簡単美味しいキュウリとバイソン肉のサラダ
「どうしようかな」
夕飯の準備を前に悠利は目の前の肉を見て考え込んでいた。悠利の目の前にあるその肉はバイソン肉である。普段はあまり使うことがなく、皆の中でごちそうと認識されているお肉だ。目の前にあるのは赤身だが、程よく脂がのって肉好きも小食組も美味しく食べられそうなお肉だった。悠利も、あまり脂がたくさんあるお肉は胃もたれして食べられないが、これくらいのお肉だと美味しいと思って食べることが出来る。
そんな美味しい食材であるところのバイソン肉を前に、悠利がなぜ唸っているのかというと――。
「これじゃ多分、足りないんだよねぇ……」
そういうことだった。はぁ……と溜息をつく悠利の顔は、哀愁に満ちていた。
目の前にあるバイソン肉は美味しそうだと思って少し安かった日に買ったものではあるが、晩御飯のメインディッシュとして皆に出すには分量が足りない。それならば人数の少ない昼にでも使えばよかったのだが、先日もそんな感じだったので、今回は出来れば皆に行き渡る夕飯で使いたかったのだ。
しかし、その気持ちはあったとしてもどう足掻いても肉の数は増えない。どうしたものかとしばらく考えて考えて、悠利はあるレシピを思い出した。
「そっかキュウリとサラダにすればいいんだ」
幸いと言うべきか、キュウリは大量にある。皆が満足する分量のキュウリに使えそうである。肉だけで足りないのなら、他の食材を利用してかさ増しすればいい。安直と言われるかもしれないが、これは料理の基本である。
ちなみに、普段そういった理由でかさ増しによく使うのはきのこだったりする。旨味も出るし、ローカロリーだし、増やしたところで罪悪感は少ない。一石二鳥である。
とりあえず献立が決まったことで悠利の不安は晴れた。よかったよかったと胸をなでおろしていると、本日の料理当番であるウルグスがやってきた。
「お待たせ。……って、お、バイソン肉じゃん。何、今日これ使うの? ごちそう?」
そんな発言が聞こえた。目ざとく、目の前の肉がめったに食べられないバイソンの肉だと見抜いたらしい。ウルグスはよく食べる方に分類されるのでお肉にも詳しいのだ。
うきうきとした表情のウルグスを見て、悠利は思わず笑った。やっぱり食べ盛りの少年としては、お肉の方が嬉しいようだ。
「うん。晩御飯に使おうと思ってるよ。けど、見ての通りそんなに分量がないからね。メインディッシュって言うほどには使えないんだ」
「ああ、そっか……。全員で食べるとなると、ちょっと足りないもんな」
悠利の説明を聞いて、ウルグスは素直にうなずいた。目の前にあるバイソン肉はそれなりの量だが、それはあくまでも普通に考えてである。
いわゆる一般家庭で食べるレベルであれば問題はないが、ここは総勢二十一人が暮らす冒険者育成クランである。身体が資本で食べ盛り、育ち盛りのメンバーが多い上に、人数も二十人超えとなると到底足りない。せいぜい副菜か付け合わせに使える程度の分量だというのは、ウルグスにも理解できた。
なので、続いてウルグスが口にした質問はこういうものだった。
「それじゃあ、何と一緒に使うんだ。バイソン肉はあんまりスープ類にはしないよな。炒め物か?」
「ウルグスも何だかんだで、いろいろ慣れてきたね」
「そりゃ、まあ日々いろいろ鍛えられてるからな」
感心したような悠利に、ウルグスは少し照れたような顔をしながらそう答えた。
悠利がアジトに身を寄せた頃など、料理のことなど本当に最低限も最低限しか解らないみたいな感じだったウルグスだ。けれど、日々悠利と一緒に様々な料理を作ったことにより、アレンジへ発想を飛ばすことが出来るようになっているのだ。作れるようになった料理も増えている。
また、ウルグスは元々肉が好きで肉料理が得意なので、自然と肉を使ったアレンジを覚えるようになったというのもあるかもしれない。好きこそ物の上手なれというものだ。人間、好きだったり興味があるものへの方が意識が向きやすいので
「今日はね、このバイソン肉をキュウリと一緒にサラダにします」
「サラダに?」
