お手軽に和風焼き肉温玉丼
人数が少ない日のお昼ご飯は、割りと自由が利く。好きなモノを作ろう! みたいなテンションになるのである。そして、今日はそんな日だった。
指導係の皆さんも訓練生も大半が出払っており、お留守番をしているのは悠利とウルグス、マグに、今日は自室で座学の勉強をしているらしいミルレインだった。なお、何かあったときのために大人が残っているようにシフトは組まれているので、今日もちゃんと保護者ポジションの人はいる。今日のお留守番担当はティファーナお姉様である。
そこまで考えて悠利は、食が細いのは自分とティファーナだけだなぁと思った。まぁ、ティファーナの場合は食が細いというよりは、年齢と性別で考えて必要な量は食べているのだが。多分一番胃袋が小さいのは悠利である。
そうなると、何が喜ばれるのかを一生懸命考えてみる。まぁ、間違いなく肉が喜ばれるだろう。育ち盛りの皆さんはお肉が大好きなのである。
「ユーリ、今日の昼飯何にするー?」
「あ、ウルグスお疲れ。人数少ないし、お肉で良いかなとは思うんだけど」
「肉だな。やった」
「ウルグスはお肉好きだねぇ」
「肉は美味いし元気が出るからなー」
笑顔になるウルグスに、悠利はあははと笑った。とても解りやすいウルグス少年であった。
となると、お肉を堪能できる献立が良いだろうか。マグは小さな身体の割にがっつり食べるし、ミルレインも身体を使う鍛冶士なのでよく食べる。ティファーナは極端にたくさん食べないだけで、肉もしっかりした味付けも別に嫌ってはいない。
少し考えてから、悠利は思いついた献立を口にした。人数が少ないならちゃちゃっと作れそうだと思ったのである。
「それじゃあ、焼き肉丼にしようか。温泉玉子を添えて」
「美味いやつだ。え、肉は? 肉はどれだ……!?」
「……実は、今日の人数ぐらいなら問題なく足りる分量のバイソン肉があります」
「マジか!?」
「マジです。さー、バイソン肉で焼き肉丼作るよー」
「解った!」
悠利の説明を聞いたウルグスは、物凄く元気になった。これには理由があって、バイソン肉はちょっとお高いお肉ということで普段食卓にあまり並ばないのだ。《真紅の山猫》で普段使われるお肉は、ビッグフロッグ、バイパー、オーク肉などである。現代日本の感覚で言うと、鶏肉や豚肉を普段使っていて、牛肉はお高いというような感じである。
そんなわけで、今日は残っていたバイソン肉を使っての焼き肉丼である。用意するのはバイソン肉とタマネギだ。バイソン肉はあらかじめ薄切りにしてあるものなのでそのままで良いが、タマネギは切らなければならない。
「タマネギはどんな感じに切るんだ?」
「しぐれ煮のときみたいな感じで、食感は残るけど肉と一緒に食べやすいぐらいでよろしく」
「おう」
「僕はキノコのお味噌汁の準備をするね」
丼にすると決めたので、付け合わせというほどではないが汁物がある方が良いだろうと思った悠利は、タマネギを切るのをウルグスに任せて味噌汁の準備に取りかかる。シメジとマイタケにお揚げを入れた味噌汁の予定である。
それにしても、普段はタマネギを切るのは皆があんまりやりたがらないというのに、今日のウルグスはやる気満々だった。やはり、バイソン肉が食べられると思ったらやる気ゲージも目一杯になるのだろう。解りやすい。
手早くキノコの味噌汁の準備を終わらせた悠利は、タマネギを切り終えたウルグスがわくわくとした顔で自分を見ているのに気づいた。
「……何でそんなにわくわくしてるの?」
「バイソン肉の焼き肉でまずいわけがないからな」
「あははは……」
「そういや、温泉玉子は作らないのか?」
「作り置きが残ってるから大丈夫」
「なるほど」
それなりに時間のかかる温泉玉子を作ろうとしない悠利に対する疑問があったウルグスだが、答えを聞いて納得した。基本的に冷蔵庫の中には常備菜として何かが用意されているのだが、温泉玉子もそこに含まれているのだ。……まぁ、大概の常備菜はすぐになくなって、また新しいのが用意されるのだが。
