千客万来、初めての出店!
いよいよ、お祭り当日がやってきた。プロもアマチュアも自分が作った美味しい料理を販売して皆に楽しんでもらうお祭り、「料理祭」である。プロのスペースとアマチュアのスペースはきっちりと場所が分けられているので、プロのすごい料理の傍らで肩身の狭い思いをするアマチュアは存在しない。
……まぁ、世の中には「……プロじゃないんですか?」と聞きたくなるような凄腕のアマチュアも存在するが。ひとまずは、エリア分けされているので買いに来る人々の目も優しいという感じである。
そんな中、悠利は何をしているかと言えば、せっせとミニアメリカンドッグを作っていた。フライパン型たこ焼き器を使っての調理も慣れたものだ。
悠利達のスペースは並んで四人が立てるぐらいの横幅のテーブルだ。半分をミニアメリカンドッグの作業スペースに割り当て、もう半分で接客を行っている。色とりどりのフルーツ飴も並べられていて、人目を引くだろう。
ハンドメイド系のイベントのような、文化祭の模擬店のような、素人感のあるところがまた風情がある。一応、接客スペースの方は綺麗な布をテーブルに敷いてみたり、陳列棚を作ってみたりしているが。
「ありがとうございます。串に気をつけて食べてくださいね」
そう言ってお客さんにフルーツ飴を手渡しているのは、ロイリスだった。実年齢十二歳、外見年齢七、八歳頃のハーフリング族の少年は、柔らかな笑顔を浮かべて接客をしていた。そのふんわりとした雰囲気に癒やされているのか、お客さんの反応も上々である。
その隣ではイレイシアが、出来たばかりのミニアメリカンドッグを紙袋に詰めてお客さんに渡していた。熱いので気をつけてくださいねと微笑む美少女に、お客さんも嬉しそうだ。
大人数でいても作業が出来ないので、交代制で調理や接客を担当することになっていて、今はロイリスとイレイシアが接客担当だった。ちなみに調理担当は悠利とカミールである。しかしカミールは調理担当というよりは、客引き担当みたいになっていた。
「おっ、お客さん、これが気になる? ミニアメリカンドッグっていう一口サイズの焼き菓子だよ。中にウインナーが入ってて美味いんだ。良かったら、一つ試食にどう?」
「え? いいのかい?」
「勿論。断言するけど、一つ食べたらきっと買いたくなるね」
「ははは、すごい自信だなぁ」
そんな風に言いながら、カミールは串に刺したミニアメリカンドッグを一つ、通りすがりのお兄さんに差し出した。中身がウインナーだと聞いているので、特に怖がる素振りもなく囓るお兄さん。その姿に、カミールは笑っている。
一口食べて、ほんのり甘い生地とウインナーの抜群の相性に気づいたらしいお兄さんは、まだ口をもごもごさせながらもカミールに向けてぐっと親指を立てて見せた。カミールも笑顔で同じように親指を立てた。通じ合っている。
「ご購入は隣でどうぞ。うちの自慢の癒やし担当が販売します」
「それじゃあ、一袋もらえるかな」
「はいはい。イレイスさーん、ミニアメリカンドッグ一袋お願いしますー」
「はい、解りましたわ」
流れるように接客スペースへと客を誘導し、イレイシアにバトンタッチするカミール。……手慣れている。あまりにも手慣れていた。これが商人の息子のポテンシャルかと、悠利はミニアメリカンドッグを焼きながら戦慄した。
何せ、カミールがこんな風にお客さんを呼び込むのは、一度や二度ではないのだ。ちょっとでもこちらに意識が向いたお客さんを素早く認識し、軽快なトークで引きつけるのだ。そして、さらりと試食用のミニアメリカンドッグを手渡し、そのまま購買へと繋げてしまう。
しかも、相手によって口調を変えるオマケ付きだ。今はお兄さん相手の軽口みたいな接客だったが、場合によっては丁寧な物腰で上品に対応することもあるし、無邪気な子供を装うときもある。もはや一種の特技のように悠利には思えた。
「……カミールは一体何者で、何を目指してるの……」
「俺は《真紅の山猫》の見習い組で、トレジャーハンターを目指してるんだよ」
「もう素直に真っ直ぐ商人を目指したら良いんじゃないのかな……」
「別に俺は商人は目指してないんだよなぁ……」
悠利の言葉に、カミールはひょいと肩をすくめた。どう考えても商人が天職なのにと思いつつ、悠利は大人しく作業に戻った。
