楽しい楽しい食べ歩き
交代の時間になったので、悠利はレレイと共にお祭りを見て回ることにした。勿論、護衛としてルークスはちゃんと一緒にいる。置いていくなんて言われたら、ルークスはこの世の終わりみたいな反応をするだろう。もしくは、危ないからと悠利が一人で移動するのを妨害したかもしれない。
そんな過保護な一面を持つ愛らしいスライムはと言えば、人混みの中で皆の邪魔にならないようにと、悠利の腕に抱きかかえられていた。ルークスはちょっとやそっとじゃ痛みを感じないし、ちゃんとぶつからないように移動できる。しかし、もしものことがあってはということで、抱っこで移動中なのだ。
主が大好きなルークスにとっては、それはそれで嬉しいことらしく、ご機嫌でキュイキュイと鳴いていた。大変愛らしい。
「じゃあ、本職の人のお店行って、色々食べようねー」
「うん。何があるか楽しみだね」
「楽しみー!」
悠利達が今いるのはアマチュアのスペースだが、お腹を満たすためにもまずはプロのスペースへお邪魔しようということになった。賑やかな人混みの中を二人と一匹で歩く彼らの姿は、どこからどう見てもお祭りを楽しんでいる一般人だった。
強いて言うなら、悠利もレレイも「美味しいものいっぱい食べたい」みたいなオーラが出ているからか、男女で歩いていても家族のようにしか見えないというところだろうか。普段から一緒に生活しているので、会話が妙に所帯じみてしまうのもあるかもしれない。平和な光景である。
そうして移動したプロが出店しているエリアでは、先ほどまでのアマチュアのエリアとはまた違った雰囲気があった。どのスペースも本格的な店構えである。隣との間に仕切りを作ったり、テーブルの上にきちんとした陳列台が置かれていたり、旗や看板で店の名前をアピールしていたりする。
「わー、こっちはちゃんとしたお店って感じだねぇ」
「そうだね。それに、一つ一つのスペースが広く取ってある気がするよ」
「あ、確かに。置いてある料理も本格的だし、調理する場所が必要ってことかなぁ?」
「お客さんもこっちの方がいっぱい来そうだしね」
「……むぅ、悔しいけどそれはそうかも」
ちょっぴり悔しそうにレレイが呟けば、悠利はあははと小さく笑った。自分達が出店しているからこそ、違いが目について色々と悔しいのだろう。まぁ、文化祭の出し物イメージでやっている悠利達とは、意気込みも準備も何もかもが違うはずだから仕方ない。
調理をしている人の動きは迷いがなく手慣れているし、接客や客引きの人たちの対応も素晴らしい。また、人が多く集まっても大丈夫なようにと、通路の幅はアマチュアのエリアよりも広く作られていた。おかげで歩くのにも特に困りはしない。
そんな風に歩いていると、悠利の腕の中のルークスが興味深そうに声を上げた。
「キュー?」
「どうしたの、ルーちゃん」
「キュイ、キュ!」
「あっち? あっちのお店が気になるの?」
「キュウ」
ちょろりと伸ばした身体の一部で方向を示すルークスに、悠利は視線をそちらに向ける。身体を揺すって移動してほしいと訴えるルークスの願いを叶えるために、悠利はレレイの腕を引いてそちらへと歩いていった。
向かった先、ルークスがここだと示したのは、野菜を売っている店だった。正しくは、野菜チップスを売っている店だった。色とりどりの野菜がカラフルで目に楽しい。
その場で作っているのではなく、大量に作ったものを持ち込んでいるようで、大きなボウルに種類ごとに入れられている。それを、客の注文に応じて袋に入れて渡しているらしい。量り売りみたいな感じだった。
「ルーちゃん、このお店が気になったの?」
「キュキュー」
野菜チップスを見て嬉しそうに身体を上下に揺するルークス。ルークスが見ているのは、色々な種類の野菜チップスを一つにまとめた見本の袋だった。種類ごとでも買えるし、最初から複数まとめて入れてあるお得パックみたいなものも用意してあるらしい。
それを見て、悠利は何でルークスが興味津々といった感じに野菜チップスを見ていたのかを理解した。色とりどりの野菜チップスをまとめて入れてあると、その色合いがルークスの大好きな野菜炒めみたいに見えるのだ。
「ルーちゃん、これは野菜炒めじゃないよ」
「キュ!?」
「確かにお野菜を使った食べ物だけど、野菜炒めじゃなくて野菜チップスだね。薄く切ったお野菜を揚げてあるんだよ」
