呪い研究家のお兄さんに会いました
マリアの案内で広い領主館の敷地内を、更に言うと広い庭を歩いている悠利達。目的地は、少し離れた場所に建っている塔だった。同行者は案内人のマリア以外では、アリーとデュークの二人だ。後、悠利の護衛として常に側を離れないルークス。
アリーは悠利のお目付役みたいな状態で同行しているのだが、デュークの方は目的の人物に会いたいという私情で同行している。目的の人物、それは、デュークの弟でマリアの兄である人だ。
端的に言うと、デュークが買った呪いの道具の送り先の人物である。呪いの研究をしているので、本館からは離れた場所にある塔で生活しているのだという。食事や風呂などは本館にやってくるそうだが、基本的に寝泊まりは塔でしているらしい。
趣味と実益を兼ねて呪いの研究をしている彼は、真面目に研究をしているので本館には最低限しか顔を出さないらしい。なので、弟に会いに行ける口実を見つけたデュークが便乗しているのだ。……この美貌のヴァンパイアの兄バカは、全ての弟妹に適応されるらしい。
たどり着いた塔は、かなり見事な建造物に見えた。階層で言うと五階建てぐらいだろうか。円柱状のシンプルな作りの塔なのだが、丁寧に石を積んで作られている。その積み上げる石に色がつけられていて、軽く模様みたいになっているのが何とも美しい。
勝手知ったる我が家という感じで中に入るマリアに続いて、悠利達も足を踏み入れる。背後のデュークが妙にご機嫌というか、うきうきしているのを感じて悠利は、よっぽど嬉しいんだなぁと思ってしまった。
塔を入ってすぐの玄関ホールには人の姿はなく、マリアは慣れた手つきで壁に掛かっていた呼び鈴を鳴らす。軽やかな音が鳴り響くと同時に、上層階で扉が開く音がした。続いて、階段を下りてくる足音が聞こえる。
「誰が来たかと思ったら、マリアか」
「顔合わせをと言っていましたでしょう、兄様」
「そうだな。手間をかけさせてすまん」
そんな風にマリアと軽口を叩き合うその人を、悠利はじっと見た。デュークとはまた違った雰囲気の美形だが、こちらも大変美しい。クセのない銀色の髪に、切れ長の薄ピンクの瞳が印象的だ。服装は貴公子っぽいお洒落なものを着ているが、その上に白衣を羽織っているのが何とも言えず面白い。
涼やかな声で話す人物は、マリアの後ろに控える悠利達を認めて柔らかく微笑んだ。親愛の情に満ちた微笑みだ。しかし、デュークの一種人を虜にする危うさを孕んだそれとは違って、安心するような雰囲気だった。兄弟でもちょっと違うらしい。
「初めまして、俺の名前はアラン。この塔で呪いの研究をしている。先日は、良い土産をありがとう」
「初めまして、ユーリです。ちょっとお手伝いしただけですが、お役に立てて良かったです」
ぺこりと頭を下げる悠利に、アランは同じようにお辞儀をしてくれた。やんごとなき身の上のはずだが、実にフランクだ。その辺りはマリアやデュークと同じかもしれない。
チラリと見えたアランの耳は、デュークと同じ縦長の尖った耳だった。ヴァンパイアの身体的特徴なので、アランもヴァンパイアなんだなぁと悠利は思う。思うと同時に、この人も見た目通りの年齢じゃないんだろうなぁとも考えた。
目の前にいるアランは二十代の半ば頃にしか見えない。言動も特に老成しているというわけではないので違和感はない。しかし、デュークという前例があるので、きっと実年齢は凄いんだろうなぁと思うのだ。
そんな悠利をそっちのけで、アランとアリーが挨拶を交わしていた。
「《真紅の山猫》のリーダーを務めているアリーだ。今回はユーリの保護者役として同席させてもらいたい」
「貴方がアリー殿か。マリアが世話になっていると聞いている。この子の相手はなかなかに大変だろう?」
「まぁ、主に世話をしてるのは俺じゃないがな」
ぼそりと答えるアリー。実際、戦闘大好きで本気の手合わせ大好きなマリアの相手をしているのは、アリーよりもブルックやラジだ。忙しい指導係であるブルックよりも、恐らくは同じ訓練生であるラジの方が巻き込まれているだろう。
そんな二人の会話を聞いて、マリアが唇を尖らせて文句を言う。……ただし、言葉の内容こそ文句であるが、その表情は楽しげに笑っているものでしかないが。
「兄様、それではまるで私がどうしようもないみたいですわ」
「お前は俺達よりも戦闘本能に素直なんだから、仕方ないだろう?」
「それはまぁ、そうですけど」
「それもお前の個性だがな」
そう告げて、アランはマリアの頭を優しく撫でた。マリアも素直に従っている。二人の間に流れる空気は、紛れもなく兄と妹のものだった。それも、かなり仲が良い類いの。
