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第六話 朝

おはようございます!

「体が石みたい…」


「まだ寝といて良いぞ、ヒアン」


空はまだ白んでいない。寝床の周りは焚き火だけが照らしていた。


「ダメだって。ギウンはコカトリスも捕まえたんだから、ちゃんと寝とかないと」


「ほとんど寝ながらやってるから、安心しろ」


「逆に安心できないよ」


焚き火を挟んで、ギウンの前に腰掛ける。


いちばんの寒さはようやく抜け出したけど、それでも早朝はまだ冷える。


上手く動かない指先を火にかざしながら、じんわりと手を揉んだ。


「多分みんなの方が先に気付くと思うけど、僕が見張りを引き継ぐよ」


「結構動いただろ。それっぽっちの睡眠で大丈夫か?」


「僕は馬車で寝る予定だから」


自分で言いながら、苦笑する。


馬車ではなんの役にも立てない事を見張りの説得で宣言してるんだから、なんとも図々しい話だ。


「なら、お言葉に甘えるとするか」


「寝床は温めておいたから、多分快適だよ」


「ナフの後じゃなけりゃなんでもいいさ。あいつの後は、いつもよだれだらけなんだ。じゃあ、おやすみ」


「うん、おやすみ」


1分もすると、ギウンの寝床からは規則正しい寝息が聞こえてくる。


どこでも、どんな状況でもすぐに寝られるのは、冒険者の重要なスキルだ。


僕が唯一人に誇れるスキルと言っても良い。


僕は戦闘が全くできない代わりに、よく食べ、よく寝るのだ。


なんて奴だ。


「はくしゅん…お鍋…」


今度は左の方の寝床から、鼻をすする音がする。


くしゃみにまで呪いが適用されるなんて、思った以上に大変だ。


風邪の時とかどうしてるんだろう。ほとんど全部の食べ物言い尽くしちゃうんじゃないかな。


真冬なんかはもっと地獄だろうね。


手に向かってほうと息を吐く。


吐息は白くなって焚き火に吸い込まれた。


「冷えるなぁ」


本当に、今日の朝はよく冷える。


僕たちの上を、まだ残った冬の名残りが通り抜けていってるみたいだ。


こういう時は、じっとしてるに限る。


「うひぃっ」


多分、一瞬死んだ。


背中になんでか知らないけど氷が入り込んだ。


もしかしてこの時期に雹?


なくはないかも知れないけど、いやでもいくらなんでも遅すぎるでしょ。


というか、なんで僕の襟元目掛けて一粒だけ降ってくるんだよ。


せめて全体に降ってくれない?


「そっちはダメだっ」


取り出すために身を捩るとパンツにまで入りそうになるし。


死ぬところだったよ。


「くそッ、全然溶けない」


服の中から出てきた忌まわしい塊を焚き火の中に放り込んでやったけど、一向に溶けようとしない。


というよりむしろ、周りの火の勢いが落ちているような気さえする。


火が消えるのだけはまずい。


なんせ自分で火起こしするには30分近くかかるからね。


ナフとかなら一瞬だけど。


「なんで一つも小さくなってないんだよ」


焚き火から出したそいつを手に取って覗き込む。


夜明けのような空色をしていた。


背中に入り込んできた時と同じぐらい冷たくて、一つの火照りも感じない。


炎になんて当ててなかったみたいだ。


こういう良く分からないアイテムは優秀なる魔術師ブランに聞けば大体判明したんだけど、今ではそうも行かない。


とりあえずナフにでも聞いて、分からなければポイしよう。


不思議なものは持たない主義なんだ。


とにもかくにも、こいつの処遇は僕一人で決めても仕方がない。


日の出を見ながら、ゆっくりお茶でも飲もうかな。


うん、それがいいや。




「ヒアン様、ヒアン様。朝食ができたのです」


「んぇ?」


誰かに肩を揺すられる。


頭と肩と腰とお尻と足と手が痛い。


ちょっとでも体を動かすと、錆びた鉄のような音が聞こえる。


あー、お尻痛い。


ていうか、首の筋もなんか痛い。


しかもポケットだけ妙に寒い。


「まったくもう、見張りが寝てたら意味ないでしょうが」


「んぁ!?寝てた!?」


がばりと立ち上がると、焚き火の前にはコカトリスの串焼きが置いてあった。


その周りには銀狼のみんなが。


間違いなく、朝ごはん前の光景だ。


「まぁまぁ、俺たちも起きるのが遅かったからな。おあいこだ」


「僕様の料理が出来上がる前に起きてくれてよかったよ。串焼き」


「ほんとにごめん…」


ギウン達にはとても申し訳ないけど、今回の寝落ちはすごいぞ。


今までとは一味も二味も違う。


少しの眠気もなく、気付けば朝を迎えてたんだ。


どうやら、僕には無限の可能性があるらしい。生活に困窮すれば、冒険者達に入眠法を教えて回るのもありだね。


寝るだけで儲かるなんて、素晴らしい職業だな、まったく。


いやけど、そうなっても今回の寝方は絶対に教えないね。


体中が痛いし、なんか鳩尾の奥がジンジンする。初めてだよこんな場所が痛むの。


昨日の水出しで使ったのかな?


