お祭り参加のご相談
ここからちょっと続き物です。
今回はお祭りに参加する悠利と愉快な仲間達!
「……はぁ?」
アリーの声がアジトのリビングに響いた。悠利とアリーの二人しかいないので、その声は妙に大きく室内に反響したのである。とはいえ、別に怒っているわけではない声音だった。どちらかというと、呆れが近いだろうか。お前突然何を言い出した? みたいな感じだ。
もっとも、アリーが悠利に対してそういう態度を取るのは今に始まったことではない。むしろよくあることだ。なので、言われた方は特に気にした風もなく、いつも通りののほほんとした姿のままである。
そう、悠利はどこまでもいつも通りだった。なので、同じ内容をもう一度アリーに告げるだけだ。
「ですから、皆と一緒にお祭りに出店したいっていう話なんです」
「何をどうしたらそういうことになるんだ」
「ルシアさんから、素人でも申請したら参加できるって聞いたんです。楽しそうだなって思って」
「……楽しそうって、お前……」
思ったことをそのまま伝える悠利に、アリーはがっくりと肩を落とした。まぁ、悠利がそういう性格だというのをアリーは知っている。アジトでのんびりとおさんどんをしているのだって、家事が彼にとっての趣味であり、楽しいことだからだ。自分の仕事、自分の出来ること、自分の役目と思っている部分もあるにはあるが、やっていて楽しいという方が大きいに違いない。
ちなみに、悠利が言っているお祭りというのは、先日行われた「職人祭」の料理版というところだ。あちらは飲食物以外の物作りの祭典という感じで、皆が思い思いに自分が作った作品を展示販売していた。《真紅の山猫》からも、ロイリスとミルレインの物作りコンビが合作で参加している。
それに対して今回は、プロアマ問わずに参加できる食べ物系のお祭りだった。プロとアマチュアのスペースはきっちり分けられているので、素人もあまり気負わずに参加出来る。持ち運びや食べ歩きがしやすい料理が人気で、毎年賑わっているのだという。
ちなみに祭りの名前はこちらもシンプルに「料理祭」である。古くはその年の作物の出来映えに感謝し、来年の豊穣を祈るお祭りの一部であったらしい。元来は収穫した作物を販売したり、その作物で作った料理を振る舞っていたらしい。今現在、そちらは収穫祭として豊穣を祝う側面を残したまま行われている。
国が豊かになるにつれて食文化も豊かになり、料理を振る舞って出す者が増えた結果の、今の「料理祭」に繋がるらしい。規模が大きくなりすぎたので、二つの祭りを分けることでどちらも楽しめるようにしたらしい。
まぁ、悠利にはそんなお祭りのルーツなどどうでも良い。重要なのは、B級グルメの祭典的なプロしか参加できないお祭りだと思っていたら、飲食物限定のハンドメイドマルシェのように素人でも参加できるということだ。素人でも参加出来るなら、悠利も仲間達と一緒に料理を作って販売することが出来る。
なお、悠利の脳内イメージは文化祭の出し物に近い。仲間達とわいわい協力しながら、自分達で申請から食材の仕入れ、メニューの考案に調理と販売を全て頑張るというものなので、イメージがどうしてもそちらに引っ張られる。普段仲間達と一緒に何かをすることが少ないので、ここぞとばかりにイベントに参加したいという感じになっているのだ。
ちなみにルシアは、普段アジトからほとんど出ない悠利の気分転換になればとお祭りの情報を教えてくれたのだ。彼女は悠利の料理の腕前を知っているので、問題なく販売できる何かを作るだろうと信頼してくれているのもある。
そして、《真紅の山猫》には多種多様な特技を持つ面々がそろっているので、悠利が苦手な書類作業などもきちんとこなしてくれる仲間がいるだろうという考えだった。それには悠利も同感で、一人では無理でも皆と一緒なら問題なく出来る! という考えに至った結果、アリーに直談判しているのである。
まずは保護者たるリーダーのアリーに話を通して許可を貰わなければと考えたので、まだ仲間達には何一つ話を通していない。許可をもらえたら、一緒に参加してくれる仲間を募る予定である。ひとまず、調理担当として見習い組の四人と、申請作業の担当としてクーレッシュ、売り子と護衛に幾人かを確保したいなぁという気持ちだった。
