売り上げはきちんと還元しましょう
無事にお祭りでの出店を終えた悠利は、採取ダンジョン収穫の箱庭を訪れていた。それには勿論、理由があった。お祭りに参加する悠利達のためにマギサは大量の果物を用意してくれたので、売り上げを還元しようという話になったのだ。
必要経費を抜いて出た黒字分のうちの一部を、無償で果物を提供してくれたマギサに渡そうというやつである。ただし、収穫の箱庭から出られないマギサにとって現金は無用の長物。なので、何か物品でお礼をしようということになっている。
何をお礼にするのか悩んだ結果、仲間達を代表して悠利がお祭りの間に色々と日持ちのするものを買い求めておいた。その購入したものを、マギサに渡す売り上げ分としてならこれぐらいという金額をカミールが算出してくれたのだ。こういうときは商人の息子が大変頼りになる。
「ヤクモさん、わざわざ同行してもらってすみません」
「構わぬよ。丁度手が空いていたのでな」
「助かります」
そう告げて悠利は傍らを歩くヤクモに頭を下げた。そう、本日の悠利のお供、もとい護衛役はヤクモだった。いつもならマギサに懐かれているリヒトが同行してくれるのだが、今日は仕事が入っているとのことで無理だったのだ。
まぁ、マギサは色んな人がやってきてくれるのはそれはそれで喜ぶタイプなので、ヤクモを伴っていても嫌な顔はしないだろう。ヤクモは普段単独行動をしているので、こうして悠利に同行して収穫の箱庭に訪れるのは初めてだ。
「ヤクモさんは、収穫の箱庭には来たことあるんですか?」
「うむ。王都に来た頃にな。簡単な採取依頼を受けて赴いた」
「それはやっぱり、その土地の状況を把握するためとかそういう感じの……?」
「そのようなものだ。ここまで友好的なダンジョンは珍しいので、一度見てくるようにと言われてな」
「それは、確かに……」
ヤクモの言葉に、悠利は思わず真顔になった。収穫の箱庭はダンジョンマスターであるマギサの意向により、周辺住民に友好的である。むしろ、王国と共生したがっている。王都の人々御用達の農場みたいなもんである。
しかし、説明を受けたとしても、実際にどういう感じなのかを確認しなければ、その異質さは解らないだろう。友好的という言葉の意味を理解するというか、一般庶民が普通に入り浸ってる農園だと理解して貰うには、実際に見て貰った方が良いので。
まぁとりあえず、悠利と共に足を運ぶことはなくともヤクモもこのダンジョンがちょっと普通じゃない点を理解していると解ったので、一安心だった。……まぁ、そもそも普通のダンジョンはダンジョンマスターとお友達にはならないのだが。
とにかく、ヤクモと共に悠利は一直線にマギサの元を目指した。今日はマギサにお届け物をするのが目的なので、いつものように寄り道をして野菜を採取したりはしない。途中でちょっと心が揺れそうになったけれど、ぐっと堪えた。
……うっかり誘惑に負けて採取に向かってしまうと、結構な確率で時間が溶けるからだ。【神の瞳】さんを駆使して、より良い野菜を物色することになるので。もうこれは性分みたいなものなので、仕方ない。
特に邪魔をされることもなく、そして、マギサ自ら出迎えに出てくることもなく、恙なく悠利とヤクモ、あとルークスはダンジョンコアの部屋へと辿り着いた。寄り道もしなかったので、マギサも大人しく待っていたようだ。
「マギサー、こんにちはー」
「イラッシャイ!」
「キュピー」
「ルークスモ、イラッシャイ」
到底ダンジョンコアの部屋に入ってダンジョンマスターにかける言葉ではないのだが、そこはお友達なのでこれで良い。何より、悠利達を出迎えるマギサがとても嬉しそうなのだ。
そんなマギサは、悠利の背後に静かに佇む見慣れない和装の男性を見て首を傾げた。一応目的地がダンジョンなので、本日のヤクモは戦闘用の狩衣スタイルである。マギサにとっては未知の服装だろう。
フードを目深に被っているので目元は見えないが、マギサがじぃっとヤクモを見ているのは理解出来た。悠利がヤクモを紹介しようとするのと、ヤクモが自ら名乗ろうと動くのがほぼ同時。
けれど、それより先にマギサが口を開いた。
「糸目ノオ兄サンダ!」
「……は?」
「……マギサ」
僕知ってるよと言いたげなテンションで叫んだマギサ。ヤクモは呆気に取られたような反応をし、悠利は額を押さえて呻いた。確かにマギサはヤクモを「糸目のお兄さん」という感じで認識していたが、まさかそのまま口に出すとは思わなかったのだ。
