第十一話 噂
そろそろ更新頻度が落ちるかもしれません!申し訳ございません!
「それで、空から落ちてきた私の彼氏は、一体どんなトラブルに巻き込まれてたの?」
「は、はは」
龍の吐息で吹き飛ばされた僕は、何とかフラスコにキャッチしてもらって、今は夜寝亭にいる。
まったく、喋る龍と一緒にいるとやっぱりろくなことにならない。
人生で10回目ぐらいの九死に一生を得た体験だった。もう九十死に十生を得てるよ、これは。
ともかく、今の僕にはこの手触りの良いヨルネちゃん抱き枕が必要なんだ。
部屋中に無造作にばら撒かれたその抱き枕は、もうほとんど綿の海。
どこに行っても手を伸ばせば届く。
これは、夜寝亭の人気が出るわけだよ。
「インちゃん、ここの一階は大浴場あるらしいのです」
「あぁぁ、やっぱり重い外套を脱ぐと楽だね。炒飯」
「ほら、インも楽にしたほうが良いぞ。ずっと気を張るのは疲れるだろ」
そして、イン以外の銀狼は既に溶けていた。
普段は割ときっちりしてるギウンとフラスコも、ソファーにもたれて力を抜いている。
ナフは普段以上に伸びきって、もう今は床の一部だ。
土足厳禁なんてめんどくさいと思ったけど、この気楽さを知ってしまえばもう戻れないかも知れないよ。
足の長い絨毯に埋もれるのは堪らない気分だね。
ナフの髪の毛も柔らかくて気持ちいし、最高の撫で心地だ。
「もうここで隠居しようかな…」
「はぁ、私の自称彼氏は随分お疲れのご様子で。漁師さんから聞いた空の大穴で、いったい何があったのよ」
低いベッドに腰掛けてふくらはぎを揉みながら、インは疲れたように息を吐いた。
「私の予想では、天候種にでも遭遇してすったもんだって感じなんだけど、どう?」
「まぁ、そんな感じ」
インの洞察力には相変わらず舌を巻く。
僕の答えに満足したのか、得意げに鼻の穴を膨らませた彼女はそのままベッドに倒れ込んだ。
「ナフはヒアン様の妾なのですぅ」
「ナフ、そんな言葉どこで覚えてきたのよ」
なんて教育に悪い言葉を使うんだろうか。
いやけど、知ってても無理はないか。ナフのお師匠様は、そういう人だしね。
ほらインも、僕にそんな目を向けるんじゃなくて、魔女の国にいるお師匠様にしなよ。
それか、色恋好きの漁師のおじさんに。
「馬鹿な噂はちゃんと否定しなさい」
「はーい」
まぁ、男女間の色恋でパーティーが崩壊するなんてよくある話だしね。
世に名高い銀狼の崩壊理由が漁師の噂だなんて、笑い話にもならないか。
魚でも持ってきてもらった時に、誤解を解いておこうかな。
「それでね、空の大穴に喋る龍種がいてさ」
「おいおい、本当かその話?天候種の中でも大外れだな」
「けれど、ヒアンが無事に帰ってきているってことは、話の通じるタイプだったんじゃないかい?餃子」
「まぁ、そうと言えばそうなんだけど、めんどくさい奴だったよ」
隠す気なんて全くないダダ漏れの威圧感と、人の街を自分の巣だと言い張った不遜な龍を思い出す。
少なくとも、話が通じて良識のある個体は、人を手のひらに乗せて吹き飛ばしたりしないからね。
そういう意味では頭がおかしいんだけど、天候種の脳みそが壊れてるのなんて当たり前のことか。
遭遇して生きてるだけ、心の底から遺憾だけど、まともな奴なんだろうな。
「それで、この前僕が拾った石を探してここにいたらしくてさ。なんか魔力が抜け出してるだのなんだの難癖つけられて、充填してから返すことになったよ」
「なら、それさえ済ませばこの大寒波も解決ってこと?結構簡単で良かったぁ」
くぁっと声を出しながら少し伸びて、それから足を力なく垂らすと、インは静かになった。
そのまま寝てしまうのかと思ったけど、そうでもないらしい。
