魔道具と魔法道具の違いです。
何となく書いておこうかなと思ったので、こんなお話を。
たまには役に立つジェイク先生←ヲイ
つんつんと悠利がつっついているのは、この世界では割とお馴染みで、性能はピンキリがあるものの誰もが名前を知っている魔法道具代表、魔法鞄。自分の学生鞄ではなく、アジトで買い出し用にと置かれている分だ。見た目はただのちょっとごつごつしたトートバッグみたいな鞄だ。ところがどっこい、中身は見えない。鞄の口ががばっと開いているのに、覗き込んでも中身が見えない。異空間に繋がっているのかどうなのか、悠利には良く解らない。
この、「どういう仕組みになっているのかよく解らない」物体が、総じて魔法道具だと悠利は判断している。今のところ、それで区分としては間違っていない。どちらも作製するときに魔石を使っているのは同じだが、魔道具と魔法道具には絶対的な壁が存在していた。
魔道具は、有り体に言えば、動力として魔石を活用している。お湯を出すための装置には、水と火の属性魔石が使われている。工具の類には、動力として雷の魔石が使われているという。つまるところ、現代日本で言う所の電気回路の様な部分が、魔石で補われているのだ。……なお、悠利は魔道具を作ったことは無いし、作ろうとも思っていないので、その細かい仕組みは全然知らない。
つまり、魔道具は、素材と作り上げたあとの効果を説明しても「あぁ、なるほど」と納得出来るものなのだ。使われている魔石を、この部分に組み込んで、こうやって動かしている。そんな簡単な説明を付け加えて貰えたら、素人でも何となく「そうなんだな」と納得出来る便利な道具。それが魔道具だ。
しかし、魔法道具はそうはいかない。
庶民にもお馴染みの魔法鞄を始め、悠利が愛用している錬金釜など、物理法則が全然通用しない物体ばかりだ。何をどうしてそれが出来上がったのか、どういう作用で動いているのか、ちっとも解らない。……魔法道具とは、その名前の通り、「魔法のように不可思議な道具」というのが一般の認識だった。
「……本当、魔法道具って謎だよねぇ……」
ぽつりと呟いた独り言。誰もいないリビングで、のんびりと午後の休憩を楽しんでいる時間だった。今日はたまにやってくる、悠利の休日だった。放っておくと延々と家事を続ける悠利に、「無理して倒れたんだから、適度に休め!」というアリーのお達しが出たわけだ。数日に一回は、悠利ではなく見習い達が協力して家事をする日があるのだ。そして、今日はそんな日だった。
……つまり、悠利はめちゃくちゃ暇だった。掃除も洗濯も料理も怒られるので、ちまちまと繕い物をしていたら、それも怒られてしまった。たまにはゆっくりしろと言われても、好きなことをしていただけなので、どうしたら良いかわからないのである。なので仕方なく、リビングで、足下で様子窺うルークスと一緒に、ごろごろしているのだった。
「おやユーリくん、一人ですか?」
「ジェイクさん……。……今日は元気そうですね」
「あははは。先日はすみません」
「僕じゃなくて、運んだウルグスにお礼言ってくださいね」
「そうですね」
小脇に本を抱えたジェイクが現れて、のんびりと微笑んでいる。どうにも冒険者っぽくない人だが、逆に、学者だとか研究者だとか言われると、すぐに納得出来る。……枕詞に、「寝食忘れて没頭する」と付いているタイプの、であるが。
先日も、睡眠不足と連日の暑さで元々少ない体力を消耗していたのか、廊下でぶっ倒れていたジェイクである。なお、日差しが入ってこない、涼しい場所で倒れていたのは、本能が働いた結果だろうか。そんな行き倒れを発見しても、慌てず騒がず、「あぁ、ジェイクさんまた倒れてるな」という感想で終わっちゃうぐらいには、悠利もここに馴染んだ。その時は隣にウルグスがいたので、豪腕の技能持ちの少年に、ジェイクを部屋まで運んでもらったのであった。
「それで、一人でどうしたんです?」
「今日はお休みなんです」
「あぁ、なるほど。……衣類の修繕も取り上げられましたか?」
「そうなんですよぉ……」
ぐでーっと机の上に上半身を預けて伸びをする悠利に、ジェイクは苦笑した。休みを与えられたのは良いが、やりたいことが家事全般になるので、取り上げられてしまっては何も出来ないのだ。仕方ないので、ルークスとごろごろしているという悠利の状況を理解したのか、ジェイクは悠利の隣に腰を下ろす。
「ジェイクさん?」
「それでは、僕が話相手になりましょうか」
「良いんですか?」
「えぇ。特に急ぎの仕事もありませんしね。……それで、どうして魔法鞄をつついていたんですか?」
「あぁ、仕組みが気になって」
「仕組み?」
悠利の言葉にジェイクは首を捻り、なるほどと小さく頷いた。確かに、魔法鞄は不可思議な構造をしている。学者という、研究を本業にしているジェイクにとっても、謎の物体なのは事実だ。ジェイクはにこりと笑うと、悠利に向けて言葉を投げかけた。
「学者としての考えを踏まえての専門的な説明か、うちの子達にしているざっくばらんにまとめた一般的な説明か、どちらがお望みですか?」
「後者でお願いします」
「了解です」
専門知識満載の説明をされても理解出来ないと思った悠利は、即答した。ジェイクの言ううちの子というのは、見習い組や訓練生のことなので、彼らに解るように噛み砕いて説明しているというのなら、そちらの方が絶対に良い。悠利はそもそも、そういう細かいお勉強の類はあまりしていないので、今回は渡りに船と言えた。