そんな会話を挟みつつ、悠利はフライパンにごま油とタマネギを投入する。
「まずタマネギをしっかりと炒めます」
「透明になるぐらい? しんなりするぐらい?」
「ひとまず透明になるぐらいかな。火が通ったらお肉を入れて炒めるからね」
「解った」
悠利の隣で、ウルグスも同じようにフライパンでタマネギを炒め始める。人数分を一気に作ってしまえるぐらいなのは助かる。少人数のときはこういうことが出来るのである。
……普段? 人数が多い上にたくさん食べる面々が多いので、二人がかりでひたすらに同じ作業を繰り返すとかがよくあります。そういうときの強い味方は、時間停止機能が付いている悠利の学生鞄である。出来たてで保存できるので。
タマネギに火が入った頃合いで一度火を止める。そして悠利は、取り出したバイソン肉に手早く塩胡椒をする。
「焼き肉風なのに塩胡椒するのか?」
「軽く下味を付けておく方が、お肉に調味料の味が絡みやすいんだよ」
「ふーん」
「それじゃ、タマネギと一緒にお肉を火が通るまで炒めます」
「了解」
薄切りの肉なのでそれほど時間がかからずに火が通る。悠利とウルグスは慣れた手つきで肉とタマネギをフライパンの中で炒めていた。
そして、肉に火が通ったのを確認した悠利が手を伸ばしたのは、めんつゆの瓶だった。
「……何でめんつゆ?」
「タレ系だとこってりに仕上がっちゃうけど、めんつゆだと気持ちさっぱりするから」
「そういうもんか?」
「あと、温泉玉子との相性も良いし」
「それは確かに」
悠利の言葉に納得したらしいウルグスは、悠利同様フライパンの中にめんつゆをくるくるーっと回しかける。そして全体に味が絡むようにさっと炒めると、焼かれためんつゆの香ばしい匂いがぶわわっとその場に広がった。
全体にめんつゆが絡んだのを確認すると、火を止める。そして、味見のために少量を小皿に取り分ける。
「丼にするから、ライスと一緒に食べても大丈夫かどうかも判断基準でよろしく」
「解った」
熱々を食べるので火傷をしないように気をつけつつ、ふーふーと冷ましてから悠利はバイソン肉とタマネギを口へと運んだ。
口に入れた瞬間に広がるのは、めんつゆの丸みのある味わいだ。次いで、噛むことによってバイソン肉の旨みとタマネギの甘みが加わる。しんなりとしたタマネギも、薄切りだからこそ簡単に噛み切れるバイソン肉も、見事な調和を成していた。
タレではなくめんつゆで味付けをしたことで、和風っぽい雰囲気に仕上がっている。タレの焼き肉も美味しいが、醤油系の焼き肉も美味しいと思っている悠利なので、めんつゆで味付けをしたのはなかなか良い仕上がりだと思っている。なお、出汁醤油でやっても美味しいやつである。
「僕は問題ないと思うけど、ウルグスはどう?」
「……ダメだ」
「あ、薄かった? じゃあもうちょっとめんつゆを足し……」
「こんなん丼にしたら美味いに決まってるじゃねぇか……!」
「……そっち?」
呆気にとられる悠利に対して、ウルグスは何やら力説をしていた。要約すると、タレではなくめんつゆで仕上げたことでほんのりとした甘さが絶妙で、どうかんがえてもご飯が進む味付けじゃないか、という感じである。お気に召したらしい。
ウルグスの太鼓判が押されたなら問題はあるまいと、悠利は大きめの深皿を用意してご飯を盛り付けるのであった。
そして昼食の時間になった。本日の昼食はめんつゆで和風に仕上げた焼き肉温玉丼と、キノコの味噌汁というシンプルな献立である。
「ユーリ、この肉ってもしかして、バイソン肉……?」
「そう。晩ご飯に出すほどはなかったから使い切っちゃった」
「留守番してたらご馳走にありつけたやつだな。嬉しい」
「ミリーもバイソン肉の方が嬉しい感じ?」
「他の肉も好きだけど、バイソン肉は普段出てこないからこう、特別感がある」
「なるほど」
ミルレインの言葉に、悠利は思わず笑った。確かにその通りだったので、レアなごちそうが出てきた感じで嬉しいんだなと理解できたのだ。