肉のサラダと言われて、ウルグスは一瞬首をかしげた。けれど、すぐに記憶にあるレシピを思い出したのか口を開く。
「冷しゃぶサラダみたいなもんか?」
「近いけどちょっと雰囲気は違うかなあ」
「そうなんだ」
「でも、あんな感じで下処理したお肉を生野菜と混ぜるっていうのは一緒だよ」
「なるほど」
ウルグスが口にした冷しゃぶサラダは、下茹でしたオーク肉を冷水でしめ、サラダの上に載せてポン酢やドレッシングなどでお好みで食べるものだ。ハムやローストビーフを使ったサラダと違い、まず肉の下処理が必要となるという意味では、今から作ろうとしているバイソン肉とキュウリのサラダと似ているとも言えた。
ただ、悠利は冷しゃぶのようにバイソン肉を茹でるつもりではないのだ。
「今日はね、塩味で焼いたバイソン肉と千切りにしたキュウリを出汁醤油で和えます」
「うーん……。野菜炒めとはまた違うんだよな?」
「キュウリだからね。キュウリのシャキシャキした食感を楽しむために、肉だけ別に焼いてキュウリと混ぜます」
「了解」
悠利の説明は解りやすかったのだろう。ウルグスは、なら必要なのはキュウリだなという感じで、冷蔵庫からキュウリを取り出している。そんなウルグスの背中に向けて悠利はこう問いかけた。
「ところで、マグって今どこにいるかな」
ピタリとウルグスの動きが止まる。これから使う調味料、出汁醤油の存在を思えば、マグがどこにいるかを把握しておくのはとても大切だ。何せ、出汁が大好きすぎて出汁魔人だの出汁の信者などと呼ばれているマグである。出汁の気配を感じるとどこからともなく湧いてきて、その出汁への凄まじい愛をぶつけてくるのだ。
端的に言うと、味見は料理をしている人間の特権だというのに、それは一体いつ食べられるんだと言わんばかりの圧をかけてくるのだ。そんな悠利の不安を感じ取ったのだろう。ウルグスは振り返ってぐっと親指を立てた。
「問題ない。今日はティファーナさんに連れられて、カミールやクーレさんと一緒に外に出てる」
「外? 王都の外ってこと?」
「あぁ。だから、夕飯の時間までは帰ってこない。安心してくれ」
「それを聞いて僕もすごく安心したよ。よーし、マグが帰ってくるまでに作っちゃうぞー」
「そういう反応になるよな」
「なっちゃうんだよねぇ」
思わず顔を見合わせて苦笑する二人だった。日々、出汁に突撃するマグを見ているので、経験としてこういう反応になってしまうのだ。仕方ない。
とにかく、やることが決まれば二人の動きは速かった。人数分を考えると大量のキュウリが必要になる。たくさんのキュウリを水洗いし、そして二人並んでキュウリの千切りを作る。
ヘタを落とし、斜めにスライスしたキュウリをたくさん作り、そのスライスしたキュウリを重ねて千切りにするのだ。悠利は料理技能があるだけでなく、家でもやっていたこともあって手つきが実に慣れている。実に軽快な音で次から次へと千切りが作られていく。
ウルグスの方は若干動きは遅いが、それでもキュウリのスライスが均等な厚みになるように気をつけて切っているし、千切りにするときも同じ幅になるように考えて切っている。別段早く切る必要はないのだ。求める形にきちんと切るのが大事である。
また、包丁を使うときに一番気をつけるべきは怪我をしないことなので、そういう意味では自分に出来る速さで落ち着いて作業をするのは正しい。隣の悠利にすごいなという視線を送りながらも、それに引っ張られてペースを乱すことはないのがウルグスの良さかもしれない。
まあ悠利の腕前を見ていると、あれと比べてもなぁという気持ちになるらしい。
そんなわけで、二人でひたすらにキュウリの千切りを作る。バイソン肉とキュウリだけのサラダということで、キュウリが結構必要なのだ。千切りにするのは少々手間だが、美味しいご飯を食べるためならば頑張れる。
そうして大量のキュウリの千切りを作った後は、肉を焼くことである。肉は薄切りで、切り落としのような感じになっている。つまり大きさも形もバラバラだが、食べやすい大きさにはなっているのだ。焼き肉やすき焼きのときのような大きな一枚肉というわけではないので、これはこのまま使える。