……マギサにとって「オ兄サン」はリヒトのことなのだ。それ故に、他の人物は「○○ノオ兄サン」という扱いになるのである。ちなみに、アリーに付く枕詞は保護者で、ブルックに付くのは強いである。
とりあえず悠利は、何故マギサがヤクモを認識しているのか、糸目のなどと呼ぶのかを説明することにした。そういう説明を、片言のマギサにさせるよりは自分がした方が良いだろうと思ったのだ。
「あのですね、ヤクモさん、前にウォリーさんのところでマギサとも会いましたよね? その後、ウォリーさんとマギサの間で話すときにヤクモさんのことが糸目の人っていう感じになったらしくて……」
「……まぁ、確かに我は糸目であるので、間違いはないが……」
「あと、マギサにとってのお兄さんってリヒトさんなんですよ。なので、それ以外の人は全部ナントカのお兄さんってなるんです。ので、別に悪気はないです」
「悪気があるとは思っておらぬよ。歓迎されているようなので一安心だ」
「それなら良かったです」
ヤクモにとってはダンジョンマスターであるマギサの機嫌を損ねていないというだけで良いのだろう。糸目呼ばわりされても怒らないあたり、大人だなぁと悠利は思う。実際、ヤクモはよほどのことでないと感情を荒らげたりはしないのだ。
……なお、唯一の例外はジェイクに関することである。同年代故に何かと思うところがあるらしい学者先生(色んな部分で正反対)に関する話題になると、若干沸点が低くなるヤクモさんなのである。
「ドウシテ今日ハ糸目ノオ兄サント一緒ナノ?」
「リヒトさんが忙しかったから、一緒に来てくれたんだよ。一人で行くのはダメって言われてるからね」
「ソッカ。大変ダ」
「大変なんだよねぇ」
愛らしい幼児姿のダンジョンマスターと、ぽわぽわした少年のやりとりを、ヤクモは微笑ましそうに見ていた。実際は規格外と規格外のコンボだし、自覚無しに気づいたらトラブルをホイホイするようなやつなのだが。自分を知らないという典型であった。
とはいえ、ヤクモはそこにツッコミを入れるような無粋な真似しない。少なくとも今日は、お祭りに使う果物を提供してくれたマギサへのお礼に来たのだ。気分を悪くさせるようなことは口にしない方が良いと思ったのだろう。
「そうそう、マギサのくれた果物のおかげでお祭りでフルーツ飴が大人気だったんだよ」
「本当?」
「本当。それでね、売り上げが出たから、マギサにお礼をしようと思って差し入れを持ってきたんだ」
「オ礼?」
別にそんなものいらないのに、と言いたげなマギサであった。この愛らしいダンジョンマスターはお友達のために何かをするのが大好きなので、自分が沢山の果物を渡したこともそういう扱いにしている。見返りを求めていないのだ。
普段だったらお土産として貰うだけなので悠利も何も言わないが、今回はお店を出すための食材として用意して貰ったのだ。何も対価を払わないのは違うだろうという皆の意見もあって、マギサが喜ぶ差し入れを届けることになったのだ。
……売上金をそのまま渡したところで宝の持ち腐れだし、下手をしなくても部屋に飾って終わる感じなので。
「マギサのおかげでいっぱい助かったから、皆もお礼をしたいって思ってるんだよ。でも、マギサはお金を貰っても困るでしょう?」
「オ金……。ピカピカシテルヤツ?」
「そう、ピカピカしてるやつ。ウォリーさんならお買い物する場所もあるけど、マギサは無理でしょう? だから、現物支給です」
「現物支給」
何だろうと言いたげな顔をするマギサに、悠利は学生鞄の中から色々と食べ物を取り出した。いずれもお祭り会場で買い求めたもので、日持ちがするものばかりだ。
マギサが用意してくれたテーブルの上に並べられる食べ物の数々。その大半は焼き菓子だった。マギサは甘いものも好きなので、日持ちのするお菓子を色々と買い込んでおいたのだ。味覚は幼児寄りなので。
「オ菓子……?」
「色んな料理があったんだけどね。日持ちするものでマギサが喜びそうなのだと、お菓子系になったんだよ」
「ソッカ……」
次々並べられるお菓子を、マギサは興味深そうに見ている。別に見返りは求めていないが、誰かが自分のために珍しい何かを持ってきてくれるというのは、普通に嬉しいのだ。そもそもマギサにはお友達が少ないので。