……ちなみに、一般常識とか国の歴史とか色々と細かいことは、アリーがちょっとずつ教えてくれている。少なくとも、この国で生活していく上で不自由しない程度の知識は徐々に蓄えている悠利だった。
「まぁ、ざっくりと説明しますと、魔法鞄を含む魔法道具というのは、人工遺物なんですよね」
「人工遺物というと、最初に発見された錬金釜みたいな、発掘物ですよね?」
「そうなります。こうして市井に出回る類のものは錬金釜で作られていますが、根本は同じでしょう。摩訶不思議な人工遺物に宿った能力によって、法則をねじ曲げて生み出された、何かです」
「……つまり、やっぱり、「何でこんなの作れたか解らない物体」ってことで良いんでしょうか?」
「そうなりますね」
身も蓋もない悠利の発言だったが、ジェイクは肯定した。否定する材料がどこにも無い。学者の中には、魔法道具の研究に勤しむ者達もいるが、ジェイクはその分野には興味が無かった。やっても膨大な労力を消耗するだけで、全然成果が無いと理解してしまったからだ。彼は自由気ままに、興味が湧いた物事を調べて研究して、論文を書くのが楽しいタイプだった。
「じゃあ、魔道具はどうなりますか?」
「魔道具は、魔石の能力を最大限に引き出して活用できるように作り上げた道具、ですね」
「主体は魔石ですか?」
「いいえ。何かの能力を付与したいと考えて、それに相応しい魔石を加工するだけですから、魔石はオマケでしょうね。心臓部であるのは間違いありませんけれど」
「便利なのはどっちも便利ですけど、やっぱり違うんですね」
つんつんと魔法鞄をつつく悠利に、そうですね、とジェイクは呟いた。魔法道具と魔道具は、同じように魔石を材料にしていても、明らかに違うものだ。そこには越えられない壁がある。そのことをジェイクは知っているし、悠利も何となく察している。けれど、ジェイクが口に出したのは別の言葉だった。
「魔道具は、いつか人の手だけで魔法道具を作り出したいと願って作られ始めたんですよ」
「……え?」
「魔法道具は人工遺物です。それは純然たる事実。魔法という、本来存在しないおとぎ話の中の存在を名前に組み込むぐらいには、その性能は規格外です」
こくり、と悠利は頷いた。それは確かにその通りだった。見た目に反していっぱい入る魔法鞄なんて、どう考えても魔法の産物だ。物理法則どこ行った状態である。
「ですが、届かないと解っていても、いつか、と願うのが人というものでしょう?最初に錬金釜に触れた者達が、その不思議に魅入られて複製を試みました。それと同じようなもので、魔道具もまた、魔法道具のような道具を作りたいと皆が切磋琢磨している証明なんですよ」
冷蔵庫とか洗濯機なんて、昔から考えたら大進歩ですしねぇ、とジェイクは笑って続けた。確かにそうだな、と悠利は思った。発達した科学は、それを知らない者達から見たら魔法のようだという意見を聞いたことがある。つまり、魔道具もそんな感じで、必死に魔法めいた魔法道具に追いつこうと頑張っている結果らしい。
……まぁ、未だに、全然、追いつけたりは、しないのだが。
「ジェイクさん」
「何ですか?」
「ジェイクさんてやっぱり、ちゃんとした学者先生だったんですね」
「……ユーリくん、それどういう意味ですか」
がっくりと肩を落とすジェイクに、悠利はだってと呟いた。ジェイクが優れた学者であると指導係達から聞かされていても、全然実感が沸かなかったのだ。何しろ、普段のジェイクの言動を見ていると、お偉い先生とか絶対に思わない。それに、そんな偉くて賢い先生が、初心者育成クランで、マイペースに過ごしているなんて誰が思うのか。
それに何より。
「偉い学者先生が、しょっちゅうアジトで行き倒れるのはどうなんだろうと思ってたので」
「……ユーリくん、君は、時々、ざくざく刺しますよねぇ……」
「でも、本当のことですよね?」
「真実を正直に話すというのは、時として最大級の攻撃ですよ……」
しょんぼりしているジェイクに、悠利はとりあえずすみませんと謝った。別に悪いことをしたとは思わないのだけれど、今は謝った方が良いような気がした。主に、ジェイクを励ますために。
「まぁ、とりあえず、魔道具と魔法道具の違いはそんな感じです。解って貰えました?」
「はい」
「あと、ユーリくんなら、構造を詳しく知ることも出来ると思いますよ」
「はい?」
ついでのように告げられた言葉に、悠利は首を捻った。捻って、そういえば、【神の瞳】が鑑定系としてはチートだということも、高度な鑑定系技能ならば魔道具の構造を詳しく見抜くことが出来ることも、思い出した。思い出したが、それだけだった。
「でも別に僕、構造知らなくても便利に使えるならそれで良いです」
「まぁ、普通はそうですよね」
悠利の答えに、ジェイクも頷いた。構造が気になるのは、それを作ろうと考える面々ぐらいだろう。そうじゃない人々にとっては、難しい仕組みが解らなくても、安全に使う方法が解っていればそれで十分なのだ。それが真理だ。
……ちなみに、夕方になると完全に暇を持て余しすぎた悠利が、「せめて洗濯物畳むぐらいやらせてよぉ」と見習い組に泣きつく光景が見られるのであった。何でだ。
魔法道具は魔法みたいな不可思議な道具で、魔道具は科学っぽい道具。
そんな感じの認識で、今後も推し進めますので、よろしくお願いします。
ご意見、ご感想、お待ちしております。





