初対面は人助けでした。
とりあえず、交流開始。
悠利が思考の海から引き戻されたのは、背後で魔物の断末魔の声がひときわ大きく聞こえたからだ。あ、戦闘終わったのかも知れない。そんな暢気なことを考えながら、悠利はひょこっと廊下から室内を見た。石造りの部屋の中、先ほど見た《真紅の山猫》の面々が、武器をしまいながら軽く汗を拭ったりしている。どうやら、やはり、無事に終わったらしい。
それじゃあ、ご挨拶をしよう。悠利は一歩足を踏み出そうとして、《それ》に気づいて、思わず腹の底から絶叫した。
「全員壁際に移動して下さい!」
その叫びに、驚きながらも反射神経が良かったのか、《真紅の山猫》の面々はとっさに壁に張り付くように移動する。次の瞬間、頭上から部屋の中央部分に向けて、がしゃんと天井が落ちてきた。天井というか、吊り天井というか、いわゆるお約束な罠で、その場に残っていたら串刺しになったであろうことは間違いなかった。
どぉんと地面をゆるがすような音がして、ついで、ギリギリギリと鎖を巻き上げる音がする。見つめていれば、吊り天井はそのまま何事も無かったかのように戻っていき、普通の石造りの天井に戻った。…ダンジョンの罠は基本的にえげつない。悠利が声をかけなければ、《真紅の山猫》の面々は今頃吊り天井の下敷きだろう。
「…助かった、が…。誰だ、小僧」
「…えーっと、迷子、です。初めまして」
一同を代表して問いかけてきたのは、スキンヘッドの青年だった。スキンヘッド+右眼に眼帯をしているので、物凄く厳つい。ぶっちゃけ強面に見える。だがしかし、よく見れば顔立ちも眼差しも理知的で、落ち着いた雰囲気をしている。虹彩の色が、光の加減で七色に変化しているように見える、不思議な瞳をしている。
迷子と名乗った悠利を、胡乱げな目で見ているのはスキンヘッドの青年だけだ。他の四人は、口々に悠利に礼を言いながら近寄ってきた。ぽすぽすと頭を撫でられたり、力一杯握手されたりと、思いっきり歓迎されている。…いやまぁ、九死に一生を得たので、彼らにしてみたら、悠利は命の恩人なのだろう。
悠利が吊り天井の罠に気づいたのは、もちろんのこと、技能【神の瞳】のおかげだった。魔物が倒されたら発動するタイプのえげつない罠だったらしい。魔物の消滅と連動するように、吊り天井が落ちてくるだろう部分が危険を示す赤色に明滅したのだ。それが危険だと理解して、悠利はとっさに壁際へ逃げるように、罠の範囲外に逃げるようにと彼らに叫んだのである。
未だに自分の技能がどんなチートかわかっていないのだが、多分コレは、チートである。明らかに。普通、鑑定でここまで完璧に罠が理解出来るとは思わない。いや、もしかしたら出来るのかも知れないが、悠利の知っている鑑定さんはそんなに優秀ではない。やはり、自分の技能はチート過ぎると悠利は思った。
「俺の名前はアリー。クラン《真紅の山猫》のリーダーをしてる。さっきは助かった。で、お前の名前は?迷子ってのはどういうことだ?」
「僕の名前はユーリです。実は、気づいたらこの奥の部屋にいたんですけど…」
「…転移の罠か何かで吹っ飛ばされたか」
「…多分」
実は異世界から転移してきました、なのだが、そこは黙っておく悠利。どこまで彼らに話せば良いのかわからない。異世界転移のお約束では、こうして最初に知り合う人たちは割と良いヒトだったりするが、それでも、用心はした方が良いと思ったのだ。…伊達に、スクールカースト最下位でぼっち生活が長かったわけではない。一応の用心ぐらいはする。
アリーはじっと悠利を見ている。見定めようとしているのかも知れない。そこで悠利は、チリチリとした感覚を覚えた。静電気に似ているが、何かちょっとだけ不愉快な気分になる。眉を寄せて、それを振り払うように、軽く頭を振った。
その瞬間、アリーが驚いたように目を見張り、悠利の襟首を引っ掴んで他の面々のいない場所まで移動した。