並べたお土産を、悠利は一つ一つ説明する。マギサはその説明を、キラキラとした顔で聞いていた。
「まず、僕の一番のオススメはこれだよ、マギサ」
「……?」
「オレンジピールの入ったパウンドケーキだよ。ちょっと表面に酒が塗ってあるらしいんだけど、もう殆ど酒精は飛んでるらしいから食べられると思うよ」
「オ酒……?」
「保存期間を延ばすための工夫なんだって」
悠利が示したそれは、オレンジピールを練り込んだパウンドケーキで、保存性を高めるためにラム酒を表面に塗っているらしい。ただ、売り場で試食したところ、しっかり寝かせた結果酒の味は殆ど感じられなかった。なので、マギサでも大丈夫だろうと思ったのだ。
パウンドケーキは一本丸ごとなのだが、それを食べやすい大きさにカットした状態で包まれている。食べるときには包み紙を解いて一切れずつ取り出せば良いので、とても楽ちんだ。
「オレンジ……」
「生地に練り込んであるから、どこを食べてもオレンジの味がすると思うよ」
「楽シミ」
ぱぁっと顔を輝かせるマギサに、悠利はもう一つ、とっておきの情報を伝えることにする。何故このオレンジのパウンドケーキを選んだかという理由にも繋がるので。
「これはね、マギサ。ルシアさんの作ったケーキなんだよ」
「ルシア……。……タルトノ人!」
「そう。この前フルーツタルトを作ってくれたパティシエのお姉さんだよ。マギサに持っていくお菓子の話をしたら、これなら日持ちがするからゆっくり食べられるんじゃないかって教えてくれてね」
悠利の言葉に、マギサは嬉しそうな空気を隠しもしない。自分の果物を使ったフルーツタルトを作ってくれたルシアのことを、マギサは良い人だと思っている節があるのだ。その彼女が自分のことを考えて選んでくれたということで、喜びが一入なのだろう。
「大事ニ食ベルネ」
「うん。次はこれ。燻製にしたナッツの詰め合わせだよ」
「燻製……?」
何それと言いたげなマギサに、悠利は燻製について簡単に説明をする。食材を煙で燻して風味を付ける調理方法だと聞いて、不思議そうな顔をしている。マギサにはこれもまた未知の世界で面白いことになるのだろう。
ナッツ自体はマギサも認識していたらしい。ただ、あんまり食べるという感覚はなかったようだ。ここは植物系の採取ダンジョンなので、ナッツ類もマギサは出そうと思えば出せる。食べるためには加工が必要になるが。
とはいえ、燻製という一手間はマギサには出来ないので、そういう意味で燻製ナッツなら土産に良いのではと思ったのだ。小袋を幾つか買ったので、悠利はその一つを開けてマギサに匂いを嗅がせている。
「……ワァ、木ノ匂イ」
「うん。良い香りのする木のチップを一緒に燻して匂いを付けるんだって」
「コレモ大事ニ食ベル」
「燻製ナッツも日持ちするから大丈夫だよ」
「ウン」
マギサは一人だし、身体も小さい。胃袋も身体に合わせて小さいので、日持ちのしないお土産では食べきれずに腐らせてしまう可能性があるのだ。それを考慮して、比較的日持ちするお土産を選んできたのだが、大正解のようだった。
続いて悠利はクッキーをはじめとした焼き菓子について説明を始める。そしてマギサはそれを真剣な顔で聞いている。
大変微笑ましい光景を、ルークスが妙にドヤ顔というか訳知り顔で見ていた。うちのご主人様は優しくて、大事なお友達は可愛いとでも思っていそうな感じだった。もっと端的に言うと、後方彼氏面とか言われそうな雰囲気である。
そして、そんなルークスも含めた光景を、ヤクモが実に微笑ましそうに眺めていた。実力はいずれも規格外ながら、内面は純粋で真っ直ぐで愛らしい子供達だと思っている感じである。実際ヤクモから見たら悠利は十分子供なのでそういう評価になる。
マギサはダンジョンマスターなので外見通りの年齢ではない。だが、その内面は外見に準じたものでしかない。知らないことに目を輝かせ、友達と遊べることに大喜びする幼児でしかないのだ。
……時々ちょっぴり怖いオーラが出ることもあるが、それもまたご愛敬である。基本的にマギサは良い子なので。
一通り悠利がお土産の説明を終わらせたところで、マギサは真剣にお土産を見つめていた。そして、一口サイズのクッキーが入った袋に手を伸ばした。色々な味が楽しめるようにと小袋を幾つも買ってきてあるのだが、それを複数手に取る。
「マギサ? どうかした?」
「……オヤツ」
「え?」
「オヤツ、一緒ニ食ベヨウ?」