そして、そんな二人の姿を幸せそうな笑顔で見つめているデュークの姿があった。弟妹大好きな兄バカ殿は、可愛い可愛い弟妹が仲良くしている姿を見るのも大好きらしい。ぶれないなぁと思う悠利だった。
しかし、そんなデュークにツッコミを入れる人物がいた。塔の主たるアランだ。
「で、兄上は何をしてるんだ?」
「え?」
「俺はユーリくんに会いたいとマリアに伝えておいただけで、別に兄上は呼んでないが」
「君があまり本館に来ないから、顔を見たいなと思って……」
「用事もないのに?」
「可愛い弟に会うのに理由などいらないとも!」
「そうか」
こんなにも心のこもらない「そうか」があるんだ、と悠利は思った。多分アリーも同じ感想を抱いている。何とも言えない微妙な顔をしているので。
しかし、弟から物凄く雑な扱いをされていても、デュークは何一つ気にしていないようだった。そういえばこの人、マリアさんからの扱いが雑でもにこにこしてたなぁ、と悠利は思い出した。顔面を全力で鷲掴みにされていてなお、妹可愛いオーラが隠し切れていなかった生粋の兄バカである。
そんなデュークであるが、気になったことがあるらしくアランに質問を投げかける。
「ところでアラン、君はマリアにすぐ気づいたのかい?」
「あ?」
「久方ぶりに会うだろう? 随分と成長していることに驚いていないなと思って」
「あぁ、そういうことか」
自分がマリアに会う前に彼女の母親に会って顔の雰囲気を把握していたデュークは、滅多に本館に来ないのにアランがマリアの成長をすんなり受け入れていたことが気になるらしい。それぐらい、家を出る前のマリアと今のマリアでは外見が違うのだ。
そんな兄に、アランはさらりと告げた。
「俺は毎年マリアに姿絵を送らせてるからな。それで今の姿を把握してるから問題ない」
「え?」
「家を出るときに約束したものねぇ、兄様」
「あぁ。お前と俺達の時間は違うからな。別に縛るつもりはないし自由に生きてくれとは思うが、離れている間も姿ぐらいは把握しておきたい兄の我が儘だ」
「別に我が儘とは思ってないわぁ。兄様も近況を教えてくれるし」
そう言って満面の笑みを浮かべて見つめ合うアランとマリア。実に麗しい兄妹愛だった。……最愛の弟妹達からハブられていたらしいデュークが固まっているのだけが、何ともシュールだが。
仲良く会話をするアランとマリア。その二人のやりとりをしばらく聞く形になっていたデュークが、ゆるりと復活して口を開いた。
「マリア、私は手紙を貰っていないのだけれど……?」
「だって頼まれてませんし」
「……それは、そうだけれど」
「そもそもお兄様、私が家を出たときもあまり気にしていなかったでしょう?」
「……うん」
たたみかけるようなマリアの言葉に、デュークはしょんぼりと肩を落とした。別にそれは、デュークがマリアをないがしろにしていたとかではない。単純に、時間感覚のバグっているデュークは、ダンピールのマリアが自分達よりも遙かに早く成長し、年老いていくのだと言うことを忘れていただけである。
例えるなら、マリアが家を出て十年ほど戻ってきていないことも、デュークにしてみれば少し旅行に出ているぐらいの感覚なのだ。その間に幼さ残る少女だった妹が、妖艶な美貌の女性へと成長しているなんて考えもしていなかっただけで。
そんなデュークに対して、アランの方はその辺りのことをしっかりと認識しているらしい。弟妹に対する愛情が重いデュークよりも、普通の距離感をしているっぽいアランの方が正しく把握している辺りが、何とも皮肉な話である。
「仲良しですね」
「物凄くアホな会話をしてるがな」
「そういう会話が出来るのが、仲良しの証拠なんじゃないですか?」
完全に外野なので、のんびりと兄妹三人の言い合いを見ている悠利とアリー。ルークスはそんな悠利の足下で、ゆらゆらと身体を揺すっている。流石に、余所のお家にお邪魔するということを言い聞かせられているので、勝手にお掃除はしない。賢いので。
わちゃわちゃやっていた兄妹のやりとりは、結局デュークがマリアとアランに言い負かされて終わったらしい。悠利の見立てでは、マリアはアランとの方が気楽に兄妹をやっているように見える。多分、デュークの愛が重すぎるからだ。
「待たせてすまないな。それじゃあ、俺の仕事を説明させてくれ」
「はい」
おいでと手招きされて、悠利はアランの元へ近寄る。こっちだと案内されて二階へ続く階段を上る。ぽよんぽよんと跳ねながらルークスが追いかける。良いのか? と視線を向けるアリーと、大丈夫と言いたげに頷くマリアがそれに続く。そして、当たり前みたいな感じでデュークも続く。