わー、流石異世界のヒトー。力持ちー。などと脳天気なことを考えていた悠利は、眼前で真剣な顔をしているアリーに、首を捻った。このスキンヘッドの青年が、何を気にしているのか全然わからない。…いや、確かに悠利は身元の知れない怪しい迷子であるが。
「…お前、何者だ」
「…ただの迷子ですけど?」
「…職業は」
「…鑑定士、です」
「嘘をつけ!」
べしんと頭を叩かれて、悠利は痛いと呻きながら蹲った。思いっきり叩かれてしまった。パーだったのが救いだが、これがグーだったらどうなっていたことか。ちらりと見た自分のステータスに、悠利はしくしくしたかった。だって、今の一撃だけで、HPが半分になっている。ヒドイ話である。
ぶっちゃけ、能力値は底辺へっぽこである。まぁ、レベルが1なので仕方ない。あと、学生服には神の加護とやらが付与されているようだが、それのレベルも∞っぽいが、防御力はそんなに上がっていないようだ。だって普通に痛かったので。
悠利は涙目でアリーを見た。スキンヘッドの青年は、小動物みたいに涙目でうるうる見上げてくる悠利に、ちょっとだけバツが悪そうな顔をした。一応、叩いたことは謝ってくれたのだが、追及の手はやまない。
「……小僧、お前、俺のステータスが《視える》か?」
「…はい?」
首を捻りつつ、悠利はアリーに意識を集中する。お約束で、ステータス画面は現れた。相変わらず、ぶぉんという音と共に見えるステータス。何かそこだけオンラインゲームみたいだなぁと暢気に思いながら、ちゃんと見えたので頷いた。
……なお、悠利は一応用心しようとしていただけで、本来の性格が暢気で楽天的だというのを伝えておきたい。
悠利が頷いた瞬間、アリーが天を仰いだ。例えるならば、オーマイゴッドな雰囲気だ。日本語で表現するなら多分、なんてこったいが一番近い。意味が解らずに首を捻りまくる悠利であるが、アリーはそんな悠利の姿にますます脱力している。
「……俺のステータスが《視える》お前が、鑑定士なわけがねぇ。鑑定系の技能は、自分より上位者のステータスは見えないんだからな」
「…うわぁ」
ぼそりと耳元で、多分背後の仲間達に聞こえないように配慮してくれただろう言葉に、悠利はやっちまったという気分だった。用心していたつもりが、自分で地雷を踏み抜いてしまった。今の発言から、アリーは鑑定系の中でもレアな技能を持っているか、レベルが高位かのどちらかだ。そのアリーのステータスを楽々見てしまった自分の存在が、規格外だと彼に教えてしまったことに、悠利はがっくりと肩を落した。
彼が求めた平和と平穏が、遠ざかっていく足音が聞こえた気がしたので。
「…とにかく、詳しい確認は後にする。俺らと一緒にダンジョンから出るぞ」
「…はい?」
「迷子なんだろうが。命の恩人で、戦い慣れてなさそうなお前を残すのは気が引ける。……あと、詳しく確認しないで放置すると、面倒そうだ」
「はーい。よろしくお願いしますー」
すちゃっとお遊び敬礼みたいな感じで返事をした悠利に、アリーは盛大にため息をついた。スキンヘッドに眼帯という出で立ちで怖そうに見えるが、中身は割と普通に面倒見が良くて繊細っぽい。繊細というか、常識人というのだろうか。とりあえず、何だかんだで情報を手に入れられそうなので、悠利はホッとした。
正直、バケモノ扱いされて、ここに取り残されたらどうしたら良いかわからなかったので。何せ、魔物となんて戦えないし、食料も持っていないので、魔物に殺されるか飢え死にするかの二択だ。罠には引っかからないだろうけれど。
そんなこんなで、悠利はアリーの仲間達と一緒にダンジョンを出ることになった。何でこんなところで迷子か、というのに関しては、ダンジョン間を移動する罠もあるので、そのせいじゃないかと言われた。そうじゃないのだけれど、そうかもしれないと言葉を濁しておいた。あと、出身地を聞かれたので、一応ちゃんと日本ですと答えたのだが、「ニホン?」という顔をされたので、辺境の小国ですと答えておいた。間違ってはいない。
