錬金釜の使い方です。
一応、技能系のお話。
錬金って、ロマンだよね!
特に、ゲーム系の錬金って、夢があるよね!
「これが、錬金釜ですか?」
「そうだ」
悠利の目の前にあるのは、金属で作られた、釜だった。大きさとしては、悠利が一人で何とか抱えられる程度、と言えば良いだろうか。殆ど細工も存在しない、シンプルな作りの釜は、アリーの趣味でそうなっているらしい。錬金釜という名称のこの物体は、紛う事なき魔法道具の一種であった。
錬金釜は、素材を中に入れることによって、様々なものを生み出す能力を持った魔法道具だ。ただし、誰にでも使えるというわけではない。起動させるために必要なのは、錬金の技能。そして、さらに確実に使いこなすには、錬金術師、錬金鍛冶士、真贋士、探求者などの特殊な職業が必要となる。
……そんなわけなので、アリーは錬金の技能を保持しており、錬金釜を使いこなす事が出来る。そして、同じような状況として、悠利もまた、錬金釜を使うことが出来る。職業適性が高いだけではない。先日、鍛冶、調合の技能を試しに使ったことが影響したのか、悠利はめでたく錬金の技能を手に入れていた。
もっとも、アリーはそれを見越して悠利をブライトの工房、レオポルドの店へと派遣したのだが。
「とりあえず使ってみるから、見てろ」
「はーい」
すちゃっと片手を上げて敬礼もどきのような反応をする悠利の頭を、大人しくしとけと言わんばかりにぐりぐりと撫で回した後、アリーは傍らの机の上から材料を取った。水の入ったコップ。数種類の薬草と思しき葉っぱ類。木の実や花も存在した。アリーはそれらをまとめて、錬金釜に放り込む。
無造作に、であった。ぽいっと、全部まとめて放り込んだのだ。え?そんな適当で良いの?と悠利がきょとんとしてしまうぐらいには、丸ごと全部ぽいっと入れた。必要な部位だけを入れるとか、順番がどうのとか、そんな配慮は一切無く、材料をただ放り込んだだけだった。
「材料を入れたら、あとは蓋を閉めてボタンを押すだけだ」
「…それだけですか?」
「それだけだ」
「……なのに、錬金の技能が無いと使えないんですか?」
「使えないな」
ナニソレ、と悠利は思った。思ったが、口には出さなかった。ただし、口に出していないだけなので、顔に思いっきり出ていた。アリーにはバレバレだ。
錬金釜の中央部分に付いているボタンをアリーが押すと、錬金釜が小さく音を立てた。軽く、カタカタと音を立てているような気がする。内部で一体何が起っているのかは、見えないので解らない。誰か透明素材で錬金釜作ってくれないかな、そしたら中身見えるのにな、などと、悠利は中身が覗ける洗濯機みたいなことを考えた。……誰がそんなものを作るんだ、というツッコミはしないで欲しい。天然にはツッコミは届かないのだ。
「作る物によって制作時間は異なるが、まぁ、回復薬程度なら、すぐに出来るな」
「すぐ、ですか?」
「あぁ、すぐだ。見ろ。ボタン横のランプが点滅してるだろ」
「してますねぇ」
「アレが完全に止まったら完成だ」
そうこうしているウチに、カタカタという音が止まった。赤い点滅をしていたランプも、ぴたりと光るのを止めた。ぱこっという音がして、錬金釜の蓋が少しだけ外れる。イメージとしては、沸騰したヤカンで蓋が浮いているようなあの感じだ。勿論ちゃんと閉めてから起動していたのだが、終了と同時にこのように蓋が浮いて、完成を知らせるのである。
それなら、お知らせ音でも鳴るように作ったら良いんじゃない?と悠利は思ったのだが、とりあえず黙っておいた。そもそも、錬金釜がどうやって作られているのかもわからないし、魔法道具の構造なんてわからないからだ。思ったことを口に出すだけではいけないのだと、彼はちゃんと知っている。…常日頃、割とぺろっと口にするのは、ご愛敬と言うことで。
アリーは錬金釜の蓋を開けると、中に手を突っ込んだ。そして、完成したらしい物体を取り出す。
何故かそこには、綺麗に瓶詰めされた液体が存在していた。
「……アリーさん」
「何だ」
「なんで瓶詰めなんですか。瓶の材料は入れてないですよね?」
「俺も知らん」
「知らないんですか!?」
「魔法道具に理屈云々言っても無駄だ。錬金釜はこういう物体なんだ。諦めろ」
「……そうですかー」
回復薬の材料を放り込んで、回復薬を作る。そう聞いていたから、悠利も、材料を放り込んで起動させるところまでは気にしなかった。だがしかし、まさかの、瓶詰め状態で出来上がっているとは思わなかったので、目が点になるのだ。予想では、魔女の大釜みたいに、出来上がった回復薬の液体が、錬金釜の中を満たしているはずだったのだが…。
なお、錬金釜は割と非常識な魔法道具である。だがしかし、そもそも、非常識でない魔法道具など存在しない。物理法則が通用しない、摩訶不思議な道具。それが魔法道具なのだ。悠利の学生鞄だって、天下無敵の魔法鞄に変貌を遂げていた。その他諸々小物は、無限供給というオカシイ性能を保持していた。
そういうことを考えれば、材料を入れた錬金釜が、回復薬を瓶詰め状態で完成させたとしても、あり得る可能性として処理されるだろう。…いや、誰も解明できなかったので、そこは突っ込まない方向で、と落ち着いているだけだ。世間には諦めきれずに分析を続ける学者たちもいるらしい。なお、ジェイクはその辺は興味が無いようである。
「まぁ、多分だがな」
「はい?」
「完成する物体に関しては、起動した奴のイメージが影響してるんだろう」
「イメージ、ですか?」