「キュウゥ……」
悠利の説明を聞いたルークスは、しょんぼりとした感じの声で鳴いた。好物の野菜炒めを見つけたと思ったら違っていたので、ちょっぴりショックを受けたらしい。違うのかぁ、みたいな感じである。相変わらず感情表現が豊かなスライムである。
落ち込んでいるルークスを尻目に、レレイは試食として用意されている野菜チップスをつまんでいた。薄切りなのでパリパリとした食感が楽しく、シンプルに塩だけで味付けされているのがまた野菜の旨みを引き出している。野菜によって厚みが違うのもまた楽しい。
そしてレレイは、店主に許可を貰ってから試食用の野菜チップスを一枚手に取って、ルークスに差し出した。カボチャのオレンジが鮮やかで美しい。
「キュ?」
「野菜炒めじゃないけど野菜の食べ物だし、味見してみたら良いじゃん。ね?」
「キュピ!」
はいどうぞ~とレレイが差し出した野菜チップスを、ルークスはちょろりと身体の一部を伸ばして受け取った。そしてそのまま、そろーっと食べ始める。スライムの食事は食べるというよりは吸収する感じなのだが、ひとまず真面目な眼差しで咀嚼している。
そうしてきちんと全部吸収し終えたルークスは、一度目を閉じてから開いた。カッ! みたいな効果音が付きそうな感じで。
「キュイ!」
何やらとても真剣な眼差しと声だった。キリリとしたルークスに、悠利とレレイは顔を見合わせた。残念ながら彼らにルークスの言葉は解らないが、それでも今のは何となく解った気がした。
「えーっと、気に入ったってことで良いのかな、ルーちゃん?」
「キュ!」
「それじゃあ、一袋買おうか。この色々混ざってるやつで良い?」
「キューイ」
悠利の言葉に、ルークスは嬉しそうに鳴いた。悠利の腕の中で身体をゆらゆらと揺すっている。それだけ楽しみにしているらしい。そんな一人と一匹の姿を楽しそうに見た後に、レレイが楽しそうに野菜チップスの袋を二つ買っていた。どちらも中身が色々混ざっているミックスのものだ。
支払いを終えたレレイが、一袋をルークスに差し出した。もう一つは自分が手に持っている。
「じゃあ、これ一つルークスの分ねー。ユーリは一緒に食べよー」
「うん」
「キュ!」
「パリパリして美味しいよねー」
レレイから野菜チップスの袋を受け取ったルークスは、嬉しそうにそれを食べ始める。愛らしいスライムが嬉しそうに野菜チップスを食べるという不思議な光景だった。それも、身体の一部をちょろりと伸ばし、片方で袋を持ち、もう片方で袋の中身を持って食べるような動作をしている。
……ルークスはスライムなので、ぶっちゃけるとどの部位からでも触れたものを吸収できる。それをあえて、手でつかんだものを口へ運ぶみたいなやり方をしているのだから、人目を引く。何だろうあのスライム? みたいな視線が向かってくる。
しかし、ルークスは何も気にせず野菜チップスを食べているし、悠利とレレイもあまり気にしていなかった。二人にとっては、ルークスが大好きな悠利の真似をして人間っぽい感じで食事の動作をするのはいつものことなのだ。
だから二人は、他の人の邪魔にならないように立ち位置を調整しながら、レレイが手にした野菜チップスの袋の中身を仲良く食べていた。
「これ、味付けは塩だけっぽいけど、野菜が美味しいから美味しいね」
「うん。素揚げ野菜も美味しいけど、薄切りにしてあるとおやつになるね」
「作ろうと思えば作れるけど、美味しい野菜を手に入れて、綺麗な薄切りにしないとダメだと思うよ」
「大丈夫、大丈夫。野菜はマギサのところで手に入れれば良いし、薄切りはユーリなら出来るよ」
「わぁ、すごい信頼」
パリパリと野菜チップスを食べながら、そんなのんきな会話をする二人。レレイの中で悠利はすごく料理が上手という扱いなので、野菜の薄切りぐらい出来るでしょ? と言いたげである。普段から胃袋を捕まれているだけはある。
レレイに言われたからではないが、悠利は野菜チップスの入った袋に視線を向ける。色々な野菜が入っていて、色とりどりで美味しそうだ。自分達で作るとして、やはり立ち塞がるのは野菜の固さだろう。人参やジャガイモはともかく、カボチャはちょっと手強そうだなと思った。
「まぁ、余力があったら皆で作るってことで」
「わーい」
「キューイ」
