第四話 道すがら
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馬車が揺れる、そして僕の脳味噌も。
「おえぇぇ」
「まだ慣れてなかったの?」
馬車に乗って2時間、僕は地獄の最中にいた。
今までの旅で幾度も味わった苦痛の極地。酔い止め魔法も効かない僕が、慣れるはずもない。
「酔い止め薬買えばよかったのに」
インが僕の背中をさすりながらそう言ってくれる。
買わなかった理由なんてただ一つ、忘れてたんだ。
今まではエリルが酔い止め魔法をかけてくれたから、完全に油断してた。
まぁ、酔い止め魔法も完璧には効かないんだけど。
それでも毎度かけてくれたエリルには頭が下がっちゃうよね。
なんてことを考えているけど、口に出す余裕はない。
喉への圧迫感と必死に戦いながら、僕は僕だったものを外に吐き出さないように抗っていた。
「一回吐いちゃえば、楽になるんじゃない?」
ははーん、甘いな。
僕ともなれば、胃に何も入ってなくても嗚咽は止まらないんだよ。
馬車酔いニワカは黙っていて欲しいもんだよ。
まったくこれだから馬車適合種は…
ぺしりと、インが僕の頭を叩く。
「おえぇぇ」
僕だったものは旅の足跡になった。
「ナフ、ちょっとお水出してあげて」
「うーん、ヨルネちゃん抱き枕は渡さないのですぅ…」
「起きてナフー」
インがナフを軽く揺すって、その振動が僕にまで伝わる。
脳に直接ノックされてるみたいだ。
「ヒアンがお水ほしいって」
「ヒアン様のためならばぁ、火でも水でも、なんでも、ごじゃれぇ…くぅぅ」
「火だけはダメよ」
後ろでチョロチョロ、音がする。
多分力なく掲げた箒から水が細く出ているんだろう。
ナフはちょっと特殊な魔法使いだから、直接水を出すことはあまりしない。
だから、寝ぼけ眼でやってくれたナフには感謝しかないんだ。
例え僕の頭に全ての水が降り注いでも。
「ちめたい…」
「よし、そろそろ休憩するぞって…。何馬鹿なことやってんだ、お前らは」
「うーん、僕様が馬を操っている間、随分楽しんだみたいだね。馬刺し」
御者席から、ギウンとフラスコがひょっこり顔を出す。
どうやら、フラスコは最近御者にはまっているらしい。
なんでも馬との信頼関係をその身で感じられるとか。
その割にはぶっそうな語尾してたけどね。
「インも笑ってないで、早く日覆いの準備をしてくれ」
インは腹を抱えて笑ってる。
彼女のツボは深いようでとても浅い。
大体の事柄を予期できるから、逆に予想外の出来事があれば簡単に笑う。
もっと言えば、自分の予想通りにことが進んでも笑う。無敵だ。
けど、いますぐにでも死にそうな顔色の僕を放置して笑い転がるのは、できればやめて欲しいな。
絶対僕も同じことしてやる。
「ごめん、リーダー。今準備するから」
インが涙目を擦りながら立ち上がる。
笑いすぎて息も絶え絶え。髪先も楽しそうに跳ねている。
でもほら、未だ寝ぼけ眼のナフの顔を見てご覧よ。
インとは対照的にどんどん不機嫌そうになって来てるじゃん。
「うーん」
ほら、顔もしかめっ面。
それに合わせて水の勢いもどんどん強くなる。
あー、やばいよ。これは相当やばい。髪の毛も浮き上がってきた。
そのまま水流の勢いは維持されて、ナフの周りで青色の玉が回り出す。
これは力を蓄えてる証拠だ。インよ、なむさん。
「ばか勇者はあっちいけですぅ」
インがぼやくと同時に、水は弧も描かぬほど強く発射された。
「あ、」
そして、その全てがインの
「うぎゃぁ」
顔面へ。
「因果応報だ!インだけに!ざまぁみろ!ギャハハオェェ」
笑いゲロ。
鼻と目を押さえて転がり回るイン。
未だ水の勢いは収まらず、高く上がった飛沫には虹がかかっている。
ああ、なんて平和なんだろう。
「馬鹿かお前ら」
「最高だよ君達。フォアグラ」
二人の感想が、僕の胸に染み渡った。
・・・
「な、ナフは無罪を主張するのです」
「私も主張します」
「僕もです」
僕とインとナフは今、正座をしている。
気付けば休憩の準備は万全で、すっかり気分も良くなった僕は、何故か正座をさせられた。
なんでだろう。
さっぱり分からないね。
「後ろの馬車を見てみろ」
「寝違えて後ろに向けません」
「なら向けてやる」
ギウンが力尽くで僕の頭を後ろにひねる。
ちょっと抵抗してやろうかと思ったけど、首から音が聞こえたのでやめた。
「これはなんだ?」
「馬車です」
「どうなってる?」
「し、湿ってます」
「これを湿っていると言うのなら、海は湿気と呼ばれただろうな」
馬車からポタポタ水が滴る。
御者部分はまだ辛うじてマシなものの、荷台に関してはほとんどお風呂だった。
足湯ぐらいなら余裕でできそうだし、頑張れば全身浸かれる。
いやぁ、魔法ってすごいよね。
これだけの水を一瞬で出せるんだから、大したもんだよ。
僕のに比べてまさに天と地の差。ナフはすごいなぁ。
「な、ナフは寝ぼけていただけなのです!情状酌量を要請するのです!」
「寝ぼけた状態で魔法を使うな」
「うぐぐぅ」
敗訴。
「わ、私はヒアンを助けてあげようとしただけです!故意はありません!無罪です!」
「御者まで水が来てたら馬が興奮して危険だったぞ」
「そ、そこまでは行かないかなぁって…へへ」
「やっぱり分かってたか。20分延長」
加刑。
「僕は被害者です。ただ吐いてただけです」
「ほう、じゃあこれはなんだ?」
「じ、ジルの顔写真入りペンダントだぁ。な、なんで鞄から出てるんだろうなぁ」
「実はこれ、ナフの目の前に落ちててな。何か知ってるか?」
「な、何も知りません」
「よし、」
勝訴だ!やった…
「1時間延長」
「」
僕の足は、静かにその役目を終えた。
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