そんな悠利の前で、ミルレインは幸せそうな顔で焼き肉丼を頬張っていた。スプーンでざくっと上から下まですくうことで、肉とご飯を一緒に口の中に運んでいるのだ。上にのせた肉の水分が下になっているご飯にも染みこんでおり、口の中で完璧な調和をしていた。
焼き肉というとタレの濃い味付けのイメージをしていたのが、めんつゆの優しい味わいなことに良い意味で意表を突かれているのだ。その上、そのめんつゆの風味とバイソン肉の旨みが良い感じに互いを尊重し合っている。バイソン肉はしっかりとした旨みが特徴なのだが、それをめんつゆが上手に引き出しているのだ。
今回使った肉は赤身肉ではあるのだが、全体的に脂がちゃんとのっており、口の中で柔らかくほどける感じがあるのだ。薄切りであることもあいまって、ご飯やタマネギと共に簡単に咀嚼することが出来るのが実に良い。
ちなみにミルレインはまだ温泉玉子を割ってはいなかった。ひとまず、そのままの肉とタマネギをご飯と一緒に堪能しているのだ。食べ方は個人の自由である。
対して、最初から容赦なく温泉玉子をぷちっと潰して黄身と白身を絡めるようにして食べているのはマグだった。めんつゆは材料に出汁が入っているので、マグにとっては大好きな調味料の一つである。そのめんつゆで味を付けた焼き肉丼なんて、マグにとってはごちそう以外の何物でもなかった。
だが、マグは決してがっつくことなく、静かに、じっくりと味わうように焼き肉丼を食べていた。めんつゆとバイソン肉、タマネギの旨みだけでも美味しいというのに、そこに割った温泉玉子の黄身と白身が絡むことでまろやかさと旨みが絶妙に調和するのだ。温泉玉子のかかっている場所と、かかっていない場所で味が違うので、一つで二度美味しいみたいな感じである。
「……美味」
しみじみと味わうように焼き肉丼を食べているマグ。その隣でウルグスは、美味い美味いと言いながらばくばくと焼き肉丼を食べていた。一口が大きなウルグスなので、器の中身はどんどんと減っている。
ちなみにマグがゆっくり食べているのは、悠利にお代わりはないと説明されているからだ。お代わりがないのなら、一口一口を噛みしめるようにして大事に食べようということらしい。
……流石に今日は隣のウルグスから奪い取るということにはならないらしい。ただしそれはこれが今日のご飯のメインであり、流石にそれに手を出すとウルグスが本気で怒ると理解しているかららしい。一応マグなりに、ちょっかいを出すときと出さないときの基準があるらしい。
なお、マグがウルグスの食べ物に手を出すのは試し行動のようなもので、一種の甘えである。そしてウルグスもそれが解っているので、喧嘩混じりに文句を言いながらもそこまで本気で抵抗しないのだ。何だかんだで仲良しコンビである。
とはいえ今日はマグがウルグスの料理にちょっかいを出さないので、実に平和であった。焼き肉丼が美味しいという点を互いに確認しながら、大人しくご飯を食べている。平穏な食卓、実に良い。
「ユーリ、今日はどうしてこの料理にしたんですか?」
「え? バイソン肉が良い感じに残ってたからですけど」
「いえ、味付けとかという意味です」
「あぁ、そっちですか。タレよりめんつゆの方が食べやすいかなぁと思って。……僕が」
「そういうことですか」
ティファーナの問いかけに、悠利は最後の一言だけは悪戯をするようにこそっと呟いた。そんな悠利の言葉に、ティファーナは楽しそうに笑った。
温泉玉子をのせて焼き肉丼を作ると決めたときに、悠利は味付けをどうしようかと考えたのだ。お肉大好きなウルグスは濃い味付けが好きだが、生憎と悠利はそこまでこってりが得意ではないのだ。
勿論、タレの味付けも、照り焼きのようなしっかりとした味付けも好きだ。好きだが、丼としてどーんと食べるのを考えたとき、もう少しまろやかな味が良いなぁと思ったのだ。その結果、和風をイメージしてめんつゆを使うことにしたのだ。
温泉玉子を乗せることでまろやかになるのもあるが、出汁醤油やめんつゆを使うことによって、全体の味付けが丸みを帯びる。フライパンで焦がした醤油系の美味しさは間違いがないし、今日はめんつゆでと思ったのだった。