良い運動したなぁ。


「ちゃんと反省しなさい」


「はい…」


言われてみれば、外見はともかく内心で全然反省してなかったや。


例え初めての体験に驚いたとしても、やっぱり自戒の念は持たなきゃだよね。


朝ご飯の時間になると、僕は正座に足を組み換えた。


「なんだか、今日のヒアン様は少し匂いが違うのです」


皆んなで朝ご飯を食べていると、ナフが数度鼻を動かす。


もしかして僕臭かった?


昨日は水出しで汗もかいたし、胃の中身もいっぱい吐き出したから一応水浴びしたんだけど、それでも足りなかった?


自分の体を自分で匂ってみるけどやっぱり分からない。


でも体臭は自分じゃわからないって言うもんね。


ショックで死にそう。


「僕様も少し感じたよ。なんて言うんだろう、かき氷?」


かき氷って、無臭じゃん。


「かき氷に匂いなんてあるかな?」


「ヒアンの疑問ももっともだけど、なんだろうね、説明が難しいよ。ブルーハワイ」


「でもでも、ナフもかき氷って言われれば、そう思うのです!」


「リーダーはどう?」


インがギウンに尋ねる。


「俺は全くだ。最近鼻炎気味でな」


鼻を擦りながら否定したギウンは、よく見ると鼻先が赤く荒れていた。


わかる、この時期なんかとくに辛いよね。


数年前から急に来て、これまでジルを笑ってたバチが当たったのかと思ったよ。


「ナフは全然平気なのです」


「幸い、僕様も症状に悩まされてはいないね。梅干し」


鼻炎にならない二人が羨ましい。


けど、やっぱり鼻が詰まってない二人は感じるんだよね。


魔法材料の調合もするナフは鼻がすごく効くし、フラスコは料理が得意だ。


僕も鼻が良い方だとは思っていたけど、鼻炎だし自分の体臭だし、流石にわからないか。


けど、鼻の効く二人がなんとなく違和感を抱く程度の匂いで本当に良かったよ。


危うく引きこもりになるところだった。


これで、安心して串焼きを食べられるよ。


「ねぇ、もしかして、魔力臭じゃない?」


黙って会話を聞いていたインの口から、懐かしい言葉が出た。


むかし、ブランのお師匠様から聞いたことがある。


なんでも、魔力と深い親和性のある人のみが感じられる特別な匂いなんだとか。


それは普通の嗅覚とは違って、時には説明の難しいあやふやな知覚としても訪れる。


僕?感じられるわけないじゃん。


「私は鼻が通ってるけどヒアンの匂いなんて分からないし、フラスコとナフは魔力臭が分かるでしょ? それにナフ、もしかしたらもう一つ匂いとかしない?」


「んぅ?良く匂ってみたら、もう一つヒアン様の匂いがするのです!」


「僕様にそこまでは分からないね。後天性の宿命さ。メロン」


フラスコは少し落ち込んだようにしてるけど、僕からすれば十分すごい。


剣士でありながら魔力臭が分かるなんて、多分かなり貴重だよ。


僕なんて、三ヶ月の特訓で手が湿った程度だからね。


手汗魔法とか使いどころなさすぎるよ。


「そういえば、今日の朝こんなもの拾ったんだ」


ポケットをまさぐって空色の石を取り出す。


日が出てから見てみると、深海のようにも見えた。


それに、まだまだ氷のように冷たい。


「もう一つの匂いはこれからするのです!」


「やっぱりね。多分、その石からヒアンに魔力が移ったのよ」


そう言って、インは鼻の穴を少し膨らませた。上手くいった時に見せるインの癖。


これが出た日には、インの無双は止まらない。


来るものを薙ぎ倒し、鳥をも撃ち落とす予言に近しい先見の明だ。


「ちょっと待ちなよイン。そんなことあり得るかい?ヒアンは魔法使いじゃない訳だし。綿菓子」


「そうなのです!お口に入れればなんとかなるかもですが…」


ナフが伺うようにこちらを見るけど、


「僕もう16だよ?」


拾った石を口に入れるなんて、そんな悲しい戦争劇みたいな事はしない。


「ヒアンならしかねないけど、今回は多分別の要因があるの。それは…」


インが両手で、僕の正中線の左右を指差す。


その先には僕の、


「そう、あなたの」


「僕の?」


「手汗よ」


「手汗!?」


汗腺があった。

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