なお、客引きをしているのはカミールだけではない。スペース内で作業をしているのは悠利達四人だけだが、両脇に護衛担当が立っていて、そのうちの一人が元気に客引きをしているのだ。
「あ、ねーねー! 美味しいフルーツ飴あるよー! ミニアメリカンドッグっていう、ウインナーの入ってる一口サイズの焼き菓子もあるよ! 見てってー!」
満面の笑みを浮かべて通りかかる人々に声をかけているのは、レレイだった。天真爛漫を絵に描いたような彼女は、笑顔とよく通る声でお客さんを引っ張っていた。まぁ、彼女がいるのは接客側で、そこにいるロイリスとイレイシアは控えめな性格なのでバランスは良いのかもしれない。
こっちこっちー! とお客さんを呼び寄せるレレイは護衛役だが、悠利達と同じようにエプロンを着けていた。お祭りでお店を出すときの決まり事として、「同じ店舗の人間だと解るように揃いのものを身につける」というものがあるのだ。悠利達はそれをエプロンにしたのだ。
なお、エプロンの色はバラバラだ。各々好みの色を身につけている。では何がお揃いかというと、胸の部分にデフォルメした赤猫の刺繍が施されているのである。《真紅の山猫》なので赤い猫という安直な感じだが、可愛い赤猫の刺繍は割と好評だった。
ちなみに、机の横に立てた旗にもそのデフォルメされた赤い猫がいる。こういう集団ですというのを示すマークとして活躍していた。
……調理、接客担当だけでなく護衛担当もエプロンを身につけているというところから、察してほしい。レレイの反対側、調理スペースの横に立つリヒトも同じように赤い猫の刺繍が施されたエプロンを身につけていた。ちょっと居心地が悪そうである。
一目で店の人間と解るようにということなので、護衛担当もエプロン着用から逃れられなかったのだ。せめて同じデザインの猫の刺繍をした腕章とかじゃダメなのかという意見もあったが、それじゃ解りにくいからとエプロンで押し切られた結果であった。
まぁ、護衛担当とはいえ、平和なお祭りだ。よほどでなければ危ないことは起こらないだろうし、護衛担当が腕を振るうこともないだろう。だから、エプロン着用で微笑ましさを演出していても問題ないのだ。多分。
「あ、レレイだ。何してるの?」
「皆でお店出してるのー。小腹空いてるならミニアメリカンドッグっていうウインナーの入った焼き菓子がおすすめだし、甘いものが食べたいならフルーツ飴がおすすめだよ!」
「客引き?」
「ううん。あたしは万が一の護衛だよ。大事な仲間を守る大事な仕事」
「……やってることは客引きじゃん」
通りがかった女性三人組が、レレイと軽快なやりとりをしている。ツッコミを入れつつもレレイの説明を聞いていたのか、ちょっと見せてねと売り子の二人に断って商品を見ている。色々あるのねーと楽しそうな彼女達に、ロイリスとイレイシアははにかみながらも接客をしている。
悠利はちらっとリヒトに視線を向けて、問いかけた。
「あの人たちってレレイの知り合いですか?」
「時々一緒に依頼も受けてる冒険者だな。女性三人組で、無理せず堅実に依頼をこなしてる優秀な人たちだよ」
「そうなんですね」
「まぁ、レレイにしてみたら友達だな。友達だから遠慮なく呼び込んだんだろう」
そう言ってリヒトは笑った。誰が相手でも物怖じしないレレイは顔が広いらしく、そんな彼女を見かけて興味深そうにやってくる人々は後を絶たない。老若男女問わずに人がよってくるのだから、一種の人徳というやつだろう。
「レレイ、このフルーツ飴のおすすめってあるの?」
「全部美味しいよ!」
「食い気味の説明ありがとう……」
女性のうちの一人が発した問いかけに、レレイは相手の発言が終わるより前に返事をしていた。並んでいるフルーツ飴は色々な種類があって、その中のどれがおすすめなのかを聞かれたのに、全部と答えるあたりがレレイである。
まぁ確かに、全部美味しいのだ。何せ、使っている果物が収穫の箱庭のものなのだ。ダンジョンで採れる迷宮食材はどれもこれも、普通に栽培されたものよりも圧倒的に美味しい。その美味しいと解っている迷宮食材の中でも、ダンジョンマスターのマギサが自ら生み出して渡してくれるものは更に美味しい。極上品である。
なのでレレイは嘘偽りない本心を伝えていた。それが解るからか、女性達は真剣に悩んでフルーツ飴を見ていた。どれもこれも美味しそうで選べないらしい。
「あの、お好きな果物で選ばれるのはどうでしょうか?」
「え?」