ただし、その前にと悠利はスチャッと塩を取り出した
「下味で塩をつけるって言ってたよな。どうやるんだ?」
「このお肉は形も大きさもバラバラなのでこうします」
そう告げると悠利は、ボウルに入っている肉の上に塩をパラパラとふりかけた。そして手で混ぜる。全体になじむように揉み込み、底の方になっている部分が上に来たときにもう一度塩を振る。そうして肉を潰さないように気をつけつつ、全体に塩をもみ込んだ
「割と豪快にいったな」
「まあ、下味として塩をしておく方が出汁醤油が美味しく絡むからね」
「なるほど」
それは確かに大切と言いたげにウルグスはうんうんと頷いた。
下味作業が終わったので、続いてフライパンに油を少量引く。肉に脂もあるのでじっくり火を入れればその脂が溶け出すのだが、油も一応必要なのだ。
そして、その使う油は――。
「ここで使うのはオリーブオイルです」
「何で?」
「ごま油だとごま油の風味が勝っちゃうから」
「あー」
悠利の言葉にウルグスは確かにと思った。ごま油で焼いた肉は確かに美味しいのだが、ごま油の存在感というのはなかなか侮れない。悠利としてはサラダ系としてさっぱり仕上げたいので、ごま油の匂いではなく、オリーブオイルでほんのり仕上げる方を選んだのであった。
油が温まってきたのを確認すると、そこに肉を投入する。塩をつけただけの肉なので、特に焦げやすいことはない。丁寧に焦がさないように気をつけて肉を焼く。薄切りなのでそれほど時間はかからないが、しっかり火を通すことを心がけてフライパンの中で肉を混ぜ合わせる。
薄い肉だが、形が不揃いなので一枚一枚並べて入れるというよりは塊で投入し、炒めるようにして焼いている。オリーブオイルを吸ってジュージューと言いながら、肉が焼ける。そうして火が入ることで、肉の油が溶け出しふわりと香る。肉が焼ける匂いというのは、どうしてこれほどまでに食欲をそそるのか……。そんな感じになっている悠利とウルグスである。
そして、肉に火が通ったのを確認すると、悠利はさっと出汁醤油を取り出す。普通の醤油ではなく、出汁醤油を使うところが今日の悠利のポイントである。旨味をお手軽に追加するためだ。
火が通った肉の上にくるりくるりと回しかけるようにして出汁醤油を注ぎ、全体を混ぜ合わせ、醤油が少し焦げるような匂いがするまで火を入れる。そして、全体に味がついたのを確認すると、火を止めた。
「とりあえず、この状態でお肉をひとかけ、味見します」
「やったー」
「あくまでも味見で、ひとかけです」
「解ってるよ」
いっぱい食べちゃダメだからね? みたいなニュアンスの悠利にウルグスは思わず笑う。バイソン肉は確かに美味しいが、今日はただでさえ数が少なくかさ増しをすると言っているのだから、大きい肉をよこせなどと言うつもりはないのである。
二人仲良く小さなかけらを口へと運ぶ。薄切りだが、柔らかい肉は噛むことによって口の中に肉の脂をじゅわっと広げてくれる。下味の塩はそこまで感じないが、それが呼び水になっているのか、出汁醤油はしっかりと肉に絡んでいる。
もぐもぐと咀嚼してウルグスは素直な感想を告げた。
「これ、結構肉の味、濃くねえか?」
「キュウリと混ぜるのを考慮して、あえて濃いめに味をつけています」
「なるほど」
肉単品で食べると醤油が強すぎるように感じたのだが、悠利の説明を聞いていろいろと納得できたらしい。確かにこの後大量のキュウリと混ぜ合わせることを考えると、味はしっかりついている方が美味しい。
肉の味を確認したのですぐに混ぜるのかと思ったら、悠利はフライパンの中の肉を見たまま動かない。それをしばらく見ていたウルグスは、思わず声をかけた。
「なあ、悠利」
「ん?」
「これキュウリと混ぜるんだろ? 何で混ぜないんだ?」
「いやー、いろいろ考えたんだけど、ちょっと粗熱が取れてから混ぜた方がキュウリのシャキシャキ食感が残っていいかなって思って」
「ん?」
「この熱いのと混ぜちゃうと、多分キュウリがしなってしちゃうんだよね」
「あ」