「……珍しいなぁ。ルーちゃんまでその気になってる」
うきうき状態のレレイと、同じようにウキウキのルークス。珍しい光景に、悠利は思わず笑った。レレイとルークスは意気投合して、野菜チップスは美味しい! みたいな感じで盛り上がっていた。
野菜チップスを食べ終わると、次のお店を探してうろうろ歩く。なお、ルークスは一袋を全部食べており、悠利とレレイは八割ぐらいはレレイが食べている。他にも色々食べようと思っているので、これぐらいのバランスでちょうど良いのだ。
次に食べるものを見つけたのは、レレイだった。目が輝いている。
「ユーリ、アレ、アレ食べよう。串焼き!」
「レレイ、落ち着いて。お店は逃げないから。騒ぐと周囲の迷惑になるよ」
「……はい」
「えーっと、お肉の串焼きかな?」
「そう。すっごくいい匂いしてる!」
満面の笑みを浮かべるレレイ。彼女は猫獣人の父親から身体能力を受け継いでいるので、五感も人間の悠利より優れている。そのため、美味しいお肉の焼ける匂いに反応したのだろう。そうでなくても彼女は食べるのが大好きで、お肉が大好きなのだから。
うきうきで歩くレレイの後を、ルークスを抱いた悠利が追う。彼女が目を付けた串焼きのお店は賑わっていて、調理担当が次々と新しい串焼きを焼いていた。その肉の焼ける匂いが客を呼び込むのだから、客足が途切れないのも納得だった。
何が売っているのかを確認すると、バイソン肉の串焼きを数種類販売していた。味はタレと塩の二種類で、部位ごとに串に刺してあるようだった。脂ののった部位が好みの者もいれば、赤身が好みの者もいるのだろう。どの部位も満遍なく売れているようだった。
「お肉、お肉、お、に、くー」
「レレイは本当にお肉が好きだねぇ」
「お肉を食べると元気が出るからね!」
「ははは、流石、身体が資本の冒険者」
順番待ちの列に並びながら、どれを食べようかうきうきしているレレイは、本当に嬉しそうだった。反対にルークスは特にお肉には興味がないらしく、悠利の腕の中で大人しくしている。
しばらく並んでから、レレイは四本、悠利は一本の串焼きを購入した。レレイはロースとモモを塩とタレで一本ずつ買い、悠利はちょっと奮発してヒレのタレを一本購入した。
「いただきまーす」
「いただきます」
ご機嫌で串焼きを頬張るレレイ。猫舌なので焼きたてではなく作り置きされている分を希望していたが、それでも十分に美味しいらしい。へにゃりと相好を崩して幸せそうだ。悠利の方は焼きたての串を貰ったので、火傷に気をつけながらそろりとかぶりつく。
肉はどれも成人男性なら一口で、女性や子供ならば二口ほどで食べられるぐらいの大きさだった。一つの串に五つ刺さっており、食べ応えがある。それをためらいなく四本も購入するのだから、やはりレレイはよく食べると言えよう。
ロース肉を頬張って、レレイは口の中に広がる肉汁を堪能している。ほどよく脂がのっているのも影響しているのか、噛めば噛むほどにじゅわり旨みが出てくるのだ。タレは甘辛い雰囲気だが、どちらかというと甘みが強い。大人も子供も楽しめるだろう味だった。
同じロース肉でも、塩で味付けをされた方はまた味わいが異なる。肉そのものの旨みを引き出すような、シンプルな塩の味わいが何とも言えない。肉の脂で塩が溶けるような雰囲気があり、素朴でありながら濃厚な味わいである。
もも肉は脂は控えめだが、その分しっかりとした弾力と肉の優しい旨みが口を楽しませる。タレも塩もどちらも美味しく、レレイは両手に持った串を交互に囓って堪能していた。ちょっと行儀は悪いが、今日はお祭りなので悠利も何も言わなかった。
「やっぱりバイソン肉はお肉の味が濃いよねぇ」
そう呟く悠利は、タレの味がしっかりとついたヒレ肉を満足そうに食べている。口いっぱいに頬張るのは食べにくいので、悠利は一つの肉を二口ほどで食べている。ヒレ肉は赤身なので脂身は少ないが、肉が上等な上に丁寧に下ごしらえがしてあるようで、とても柔らかかった。
甘みが強い甘辛のタレは、悠利のイメージでは焼き鳥屋さんの甘めのタレに近い。そのタレの甘みと、バイソン肉の持つ濃厚な旨みが混ざり合って口の中を楽しませてくれる。特筆するべきは、焼きながらタレを塗ったのではなく、タレに漬け込んだ肉を焼いていることで中までしっかりと味が染みこんでいることだろう。どこを食べてもちゃんと味がするのだ。