「それにしても、ユーリの出で立ちは変わってるね」
にこにこと笑いながら話しかけてくるのは、格闘家の少女、レレイ。
赤毛の短髪に、金色の瞳の少女だ。彼女の瞳はまるで猫の瞳のように虹彩が細くなるときがあって、首を捻っていたら、獣人との混血だと教えてくれた。父親が猫獣人らしい。…ステータスを見れば一発でわかるのだろうが、それはプライバシーの侵害になると悠利は思ったし、アリーにも失礼になるから勝手に見るなと言われた。それならアリーが悠利を見ようとしたのはどうなるのかと言い返したかったのだが、不審者の確認だと言われたら、反論は出来なかった。
…あと、普通はアリーの鑑定に気づくことはないそうだ。つまりアリーはそれだけ高位なのだろう。ちらりと見ただけの技能を思い出して、何となく強そうだもんなぁと悠利は思った。なお、そんなアリーの職業は、真贋士だった。字面から何となく、真偽を見抜くとかそういう意味なんだろうなと悠利は思っている。
「変わってますか?僕の故郷では、学生はだいたいこの格好ですよ」
「学生?ユーリは金持ちなのか?」
「いいえ。僕の故郷は子供は基本的に学生です。学んでから仕事に出るんですよ」
驚愕したように問いかけてくるのは、剣士の青年であるブルック。
緑の髪に黒い瞳をしたブルックは、クールなイケメンという雰囲気の持ち主だ。洋風の侍という感じだろうか。騎士では無いのだ。雰囲気が何となく侍っぽいのである。だがしかし、出で立ちも見た目も西洋風なので、騎士の見た目に侍の内面が滲んでいるという感じだろうか。
「ふへぇ~。学校に通えるなんて、金持ちだけだと思ってたぜー」
「まぁ、所変われば品変わると言いますし」
「…何だソレ?」
「その土地によって特色や意味が違いますって意味の言葉です」
「ユーリは頭が良いんだな。流石、学校に行ってるだけはあるなぁ!」
凄い凄いと褒め称えてくるのは、シーフのクーレッシュ。愛称はクーレ。
一行の中では一番年齢が低いらしく、聞いてみると悠利とさして変わらないとのこと。それだけに、クーレッシュは悠利に親近感を抱きつつ、興味津々だ。オレンジ色の瞳をまん丸に見開いて色々と質問してくるクーレッシュに、悠利はにこにこ笑いながら答えている。
…何だかんだでクーレッシュはコミュ力が高かった。
「それにしても、不運だったな。祖国から遠く離れてしまうとは」
「…そうですねぇ…。でも、皆さんみたいに優しい人に出会えたので、運が良かったです」
「ふふふ。それは我らもだ。ユーリのおかげで死なずにすんだからな」
「お役に立てて良かったです」
くしゃりと悠利の頭を撫でて笑うのは、弓使いの女性、フラウ。
凜とした雰囲気の、凜々しいとしか言えない女性である。ぶっちゃけ、姐御と呼びたい雰囲気だ。紺色の髪をきつく縛るポニーテールにしていて、茶色の瞳は女性にしては鋭い。だが、決して狐目などの印象ではない。ただただ、凜々しいのだ。…悠利は心の中で、「和装して貰ったら、絶対に任侠映画の姐さんになる」と思っているが、言っても通じないので黙っている。
そんなこんなで、悠利はかなり好意的に彼らに受け入れられて、ダンジョンの中を歩いていた。途中、魔物が出たら《真紅の山猫》が退治をする。悠利は時々、彼らが気づけなかった分の罠などについて口を挟む。そんな感じである。
かくして、何だかんだで悠利は、異世界での同行者を得ることが出来たのであった。
無事に同行者ができました。
何だかんだで、運∞という能力値が仕事していると思われます。
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