悠利の説明にウルグスは思わず声を上げた。確かに、熱々のお肉と混ぜたら、千切りにしたキュウリなのでその熱を吸ってくにゃりとしてしまいそうな気がした。
それはそれで美味しいのだろうが、今日はキュウリとバイソン肉のサラダである。あくまでサラダなのだ。サラダのキュウリはシャキシャキしている方が何となく好みだ。悠利も肉との食感の対比を楽しむためにもシャキシャキとしたキュウリで食べてもらいたいので、ひとまず粗熱が取れるまで冷ますことに決めたのであった。
バイソン肉の粗熱が取れるまでの間、二人は他の料理の準備に勤しむ。毎度おなじみ具沢山のスープだとか、きのこと葉野菜を顆粒だしと醤油でシンプルに炊いたものだとか。がっつり食べるお肉のおかずを皆が好きなのは解っているが、それはそれとして栄養面を考えると、野菜やきのこもたっぷり食べていただきたいと思う悠利なのである。
なお、今作ろうとしているバイソン肉とキュウリのサラダは、あくまでもサラダである。他にもメインディッシュが必要ということで、悠利が用意したのは分厚く切ったベーコンだった。お肉があるのに物足りないという気持ちになりそうな仲間達の、肉に対する欲求を満たすためである。なので、塊のベーコンをいつもより厚めに切っていく。じっくりじわっと焼くことでベーコンの旨味が実に美味しくなるのだ。
なお、そのベーコンを焼いたことで出るであろう脂を利用して、千切りのキャベツをさっと炒めて付け合わせにする予定である。美味しいお肉の脂を無駄遣いしない、ちょっと貧乏性めいたところが悠利にはある。でもこれはこれで美味しく仕上がるのです。
そんな下準備をしている間に、バイソン肉の粗熱が取れた
「よし、それじゃあ、これをキュウリと混ぜます」
「お-」
大きなボウルに入っているキュウリの千切りのもとへ、フライパンに入っていたバイソン肉をていっと入れる。肉を炒めたオリーブオイルもそのまま入れてしまう。そして全体をざっくりと混ぜ合わせ、ある程度混ざったのを確認すると、そこにくるりとオリーブオイルを回しかけ、もう一度混ぜる。
「何でここでオリーブオイル入れたんだ?」
「風味付けって感じかな。あと、オリーブオイルを混ぜた方が、何となくだけどキュウリとお肉がまとまるような気がして」
「そういうもんか?」
「まあ、特に深い意味はないよ。何となくだからあまり気にしないで」
「あ、そう」
悠利の料理はあくまでも家庭料理なので、ちゃんとした料理の知識に基づいているわけではない。何となくこうやったら美味しかったが根底にあるのだ。経験に基づいているとも言えるが、あくまでも素人のお家ご飯である。
まあ、家で作って食べるのだから、自分が食べてみて美味しかったを再現するのは間違っていないのだが。
そうして混ぜ合わせてから、味見用としてバイソン肉とキュウリを一口ずつ小皿に取り出す。
「これで味が薄かったら追加で出汁醤油をかけるか塩を足すかするって感じで。とりあえず食べてみてから考えようか」
「解った」
味の調整をするにしても味見をしてからということで、二人は早速小皿の中身に向き合う。肉でくるりとキュウリを巻くようにして口へと運んだ。小さな肉なのでそんなにたっぷり巻けないが、味見用なので問題ない。
そして、先ほど肉だけを食べたときとは明らかに味が違った。まず濃いなと思っていた出汁醤油の味が、キュウリの水分と合わさることでいい塩梅に調整されている。また、柔らかい肉とシャキシャキとしたキュウリの食感の対比が何とも言えない。
更に、悠利が仕上げにと混ぜたオリーブオイルがいい仕事をしている。確かにこのオリーブオイルがあることで、バラバラになりそうな肉とキュウリがうまく調和しているような気がするのだ。
味わうようにしっかりと噛んでから飲み込んだウルグスは、悠利の方をちらりと見た。悠利もウルグスをちらりと見た。
「僕は味はこれくらいでいいかなと思ったけど、ウルグスはどう?」
「俺もこれくらいでいいと思う」
「よかった。じゃあ、薄いって感じる人がいたら、その人には自分で何かかけてもらう方向で」
「だな」