「バイソン肉美味しいよね!」
「美味しいね」
「美味しいのにいつものご飯に出てこないのは、やっぱり高いから?」
「うん。皆にお腹いっぱい食べてもらおうと思うと、予算がね」
「そっかぁ」
悠利の説明に、レレイはしみじみとした表情になった。バイソン肉は確かに美味しいが、ちょっぴりお高いのだ。別に庶民の手が出ないような高級肉ではないが、普段使っているオーク肉やビッグフロッグ肉、バイパー肉に比べると値段に差がある。少量ならともかく、育ち盛りな上に身体が資本の冒険者達を満足させる分量を購入しようと思うと、それなりのお値段になってしまうのだ。
別に、予算が少ないわけではない。なくなったと言えば、よほど無駄使いをしたとかでもない限り、アリーは追加のお金をくれるだろう。それは解っているのだが、なるべくなら無駄を省いて安くて美味しいご飯をお腹いっぱい食べてもらいたいと思ってしまうのだ。庶民の性かもしれない。
一応レレイもそのあたりのことは解っているので、バイソン肉が食べられなくて不満だ、みたいな態度には出ない。ただ、バイソン肉も美味しいよねという事実を確認しているにすぎないので。
「レレイはやっぱり脂がのってる部位の方が好きな感じ?」
「んー、どっちも好きだよ。美味しいお肉は脂も美味しいから。ユーリは違うの?」
「脂の旨みがあるのは理解するけど、僕の場合は脂が多い部位をたくさん食べると胸焼けしちゃうからねぇ……」
「そっかぁ。大変だねぇ」
こんなに美味しいものをいっぱい食べられないなんて可哀想だなぁ、みたいな感じになっているレレイだった。まぁ、自分の方が悠利よりたくさん食べることは理解しているレレイなので、無理しなくて良いよと笑っている。
そもそも、今こうして二人で買い食いをしているのだって、悠利が食べたいものを食べたいだけ食べるための行動である。お互いにそれが解って一緒にいるので、二人の会話は実にスムーズだった。
……なお、お肉に特に興味がないルークスは、二人が食べ終わるまで大人しくしていた。そして、いらないならその串を処理するからちょうだいと言わんばかりにちょろりと身体の一部を伸ばす。ちょんちょんと串をつつく仕草は何とも言えず可愛かった。
「ルーちゃん?」
「キュキュ」
「あぁ、串を引き取ってくれるの? ありがとう。お願いするね」
「ルークスありがとー」
「キュピ!」
二人から串を受け取ったルークスは、コレが自分の仕事だと言わんばかりに串を処理し始める。悠利もレレイも慣れたものなので、特に気にしていない。ただ、周囲の人々にとっては衝撃の光景だったのだろう。足を止めて凝視している人々もいた。
まぁ、そんな視線に気づかない二人なので、そのまま次の美味しいものを求めてうろうろするのであるが。まだまだレレイの胃袋は余裕があるし、悠利もまだ食べられる。次は何にしようかと、二人は楽しそうに周囲を見渡しながら歩く。
ぷらぷらと歩いていると、美味しそうな匂いをさせるスープが目に付いた。思わず悠利が足を止めたのは、それがよく知った香りだったからだ。端的に言うと、味噌汁の匂いがしたのである。
けれど、普段作っている味噌汁とは少しばかり匂いが異なる気がした。何がどうとは言えないのだが、他の匂いが混ざっている気がしたのだ。悠利がそんな風に考えて込んでいる間に、レレイが二人分の味噌汁を買って戻ってきた。実に動きが速い。
「このお味噌汁美味しそうだけど、何か色がいつもと違うよねー」
「買ってきてくれてありがとう、レレイ。確かに、味噌だけの色じゃない感じだね」
「何の色だろー?」
悠利に器を手渡したレレイは、不思議そうに味噌汁の匂いを嗅いでいる。猫舌の彼女はすぐには食べられないので、まずは香りを楽しんでいるらしい。なお、嗅覚は悠利より数倍上なのだが、匂いだけで食材を言い当てる知識はないので「美味しそうだねー」というコメントになるのである。
器の中身を見て、香りを楽しんだ悠利は、小さく呟く。何となくだが、色合いと匂いから使われているものが解った気がするのだ。
「これ、牛乳とバターが入ってるのかもしれない」
「へ? 味噌汁に牛乳とかバターって入れるの?」
「入れる地域もあるよ。僕はやらないけど」