そう言って、マギサはにこっと笑った。確かに丁度ティータイムの時間帯ではある。あるのだが、マギサが手にしたクッキーはマギサへのお土産である。悠利は慌てて口を開いた。
「待ってマギサ。それはマギサへのお土産だよ。おやつなら、僕が手持ちの何かを出すから……」
そう言って魔法鞄になっている学生鞄に手を伸ばす悠利。時間停止機能が付いているので、悠利は常に作り置きのお菓子や軽食を学生鞄に入れているのだ。
けれど、そんな悠利をマギサが制する。ふるふると首を左右に振って、学生鞄に触れる悠利の手をそっと止める。
「マギサ?」
「僕、コレヲ一緒ニ食ベタイ」
「……何で?」
頑ななマギサにきょとんとする悠利。そんな悠利に答えをくれたのは、ヤクモだった。状況をずっと静観していたお兄さんは、何か思うところがあったらしい。
「ユーリよ。その者は、共に食すことで祭りの気分を味わいたいのではないか?」
「へ?」
「ソウ!」
「祭りで売っていた菓子を共に食すことで、祭りを堪能したいのだろうよ。付き合ってやると良い」
「あー、なるほどー」
外に出られないマギサにとっては、そんな些細なことでもお祭りを感じられる何かなのだろう。こんなことなら、一緒に食べる用のお菓子も買っておくんだった……と思う悠利だが、当のマギサはそんなことを気にしていないのか、うきうきしている。大変愛らしい。
「ルークスハ、ココ。椅子ノ高サ、大丈夫?」
「キュウ!」
「良カッタ」
お茶をするためのテーブルも椅子もマギサが出しているので、サイズの調整もお手の物だ。スライムのルークス用に他より座面を高くしたものを用意しているのも、いつものことだ。ここではルークスも、皆と一緒に席に着くのである。何せ、マギサのお友達枠なので。
そしてマギサは、満面の笑みを浮かべて悠利達に声をかけた。
「ユーリハ、ココ。糸目ノオ兄サンハ、ココ」
「はいはい」
「我もか?」
「一緒ニ!」
「そうか。では、同席させて貰おう」
「ワーイ」
仲良しのお友達であるお子様チームだけの話かと思っていたヤクモは、当然のように席を用意され、ご機嫌で誘われて思わず笑った。だが、マギサがそれはそれは嬉しそうな顔をするので、大人しく参加してくれるらしい。優しい。
ちなみに悠利は、おやつにすると決まったならやることは一つと言わんばかりに、学生鞄から飲み物を取り出していた。本日はほどよく冷えたアイスティーである。クッキーのお供には最適だろう。
「それじゃあ、いただきます」
「イタダキマス!」
「キュ!」
「いただきます」
全員行儀良く食前の挨拶をし、マギサが選んで封を切ったクッキーへと手を伸ばす。一口サイズのクッキーなので、悠利とヤクモは指で摘まんで口へと運ぶとそのままひょいっと口の中に入れてしまう。ルークスは両手で持つような仕草をしながら少しずつ吸収しているし、マギサも同じように両手で持って少しずつ囓っていた。
一般的に一口サイズのクッキーとはいえ、幼児と同じぐらいにちんまりしているマギサには一口で食べるのは大きいのだろう。或いは、じっくり味わいたいのかもしれない。
クッキー自体はシンプルなバタークッキーで、砕いたナッツが入っていたり、味付けとしてジャムやドライフルーツが練り込まれていたりと様々だ。ベースがシンプルなので、色々なアレンジが出来るのだろう。バターの豊かな風味と、サクサクとした食感が実に楽しい。
しばし一生懸命クッキーをかじっていたマギサは、一枚目を食べ終わった瞬間、悠利を見てニコッと笑った。実に嬉しそうな笑顔だった。
「美味シイネ!」
「気に入ってくれて良かった。マギサがいっぱい食べてね」
「皆モ食ベテ」
「ありがとう」
美味しいおやつを、大好きなお友達と一緒に食べる。それが何より幸せなのだと言いたげなマギサに、悠利も思わず笑顔になる。ルークスも楽しそうにキュイキュイと鳴いており、実に微笑ましい光景だ。それを見つめながら、ヤクモもそっとクッキーへと手を伸ばす。実に平和な時間であった。
お祭りに一緒に参加することは出来なくとも、こうやって祭りの残滓を堪能出来るだけで嬉しそうなマギサ。その姿を皆に伝えるところまでがお祭りだなぁと思う悠利なのでした。楽しい楽しいお祭りは、終わりもとても楽しかったのです。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





