
「美人な子も喜ぶよ。じゃ、僕達は夜寝亭にいるから、忘れないでね」
「かあぁ、若いっていいねぇ!俺と家内も、若い頃は空の大穴で夜通し喋ってたもんだ」
「空の大穴?」
漁師さんから面白そうな単語が出てきたから、思わず聞き返した。
こういう、地元の人しか知らない穴場って、僕結構好きなんだよね。
案外肩透かしなこともあるけど、でもむしろそれが良いんだよ。
なんだか人の息遣いを感じられると言うか何というか。
少なくとも、エリルは分かってくれたしね。それだけで十分だよ。
多分、インもわかってくれる。多分だけど。
インの答えを予想してると、昔を懐かしむように漁師のおじさんが喋り出した。
「あぁ、この海岸の向こうのほうにある大穴でな、満潮の時でも水が入らんからそう呼ばれてんだ」
「おお、結構おもしろそうじゃん!行ってみようかな」
「まぁ、寂れたところだが、他所からしたら珍しいのかもな。最近は地元で行ったって奴の話しも聞かねぇし、足滑らせねぇように気をつけんだぞ」
「はーい。あ、そうだ。もし僕の腰ぐらいで藍色の髪した可愛い女の子が来たら、こっちに向かったって言っておいて。大きな箒持ってるからすぐわかるはず」
「分かったが…、浮気か?」
疑うような、それでいて面白がるような口調で、薄く笑いかけられる。
まったくもって、短絡的な思考回路だよ。
男女そろえば全て恋事なんて、僕はそんな思考とっくの昔に捨て去ったね。
今はそんな時代じゃないんだよ、おじさん。
「ぐへへ、美人な子には、コレで」
僕は一本だけ立てた人差し指をくちびるに持っていって、それからくるりと翻った。
・・・
「あれがこうきて、それでこれで、あれがこうなるはずだけど…」
曇り空のような髪色をした少女が、一人でぶつくさ街中を歩く。
長く垂らした先で一つに括った髪の毛も、歩くたびに小難しそうにリズムを刻んでいた。
「うーん、原因は大体分かったけど、どう解決すれば良いか、てんで予想がつかないわ」
眉をしかめる少女、インテ=インジェンスは、ひとしきり気になる場所を回ったあと、そう結論付けた。
いくら察しの良い彼女とは言え、全てを見通す目を持っているわけではない。
手に入れた情報と知識から推測すること。平たく言えば、それくらいだった。
顔も知らない相手を探すような、そんな人間離れした所業は、彼女曰く人間である自分には荷が重いのだ。
「あ〜、不甲斐ない」
ちょうど目に止まった噴水の囲いに腰かけると、溜息をするように言葉を出す。
銀狼に加入したヒアンとの最初の旅。
絶対良いものにしてやると張り切ってはいたものの、何故かこうなった。
魚も食べられず、自分は解決のために飛び出して、ヒアンは今観光でもしているのだろうか。
海が見たいと言っていたから今頃浜辺にいるだろうとは思うが、一人で行かせてしまったのが心に残る。
彼自身は、おそらく気にしていない。
今頃さっきの漁師さんとでも喋っていて、その後には地元の名所なんかを教えてもらうんだろう。
冬の海に感じ入って、ウキウキ気分で穴場を目指す彼の顔が目に浮かぶ。
しかし、だからと言って彼女の気分が晴れるわけでもない。
後ろでは、噴水にできた長い氷の柱の表面を、流れる水が薄く覆っていた。
「あ〜」
情けなく垂れ下がる。下がった頭に膝がついて、意味もなくぐりぐりと押し当てた。
こんなことをしても何の解決策も得られないし、とっとと街の人に聞き込みを続けたほうが良いのは分かるが、けれどそんな気分にもなれない。
頬を揉む。手が冷たい。
口から吐いた息を指先に当てても、ジンジンと痺れるだけだ。
もう少しこうしていよう。
雲に溶け込んでゆく自分の吐息を眺めながら、少女は目を瞑った。
あとちょっとで、来るはずだから。
まつげに乗った雪の結晶は、案外重たい。
「インちゃん、元気が一番なのです」
服の生地が透けて見えるくらいに雪が積もった頃、耳馴染みのある声がした。
「やっぱり、ナフとリーダーならこっちに来るわよね…」
優しく撫でられた頭だけあげると、やはり大きな箒を持った少女がいた。
そして、後ろからゆっくり歩いてくる銀狼のリーダーも。
ギウンはなんと言えばいいか迷う風に後ろ髪を掻き、それから観念したように、息を吐きながらインの前へ立つ。
そんな光景を少女は、再び下ろした頭で目に見えるように予想できた。
「まぁ、なんだ。お前なら分かっているだろうが、あえて言わせてもらう。俺たちは気にしてない。ヒアンも含めてな」
「分かってるわよ、それぐらい…。けど…、いえ、ごめんなさい。ナフの言う通り、元気が一番ね」
顔を上げて、ナフに笑いかける。
けど、それでもヒアンの方へ行って欲しかった、とは言えなかった。
なぜなら、少女の心は、思惑通り軽くなってしまったから。
頬が少し熱くなる。熱を持ち出した指先がピリリと痛い。
噴水の氷柱が軋む。小鳥の鳴き声のようだった。
交わしたたったこれだけの言葉が、アルコールランプさながらぼうぼうと燃えて、心の陰りを照らしていく。
一人で考え込んでいたのが馬鹿みたいに感じて、自然と笑みもこぼれた。
「二人ともありがと。ほら、ヒアンのところへ行きましょ。向かってる最中にフラスコも合流すると思うから、それから今回の原因について話すわ」
「はいなのです!」
「ああ」
噴水の囲いから腰を上げて、お尻を軽く払う。
左手は、手を貸してくれたナフと繋いだままだ。
少女の頭の中にはもう、笑い合う銀狼の姿が描かれていた。
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