驚いたようなレレイに、悠利は笑って答えた。牛乳もバターも、味噌汁に追加されることがあるのは知っている。そもそも味噌汁は家庭や地域によって具材も味付けも変わるものだし、そもそも味噌自体が地域で違いがあるのだ。そういう意味では、アレンジとして間違ってはいない。
恐らくは、ハローズが販売する味噌を購入した誰かが、食べやすいまろやかさを求めて牛乳を入れ、コクを求めてバターを入れたのであろう。王都ドラヘルンの食文化は基本的に洋食なので、そちらの方が馴染んだ可能性はある。
普段作らない不思議な味噌汁とはいえ、匂いは美味しそうだ。美味しそうな匂いがしているなら問題なかろうと、悠利はそっと器に口を付けた。
まだ熱い味噌汁に気をつけながら、そろりと口に含む。出汁の旨味も、味噌の風味もあるが、そこに牛乳の優しい丸みとバターの塩味を含んだコクが加わっている。いつもと違う風味だが、これはこれで間違いなく美味しかった。
それに、牛乳が入っているせいだろうか。味噌に含まれる塩の角が取れて優しい味わいになっており、するすると飲める。ポタージュまではいかないが、ミルクスープの優しさを内包しているような味噌汁であった。不思議だが美味しいというのが正直な感想だった。
使われている具材は、タマネギと薄切りのベーコンだ。タマネギの甘みとベーコンの旨味が全体に染みこみ、味噌汁の味に深みをもたらしている。この二つならば牛乳ともバターとも相性が良いのだろう。全体の味を壊すことなく調和していた。
「優しい味の味噌汁だね」
「美味しいけど、何かいつもと違う感じだね」
「そうだね」
「あ、でも、これはパンに合う味噌汁だね!」
「……確かに」
重要なことに気がついたと言いたげなレレイに、悠利は真顔で頷いた。普段の味噌汁はどう頑張っても和風の枠から外れないので、パンよりはご飯に合うというのが悠利だけでなく皆の考えだ。なので、パンの日はスープを作るようにしている。
その感覚でいくと、牛乳とバターで味変されたようなこの味噌汁は、パンにもご飯にも合うような感じだった。こういうときのレレイの気づきは間違っていないので、悠利も同意するしかない。
彼女は食べることが大好きなので、何と何を合わせたら美味しいかが即座に思いつくようだ。
色々と食べ歩きが出来るようにということなのか、味噌汁の入っている器は小振りだ。二人もあっという間に味噌汁を飲み終えた。暑い日に熱い味噌汁はどうかと言われそうだが、意外と好評のようだった。
それは多分、牛乳とバターのまろやかな味わいを好む味覚と、塩分を求める身体の反応の両方が影響しているのだろう。悠利達も味噌汁を飲んで美味しいとホッとする気持ちになっているので。
食べ終えた器は店に返す必要があるのだが、その前にルークスが自己主張で割り込んでくる。
「キュ!」
「え、ルーちゃん?」
「……持っていく前に綺麗にしたいってこと?」
「キュイ」
悠利がレレイに器を渡そうとすると、ルークスが妨害するように身体の一部を伸ばしてきたのだ。そしてそのまま、早く頂戴と言わんばかりに器に触れている。
ルークスの言葉は解らないながらも、こういった行動には慣れている二人なので、レレイは逆らわずにルークスに器を手渡した。ルークスは満足そうに笑うと、そのまま器を取り込んで綺麗にしてくれる。
しっかりと器の汚れを落としてからレレイに渡すルークス。それを受け取って、レレイは店に器を返すために走っていった。それを見送って、悠利は腕の中のルークスに声をかける。
「お外では別に食器を綺麗にしてくれなくてもいいんだよ?」
「キュー」
「あはは。まぁ、ルーちゃんがやりたいなら良いけどね」
「キュピ!」
悠利の許可を得るカタチになって、ルークスは満足そうに鳴いた。恐らくは、この後の食べ歩きでも自分の仕事を果たすつもりなのだろう。安定のルークス。
器を店に返したレレイが戻ってきて、悠利の腕を引く。
「レレイ?」
「あっちにも美味しそうなのあったよ。行こう?」
「うん、そうだね」
どうやら、持ち前の五感で良い感じの料理を発見したらしい。うきうきしているレレイに思わず笑って、悠利は彼女に手を引かれて一緒に歩いていくのだった。
楽しい楽しい食べ歩きはまだまだ続き、二人と一匹は元気にのんびりと休憩時間を満喫するのでありました。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