なお、優秀なる商人の息子のカミールには、仕入れを担当してもらう気満々だった。どう考えても適材適所だったので。……というか、慣れないことを悠利達がやっていたら、見かねて自分がやると言ってくれそうだった。
悠利がそんな風にわくわくと未来に思いをはせている間に、アリーも色々と考えをまとめたらしかった。その顔にはもう、先ほどまでの呆れはなかった。
「つまり、素人でも参加できると知ったから、自分達で出店をしてみたいってことだな」
「です」
「……他に目的はないんだな?」
「他の目的ってなんですか?」
「いや、ないなら良い」
「?」
アリーの言っていることが良く解らなかったので、悠利は不思議そうに首を傾げた。なお、アリーとしては悠利に他の目的があった場合、それをきっかけに面倒くさい騒動になるのではないかと警戒しただけである。今までが今までだったので。
ひとまず悠利の言い分を理解したアリーは、少し考え込んでいる。そのアリーの顔を、悠利は「ダメですかー?」と言いたげな表情で見ていた。特に声をかけたりはしないが、表情が雄弁に物語っている。
少しして、アリーは咳払いをしてから悠利を見た。悠利はそんなアリーの視線を真っ正面から受け止める。別に今のアリーは怒っているとかではないのが解るので。
「まぁ、修行の一環として取り組むなら、他の奴らを参加させても良い」
「修行の一環?」
「自分達で申請からやるなら、作業が色々とあるだろう。ただ料理を作るだけで終わらんだろうが」
「そうですね。得意な人に手伝ってもらおうと思ってます」
「それを修行にするってことだ」
普段やらない作業もあるからな、とアリーが続けた言葉に、悠利はぱちくりと瞬きを繰り返した。自分は遊びの延長でやってみたいと言ってみたのだが、それが仲間達には修行の一つになるらしいというのだから驚きだ。世の中、色々な視点がある。
とはいえ、言われてみれば確かにそうかもしれないと納得できる部分はあった。《真紅の山猫》の仲間達はトレジャーハンターを目指す初心者冒険者が大半であるが、色々なことが出来て困ることはないだろう。
そもそもこのクラン、一人で大抵のことが出来るようにと、職業に関係なく基礎を叩き込むことに定評があるのだ。普通は、それぞれの職業に適した修行しかしない。
一番解りやすい例が、マッピングだろうか。本来マッピングは斥候やナビゲーターと呼ばれる専門職が行うものである。そうでない職業の者達は市販された地図を購入して現在地を確かめたりしている。わざわざ自分で地図を描いたりはしない。
しかし《真紅の山猫》では、全ての構成員にマッピング作業を徹底させている。地図を作れるということは、地形の把握が出来ているということだ。地味に思えるかもしれないが、地形を把握できるというのは生存確率を物凄く上げてくれる。
その他にも、後衛職にも身を守る術を教えたり、前衛職にも植物や鉱石の見分けが出来るように知識を叩き込む。満遍なく多くの基礎を教えてもらえるという特殊なクランなのである。
まぁ、悠利にはその辺の事情も方針もさっぱり解らない。ただ、学園祭の出し物みたいだなーというノリで出店したいと言ったら、仲間達にはちゃんとした修行になるらしいというのを理解しただけだ。
「そういうわけだから、声をかけるのは若手だけにしておけ。護衛としてなら使っても良いがな」
「元々そのつもりでしたけど……?」
「自分達だけで最初から最後までやり遂げるという修行扱いにするからな。相談はしても良いが、実際に参加するのはマリアまでにしておけ」
「了解です」
アリーの言葉に、悠利はすちゃっとお遊び敬礼みたいなポーズを取った。呆れ顔のアリーであるが、悠利に意味が通じたのは理解したのでそれで良いと流している。
ちなみに、アリーが告げた「マリアまで」という言葉の意味は簡単で、それ以上の大人枠は基本的に不参加ということだ。もっとざっくり言うと、指導係+訓練生の保護者枠二名は相談相手か護衛のみの参加ということである。