「そうだ。この瓶詰めだが、形がそれぞれ違ったりする。他の錬金もそんな感じだ。唯一共通しているのが、レシピぐらいか。……つっても、レシピも複数種類あるから、あながち全部一緒とは言えんが…」
アリーの説明に、悠利は出来上がった回復薬と、錬金釜を見比べた。本当に、聞けば聞くほどにおかしな魔法道具である。
だがしかし、夢は広がる。わくわくという顔をしている悠利に苦笑しつつ、アリーは回復薬の材料を示した。アリーが手本を見せた後、悠利にも実践させる約束だったのだ。悠利は新しい玩具を与えられた幼児のように顔を輝かせながら、錬金釜に材料を入れていく。一つずつ確かめながら、そっと入れていくのは、楽しんでいるからだ。
ぽち、とボタンを押して、錬金釜が起動するのを眺める。……何故か、アリーが起動させた時の半分ぐらいの時間で、錬金釜が停止した。ぱこっと蓋が開いているのだが、二人揃って無言だった。無言になる。何故、同じ材料を放り込んだのに、起動時間が半分なのか。
「……アリーさん、壊れたとか、無いですよ、ね?」
「ねーな。……言い忘れてたが、錬金釜が精製に必要とする時間は、その錬金釜の性能と、使用者の技量によって変化する」
「……へ?」
「……お前の技能を考えたら、俺より短時間になるわなぁ……」
遠い目をしたアリーに、悠利は乾いた笑いを漏らした。余計なことは言うまい。【神の瞳】さん、というよりはこの場合は、探求者の職業の方が、おそらく仕事をしている。錬金術師よりも上と認識されたのだろう。そもそも、真贋士のアリーよりも、探求者の悠利の方が、技能スペックでは圧倒的に上なのだから。
とりあえず、気を取り直して、悠利は蓋を開けて、錬金釜の中を覗いてみた。覗いたら、瓶詰めされた回復薬が目に入ったので、取り出してみる。中身の液体は、アリーが作った物とあまり変わらないように見えた。瓶詰めに関しては、悠利のイメージが凝縮されたのか、アリーのようにガラスで栓がされたものではなく、ジャムの瓶みたいになっていた。イメージ怖い。
「……まぁ、完成したな」
「しましたね」
「とりあえず、性能の鑑定だけしておくか…」
「回復薬ですよね?」
「念のため、な」
お前に技能使わせると何が起こるかわからん、などという発言をしたアリーに対して、悠利はひどいですとむくれてみせるが、説得力が全然無かった。お前はもうちょっと、自分がやらかしたことを理解しろ、と頭を小突かれるまでが一セットだ。お父さんは大変である。
そして、二人揃って、悠利が作った回復薬を鑑定する。その結果は…?
――回復薬(最上質)
ごくありふれた回復薬の素材で作られた、最上質の回復薬。
材料は普通の回復薬だが、作り手の技量を反映させ、その性能が大幅に向上している。
具体的に言えば、中級回復薬の標準品質を軽く上回る性能。
「お・ま・え・なぁあああ?!」
「僕、何もしてないですよ!?今回は何もしてないですよ、アリーさん!?」
ぐりぐりぐりと拳でつむじを圧迫されながらも、悠利は必死に訴えた。間違っていない。今回は別に、何かチートをやらかそうと思ったわけではないし、普通に錬金釜を起動させただけなのだ。材料を入れて、ボタンを押しただけなのだ。それ以外の特殊な操作は何一つしていない。完全に不可抗力である。
確かに、悠利は錬金釜を使えることにワクワクしていた。この世界に魔法はないが、錬金釜は悠利の心を満たしてくれる感じに魔法系だった。魔法道具という名称だけでなく、材料を入れたら完成品にしてくれるところや、きちんと器に入った状態で出来上がるところ。さらにそれがイメージに影響されると聞いたら、ワクワクしないわけがない。
だがしかし、それだけなのだ。他には何もしていない。無実を訴える悠利の主張は、今回ばかりは正しかった。アリーも一応解っている。解っているのだが、それでも「何でお前は毎回何かやらかすんだ!」というお父さん特有のお悩みが発生しているのだ。…保護者は辛いよ。
「……まぁ、材料と完成品が大幅にかけ離れてるってわけじゃねぇから、まだ、許容範囲か…」
「アリーさん?」
「そうだな。お前が、回復薬の材料で、上級回復薬とか作り出すようなズレっぷりを発揮しなかっただけ、マシだな。品質の向上なら、まだ、許容範囲だ」
「……あの、何かめちゃくちゃ自分に言い聞かせてませんか?」
「お前は黙ってろ」
「……はい」
お父さんは自分を納得させるのに必死だった。やっぱりこいつを放置できん、と呟いた声が聞こえたが、悠利はそもそも、《真紅の山猫》のアジトから出ていくつもりなど皆無である。当初は一般知識を身につけるまで、みたいな感じだったが、今となっては彼にとってここは第二のお家である。何で出ていくなんて選択肢が存在するのか、理解出来ていない。
あと、悠利が出ていくと言い出したら、メンバーが必死に止めるだろう。主に、胃袋を掴まれている面々が。そんなわけなので、悠利は出ていくつもりは無いし、アリーは野放しにすると色々怖いと思っているので自分が管理するつもりでいるしで、彼の居場所は《真紅の山猫》と決まっているのであった。
この日以降、好奇心を満たすために悠利が錬金釜を使う姿が多々見られ、時々色々やらかすのだが、それもまぁ、ご愛敬であった。
なお、錬金釜のイメージに関しましては、某国民的RPGからきてます。
だって、アレ、材料入れたら商品のアイコンで出てくるんだもん。
液体もちゃんと容器に入って出てきたんだもん。
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