……次期領主様は、強制的に追い出されない限りは弟と妹の側にいることにしたらしい。安定のデューク。
案内された二階の部屋は、左右の壁一面に戸棚が存在する以外はシンプルな部屋だった。部屋の中央に大きな机とそれに併せた椅子があるだけで、それ以外の家具は特に見当たらない。
「ここが俺の仕事場だ。この戸棚の中には、今まで集めた呪いの品が入っている」
「呪いの品物の研究って、影響をうけたりしないんですか?」
「俺は生まれつき呪い耐性技能を持っていたから、特に問題はないんだ」
「そんな技能があるんですね」
「あぁ」
そんな会話をしながら、アランは戸棚からケースに丁寧にしまわれた状態の燭台を取りだした。それは、以前デュークがアランの土産に買っていった、呪いと祝福がかかっている燭台だ。悠利が【神の瞳】さんで見抜いた逸品である。
「これ、あのときデュークさんがお土産に買ったやつですよね」
「その通り。まさかこんな面白いものを買ってくるとは思わなかったから、君に是非会いたくてな」
「お役に立てて良かったです。あの、このケースに入ってるのは何か意味があるんですか?」
「これは呪い封じだ。こうしておけば、俺以外の誰かが触っても被害は出ないからな」
「それは大事な処置ですね」
アランの言葉に、悠利は真顔で頷いた。アラン本人が大丈夫でも、他の誰かが触って被害を受けるのは笑えない。そういう配慮をしている辺り、アランはちゃんとした研究者なんだなと悠利は思う。
続いてアランは他にも幾つものケースを取りだした。アクセサリーを入れる小さな小箱ぐらいのサイズのものもあれば、ルークスと同じくらいの大きさのケースもあった。表面が透明なので、中に入っているものがよく見える。
それらは、呪いの品物だと知らなければ普通に誰かが買い求めて大切に使っていそうな道具達に見えた。細工の見事な懐中時計に、持ち手にお洒落な模様が刻まれたヘアブラシ。釉薬で草花を描いた真っ白な大皿に、キラリと光る赤い宝石が印象的なネクタイピン。どれもこれも、素敵な品々だ。
「呪いの品物って、パッと見た感じでは普通の品物なんですね」
「その通りだ。だからこそ、知らずに身につけたり使ったりして呪いによる不調を抱える者達がいる。俺は、そういう人たちを助ける手伝いをしたいんだ」
「立派ですね」
「別に立派というわけじゃないけどな。せっかく父親から呪い耐性技能を受け継いだんだ。役立てたいと思うだろ?」
そう言って、口元に笑みを浮かべるアラン。楽しげな表情とあいまって、前向きな彼の決意が伝わってくる。まだ少ししか話をしていないが、呪いなんてものを研究しているという印象とは正反対の、気さくで接しやすいお兄さんだと悠利は思った。
そこでふと、父親から受け継いだというアランの言葉に悠利は首を傾げる。そしてそのまま、視線をデュークに向けた。
「どうかしたかい、少年?」
「あ、いえ。デュークさんも呪い耐性技能を持ってるのかなぁってちょっと思って」
「私? 私は持っていないよ。その技能はアランの父君からの遺伝だからねぇ」
「……へ?」
思わず間抜けな声を出してしまった悠利。そんな悠利の姿を見ていたマリアが、楽しげに笑った。情報が整理できずに困っている悠利が助けを求めるように彼女を見ると、マリアはやはり楽しそうな状態のまま答えを教えてくれた。
「ユーリ、兄様はお兄様の異父弟よ。奥様の息子」
「え……? と、いうことは……」
「私と同じで庶子ね。あと、血は繋がってないわ」
「わぁ……」
あんなにも意気投合していたというのに、マリアとアランの間には血縁関係がなかったという衝撃の事実に、悠利は目を丸くした。アリーは特に何も言わないが、面倒くさい兄妹だなと思ってそうな空気が漂っていた。面倒くさいというか、ややこしいだろうか。
詳しく話を聞いてみると、デュークは領主夫妻の嫡子であり、兄弟全員の頂点に立つ長子で、そのすぐ下に生まれた異父弟がアランなのだという。領主夫妻の奥方と当時の彼女の恋人であったヴァンパイアとの間に生まれたのがアランだ。
そしてマリアは、領主と人間の母親との間に生まれている。デュークとは異母兄妹であり、アランとは血が繋がらない兄弟という関係なのだ。領主夫妻の子供達は、片親が領主夫妻であれば全員が兄弟として育てられるらしい。
勿論、継承権の関係などについては、領主夫妻の間に生まれた子供にしか発生しない。そこはしっかりしている。けれど、アランやマリアのように庶子として生まれたからと言って、扱いに差をつけられることもないらしい。何とも珍妙なご一家である。