ゴロゴロしながら、移動しようとしたナフを捕まえて撫で回す。そして少しした後、自分のお腹をさすりながら起き上がった。
「問題を解決したと思ったら、ちょっとお腹減ったわ」
「僕様も少しばかり空腹だよ。やっぱり、装備が嵩張ると疲れるのも早いね。天津飯」
「そういえば、フラスコの『クダリモノ』結構増えたよね」
「趣味も、それから実益も兼ねているからね。露天に売られていれば、つい手にとってしまうものさ。ラーメン」
少し自慢げな顔をしながら、いつも首から下げている小瓶を撫でる。
僕が初めてフラスコに出会った日からあって、外した姿を一度も見たことがない、トレードマークのようなネックレス。
『封瓶』と呼ばれているそれは、人々が珍しく量産化できたクダリモノだ。
魔法を封じ込めて、コルクを抜けばそのまま飛び出す。
もちろん、その値段は目玉が飛び出すほどお高い。
けど、フラスコにとってそんな値段なんか関係なく、ただ深い思い入れがあることは、僕の目から見ても明らかだった。
「クダリモノも性能はピンキリなんだからちゃんと摂生してよね、フラスコ」
「…善処するよ。ニラレバ炒め」
空から、海から、果ては人の口の中から。
出会うのはまったくもって偶然で、そしてどんな効果があるかも分からない。
それは時に何かの基準がひっくり返すほどの技術革新を呼び起こしたりもするし、時に誰かへ当てた手紙だったりもする。
ただ、分かっていることは、おそらくこの世界のものではないこと。
そして、クダリモノの元の世界は、多分一つだけじゃないこと。
なんだかワクワクするよね。
「フラスコと喋ってたら余計にお腹減ってきちゃった。ヒアンも床に寝っ転がってないで、下の食堂に行きましょ」
「お魚以外はいっぱいあるのです!」
「どっかの誰かが、食材を大量に持ち込んだらしいぞ」
「ここは塩も豊富だから、卓上には使い放題の塩瓶が置いてあるんだ。絶品だよ。酢豚」
だらけていたみんなが、重い腰をゆっくり上げる。
唯一ナフだけパッと飛び起きて、ドアに立てかけていた箒を嬉しそうに振り回していた。
とっても危ない。街が吹き飛ぶ。
「じゃあ、食事が終わったらナフに充填お願いしようかな」
「任せるのです!」
フリルの付いた袖をまくって腕を曲げても、ナフじゃ力こぶなんてできないよ。
それより、片手で振り回してる箒おこうか。
たまにフラスコの鼻先に掠ってるからさ。
「いざ、未開の食堂へ!」
インの掛け声と共に、僕たちは食堂への階段を下っていった。
・・・
食後。宿屋の一室。何人も乗れる大きいベッドの上。
僕の見る世界は、色褪せて行った。
「た、大変なのです。全力で魔力を込めても、1割にしか、なら、ない、のですぅ。ひゅうぅ」
「無理しちゃダメよ、ナフ。ゆっくり入れれば良いじゃない。観光でもしながら、ゆっくりいきましょ」
柔らかいベッドに沈む青い石が、シーツにシワを作りながら悩ましげに鈍く光る。
それは「私をどうにもできないの?」と、挑戦的に問いかけてくるようだった。
「ん?ヒアン、なんだか顔色悪いけど…あれ?」
うんうん、最悪の気分だよ。
さっき食べたサンドイッチが胃の中から溢れ出そう。
「…ちょっと待って。いつまで?いつまでに満タンにしなきゃいけないの?ヒアン、教えて」
切羽詰まったインの顔。ベッドの上で目を回すナフと、その口を開け水を飲ませるギウン。そして、何故か面白そうに頬を緩ませるフラスコの顔。
僕は、みんなを見回しながら、自分の無力感をたっぷり味わって、
「…3日以内。それすぎたら、街は氷漬けだってさ。はは」
洞窟の龍を恨みながら、ベッドに倒れ込んだ。
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