「飴がかかっているとはいえ、飴の部分は薄いので味はほとんど果物なんです。ですから、お好みの果物のものを選ばれると良いかなと思うのですが」
「なるほどね。ありがとう。参考にするわ」
「いえ、お役に立てたなら良いのですけれど」
イレイシアの言葉に、女性はにこりと笑ってくれた。自分からぐいぐい積極的に他人に絡みに行くタイプではないイレイシアにとってはかなり頑張った行動で、それを好意的に受け止めてもらえたので嬉しそうだった。照れたようにはにかむ姿も可愛らしい。
しばらく考えて、女性達はそれぞれフルーツ飴を一本とミニアメリカンドッグを一袋ずつ買っていった。去っていく彼女達にレレイは、「美味しかったら宣伝しといてね!」とちゃっかりしたことを言っていたが、笑って「了解」という返事をしてくれた。口コミに期待です。
そんな風に次から次へとカミールとレレイが客引きをするので、何だかんだで悠利達の店は繁盛していた。賑やかで平和なお祭りなので特に危ないこともなく、護衛担当が仕事をする必要もない。
……だからだろうか。悠利の護衛よろしく足下に控えていたルークスが、暇を持て余したかのようにそっと机の前に移動した。それまでは机の下にいたルークスが前に出たことに悠利達が気づくことはなかった(何せ、足下なので見えない)。
軽く上下運動をするように身体を動かした後、ルークスはぽよんとその場で跳ねてから鳴いた。
「キュピピー! キュー!」
「え? ルーちゃん、何してるの?」
「キュピー、キュイキュイ」
「ルーちゃん?」
突然鳴き始めたルークスに悠利が驚いて身を乗り出せば、身体の一部をちょろりと伸ばしたルークスが、まるで手招きするように道行く人々にアピールをしていた。……どうやら、カミールとレレイの行動を見て客引きが大事だと思ったらしい。
ルークスは頭の上に従魔の証しのタグを付けた王冠を被っているのもあって、一瞬驚かれてもすぐに警戒を解かれる。愛らしいスライムが一生懸命にアピールする姿に興味を引かれてやってくるお客さんも出てきた。
「スライムさん、なにやってるの?」
「キュ!」
「おかし、うってるの?」
「キュウ!」
ルークスと目線を合わせるように小さな女の子が問いかければ、ルークスはその通りだと言うように身体を上下に動かした。頷くようなその仕草に、少女は「かしこいねぇ」と笑って、ルークスに促されるままに陳列台へと視線を向ける。
少女の視線が自分達の方に向いたのに気づいたロイリスが、こんにちはと声をかける。
「僕達が売っているのは、ミニアメリカンドッグというウインナーの入った焼き菓子と、串に刺した果物に飴を絡めたフルーツ飴です。気になるものはありますか?」
「うーんとね、えーっとね……」
自分と同じぐらいの目線のロイリスに親しみを感じたのか、少女はロイリスの方へと移動して商品を見ている。色とりどりのフルーツ飴に興味津々なのか、ミニアメリカンドッグの方はあまり見ていなかった。
そんな少女の目にとまったのは、他のフルーツ飴とは少し違う形をしたフルーツ飴だった。他のものは三つずつ同じものが串に刺さっているのに、それは一つだけだったのだ。しかし、大きさで言うなら決して負けていない。ころりとした小さな果実が一つ、真っ赤な色を見せていた。
「これ、りんご……?」
「はい、リンゴです」
「どうやってたべるの?」
「飴ごと囓るんですよ」
「そうなんだ」
ロイリスの説明を聞く少女の目は、小ぶりなリンゴ飴に釘付けだった。悠利がマギサにお願いして特別に用意してもらった小さなリンゴは、普段このあたりでは見かけない品種である。それもあってか、少女の目には不思議で珍しくて素敵なものに見えたらしい。
なので少女は、隣にいた母親に素直に気持ちを伝えた。
「おかあさん、このりんごのやつが食べたい」
「えぇ、解ったわ。それじゃあ、このリンゴのフルーツ飴を一つくださいな」
「はい。ありがとうございます。……落とさないように気をつけてくださいね」
「うん!」
母親が代金を払うとロイリスは少女にリンゴ飴を差し出した。嬉しそうに受け取る少女は、小さなリンゴという見慣れない果物を嬉しそうに見ていた。笑顔で去っていく二人を笑顔で見送るロイリス。お客さんが笑顔になってくれるのは何とも言えず嬉しいものである。