幸いなことに、めんつゆで作った和風っぽい焼き肉丼は皆に好評である。出汁の信者と呼ぶべきマグに関してはまぁ置いておくが、ウルグスもミルレインも喜んで食べている。そして、ティファーナも美味しそうにスプーンが進んでいる。皆が喜んでいるのならば、何も問題はないのだ。
そして、地味に良い仕事をしているのがキノコの味噌汁である。シメジとマイタケの旨みがしっかりと出た味噌汁は、その優しい味わいで口の中をリセットさせてくれる。肉の味付けにめんつゆを使ったので、すまし汁ではなく味噌汁にしてみたのだ。
出汁を利かせた味噌汁はそれだけで十分に美味しいが、そこにキノコとお揚げの旨みがしっかりと溶け込むことで、より美味しくなるのだ。味噌汁にはやはり出汁が欠かせない。味噌汁を合間に飲むことで、初心に返るように焼き肉丼を楽しめるのだ。
……ちなみに、出汁がたっぷり入っている味噌汁はマグのお気に入りの料理の一つである。こちらはお代わりが出来るので、皆のお代わりを阻害しない程度にお代わりに動いているマグだった。味噌汁一つでマグが大人しいなら儲けものである。
「バイソン肉も温泉玉子も美味しい~」
幸せと言いたげに表情をほころばせながら悠利がそんなことを呟けば、そうですねとティファーナが優しい声で同意してくれる。人数が少ないからこそありつけた限定メニューのようなものなわけで、お姉様のお口に合ったことを理解して悠利も嬉しくなる。やはり、美味しいと思って食べてもらうのが一番だ。
そんなことを考えていると、がつがつもりもりと食事をしていたミルレインが口を開く。……ちなみに彼女の器の中身は八割ぐらいがなくなっており、それなりに盛り付けたのに食べるの速いなぁと思う悠利だった。
「なぁ、ユーリ。これ、他の肉でも出来るか?」
「え? 別にオーク肉とかでも問題ないとは思うけど……。何で?」
「いや、バイソン肉だと普段は無理かなと思ったから、別の肉ならいけるかと思って……」
「……?」
バイソン肉が普段出てこないお肉なのは事実だが、ミルレインが言いたいことが悠利には良く解らなかった。勿論、めんつゆで味付けをした肉をご飯にのせて丼にするだけなのだから、他のお肉でも大丈夫だとは思うが。
「そんなに気に入ったの?」
「いや、この料理が美味いのもあるんやけど、ほら、丼って食べやすいだろ?」
「……ミリー」
「肉も野菜もライスも一度に食べられるし、スプーン一本で大丈夫ってところが、かっ込むのに良いなぁと思って」
「かっ込まないでください」
めっ、と子供を叱りつけるように悠利は告げる。不服そうに唇をとがらせるミルレインに、まったくもうと悠利はため息をついた。
ミルレインが言いたいのは、早い話が丼飯なら手早く食べられるということだ。早く食べて勉強や修行に戻れると言いたいのだろうが、早食いはあまりおすすめしないのである。お腹がびっくりしてしまうので。
「急いで食べるのは身体に良くないの。勿論、意味もなくゆっくり食べろってことじゃないけども。しっかり噛んで、味わって食べてください」
「味わってるってば!」
「それでも、かっ込むのはダメ。噛むの少なくなるから」
「……はぁい」
忙しいときでも食べやすいと思ったのに、とぶつぶつぼやいているミルレイン。そういう問題じゃないんだってば、と悠利はツッコミを忘れない。せっかく作ったのだから、ちゃんと味わって落ち着いて食べてほしいという料理人の気持ちである。
そんなやりとりをする悠利とミルレインを、ティファーナは微笑ましそうに見つめていた。なお、別のテーブルで二人で黙々と食べているウルグスとマグは、時々どの部分が気に入っているかという話題に花を咲かせている。平和です。
ちなみに後ほど昼食メニューを知った仲間達の一部が、それなら留守番してたら良かった……! みたいになるのでした。バイソン肉は人気です。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