この辺は、普段からどういうポジションで修行をしているかにもよるだろう。訓練生という名目であっても、リヒトとヤクモの二人はほとんど指導係の皆と同じような立ち位置をしている。基礎を学び直すためのリヒトと、不慣れな土地での後ろ盾を得るために所属しているヤクモである。絶賛色々学習中の若手とは違うのだ。
マリアは戦闘能力だけならば一人前であるが、逆を言うとそれ以外のことはお勉強中の身の上だ。リヒトは元々パーティーを組んで冒険者をやっていたこともあって、書類作業などもお手の物。ややこしい申請なども経験済みだ。そういう意味で、マリアは出店メンバーに含めても良いということなのだろう。
まぁ、お色気抜群のお姉様なので、売り子や客引きとしてお仕事をしてくれそうだが。しかし、妖艶な美貌に反してマリアの得意分野は戦闘なので、彼女を配置するなら間違いなく護衛になるだろう。威圧感はないので、そういう意味では適任かもしれない。
「それじゃあ、調理担当は僕と見習い組の四人で、申請作業とかはクーレに任せようかと思います。戦える人は護衛役を頼もうかと思います。で、売り子とか呼び込みは他の皆で」
どうでしょうか? と悠利は伺うようにアリーを見た。一応、適材適所になるような配置だと悠利は思っている。ただ、あくまでも悠利の考えなので、アリーから見てどうかが気になるのだ。
なお、悠利が勝手に言っているだけで、まだ誰にも何も話は通していない。ここでアリーの許可が出たら、伝えたとおりの配置で皆に協力をお願いしようと思っているのである。
「まぁ、悪くない配置だろうな。揉めないようにしろよ」
「皆、割と面白がるんじゃないかなって思うんですけど」
「…………」
「アリーさん?」
「いや、その通りだなと思っただけだ」
「ですよねぇ」
アリーが思わず沈黙してしまうほどに、それはある意味で予想できた仲間達の反応だった。修行という名目とはいえ、普段やらないことを面白がって楽しむような面々がそろっている。自分一人でチャレンジするのは二の足を踏んでも、皆で一緒にやるなら面白そうになるようなタイプが揃っているのだ。
一部、面倒くさがりそうな者も脳裏に浮かんだが、皆が「一緒にやろうよ!」と誘ったら何だかんだで参加してくれそうだなと悠利は思っている。ちなみに悠利がそんな風に思い描いたのはマグとアロールである。どちらもわいわい騒ぐことに興味がなさそうなので。
「当日の護衛は、俺達も予定を付けて誰かがいるようにするからな」
「え、そうなんですか? 護衛が出来そうな人、揃ってますけど」
「護衛は出来たとして、面倒なもめ事になったときは誰かいた方が良いだろうが」
「…………そういうものですかね?」
「事後報告でアレコレ聞かされるぐらいなら、最初から誰かが側にいた方がマシだ」
「…………はぁい」
言い聞かせるようなアリーの言葉に、悠利は素直に返事をした。ちょっぴり間延びした気のない返事になってしまったのは、今までのことを振り返りつつ「でも別に望んでトラブルを引き起こしたわけじゃないんですよ?」と言い訳をしたい気持ちが混ざったからである。
そう、悠利は何でか知らないが、気づくとトラブルに巻き込まれることが多い。自分から首を突っ込んでいることもあるにはあるのだが、ちょっとした何気ない行動が気づいたら大きなことになっているパターンが多いのだ。その度にフォローに走り回るのはアリーなので、釘を刺されても文句は言えなかった。
とはいえ、お祭りに参加するのは許可された。それも、皆と一緒に参加してオッケーなのだ。お許しがいただけたということだけを悠利は噛みしめることにした。すぎたことを悔やんでも仕方ない。楽しい明日を見つめるのみである。
「それじゃ僕、皆に話をしてきます!」
「誰が何に参加するか決まったら、ちゃんと報告に来いよ」
「了解でーす!」
ありがとうございます! と満面の笑みを浮かべて、悠利は皆に話を持ちかけるために走っていく。その背中を見送りつつ、面倒なことにはならないようにと考えているアリーなのでした。
なお、悠利の予想通り参加を打診された仲間達はうきうきで乗ってきたし、何なら大人組も興味津々でした。やはり好奇心旺盛な面々が揃っているようです。
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