現代日本の一般家庭で生まれ育った悠利には、ちょっと理解できない世界だった。ただ、理解できない世界ではあるものの、それで兄妹仲良くやっているならまぁ良いかと思ったのも事実だった。当事者がそれで納得しているなら、外野が口を挟むようなことではあるまい。
そして何より、デュークが満面の笑みで弟妹どちらも可愛いというのを隠さない。どころか、別に誰も聞いていないのに、たくさんいる様々な関係性の弟妹達全員がどれほど可愛いか、自分が彼らをどれだけ愛しているかを語っている。……マリアとアランはいつものことというように放置していた。語り出すと止まらないらしい。
「兄上のアレは放っておいていい。気が済んだら黙る」
「……終わりがちゃんとあるんですね?」
「一応あるぞ。長いだけで」
あっさりと兄を放置宣言して、アランは目の前の品々を示した。呪いのかかった道具達。アランの研究材料。呪いなんてなければ、普通に誰かに大事にされそうなのになぁと悠利は思った。
そんな悠利に対して、アランはこう告げた。
「手の空いているときで良いんだが、俺の研究を手伝ってもらえないか?」
「僕が、ですか?」
「あぁ。この燭台の呪いと祝福がかかっているという状況を見抜いた君の力を、借りたい」
「えーっと……」
熱烈な勧誘を受けて、悠利はチラリと視線をアリーに向けた。お手伝いするのはやぶさかではない。誰かのお役に立つのは悠利としても大歓迎だ。また、何らかの修行をするためにやってきている仲間達と違って、悠利の予定は完全にフリーである。
だがしかし、そういう大事なことを独断で決めてはいけないということも、悠利はちゃんと理解している。何かあってからでは遅いのだ。まずは、頼れるリーダー様、保護者の了解を取らねばならない。
悠利がアリーを見ていることでそれを理解したのか、アランはアリーに向き直る。そして、深々と頭を下げた。
「彼に危険が及ぶようなことはしない。ただ、手元にある呪いの品々の効能が間違っていないかの確認を手伝ってもらいたいだけだ。可能だろうか?」
「……まぁ、一人で勝手にやるよりは、専門家と一緒ならば問題はないと思うが。どうする、ユーリ?」
「僕は、やってみたいです!」
アリーの言葉に、悠利は満面の笑みで答えた。仕事の内容は、早い話が以前鑑定士組合の仕事を手伝ったのと同じだ。あのときは、目の前の品物がどういうものかまったく解らず、呪いがかかっているかとか、偽装がされていないかとか、罠が仕掛けられていないかを判別していた。今回ははじめから呪いの品だと解っているので、それよりも多少は楽だ。
そもそも、アランが効能を確認しているものを再確認するにすぎない。隣で専門家であるアランの説明を聞きながらの作業であり、専門家だからこそ危険に対する対策もバッチリだ。危ないことはどこにもない。
……まぁ、鑑定系最強チート技能である【神の瞳】さんなので、小難しいことを考えずに知りたいことを考えて見るだけで全部解るだろうが。やっぱりどう考えても壊れ性能である。使用者に負荷がかからない部分も含めて。
「本人がやる気なんで、経験を積ませるためにやらせてやってくれ」
「ありがとう。勿論、時間のあるときで良いし、疲れたら休んでくれて良い」
「はい。よろしくお願いします!」
そんな感じで悠利のお仕事が決まった。お仕事というよりはお手伝いだろうか。報酬云々の話がアランの口から出た瞬間、僕知らないーと言いたげにそろりと一歩後退る悠利。アリーがため息をつき、アランが目を丸くする。
結局、大仰に報酬が発生するのは嫌がる悠利と、労働には対価を払いたいというアラン双方の意思をくんだ結果、何故か気が向いたときに本館の厨房を使わせてもらう権利が報酬になるのだった。なお、それにしたら? と口を挟んだのはマリアである。あまりにも悠利を理解している。
アランと、ようやっと弟妹語りを終えたデュークはそれが報酬になるのか? と不思議そうな顔をしていたが、悠利はご満悦である。領主館の厨房を使わせてもらえるなんて、最高以外の何物でもなかった。そんな悠利を見て、アリーとマリアは悠利だなぁと言いたげな顔をしているのだった。
なお、お手伝いをするときは自分も同行するのだと張り切るルークスの姿があまりに愛らしく、皆に愛でられるのでした。仲良しは良いことです。
長兄の扱いが雑なのはこの兄妹のデフォです。
なお、嫌いなわけではないです。面倒くさいだけです←
ご意見、ご感想、お待ちしております。
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