そんな風に順調にお客さんも来てくれて、悠利とカミールが作るミニアメリカンドッグも次から次へと売れていく。フルーツ飴の方も陳列している分が随分と減ってきたなぁと悠利が思ったときに、柔らかな声が聞こえた。
「リヒト、そろそろ時間ですから、交代しますね」
「ティファーナか。もう良いのか?」
「えぇ、一通り回ってきましたから」
そう言って微笑むティファーナに、リヒトは身につけていたエプロンを外して渡す。今回悠利達が出店するに当たってアリーが付けた条件というのが、護衛役の一人は指導係もしくはそれに準ずる立場の者にする、ということだった。早い話が、ジェイク以外の指導係とリヒトとヤクモという人選だ。
護衛は二人で、もう一人は訓練生からで問題ないのでそちらでシフトを回している。戦闘力という意味では訓練生でも問題ないのだが、何か起きたときの対処という意味ではやはり大人組が必要という判断なのだ。……なお、ジェイクが免除されているのは、体力が一般人以下の学者先生にさせる仕事ではないからだ。
なお、ジェイクは申請書類の確認などの事務作業でちゃんと皆を助けてくれている。頭を使うことでは抜群の実力を発揮するのがジェイク先生である。普段は日常生活で行き倒れる反面教師ではあるが。
「あ、リヒトさん、交代の前に一つお願いが……」
「うん? 何だ、ユーリ」
「……フルーツ飴の補充をお願いしたく……」
「あぁ、なるほど」
悠利の言葉に、リヒトは解ったと笑ってくれた。フルーツ飴は前日に作り置きをしたものを販売しているのだが、全てをこの場に持ってきているわけではないのだ。どれだけ売れるか解らないので、傷まないように数量を絞って持ってきたのである。
残りはアジトの冷蔵庫の中で大事に保管されている。在庫が減ってきたら誰かが取りに戻ろうという話になっていたので、リヒトもすぐに察してくれたのだ。ありがたい。
しかし、そんな悠利とリヒトにティファーナは大丈夫ですよと笑った。
「ティファーナさん?」
「遠目に店の状態を確認したヘルミーネが、ヤックと一緒に取りに戻っていますよ」
「え、そうなんですか?」
「そろそろ交代前に買い物をしていたらしいですけど、繁盛しているのが見えたので二人で取りに行ってきますと走っていきました」
「わぁ、助かります……」
皆気がついてくれて助かる……と悠利は思った。勿論、自分一人で全部回せるなんて思ってはいない。それでも、何となくふんわりと責任者みたいなポジションになっているので、そっと仲間が手助けしてくれるととてもありがたいのだ。
とりあえず、補充の心配がないと解ったので、悠利はせっせとミニアメリカンドッグを作ることにした。自分は自分に出来る仕事をするのだ。
ちなみに、悠利の学生鞄は時間停止機能を備えたすごい性能の魔法鞄だが、それにフルーツ飴を詰め込んで持ってくるというのは最初からやらないという決定だった。何故かといえば、悠利の学生鞄は悠利にしか入れたものを取り出すことが出来ないのだ。入れるだけならば誰にでも出来るのだけれど。
悠利が常にこの場にいるなら良いのだが、彼らはシフト制で店番をするのである。悠利も交代したらうきうきでお祭りを見て回る予定なので、誰にも取り出せない魔法鞄に入れておくのはよくないのである。
「ユーリ、ユーリ」
「え、何、レレイ?」
「交代が来たら一緒にお祭り見て回ろうねー!」
客引きの合間を縫って、レレイが悠利にそう声をかける。シフトの時間が被っているということは、自由時間も被っているということだ。なので、一緒にお祭りを見て回ろうと約束をしていたのだ。それを念押しするようなレレイに、悠利は笑った。
「うん、よろしくね、レレイ」
「任せて。ユーリがいらない分は、あたしが全部食べてあげるよ!」
「わー、頼もしい」
えっへんと胸を張るレレイ。色々と食べ歩きを楽しむ予定の二人なので、レレイのお仕事は悠利の護衛と食べられなかった分を食べることだ。適材適所である。
そんな二人の微笑ましいやりとりを横目に、イレイシアとロイリスは次々やってくるお客さんを相手に、ミニアメリカンドッグとフルーツ飴を販売しているのでした。
見知らぬ食べ物でもお祭り効果は大きいのか、《真紅の山猫》のお店はいい感じに賑わっているのでありました。
ご意見、ご感想、お待ちしております。
なお、感想返信は基本「読んだよ!」のご挨拶だけですが、余力のあるときに時々個別でお返事もします。全部ありがたく読ませて頂いております!