問題ないことが解ったので、二人は満面の笑みを浮かべる。あくまでもサラダ。あくまでも副菜。しかし、バイソン肉を使っているというだけで、仲間達にとってはテンションの上がる一品になるに違いない。
そんなことを考えて、二人の表情は思わず笑顔になるのだった。
夕飯の時間。少ないお肉をかさ増ししてでも皆に食べてもらいたいと、悠利が作ったキュウリとバイソン肉のサラダは大変好評であった。バイソン肉はそもそも旨味の強いお肉なので、少量でもキュウリに決して負けていない。
また、キュウリのシャキシャキとした食感があるからこそ、肉の柔らかさがより際立っている。普段は食べない感じのサラダだが、これはこれでとても美味しいという反応を皆が見せてくれるので、悠利もウルグスも頑張って作ってよかったなという顔をしていた。
「しかし、何でまたバイソン肉でサラダなんかを作ろうと思ったんだ?」
同席しているブルックにそう問われて、悠利は困ったように笑いながら告げた
「いえ、バイソン肉が安かったときに買っておいたのはよかったんですけど、皆にメインディッシュとして出すには分量が足りなくて……。でも人数が少ない日に出すとかにすると、食べられない人も出てくるじゃないですか」
「ああ、そうだな」
「どうせなら皆に食べてもらいたかったので、こうしてキュウリでかさましをしてサラダにしました」
「なるほど生活の知恵だな」
「えへへ」
褒められて悠利は思わず照れたように笑った。生活の知恵などとご大層に言われるようなものではないと思っている。だが、こうやって褒められると嬉しいのは事実である。
「バイソン肉は出汁醤油とも合うんだな」
そう告げたのはフラウ。バイソン肉というと、やはりその強いうまみを生かすために濃い味付けに仕上げるか、もしくはシンプルに塩で肉の旨味だけを堪能するかという食べ方が多い。皆が馴染んでいるのもそういう味付けだ。前者は焼き肉のタレっぽい味付けや、すき焼きっぽい味付けのイメージだ。後者はいわゆる塩焼き肉や、ソースをつけず岩塩でいただくステーキのようなイメージになる。
バイソン肉にはそういうポテンシャルがある。そして、そんなお肉だからこそ、出汁醤油のまろやかな味付けをしっかりと受け止め包容してくれている。肉の旨味と出汁醤油がいい感じに合うのだ。単なる醤油ではなく出汁醤油を使ったところがミソと言えるかもしれない。
「この、なんだろうな……? 味が優しい、柔らかいというのか……? そのおかげで、肉の旨味がしっかりと感じられて、こういう食べ方も実に美味しいと思うぞ、ユーリ」
「そう言ってもらえて何よりです。出汁醤油は出汁が入っている分、醤油に丸みがあるんですよね。丸み……、角がないって言うんですかね? 自己主張はちゃんとあるんですけど、でも醤油だけじゃなくて出汁の味も入っているので協調する感じになる、というか」
説明が難しいですね、と悠利は笑う。ふわっとした感覚の、丸みがあるみたいな表現はなかなか言語化しにくい。しかし、悠利の拙い説明でもフラウが感じている感覚には近かったらしく、そうだなと言って笑ってくれる。
ほぼキュウリと言えるようなキュウリとバイソン肉のサラダだが、美味しそうに食べてくれている。ちなみにこちら、全体をしっかりと肉と共に混ぜ合わせた結果なのだろう。肉を炒めた油も混ぜたことも影響しているのか、実はキュウリだけを食べてもふわりと肉の旨味が香るのだ。なので、肉がなくなってキュウリだけになっても物足りないという感じにはならない。良い感じに仕上がっている。
なお、ある意味予想通りと言えるが、マグは大変、大変、食いついている。一口食べた瞬間、いや、食べる前から、これはとても美味しいもの、それも自分が気に入るタイプの、とてもとても美味しいものだと確信していたのだろう。もはや他のおかずなど目もくれず、じーっとキュウリとバイソン肉のサラダを見つめていた。
ちなみに、マグがそういう反応をするだろうと思ったし、全員にまんべんなく食べてほしいという悠利の思いもあって個別に盛り付けてある。大皿だと、争奪戦が大変なことになるような気がしたからだ。
そして、悠利にもウルグスにも「おかわりはない」「これが一人分」「他人のものを取らない」「大事に味わって食べる」などというお小言めいたことを延々と言われた結果、マグは不承不承ながらもそれを了承した。了承したのである。マグにしては珍しく。
一応、ウルグスの分も取ってはいけないと悠利は付け加えておいた。マグは気を許しているウルグス相手にはかなりわがままになるので、自分が食べたいと思ったもので、ウルグスの手元に残っていると、それもよこせみたいな感じになるのだ。
あまり褒められたことではないのだが、マグのこれは一種の試し行動のようなものも含んでいる。また、ウルグスが怒りながらも何だかんだコミュニケーションの範疇に収めているので、当事者二人がそれでいいならいいかという感じになっている。
なお、盛大に喧嘩をするときは喧嘩をするし、そうなったときにはちゃんとお説教はされる。
「美味」
そんなわけで、マグは一人分として用意されたキュウリとバイソン肉のサラダを大切に食べている。なお、気持ちだけ、本当に気持ちだけだが、マグの器は皆より分量が多い。それぐらいはしてあげよう、という悠利の優しさであった。
噛めば噛むほど口の中に広がる出汁醤油の旨味、醤油の向こう側にある出汁の風味を堪能しているのか、何かを噛みしめるような真剣な表情である。キュウリと共に食べるのもしているが、肉だけを食べたり、キュウリだけを食べたり、どの食べ方が一番美味しいのかを一生懸命探しているような感じだった。
そんなマグを、早々にキュウリとバイソン肉のサラダをペロリと食べ終えた他の見習い組は、相変わらずだなぁみたいな顔で見ていた。ここで余計な口を挟むとマグが何らかの反応を示しそうで面倒くさいので、あえてそこには触れない。
ちなみに彼らは、別にマグに取られることを警戒して、さっさと食べたわけではない。単純に、美味しかったのでついつい箸が進み、気づいたら食べ終わっていただけだ。他にもおかずはあるので、ご飯を食べるのは問題ありません。
ひとまず、ご機嫌でキュウリとバイソン肉のサラダを食べているマグ。気に入っているならそれでいいという判断ではあるが、そんなマグを見ながらウルグスは思った。多分、バイソン肉を使っているのはあまり関係ないんだろうな、と。
マグはバイソン肉を美味しそうに食べているが、それはバイソン肉に喜んでいるというよりも、出汁醤油を絡めて焼いたバイソン肉だからだ。出汁の風味がたっぷりついているから喜んでいるという方が正しそうだ。
そういう意味ではマグは、大変安上がりである。彼は肉にそこまで拘りはない。勿論、バイソン肉が美味しい肉だと解っているし、食べられるなら喜んで食べるのだが、肉と出汁を使った味付けのどちらをとるのかと言われたときに、それなら出汁の味がする方をとるというのがマグである。素材より調味料を優先するだろうと皆が思うぐらいには、ぶれない。
別のテーブルからそんなマグの様子を眺めていた悠利は、静かにおとなしく食べているのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。マグがあんな風に喜ぶのは予想していたが、おかわりを用意できないので揉め事にならないでねと思っていたのだ。
最近は懇々と言い聞かせると意外と言うことを聞いてくれることも増えたので、マグなりにいろいろと考えて成長しているのかもしれない。まあ成長してるなと思った次の瞬間、いつも通りの安定のマグが顔を出したりするので、プラスマイナスは辛うじてゼロかもしれないが。
そんなこんなで、苦肉の策でキュウリでかさましをしたキュウリとバイソン肉のサラダであったが仲間達には意外と好評で、こういう食べ方をまたしてみてもいいなと思う悠利なのでした。
何せ、これなら肉が少なくて済む。お高くて普段敬遠しがちなバイソン肉を、少しは気軽に使えるなと思ったのである。工夫次第で、いくらでも美味しいご飯が作れるのはいいことです。
今回の更新はここで終わりです!
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





